三日月の竜騎士

八魔刀

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第2章 竜剣編

第16話

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 レギアスとベールを追って黙示の塔へと、リーヴィエルの魔法で飛んだアナトは、黙示の塔の入り口前で辺りの様子を探っていた。
 二人が辿り着いた時にはレギアスとベールの姿は無く、デーマンの気配も無かった。
 ただ壊れたバイクが捨ててあったのを見付け、既に二人は塔の中へと入っていったのだと分かった。二人も塔の中へと入ろうとしたのだが、どうした事か入り口の扉が開かないのだ。
 開かないのなら壊すまでだと、アナトがガンブレイドで扉を叩いた。すると結界が張ってあったのか、アナトは突き飛ばされてしまった。
 当然、アナトは怒って更に扉を叩き壊そうとしたが、結界は罅一つ入る事はなかった。
 仕方なく、リーヴィエルが結界の解析と解除に試みる事になり、その間アナトは周囲の様子を観察していた。
 観察していて、一つだけ妙な点に気が付いた。
 此処は領域の中で、更に黙示の塔と言うかなり危険な地帯にいる筈なのだが、デーマンの姿どころか気配がしないのだ。領域内は強力なデーマンがウヨウヨとしている話だったが、最初に列車を襲撃された以降、デーマンの姿を見ていない。
 偶々、デーマンに遭遇していないだけなのか。そんな風に考えていると、リーヴィエルのほうから声がかかる。

「殿下、扉を開きます」
「うむ、今行く」

 結界を解除できたらしく、アナトは扉前にいるリーヴィエルの下へと戻る。
 二人ともすぐに対応できるように得物を用意し、リーヴィエルが扉を魔法で押し開いた。
 扉をゆっくりと潜り、足を踏み入れる。

「……は?」
「これは……」

 だが二人は外に出ていた。後ろに振り向けば開いた扉がある。
 アナトはもう一度、今度は走って中に入る。
 だが走って外に出ていた。

「どう言う事だ……?」
「空間魔法、のようです」
「解けないのか?」

 リーヴィエルは閉じた目で塔を見上げる。
 表情が強張り、首を横に振るう。

「黙示の塔全体に仕掛けられています。此処を解けたとしても、何処かへ飛ばされるのがオチです」
「じゃあ、姉さんとレギアスはどうやって入ってったんだ?」
「……入ったのではなく、れられたのだとすれば……」

 リーヴィエルは推測する。
 黙示の塔の異常事態、レギアスの様子、クレイセリアの正体、竜剣。
 これら全てが無関係ではないのは最早明確。クレイセリア、もしくはまだ見えぬ何者かの手により物事を動かされているのならば、レギアスとベールの二人だけが入れて、自分達二人だけが入れなかった、そんな偶然はありえないと考えられる。で、あるのならばレギアスとベールは誘い込まれているのではないか。
 敵の目的が未だはっきりとしないが、おそらくはレギアスとベールの二人が必要になるもの。
 レギアスはドラゴンと人間のハーフであり、ベールはマスティアの王女。
 この二つの要因が必要になるものが、黙示の塔に存在する。

「まさか……」

 そこまで考え、リーヴィエルは一つの仮説を思い付く。逆にどうしてその可能性を最初に考慮できなかったのか、己に問いたい。そんな風にリーヴィエルは己を恥じる。

「殿下、やはり王都へ救援を要請しましょう」
「どうしてだ?」
「私の推測が正しければ、陛下のお力が必要になります」

 アナトは眉を顰めた。
 アナトはリーヴィエルの性格を知っている。と言うのも、竜騎士の中で付き合いが長く、よく知っているのはリーヴィエルだけだからだ。他の竜騎士は領主として自分の領土から出ることがあまりない。
 その点、リーヴィエルは領土を持たず、イルの側近として王都で活動している。
 だからこそ幼少期からリーヴィエルの性格を語る程には知っている。
 その彼女は、今の状態のイルを戦場へ赴かせるとは思えない。
 何故なら今のイルは、昔のようには戦えない。左腕を失い、心にも傷を負い、前戦を退いてもう九年になる。
 万全の状態でないイルを、生真面目なリーヴィエルが戦いに呼び戻そうとは、余程の事でない限り口にしない筈だ。
 アナトはリーヴィエルに理由を問う。

「何故?」
「おそらく、事の果てには……ファルディア殿がニーズヘッグを解き放つ事になります。その場合、陛下の魔力と竜剣でニーズヘッグに対処していただかなければなりません」
「待て待て待て、色々と説明が省かれてる。先ず何でレギアスがそんな事をするんだ? まさか本当に竜剣でニーズヘッグを封印してるのか?」

 竜剣がニーズヘッグを封印している可能性は、情報保管室でレギアスと話している時に浮かび上がっていた。
 だがその後すぐにイルとリーヴィエルが現れ情報の詮索を断念させられた。
 しかしその後、竜剣は元々レギアスに渡す予定だったとも教えられた。
 もしニーズヘッグを竜剣が封印しているのなら、そんな重要な物をレギアスに渡すとは考えにくい。けれども、リーヴィエルの様子からして直接でないにしても、竜剣と封印には何かしらの関わりがあるようだ。

「先ず、これは陛下と竜騎士のみに開示されている機密事項です。それをお忘れなきよう」
「分かったから、早く話せ」

 リーヴィエルは少し間を開けてから口を開く。

「厳密に言えば、竜剣でニーズヘッグを封印しているわけではありません。竜剣はあくまでも封印を施す為の鍵です。問題は別の、ニーズヘッグの心臓です」
「心臓?」
「初代竜騎士は竜剣を用いてニーズヘッグの心臓を貫きました。竜剣の魔力が、ニーズヘッグの心臓に封印を施したのです。そして、その封印を解けるとすれば、再び竜剣でニーズヘッグの心臓を貫いて封印を壊す事です」
「……? 確かにレギアスはバカだが、そこまでバカではないぞ。態々ニーズヘッグの封印を解こうとはしない」
「そうです。竜剣を手にしたところでドラゴンの魔力を操れる程度にしか使えないでしょう。それでも我々人類にとっては脅威ですが、それは今は置いておきましょう。重要なのは、此処に何者かの意志が介入し、ベール殿下が側にいる事です」

 ベールの名前が出たことで、アナトの目は鋭くなる。
 アナトにとってはレギアスやニーズヘッグよりも、姉であるベールのほうが大事なのだ。

「竜剣はファルディア殿が手にしても、覚醒には至らないでしょう。何故なら、竜剣の覚醒には初代竜騎士の血が必要なのです」
「っ、マスティア家は初代竜騎士の……」
「そう、マスティア家の血筋は初代竜騎士のもの。ベール殿下とアナト殿下はその末裔なのです。もし竜剣の覚醒手段を知る者がこの事態を引き起こしているのならば……」
「姉さんの血を使って竜剣を覚醒させる……! だがレギアスは? だったらレギアスは何の為に?」

 リーヴィエルの話通りなら、ニーズヘッグの復活には覚醒させた竜剣が必要になる。竜剣を覚醒させることができるのは初代竜騎士の血筋であるマスティア家だけ。レギアスが竜剣を手にしても持ち去られるだけで、邪魔になるだけなのでは。
 リーヴィエルは唇を指で触りながら考え、黙示の塔を見上げる。

「……ニーズヘッグにはもう身体がありません。亡骸になっと言えど、これがドラゴンに戻るとは思えません。そこに、ドラゴンの力を持った生きた人間がいる――」
「レギアスをニーズヘッグの器にする気か!?」
「おそらくは……」

 そこはリーヴィエルも断言できないらしい。
 しかしリーヴィエルが可能性として挙げた以上、無視はできない。現に封印に必要ないレギアスが塔の中に引き込まれている。レギアスが何かに利用される可能性はかなり高い。
 もしリーヴィエルの言う通りレギアスがニーズヘッグの器にされてしまえば、どうにかできるとすれば確かにイルしかいないのかもしれない。
 だがそれでも、アナトは父が戦場に出てくるのを渋る。

「……だが駄目だ。お父様は呼ばない」
「殿下、これは世界を揺るがす一大事です。お恥ずかしながら、私一人では竜騎士と言えどニーズヘッグを相手に勝つ事はできません。他の竜騎士を呼び戻そうにも時間がありません。全盛期ではないにしろ、陛下が竜剣を携えれば勝機は充分にあります」
「そう言う問題ではない!」

 ピシャリッと、アナトは一喝する。
 ガンブレイド握り締め、アナトは言う。

「何でもかんでもお父様に頼っていては、お父様がいなくなった後の世界はどうなる? お父様にいつまでも頼ってしまっていては、人類はいつまでもドラゴンに勝てない……!」
「それは……お気持ちは分かりますが、今はそんな事を言っている場合では――」
「それに! お父様は竜剣を使えないのだろ?」

 リーヴィエルは言葉に詰まった。
 やはりな、とアナトは呟く。

「どれだけ強大な魔力を持っていようと、お父様はマスティア家の血を引いていない。私や姉さんの血で竜剣を覚醒させたとしても、お父様では竜剣の力を引き出せない。もし使えたのなら、お母様が生きている時に使っている」
「……はい、それは、いいえ! 我らが陛下なら必ずや!」
「くどい! この件は私達で解決する! 心配ならお前だけ戻って万が一に備えておけ!」
「で、殿下……っ!」
「……!」

 アナトはガンブレイドのトリガーを引き、後ろを斬り払った。
 魔力の衝撃波が斬撃となって広がり、後ろからアナト達に飛び掛かっていたデーマンを斬り裂く。
 周囲を見渡すと、獣型、人型、異形型、様々なデーマンが二人を囲んでいた。
 二人は背中合わせになり、武器を構える。

「コイツら、いつの間に……!」
「何らかの要因で気配を完全に断っていたようです。まさか、彼女が……」
「詮索は後だ。今はコイツらを倒して、塔の中に入る方法を探す。いいな!」
「……まったく、姉妹揃ってとんでもない王女様です」

 どこか吹っ切れた様子でリーヴィエルは苦笑する。
 そしていくつかの装飾品から魔力を解放させ、複数の魔法陣を展開する。両手の指に嵌めている指輪の宝石に魔力を灯らせ、臨戦態勢に入る。

「この任務が終わったら是が非でも有休を取らせていただきます。それまでは殿下の我が儘にお付き合いします」
「フン……時間が無い、速攻で片付けるぞ」
「御意」
『――グギャアッ!』

 一体のデーマンの鳴き声を皮切りに、戦闘が始まった。



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