三日月の竜騎士

八魔刀

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第2章 竜剣編

第18話

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 マーレイの魔法で直接【覚醒の間】に現れたレギアスは、ベールを突き刺そうとしているクレイセリアを目撃した。考えるよりも先に身体が動き出し、目にも止まらぬ速さで移動する。
 クレイセリアの紅い槍を右手で掴み、切っ先をベールからグググッと離す。

「止めるんだ、先輩」
「レギアス……もう来たの?」
「レギアス!」

 槍を捻り上げ、クレイセリアから奪い取ろうとする。だがレギアスの怪力はクレイセリアに通用せず、レギアスは驚愕の顔で彼女の顔を見る。
 クレイセリアは何てことない澄ました顔で首を傾げて見せ、逆にレギアスを槍ごと持ち上げて振り回す。
 レギアスは槍から手を離し、少し離れた場所へ着地する。

「冗談だろ……?」
「だったら良かったのにね」

 紅い槍を回し、ベールの首筋に当ててレギアスに警告する。
 下手な真似をすれば即座にベールを殺すと、言葉にされずとも分かったレギアスはゆっくりと立ち上がる。

 今、レギアスの手元には武器が無い。怪力が通用しないとなれば、かなり不利な状況である。
 魔法の力はクレイセリアが上、腕力はどういうわけか互角以上。おそらく戦闘技術も勝っているかもしれない。
 ミハイル島でリッチと対峙した時よりも、レギアスは緊張していた。彼女は明らかにあの時のリッチより強い。リッチが一匹のアリなら、クレイセリアは一体の象だ。
 クレイセリアを刺激しないように言葉を選び、レギアスは説得を試みる。

「先輩……槍を下ろしてくれ」
「どうして?」
「それはこっちの台詞だ。どうしてベールを殺そうとするんだ?」
「【竜剣】を覚醒させるのに血が必要だから。別に腕や足を斬るぐらいで良いかもしれないけど、覚醒した後は邪魔になるだけだから殺すの」
「そう言われたのか?」
「……何?」
「そうするように言われたのか?」

 クレイセリアの槍が僅かに震えた。
 レギアスはゆっくりと足を動かし、クレイセリアに歩み寄る。

「先輩、あんたがこんな事を望む筈がない」
「知った口利かないで。私はずっと待ってた。お母さんに会えるのをずっと」
「先輩の母さんが本当にそう望んだのか? 先輩に人を殺させて、生き返らせてくれって、そう言ったのか?」
「……何で知ってるの?」
「アタシが教えたのさ」

 マーレイが杖を突きながらレギアスの後ろに現れる。
 マーレイを見たクレイセリアは顔を顰めた。

「まだ生きてたの、ババア」
「生憎と、長生きだけが取り柄でねぇ」
「さっさと死んじゃえば良かったのに。よく此処に来られたね」
「黙示の塔の中はアタシの庭だからねぇ。何処へでも行けるのさ」
「違う、そう言う意味じゃないよ――よく私の前に顔を出せたね」
「……」

 マーレイは口を閉じ、悲しそうに目を伏せる。
 マーレイが現れた事でクレイセリアは苛立ちを見せ始め、ベールの首に添えていた槍を下ろした。代わりに、クレイセリアの中で魔力が煮え滾り始める。
 レギアスはクレイセリアの挙動に注意を払いながら、ベールを助け出す算段を考える。
 ベールはクレイセリアの後ろで拘束されており、助け出すには先ずクレイセリアをベールから離れさせなければいけない。

 おそらく、これからクレイセリアと戦闘になるだろう。それは避けられない雰囲気だ。
 戦いの最中にベールを助け出せるかどうかは、その戦い次第になる。
 クレイセリアはマーレイを睨み付けながら言葉を続ける。

「私をお母さんから引き離しておいて、お母さんの存在を隠しておいて、私を騙しておいて、私の前によく顔を出せたね」
「……ファタはあんたを捨てたんだ。失敗作だと言ってね」
「嘘だ。あんたがお母さんから私を奪ったんだ。私からお母さんを奪ったんだ」
「ファタにそう言われたのかい? ファタはあんたを利用してるだけだ」
「違う!」

 クレイセリアから魔力の波動が噴き出す。
 レギアスはマーレイの前に出て盾になり、代わりに波動を受ける。両腕に魔力を集中させ、波動を上に弾く事で攻撃を凌ぐ。
 今の一撃はクレイセリアが怒りの衝動で漏れた魔力に過ぎない。だと言うのにレギアスは両腕がビリビリと痺れているのを感じた。アレがその気で放っていたモノだったら、今頃両腕は消し飛んでいたかもしれないと、戦慄する。

 クレイセリアは左手にもう一本の紅い槍を出現させ、魔力を滾らせる。クレイセリアの魔力に反応して空間が悲鳴を上げるように音を鳴り響かせる。

「これは……以前のあの子とは比べ物にならないねぇ」
「暢気に言ってる場合か!?」
「坊やはお嬢ちゃんを助けに行っておやり。あたしはそれまでバカ娘の相手をしておくから」

 マーレイは杖で床を二回叩く。するとクレイセリアの足下の床が勢い良く隆起し、彼女を上空へと突き上げた。
 クレイセリアはすぐに上空で体勢を整え、マーレイに向かって槍を向ける。
 だが魔法を放つ前にマーレイの魔法が発動しており、クレイセリアの回りを灰色の魔法陣が取り囲む。魔法陣がクレイセリアを拘束し、だがすぐにクレイセリアの槍によってすべて斬り払われる。
 間髪入れずにマーレイが杖で床を叩き、溶岩の海を操ってクレイセリアに襲い掛からせる。
 クレイセリアは溶岩の槍を、宙を飛びながらかわす。
 上空で溶岩と魔力が飛び交う中、レギアスはベールへと全力で駆け寄る。

「レギアス!」
「ベール! 今助けるからな!」

 ベールの四肢に巻き付いている鎖をレギアスは握り締める。

「ぐっ!?」

 手の肉が焼ける音が鳴り、激痛がレギアスに襲い掛かる。気合いで鎖を引き千切っていき、ベールを十字架から解放する。両手はジューッと音を立てながら煙を出しているが、すぐに再生が始まり瞬く間に火傷は治癒された。

「大丈夫!?」
「ああ大丈夫だ! ベールは!?」
「私は大丈夫! それよりいったいどうしてこんな……!?」
「ベール、【竜剣】は何処か分かるか!?」
「えっと、この中って……」

 ベールは足下の水鏡を指す。その水鏡を覗き込むが、顔が写るだけで他には何も見えない。
 試しに触って見るが、水に触れるだけで何も無い。

「危ない!」

 ベールがレギアスを押し倒し、床に転がる。頭すれすれのところを紅い魔力が通り過ぎた。
 クレイセリアの攻撃が流れ飛んで来たのだ。

「レギアス!」

 マーレイの攻撃を避けていたクレイセリアが二槍に魔力を込め、攻撃を仕掛けてくる。
 レギアスはベールを突き飛ばし、クレイセリアの槍を両手で受け止めた。紅い魔力自体に殺傷能力があるのか、槍に触れている両手から燃えていくように侵食されていく。
 レギアスはその魔力に対抗する為、己の魔力を練り上げる。
 深紫色の魔力と紅い色の魔力が激突し、衝撃を引き起こしながら相殺していく。

「私の邪魔をしないで!」
「止すんだクレイセリア!」
「王女様を殺したら次は貴方よ! ニーズヘッグの器になってもらうから!」
「俺が簡単に! なるわけないだろ!」

 クレイセリアの槍を弾き返し、攻撃に転じる。魔力で両拳をコーティングし、槍を壊す事に専念する。レギアスはクレイセリアに勝つつもりでいるが、殺す気は更々無い。
 二つの拳と二本の槍が幾度もぶつかり合い、火花が飛び散る。

「マーレイ! ベールを此処から連れ出せ!」
「レギアス、駄目よ! 一人でなんて!」
「狙いはお前だ! お前が【竜剣】の覚醒トリガーだ!」
「逃がさない!」

 クレイセリアがレギアスの拳を防いでいない左の槍をベールに向ける。
 魔力で形成された紅い棘がベールに向けて何十本も射出された。
 しかしマーレイが灰色の結界を展開してそれを防ぐ。更にマーレイは杖を振るい、ベールを自分の下へと引き寄せた。

「マーレイ! 行け!」
「……任せたよ、坊や」
「駄目! 待って!」

 マーレイは空間に穴を開け、ベールをこの場から強引に退場させた。マーレイ自身も穴へと入っていき、【覚醒の間】に残ったのはレギアスとクレイセリアの二人だけとなった。
 ベールがいなくなった事で血を得る事ができなくなったクレイセリアは、レギアスに対して強い怒りを示す。紅い魔力が濃くなり、空間が更に大きく震動する。
 クレイセリアを中心に床に亀裂が入り、溶岩の海が大波のようにうねり出す。
 その恐ろしさにレギアスは唾を飲み込む。
 だが此処で退くわけにはいかないレギアスは、落ち着いて魔力を練り上げる。
 これ以上魔力を練り上げ続ければ、ドラゴンの力が国王の封印を破ってしまう。
 それでも魔力を使わざるを得ない相手だ。

「私に貴方を殺せないとでも思ってるの?」
「んー……ニーズヘッグの器にするんだろ? それって死んでても良いのか?」
「人間の貴方が死んでもドラゴンの貴方がいる」
「止めとけ。アイツは協力しねぇぞ」
「それは――やってみないとね!」

 二人は同時に足を踏み込んだ。
 瞬きする間に距離を詰め、深紫と紅がぶつかる。
 レギアスが拳を振り抜けば、クレイセリアの槍が反らす。
 クレイセリアの槍が突き出されると、レギアスの拳が槍を弾く。

 二人が戦っている距離は戦闘スタイルから見ると、クレイセリアが有利だ。
 レギアスが距離を詰め切る前に槍で先手を打たれてしまった。
 更に言えばクレイセリアは己の身長以上に長い槍を二本、それぞれ片腕で操っている。
 短槍ならばまだしも、長槍となれば片腕で扱うのはかなり難しい。
 それをクレイセリアは目にも止まらぬ速さで振るっている。

 レギアスは打ち合っていると言えば聞こえは良いが、実際は防戦一方になっている。
 拳を伸ばしたところでクレイセリアに届かない。
 だがレギアスには魔力がある。意識を呑み込まれる可能性があったが、使わなければ負ける確信がレギアスにはあった。
 門番であったミノタウロスにやっていたように、魔力で両腕を構成して拳をクレイセリアに伸ばす。それによってクレイセリアとのリーチの差を埋めた。

「このっ――」
「悪いな先輩! 少しの怪我は覚悟してもらう!」

 レギアスのラッシュが均衡を打ち崩す。
 攻撃の為に突き出していた槍を、次第に防御へと使っていく。終いには槍をクロスさせて完全に防御態勢を取る。

 このチャンスを逃さず、レギアスは一気に魔力の拳を叩き込む。

「ウォオアラァ!」
「――っ!?」

 クレイセリアは拳の波に呑まれた。魔力の拳が直撃する度に小規模の爆発を引き起こしていき、クレイセリアは爆煙の中に消えていく。
 レギアスはこれで勝ったとは思っていなかった。
 これだけで勝てるような相手ではない事は、対峙しているレギアスが一番理解している。
 練り上げている魔力を絶やさず、煙の中に消えたクレイセリアを警戒する。

 その警戒は、レギアスの命を助けた。

「ッ――!?」

 クレイセリアは煙の中ではなく、レギアスの背後から現れた。
 身体強化による移動ではなく、魔法による転移でレギアスの背後を取り、右手の槍でレギアスの心臓を背後から狙って突き出す。
 レギアスは下にしゃがむ事で槍を避け、そのまま後ろに蹴りを放つ。
 蹴りは左手の槍に受け止められ、クレイセリアの勢いを止める。

「結構本気で蹴ったんだけどな!」
「知ってる? 【魔女】は魔法を得意としてるから肉弾戦は向いてないと思われがちだけど、実は違う。魔法を極めれば極める程、肉体の強さが求められる。だから必然的に肉弾戦が強くなる」
「へぇ……! 勉強になったよっ!」

 レギアスとクレイセリアは再び打ち合う。
 だが今度は槍だけでなく魔法を攻撃に混ぜ始めた。
 クレイセリアが槍を一突きすれば、レギアスの頭上から魔法で生み出された紅い棘が降り注ぎ、槍を振り払えば溶岩の海から炎の槍が生まれてレギアスへと襲い掛かる。
 レギアスは魔力を更に練り上げ、クレイセリアの魔法に対抗すべく手数を増やした。
 槍は自分の拳で直接叩き、襲い来る魔法には自身の背後辺りから出した魔力の腕で叩き落とす。

 その腕は人間の腕をしていなかった。鋭い鉤爪を持っており、まるで化け物――ドラゴンの腕のようだった。
 そのドラゴンの腕でクレイセリアの魔法を斬り裂き、手が空けばクレイセリアに叩き付ける。

「そんなにドラゴンの力を使って、人間性を捨てるつもり?」

 レギアスの攻撃を払い除けながら、クレイセリアは問う。
 ドラゴンの力に呑まれないように抵抗しているのか、顔を苦痛で歪めながら答える。

「この程度でドラゴンになんかなったりしねぇよ……! 先輩こそ、魔法を極めたにしちゃあ派手さに欠けるな」
「お望みなら、見せてあげるよ」
「うおっ!?」

 二槍を大きく振り払い、レギアスを払い除ける。その隙にクレイセリアは槍で床に魔法陣を瞬時にして刻み込み、魔法を発動させる。
 空に複数の魔法陣が現れ、そこに魔力が充填されていく。

「余計な事言ったか?」

 レギアスは冷や汗を一筋流し、ドラゴンの腕を更に大きくさせた。
 ドラゴンの手が拳を鳴らす。

「来い!」

 魔法陣から紅い雷が放たれ、レギアスに落雷が降り注ぐ。
 その落雷を鉤爪で斬り払い、叩き落とし、弾き飛ばす。
 クレイセリアは更に別の魔法を発動し、二つの巨大な魔法陣から大蛇を出す。
 紅蓮の炎と紅い雷の大蛇が地を這い、レギアスに襲い掛かる。
 口を大きく開いて向かってくる大蛇を、レギアスは全力で蹴り砕く。

「私の魔法を蹴った!?」

 そこで初めて、クレイセリアは驚愕の声を上げた。
 レギアスは鉤爪で二体の大蛇を鷲掴みし、クレイセリアへと投げ付ける。
 大蛇を槍で斬り裂き、空に展開していた魔法陣を一つに集約させる。
 特大の雷撃をレギアスに落とすつもりだ。

「おいおい、本気で殺す気か?」
「殺さないよ。だから、死なないでね」

 雷鳴が轟き、黒い空が紅く染まる。

「黎明の雷と識れ――クリムゾン・アウローラ」

 レギアスの視界が紅く染まり、一瞬無音になり――。
 直後、耳を劈く雷鳴が世界を染めた。
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