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第二章 魔獣戦争
第36話 魔の力
しおりを挟む生えた翼を動かし、空へと駆け上がる。飛ぶというイメージで翼を動かすだけで空に舞い上がれる。翼が飛行魔法を独りでに発動して操作してくれているようだ。
咄嗟に一か八かの勝負で変身能力を使ってみたが、何とか上手くいった。
だがこの形態は身体に掛かる負担が大きすぎる。魔力の消費量もえげつない。常時変身し続けるのは不可能だ。
保って二分……身体のことを度外視すれば三分。その間に勝利の一手を打ち込まなければならない。
魔獣の弱点は判明した。身体の数カ所にある赤い石、あれを壊せば魔獣の力が四散する。
ララが呑み込まれた額の石を先に壊すか、それとも確実性を高める為に一番最後に壊したほうが良いか。
いや、ララがあの中にいるとは限らない。この形態になって初めて奴の体内に流れる魔力がはっきりと見える。魔獣の魔力、ルキアーノの魔力、ララの魔力がごちゃ混ぜになっている。
ララの正確な位置が分からない。持っているはずの御守りの魔力を追うにも他の魔力がそれを阻害してはっきりと分からない。やはり他の石から破壊するのが賢明か。
――ララを助けるまで保ってくれよ、俺の身体!
振るわれた魔獣の腕を飛んでかわし、次に破壊する石を狙い定める。
右前足――今は右腕か、それは破壊した。残りは左腕、両脚、胸、背中にもあるな。なら次は両脚から破壊させてもらおう。
『墜ちなさい!』
――ウォォォォォオ!
魔獣の背後に幾つもの円陣が浮かび上がり、そこから魔力の光が放たれる。
俺は風の力を翼に集束させ、大きく翼を羽ばたかせて黒い突風を放つ。風の防壁により光は阻まれ、弾かれて大きく射線が逸れていく。
ナハトに黒い雷を纏わせ、俺自身も雷を全身から放ちながら魔獣の右脚へと下降する。ナハトを突き立て、右脚の石を貫く。そのまま雷を石に流し、内部から爆発させる。
これで右脚の石は破壊できた。魔獣の力が大きく四散するのを感じる。
次に左脚へと飛び移り、今度は左手の聖槍を石に突き刺す。黒い風を渦巻かせ、爆ぜさせることで石を木っ端微塵に破壊する。
これで両脚の石は破壊できた。残るは左腕、胸、そして背中と額だ。
『よくもぉ!』
『ッ!?』
魔獣の右手が俺を鷲掴みにする。拳の中に閉じ込められたまま持ち上げられてしまう。
『このまま握り潰して差し上げましょうかぁ!』
『――誰がァ!』
雷と風の力を体内で高め、一気に体外へ排出する。爆発力を備えた魔力の放出に魔獣の拳は耐えられず、内側から破壊して外へと脱出した。
『手が!?』
『そのまま腕置いてけ!』
聖槍を正面に突き出し、ナハトを横に突き出す。雷と風の力を纏い、身体を高速回転させて嵐の弾丸と化す。その状態で砕け散った右腕目掛けて突っ込み、右腕を傷口から粉砕していく。右腕の石まで到達し、そのまま石を右腕ごと巻き込んで破壊する。
これで残るは胸と背中と額の三つ。
『おのれぇ! っ、なにぃ!?』
魔獣が膝から崩れ落ち、大地に左手をつく。
どうやら石を立て続けに破壊したことで魔獣のコントロール性が失われたようだ。魔獣は手をついた状態から動きだそうとしない。
これはチャンスだ。空を駆けて魔獣の背中側に回り込む。背中の赤い石に目掛けて飛翔すると、石の周りから黒い怪物が生み出される。
『ええい! させませんよぉ!』
「それは此方の台詞です!」
地上の怪物を相手にしていたユーリの声が聞こえると、魔獣の背中に緑色の竜巻がいくつも発生し、怪物達を呑み込んでいく。ユーリの風魔法が石までの道を切り拓いてくれたのだ。
俺は聖槍を左手でグルグルと高速で回し、怪物を呑み込んだユーリの竜巻を一つに集束させていく。竜巻は黒く染まり、巨大な一つ首の竜と姿を変える。
『抉れ――ヴリームニル!』
ユーリの力と俺の力が合わさり、強大な一撃となって背中の石に噛み付かせる。石は背中の一部ごと抉り取られ、そのまま砕け散っていく。
残り二つ。胸の石を破壊すれば魔力が大きく削れてララの居場所を探知できる。ララを見つけ出して助け出せば最後の一つを破壊して魔獣は終わりだ。
だが、此処へ来て変身形態の反動が身体を襲う。
『――ッ!?』
全身を走り抜ける激痛、数時間も全力で泳ぎ続けたような疲労感、止まりそうになる呼吸、身体中の血管や筋肉が破裂しそうな圧迫感。
それらをに気合いと根性で身体を慣らす。元からそんな状態だったと誤認させ、ゼロから力を絞り出させる。
此処で止まる訳にはいかない。此処で止まってしまえばララを失ってしまう。大切な教え子を、守ると誓った女の子をあんなクソ野郎の手によって奪われてしまう。
それだけは駄目だ。例え此処で命を落とすとしても、それはララを助け出してあの野郎をぶち殺してからだ。
だからまだ耐えろ。もう少しだけ堪えろ。まだ先へ、限界を超えて更にその先へ足を踏み入れろ。
『――グッ!』
翼を動かし、上空に舞い上がる。
『動きなさぁいぃ!』
魔獣が再び動き始める。巨体を動かして立ち上がり、空を飛ぶ俺を睨み付ける。
何だよクソッタレ……俺にガンつけてんじゃねぇよ。
テメェは俺からララを奪ったんだ。ララを苦しめてんだよ。そのテメェがなに怒り狂ってんだ。怒り狂ってんのはなぁ……!
『こっちなんだよォォオ!』
限界を超えて力を引き出し、魔獣の正面から突撃する。
魔獣は胸の赤い石を強く光らせ、魔力を集束していく。
バチバチと魔力を迸らせ、耳を劈く轟音を鳴らしながら極大の魔力が放たれる。
ナハトと聖槍を重ね、正面に突き出す。雷と風の二つを合わせ、放たれた魔力とぶつかる。
衝撃と衝撃が衝突し、その余波が全方位に飛んでいく。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
魔獣の穢れた魔力が全身を侵食しようとしていく。雷神と風神の力を以てしても身体が崩れ去りそうになってしまう。力を放出すればするほど身体の内側から破裂しそうになる。
それでも力の放出を止めない。此処で止めたらクソ野郎を殺せない。
もっとだ……もっと……もっと……!
『もっと力を! 俺に力を寄越せェ! ナハトォォォ!』
ナハトの鍔であるドラゴンの眼が赤く光った。ナハトが魔獣の魔力を喰らっていき、その力を俺に還元していく。力が泉のように身体の底から湧いてくる。黒い雷と風が膨れ上がり、魔獣の攻撃を押し返していく。
『オオオオオオオオオオオッ!』
まるで怪物のような咆哮を上げ、俺は魔獣の攻撃を打ち破り、その勢いに乗って胸の石を穿つ。両手を力強く開き、胸に大きな一文字の傷を与える。
これで額以外の石を全て破壊し終えた。その結果、予想通り魔獣から大きく力を削ぐことができ、魔獣の体内にある魔力を感知しやすくなった。
ララの魔力と俺が渡した御守りの魔力の場所を見つけ出し、斬り開いた胸の傷口から魔獣の体内に侵入した。
体内はまるで異界だ。凡そ肉体の中とは呼べない空間になっている。所々肉塊の壁や床があるが、それ以外は遺跡のような石で構成されている。
どうやら魔獣ってのは生物ではなくゴーレムのような造られた存在のようだ。
変身形態が続く内にララの魔力の反応がある方向へと飛んでいき、進行を邪魔する障害物は斬り崩して進んでいく。
そしてやっとの思いでララがいる場所まで辿り着いた。
ララは巨大な赤い石に身体を埋もれさせてぐったりとしていた。
『ララ! ぐっ――!?』
変身形態の維持が限界を超え、元の人の姿に戻ってしまい地面に転がり落ちる。鎧はあの一撃で砕け散っており、中に着ていたインナーとズボンと辛うじて形を保っているレギンスだけだった。
変身が解けたことで今まで異常に疲労とダメージが身体を襲い意識を失い掛けるが、そこはグッと堪えて立ち上がり、ララの元まで歩いて行く。
その時、俺の目の前に黒い翼を生やした黒髪の男が何処からともなく現れる。
そいつはララの前に立ち、翼をララの首元に添えた。
「ルキアーノ……!」
「よくもやってくれましたねぇ……せっかく魔獣の力を手に入れたと言うのに」
「ハッ、何が魔獣だ。ただの巨大なゴーレム擬きじゃねぇか。大したことねぇよ」
「……言ってくれますねぇ。まぁ、魔獣本来の役目は戦闘ではなく穢れを世界に撒き散らすこと。まだ魔獣はその機能をなんら損なっていません。このまま穢れを放ち続ければやがて世界は再び暗黒時代に戻るでしょう。そうなれば生き残るのは魔力に適正の高い力ある魔族だけ。我々魔族が世界を手に入れる野望は果たされるでしょう!」
ペラペラ、ペラペラとよくもまぁ訊いてもないことを喋るもんだ。それになんだ、世界征服が本当の目的だったのか? 呆れた……まだそんな馬鹿でも夢を見ないようなクソッタレな妄言を吐けるもんだ。
殆ど握っているのかどうかも分からないナハトと聖槍を持ち上げ、息も絶え絶えな身体に鞭を打って構えを取る。
こいつを……こいつを殺しさえすれば万事解決だ。ララを助け、ルキアーノを失った魔獣ならユーリ一人でも倒せる。外に溢れ出している怪物だって、グンフィルド達に任せれば問題無い。
問題はこいつだけなんだ。こいつを……こいつを……!
「テメェは此処で殺す。俺のララに手を出した、多くの子供達を呪い殺したその罪……心臓を抉り出して報いを受けさせてやる!」
「そんなボロボロな姿で何ができるのですかぁ? この私、暴嵐のルキアーノに勝てるとでも思いですかァ!」
ルキアーノはそう叫ぶと体内の魔力を爆発させた。ドス黒い緑色の魔力の光に包まれ、その姿を変えていく。
身体は肥大化し、大きな二本の角が生え、鋭い牙と爪が伸び、醜い形相をした怪物へと変身した。その姿は一見するとまるでオーガだ。背中の翼も二枚から六枚に増え、大きく開いて吠えて見せた。
『これが私の真の姿だァ! 人族よ! 私に跪けぇ!』
「さて……ファイナルラウンドだ」
待っていろララ、今助け出してやる。
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