魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。

八魔刀

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第三章 後継者

第45話 黒き魔法

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 リインが来てからは俺の授業にリインが常に付いて回り、護身術の授業の時には実際に教えさせたり、俺との組み手を見せて生徒にリインの実力を示させたりした。

 リインの実力は現役の戦士達と同等かそれ以上と言ったところだ。俺の戦い方とは違うが、読心術もきちんと身に付けており授業を受け持つ分には何の問題も無いだろう。生徒達もリインに対して壁を作ることなく、親しく接してくれている。リイン自身も生徒達、つまりは子供達を相手にすることに慣れているのか、年の近い姉のような感じで接している。

 彼女が来て数日が経ち、そろそろ正式に護身術の担任を噛ませても良いかと学校終わりに校長先生へ進言しに向かった。
 校長室ではアルフォニア校長が椅子に座って書類を読んでおり、何やら真剣な顔を浮かべていた。

「校長、宜しいですか?」
「おお、ルドガー先生。良いとも、そこに座りなさい」

 校長のデスクの前に置かれている椅子に腰掛けると、校長先生は手を翳す。すると何処からともなく小さなテーブルとティーセットが現れ、淹れ立てのミルクティーが差し出される。

 相変わらず校長先生の魔法はよく分からん。たぶん、物体を転移させているんだろうが、呪文も無しに簡単に使えるモノじゃないと思うんだが。

「最近は書類整理が忙しくての。老体には堪えるわい」
「左様で」
「さてさて、今回は何の用じゃね?」
「リインの件です。俺に付かせてから一週間が経ちましたが、そろそろ正式に引き継いでも問題無いかと」

 ミルクティーを飲み、喉を潤す。
 誰が淹れたのか知らないが、中々美味いじゃないか。

「ホッホ、そうかの。あの子は優秀な子じゃ。ルドガー先生のお墨付きなら間違いないじゃろ」
「……校長、本当にリインは俺の後釜の為だけに呼んだので?」

 此処で一つ、気になっていること訊くことにした。

 校長先生は自分のミルクティーを啜り、目を怪しく光らせた。
 ああ、やっぱり何か別の企みがあったのかと察し、一人溜息を吐く。

「やはり分かるかの?」
「まぁ……状況が状況ですからね。聡明で誰よりも先を見据えている大賢者様が、ただ後釜を用意するだけとは思えませんでしたし」
「君は賢いの。そうじゃ、あの子はきっとルドガー先生の役に立つはずじゃ」
「はぁ……」

 校長先生は引き出しから封書を取り出して渡してきた。
 また何か面倒事を頼まれるのだろうと観念し、封書を手に取り中身を確かめる。
 中に入っていたのは何かの報告書のような物で、長ったらしく文字の羅列が続いていた。
 目を通してその内容を読んでいく内に、俺の心は驚きと不穏に包まれる。

「校長、これは……」
「読んでもらった通り、君の弟君であるアーサーについてじゃ」

 アーサー、アーサー・ライガット。歳は今年で確か二十歳。光の勇者であり俺達の末弟。
 エリシア曰くもう三年以上も連絡が取れていない。もうすぐ探しに行くところではあるが、まさか校長がアーサーの情報を手に入れているとは思いもしなかった。

 もう一度報告書に目を通して最初から読み直す。

 アーサーが最後に目撃されたのは光の神殿であり、中に入っていくのが確認されている。時期はちょうど連絡が取れなくなった三年前付近。それまでは属しているアズガル王国で勇者として務めていたらしいが、神殿に入ってからは一度も国に帰っていないと。
 アーサーはずっと何かを研究していたようだが、その全貌は明らかにされていない。魔法に関わる何かのようだが、アーサーの異様な警戒心によりそこまでしか確かめることができなかった。

 あのアーサーが何かを研究している? 確かにアーサーは勤勉だったが、いったい何を調べている? アーサーは俺と同じで親父から全てを学んだ。それこそ魔法の全てを教わったと言っても過言ではない。
 もし魔法を研究しているのであれば、それは親父ですら知らなかった何かなのだろう。

「報告によればアーサーは何かを探しておる。それも良からぬことじゃ」
「良からぬ? どうしてそうだと?」
「アーサーが調べておるのは――『黒き魔法』じゃ」
「……」

 黒き魔法……親父から一度聞いたことがある。

 その昔、魔法の属性……元素は七つではなく八つだった。だがその一つはあまりにも力強く、それでいて邪悪だったという。神々はその力を世界の果てに封じ、未来永劫この世から消し去った。
 言い伝えでは、その力を手にした者は神々をも殺し、世界を破壊するとされている。

 それが黒き魔法――。
 ただ親父は作り話だと言って、それ以上は話してくれなかった。

 それをアーサーが探している? 何故アーサーが? 勇者であるアーサーが世界を破壊する力を探す理由がどこにある?

「儂の伝手で調べられたのはそこまでじゃ。じゃが何か途轍もないことが起ころうとしておる」
「……」

 頭を抱えた。
 またもや弟の捜索から一変、世界に関わる一大事件へとなろうとしている。

 これも何か? 俺に読まれている予言の一つなのか? だとしたら俺はどんな呪われた星の下に生まれたんだ? 全く以て嫌になる。大人しく此処で教師として余生を過ごして、ララやシンクがそれぞれの家庭を築く様子を眺めていたいもんだ。

「それで、俺にどうしろと?」
「今こそ君とララに読まれている予言の一部を話そう。君とララはいずれ黒き魔法と対峙することになる。そしてその予言には、リインも含まれておる」
「何ですって?」

 校長先生の口から思いも寄らない内容が飛んで来た。
 俺とララが黒き魔法と対峙することも重大だが、そこにリインも読まれているというのか。

 いったい俺達は何に巻き込まれてしまっているのだろうか。そんな御伽噺みたいな存在を相手に俺達は何をさせられ、何を試されるというのか。

 そして校長は、国王は、いったい何をどこまで知っているというのだ。

「あの子を都に戻したのは、あの子にも運命が待ち受けておるからじゃ。君と共に旅をする仲間として、あの子はその力を振るわねばならぬ」
「貴方が呼んだからそうなっただけでは?」
「先生は運命というものを信じておらんのじゃな?」

 俺は頷く。

「運命なんて所詮は結果論に過ぎない。己の行動次第で結果は変えられる。過程だって変わる。何でもかんでも運命だと言って未来を切り拓こうとしないのはただの怠慢だ。運命だからと、その生き方に従うのはただの操り人形だ。予言ってのは、一つの過程と結果を示した物に過ぎない。運命を決め付ける物じゃない。示されたそれを参考にして生きるのは良い。だけどそれに従って生きるつもりは俺には無い。俺の道は俺の手で拓いて進む。それだけだ」

 もしも、もしも仮に俺が運命に従って生きているというのなら、俺は親父を俺の意志ではなく運命に従って殺したことになる。
 それは違う。断じて違う。親父をこの手で殺したのは俺の意志で、俺が決めたことだ。親父にそうさせらたことは否定しないが、最後にそう決めたのは俺だ。この手で親父を殺したことを運命なんかの所為には決してしない。

 俺は今まで自分の意志で生きてきた。これが定められた運命だとは誰にも言わせない。

「……先生の気持ちはよく理解した。ならば、年寄りの頼み事として聞いてくれんかの?」
「……内容によります」
「……一月後、人族の国、アスガル王国へと行ってくれんか?」
「……命懸けですか?」
「左様。これから儂が頼むことは全て命懸けじゃ。言えぬことも多い。味方と思えぬ時が来るやもしれぬ。じゃが儂は最後まで君の味方で居たいと思っておる」

 命懸け――か。

 俺自身、命懸けの戦いはもう慣れきっている。戦いの中で命を落とすことに戸惑いは今更無い。ララと契約したことで勝手に死ぬことは許されないが、既に覚悟はできているし今までも多くの修羅場を潜ってきた。

 だがララは別だ。あの子はまだ子供だ。魔王の娘だの聖女だの何だのと背負ってはいるが、まだ十六歳の女の子だ。これから幸せに生きる未来が待っているはずだ。

 そんな子を命懸けの戦場に連れ出さなければならない。果たしてそれは正しいことなのだろうか? いくら世界の命運が懸かっていると言われても、子供を戦いに赴かせる道理は何処にも無いはずだ。

 一月後……まだララの守護の魔法は完全じゃない。まだもう数ヶ月はかかる。守護の魔法さえ完全になれば、悪意を持った存在はララに触れられなくなる。それまで待てないだろうか。

「校長、守護の魔法が完全になるまで待てませんか?」
「残念じゃが、それはできぬ。こうも言っておこう。例え守護の魔法が完全になったとしても、君とララが離れることはできぬ。君が戦いに出ればララもそこに身を置く。それは逆も然りじゃ」
「それではララが安心して過ごせるのはいつになるんですか?」
「全てが終わったらじゃ。勘違いするでないぞ? あの子を危険な目に遭わせたいと思っておる訳ではない。君とララは予言の中心におる。儂が何もせずとも、君達は運命に飛び込むことになる」

 俺とララが中心にいるかぎり、ララは安全な人生を歩めないと言うのか。

 どうして俺とララなんだ。どうしてララが危険な目に遭わなければならない。ただ彼女が笑って過ごせるだけの人生を、どうして歩ませてやれない。

 いったいその予言は何を読んでいるんだ。俺だけじゃ駄目なのか。

 今此処でそれを自問自答しても答えは明白にならない。どうせ此処で校長に何を言っても俺とララをアスガルに向かわせる。

 なら俺が考えるべきことは、ララを必ず守り通すことだ。ララに危険が迫るというのなら、俺がその全てを斬り捨てる。それしかララを守る術は無いだろう。

 更にそこへリインが加わる。リインは戦士としての実力があるから、そこまで大きな心配はしていない。戦士ならば命懸けの戦場など覚悟の上のはずだ。

 だがもしリインに何かあれば、アイリーン先生が悲しむ。彼女が悲しむ姿を見たいとは思わない。
 命を二つ、この背中に背負うことになる。
 アスガルで何が俺達を待ち受けているのか知らないが、それはきっと苦しいものになるのだろう。

 俺は大きな溜息を吐き、胸中で覚悟を固めた。

「――分かりました。校長、貴方の話に乗りましょう」
「そうか」
「ただ勘違いしないでください。私が戦いに赴くのは予言だからではありません。ララを守る為です」
「それで構わぬ。君には……大変なことを頼んでおると自覚しておる。儂を恨んでも良いのじゃぞ?」

 校長先生は悲しそうに苦笑する。

 そんな顔をするのなら初めから予言なんて持ち出さないでほしい。
 だけど校長先生には少なからず恩もある。俺を学校の教師として受け入れてくれた件もあるし、俺とララを引き合わせてくれる件もある。

 初めから予言のことを知っていたのかもしれないが、そこに感謝はあれど恨み辛みは無い。
 それにアスガルにはいずれ行くことにしていた。アーサーを探すだけのつもりだったが、アイツが黒き魔法を探しているのなら、それを調べなければならない。

「それで、俺はアスガルで何をすれば良いんですか?」
「そこで待ち受けているものを乗り越えてほしいのじゃ。詳しくは分からぬ。ただ君達はアスガルで黒き魔法と関わることになる」

 不明瞭な内容だが、今までと違って何も分からない状態で行く訳じゃないみたいだ。
 黒き魔法と関わる、それを聞けただけでも覚悟の重みが変わってくる。
 俺はもう一度溜息を吐き、校長先生に頷いて見せた。

「分かりました。一月後ですね。それまでに準備しておきます」
「頼む」
「国王陛下の説得はしてくださいよ。前回もララが攫われたことを知られた時、正直生きた心地がしなかったもので」
「それは大丈夫じゃ。今回も予言を持ち出して既に説得済みじゃ」
「手の早いことで……」

 それならもう俺が国王と顔を合わせる必要は無いな。顔を合わせる度に小言を貰っていては堪らないし、向こうだって俺に小言を言いたくは無いだろう。

「それで……リインも連れて行くのですか? 折角護身術の引き継ぎができるのに……」
「必要なことじゃ。生徒達には悪いが……また自習してもらうかの」

 リインには悪いとは思っていないのだろうか。
 しかし、リインが旅に付いてくるとなったら、ララのことを教えておかなければならないだろう。まだリインはララが魔王の娘で聖女であることを知らないし、俺が雷神と風神の力を有していることも知らない。
 教えたところで何か俺達に不利なことを仕出かすとは考えにくいが、機を見て話すしかないか。

 そもそも、リインが旅に同行することを承諾するのか? それにアイリーン先生も妹がそんな危険な旅に出ることを許すだろうか? 何方か一方でも嫌がれば、俺は連れて行く気なんて無いぞ。

「リインと家族であるアイリーン先生には何と? 二人から承諾を得られなければ、校長が何と言おうと連れて行く気はありませんよ」
「うむ。二人には儂から話そう。ララのことについてもじゃ」
「……分かりました。くれぐれも二人の意志を尊重してください。予言だからと掟だからと押し付けないよう、お願いします。あ、それと空間拡大魔法のポーチ、また用意をお願いします」

 俺は椅子から立ち上がり、校長に一礼してから部屋を出た。このまま私室に戻らず、寄宿舎に帰ることにする。

 一月後、アスガルに旅立つのであれば、それなりの用意をしていかなければならない。アスガル付近に生息する怪物に対抗する為の魔法道具とか、戦いに必要な霊薬とか、食料とか消耗品とか色々と。

 霊薬はララに頼むとして――待て、それより先にララへの説明と説得をしなければならない。命懸けの旅になるのなら、ララとちゃんと話し合わなければ。それにシンクについても考えなければ。誰かに預けて良いものなのか、それとも責任を持って連れて行かなければならないのか。ヴァーガスになる心配はもう皆無とは言え、エフィロディアの者達に対してシンクを誰かに預けるのは義理に反しているのではないだろうか。

 ええい、やることが多い。先ずはララとの話し合い、その次にシンクのこと、諸々の道具の準備、黒き魔法についてもう一度昔の文献に書かれていないか調べたほうが良いか。

 これで無給か……いや、金の為にやってる訳じゃないけど――あ、そう言えば金も無いんだった。持ち合わせは魔獣との戦いでポーチごと無くしてしまった。魔獣の一撃を喰らった時に鎧もポーチも吹き飛んで――あ! 鎧! 鎧がねぇ! 旅立ちまでに装備を一式新調しなきゃいけねぇじゃん!

 どんどんやるべき事が頭の中で増えていき、立ち眩みを覚えて中庭の廊下で壁にもたれ掛かってしまう。

 その時、後ろから声が掛けられた。

「何やってるのよ?」
「へ? あー、リインか」

 リインがそこには立っていた。まだ寄宿舎に帰っていなかったようだ。
 壁から身体を離し、大きく息を吐いて気分を切り替える。

「別に、ちょっと先のことでナイーブになってただけ」
「はぁ?」
「それより、お前こそ何してんだ? 帰ったんじゃなかったのか?」
「校長先生に呼び出されたのよ。そろそろ貴方から授業を引き継ぐんじゃないかしら?」

 そう言うリインの顔は少しだけ嬉しそうだった。やっと都で一人前の扱いをしてもらえるのだ、誰であれそれは喜ばしいことだ。

 この子が、俺とララの予言にも読まれている――。

 エルフ族の中ではまだまだ若い、人族で言うところの少女に匹敵する若さだ。大戦が終わり、平和の日々が続いているのに、この子はこれから命懸けの旅を俺達とするかもしれない。

 叶うことなら、そんなことにはなってほしくない。予言なんて訳のわからないことに巻き込まれず、都で幸せに過ごしてほしい。

 そんな思いが顔に滲み出ていたのか、リインが訝しんだ顔を向けてくる。

「何?」
「――いや、そうだな。校長先生には俺から推薦しておいたから、すぐに引き継ぎが始まるだろうさ」
「本当!?」

 リインはぱぁっと表情を明るくさせるが、すぐにハッとして俺から身体を守るようにして離れた。

「……変なこと企んでるんじゃないでしょうね?」
「推薦取り消すぞ?」
「ちょっと、真顔で言わないでよ……え、本気じゃないわよね? ね? ね?」
「気が変わらない内に早く校長の所に行ってこい」
「行ってくるわ!」

 リインは脱兎の如く校長室へと向かっていった。

 たぶん、旅の話もするのだろう。その時リインがどんな反応をしてどんな考えを持つのか分からない。
 願わくば、彼女の意思が尊重されるように。

 そんなことを願いながら、俺はララとシンクが待つ寄宿舎へと帰っていった。


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