魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。

八魔刀

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第三章 後継者

第52話 謎の組織

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 アーゼルに連れられた場所は、彼女の執務室だった。古めかしい本やら校長先生が欲しがりそうな骨董品などが置かれており、とても女性らしい部屋とは思えなかった。

 御茶を淹れようかと言われたが、此処の奴らに出される物を口にする気は一切無い。さっさと本題に入れと無言の圧力を放つ。

 アーゼルは苦笑し、自分のデスクに座って話を始める。

「彼らが現れたのは一年ぐらい前です。黒き魔法こそが是と掲げ、その力を振るい、悪逆非道を尽くしています」
「例えば?」
「やってることは単なる賊と変わりません。人より強力な魔法を使って強奪したり、クレセントに対立する者達を襲撃したりと」
「軍は何をしている? たかが賊ならさっさと捕らえれば良いだろう」
「言ったでしょう? 人より強力な魔法を使うと。大戦で人族は思い知ったはずです。人族の魔法はあまりにも弱いと。強力な魔法を使えるというだけで中々に厄介なのです」

 アーゼルの言っていることは分かる。現在の人族の魔法力はかなり低い。大昔の人族と比べると天と地の差だ。知識として強力な魔法を知っていたとしても、それを扱える魔法力は既に失われている。
 だから他人より突出した力を持った人族が暴れてしまえば、それを抑えるのに数十人掛かりで挑まなければならない始末だ。

 その力を持った者達が組織を成して犯罪行為をしているとなると、成る程、確かに手を焼くはずだ。
 加えて言うと、おそらく組織の増大も止められていないのだろう。どんな原理か不明だが、その組織に属している者達は皆力を持っている。それはつまり力を得る手段があるということだ。力無き者達が知れば、自ずと手を伸ばしたくなるだろう。

「先程、貴方達が無力化した者達を捕らえ尋問してみましたが、どうやら彼らは末端のようで、有益な情報を持っていませんでした」

 末端でアレか。中位には届いていなかったが、下位にしては強力な魔法だった。
 なら上層部は更に力のある魔法を使うと見て良いだろう。

「クレセントについて知っている情報は? 全部話せ」
「勿論そのつもりです。此方に全て纏めてあります」

 アーゼルは資料を纏めた物を渡してきた。それを手に取り、その場でパラパラと捲って見てみる。今此処で全部に目を通すのは無理だ。何処かで時間を取らなければならないか。

「……宿を取って検める」
「でしたら、城のほうで部屋を――」
「命を狙わない保証は無いだろう」

 あのヘクターならやりかねない。どうもこのクレセントの件はこのアーゼルの手によって俺に任せることにした臭い。つまりはヘクターの意志ではない。ならいつでも気が変わって俺を、俺達を殺しにくる可能性がある。そんな奴の懐にいつまでもいるつもりはない。

「では王都で一番良い宿を――」
「それもいらん。こっちで決める。どうしてもというなら宿代だけ貰っておこうか」
「分かりました……これだけあれば数日は事足りるでしょう」

 金が入った袋をデスクから取り出し、それを渡してきた。随分と用意が良いなと思ったが、考えてみればこの女は占い師だ。占いで俺の行動でも先読みしたんだろう。気に食わない。

 アーゼルから金を受け取り、クレセントに関する資料を持って執務室から出た。
 兵士に連れられ城から出た俺達は、急ぎ足で城から離れる。少しでも早くアイツらの目の届かない場所へと移動したかった。
 その足で城から一番離れた場所にある宿を押さえ、俺達は束の間の休息を行った。

「ねぇ、何で一部屋だけなの?」
「仕方ないだろ、一部屋しか空いてなかったんだから」
「だからって、女の部屋に男が居るのってどうなの?」

 宿の部屋は一部屋しか空いておらず、俺達は同じ部屋で過ごすことになった。
 モラル的にどうかとは思いはするが、これはこれで都合が良いと俺は思っている。

「気を抜くなよ、リイン。王都にいるかぎり、俺達以外に味方がいないと考えとけ」
「……ねぇ、どうしてあんなに嫌われてるの?」

 受け取った資料に目を通していると、リインがそんなことを訊いてきた。
 ベットに寝転がっているララも、チラリと俺を見てきた。

「……人族は混血に理解が浅い。ハーフとは見ずに化け物として見る。俺は半魔だから尚更だ」
「でも貴方、英雄なんでしょう? 大戦で多くの魔族を倒して、人族に貢献したんじゃないの?」
「だからこそだよ。魔族が人族に貢献したって事実が気に食わないんだ。一部じゃ、裏切り者の烙印を押されてる。同族を殺す化け物だとさ」
「何それ……酷い」

 リインは顔を顰めた。

 そう感じてくれるだけで俺は充分だ。俺を受け入れてくれる場所がある。その事実だけで、俺を嫌う者達のことはどうでもよくなる。
 いっそのこと、永久に人族の土地に足を踏み入れられなくなったって良い。思い入れも無ければ、拘りも無い。エリシア達に会いづらくなるだろうが、こっちに招待すれば良いだけだ。
 それに人族の土地で過ごしたとしても、たぶん俺と人では生きる時間が違う。時間が違う中で一緒に過ごすのは無理な話だ。

「……私、人族のこと嫌いになりそう」
「全員が全員同じじゃない。一緒くたにしないでやってくれ」
「まぁ……貴方がそれで良いって言うなら」
「それより、クレセントだ。さっさと片付けて先に進もう」

 アーゼルから受け取った資料を読んでみると、色々とクレセントについて分かったことがある。

 先ず、クレセントという組織はかなり前から存在していたらしい。あくまでも噂、伝説として語られていただけだが、それが一年前になって姿を現した。
 元々、クレセントは確かに黒き魔法に関わる組織で、謎に包まれたものだった。

 それがどうして突然姿を現して悪さをし始めたのか……。
 おそらくだが、今クレセントと名乗って活動している奴らは、組織の名を騙った偽物か、或いは本来の組織とは別の系統かだ。

 組織のメンバーに共通しているのは、全員が必ず身体の何処かに黒い三日月の入れ墨が彫られている、下位以上の魔法を使用することができることだ。それ以外は一般人と何も変わらない。
 犯行のタイミングは昼夜問わずで、いつ襲撃があるのか分からない。故に後手に回るしかなく、未然に防ぐことができない。

「センセ、黒き魔法って結局何なんだ?」
「あー……そうだな……簡単に言うと、破滅の魔法だ」
「破滅……」

 ララは自分の胸に手を当てて表情を暗くした。
 ララも魔族としての力で、似たような力を持っている。それもそれでかなり強力な魔法だが、黒き魔法はそれ以上だ。

「俺も詳しいことは知らない。今は七属性の魔力だが、元は八属性だった。その力があまりにも強力で恐ろしいモノだったから神々がその力を封じた。それが黒き魔法……」
「私も少しは聞いたことあるわ。えっと……その封印には光の神リディアスが活躍したとか」

 リディアスか……アスガル王国が奉る神。エルフの国であるヴァーレン王国も光の精霊と同列に崇めているが、その力は七神の中でも群を抜くと云われている。
 女神、とされているがドラゴンとも云われている。

「何分、御伽噺とされてる代物だから、確かな資料が少ない。そんなものを崇めてる組織があるってのも初耳だ」
「……それがどうして私を狙うことになるんだ……」

 ララは疲れたように呟いた。

 確かに何でララが狙われることになるのだろうか。ララが黒き魔法に関わっている訳でもないし、ララが脅威になるとも思えない。
 狙われる要因を挙げるとしたら、魔王の娘か聖女であることぐらいしかない。仮にそうだとすれば、その情報がどうやって漏れるかだ。今現在、この国でそれを知っているのは此処に居る三人だけだ。

「……それで? これからどうするの?」
「……クレセントのメンバーを捕らえて拠点を聞き出すしかない」
「どうやって? 事件が起こるのを待つの?」

 俺は資料の一ページを開いてリインとララに見せる。

「どうやらあのアーゼルって女、既に策を用意していたらしい」

 あの女……最初から俺が仕事を引き受けることを前提に動き出していやがったな。
 気配もただ者じゃない……いったい何者だ?
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