魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。

八魔刀

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第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉

第72話 プロローグ

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 最強の勇者は誰かと問われれば、凡そ大抵の者達はこう答えるだろう。
 光の勇者アーサー・ライガットと――。
 彼は勇者の中で唯一盾を使う者であり、その盾は魔王ですら破れなかったと言う。
 剣を一振りするだけで黒雲に染まった空が光り輝き、世界を眩い光で照らした。

 次点で強いのは誰かと問われれば、凡そ大抵の者達はこの名を口にするだろう。
 雷の勇者エリシア・ライガットと――。
 彼女は人族の東国に伝わるカタナを二振り使い、文字通り雷となって戦場を駆け抜ける。
 彼女の通る道は雷嵐の如く荒れ狂い、神々の怒りと例えられる。

 三番目に強いのは誰かと問われれば、凡そ大抵の者達はこう答えるだろう。
 そこまでは比べられないと――。
 地、水、火、風、氷の五人の勇者達は確かに強い。兵士達が戦えば十秒も保たないだろう。
 しかし彼らは圧倒的な力で敵を粉砕することを得意としているが、アーサーやエリシアのように技術までが優れているとは言えないのだ。

 それでも彼らは勇者として君臨しており、今でも魔族への切り札として大事にされている。

 ところで、最近になって妙な噂が一部の国で立っている。
 水の勇者であるカイ・ライガットが病に伏していると。その病は重く、一時は危篤に状態まで陥ったとか。

 真相は明らかではない。噂が立った理由も、水の勇者の姿を彼が治めているローマンダルフ王国の民達はずっと見ていないからだ。

 大臣達の話ではカイ王は御健在だと、噂されているようなことは無いと公言しているが、カイが民達の前に姿を現すことは無かった。

 そしてもう一つ、氷の勇者の姿が頻繁にローマンダルフ王国で目撃されているというのだ。
 氷の勇者シオン・ライガットとカイが大変仲が良いというのは周知の事実。
 そのシオンが病と噂されているカイの下に頻繁に現れている。
 それが噂を拍車させる要因になっているのだ。

 その噂を確かめるべく、エリシアはローマンダルフ王国へ自身の名代として部下を派遣し、様子を窺いに行かせた。

 暫くして派遣した部下が帰還した。だが部下はカイに謁見することが叶わず、何故かその場にいたシオンに帰されたと言う。

 疑問が残るも、シオンがカイの傍にいるのなら大丈夫だろうとエリシアは判断し、一先ずは自都の問題に努めることにした。

 リィンウェルは今やミズガルを唯一支える街になっている。

 もう半年前になる。光の勇者アーサーの手によってアスガル王国は事実上の瓦解を迎えてしまい、今や名ばかりの国へと落ちてしまった。
 国を治める王族を皆殺しにし、王都ミズガルを守る兵士達を人成らざる者へと変え、民達を魔法で操り、解けた今でも元の生活に戻れない程の後遺症を残してしまった。

 民達へは後遺症が無くなるまでリィンウェルが支援し、ミズガルが他の国に侵略されるのを勇者の名において禁じさせている。ミズガル以外の街も勇者の名において侵略することを禁じ、その件については風の勇者であるユーリ・ライガットも己と自国の名の下に支持しており、それを破ることはエリシアとユーリを敵に回す事と同意義になる。

 エリシアが属するゲルディアス王国の国王ヘクター・ヴォルティスは最初、この機に乗じてアスガル王国の領土を手に入れようとしたようだが、エリシアがそれを許さず、更にはエフィロディア連合国がエリシア側に付いてしまったとなれば迂闊に手を出せなくなった。

 国に属して国の法に従ってはいるが、それはあくまでも勇者の道理に反しない範囲であり、その一線を越えるのならば例え誰であろうと勇者は不義理を働く者を決して許さない。

 かくして、一応アスガルの生命線を維持させることができたエリシアは、この半年間でミズガルの民達の治療と支援、他のアスガル領の領主達と話を付け、アスガル王国が復興するのを手伝い続けている。

「うはぁ~~~ん……!」

 エリシアは自分の書斎で書類を放り投げてデスクに突っ伏した。
 彼此数週間も徹夜で仕事を続けている。そろそろ休憩したい。湯浴みをしたい。ルドガーに会いたい、ご飯を食べたいと、心が挫けそうになり涙目になる。

「お嬢……もう少しで終わりますから辛抱してくだせぇ」
「それ三日前にも聞いた~! 二日前も昨日も! でも全然終わらないぃ!」

 補佐に就いているモリソンも草臥れた様子で肩を解し、エリシアの気持ちも分かると頷く。

 人事、予算、日程調整、計画書の確認、承認、その他諸々の書類が山のように毎日積まれ、一山片付けたと思えば新たな山が襲ってくる。

 それもそうだろう。国でもなく街が王都一つ丸々を囲っているのだ。ゲルディアス王国はエリシアが勝手にしたことだと手は貸さず、リィンウェルだけで面倒を見ている。

 リィンウェルから人員を割きミズガルに派遣し、予算も全てリィンウェル、延いてはエリシア持ち。アスガルにある予算にも限りがあり贅沢には使えない。

 それにアスガルにはアスガルの法や理念、文化だってある。それを侵害せず守りながら支援を行わなければならない。それを厳正なる調査をしなが計画を練り、不備が無いかを時間を掛けて確認する。

 そんな日々を過ごせば窶れもするだろう。寝れても一、二時間程度。これでは仕事の効率も悪くなってしまう。

「あぁ~……ルドガーに会いたい」
「……ルドガーが帰るのは二日後ですぜ」
「……明日は絶対に湯浴みする。それで明後日は休むわよ」
「……ま、いいでしょう。他の者達にも休みを与えましょう。流石に指揮も落ちれば効率が下がる」

 モリソンも休むことを許可した。
 当然である。何せモリソンも休みたいからである。上が休まなければ下が休めない。
 モリソンはモリソンで苦労しているのだ。

「はぁ~……早く帰ってこないかな、ルドガー」
「失礼します。勇者様、お客様がお見えになられております」
「お客……?」



    ★



「おら!」

 最後の怪物を仕留め、ナハトを背中に背負う。

 今、俺達はアスガル領の街の付近に出没している怪物退治にやって来ている。

 元々はその街の兵士達の仕事なのがら、彼らでは太刀打ちできないような相手だった。
 そういう場合は王都から騎士が派遣されるのだが、王都は知っての通り壊滅している。救援を得られない彼らに俺達は力を貸して怪物退治をしているのだ。

 今し方倒したのは『レーシー』と呼ばれる木の怪物だ。元は妖精の類いだったが、それが毒素を含んだ魔力を吸収して怪物に変貌してしまったものだ。
 レーシーは全身が木の巨人のような姿をしており、木の枝や幹を伸ばして人や動物を襲い自分の栄養にする。
 弱点は身体の何処かにある心臓で、火属性の力で潰せば問題無く倒せる。
 ただ厄介なのは全身が武器であるレーシーに迂闊に近付けないこと。それにレーシーは喰らうだけじゃなく、種子を植え付けて仲間を増やす特性も持つ。

 有効な戦い方は常に火属性の魔力を纏うか、レーシーの周辺を燃やすかだ。

「センセ」

 ララと、こっちに戻ってきていたリインと合流する。

「ララ、そっちはどうだ?」
「全部片付けた。レーシーの木片は良い霊薬の素材になる。丁度良い収穫だ」

 レージーの木片を詰め込んだ小瓶を揺らしポーチに戻す。
 二人にも怪物退治を手伝ってもらい、戦いの場数を踏んでもらっている。

 もうララは守るだけの存在じゃない。一緒に戦う相棒のような奴だと思っている。
 それにリイン……リインのお陰でララの傍から離れても大丈夫になった。
 彼女も、俺にとっては頼もしい仲間だ。

「ならこれで最後か……。戻って領主に報告するぞ」
「んー……人族の大陸って不思議。どうしてこんなに怪物が多いのかしら? ヴァーレンじゃ、そういないのに」

 リインがレーシーの死骸を爪先で突きながらそんなことを言う。

「あっちは清浄な魔力で豊富だからな。怪物が生まれ難い」
「……人族の大陸でこれじゃ、魔族の大陸はヤバそうね」
「ヤバいどころじゃない。ララが無事に育ったことが奇跡のようだって言える」
「ま、私と母が住んでいた場所は辺境も辺境だからな。怪物も少なかった」

 俺達は森を歩き、怪物退治の依頼を受けた街へと戻る。
 街に戻った俺達は領主達から沢山の感謝をされ、報酬として金銭を差し出されたが、国を支援している俺達がそれを貰うわけにはいかない。リィンウェルに買えるまでの水や食料だけを頂いてその街を出た。

 もうアレから半年……俺達は未だリィンウェルに滞在している。その間、教師としての仕事はできず生徒達には申し訳ないことをしていると思っている。

 本来ならば一度戻ってまた旅をする機会が訪れるまで教師生活に時間を費やしているのだが、今回はそうもいかなかった。

 弟であるアーサーが仕出かした責任を兄である俺が取らなければならない。俺にできることはこうした剣を振るうことだけだが、それが役に立つのであれば全力を尽くす。

 エリシアの仕事を手伝ってやりたいが、一応あくまでも部外者である俺達ができることは極々限られている。だからこうして身体を動かす仕事を請け負い、アスガルの彼方此方に派遣されているのだ。

「しかし……そろそろあっちの様子が気になる頃だな」
「……えー? また私に戻れって言うの?」
「いや、でもなぁ……」

 エルフ族に英雄として受け入れられ、居場所をくれたあの国を放置しておくのはどうかとも思う。せめて情報を仕入れ、気に掛けることくらいはしておきたい。
 その為リインにはこの半年の間、何度かあっちに戻ってもらい近況報告のついでに様子を見に行ってもらっている。

 だがリインはそれについて不満を感じている。
 自分はあくまでも聖女であるララを守る戦士であり、伝書鳩ではないと。

 いやまったく仰る通りなんだが、今自由に行き来できるのはリインだけであり、どうしても頼む形になるのだ。

「……たかが数ヶ月じゃない。そんな短い期間でエルフの状況が変わると思って?」
「数ヶ月って……一月で色々変わるだろう?」
「まぁ……人族はそうかもしれないけど。こっちはエルフよ? 寿命が違うんだから、時間の感じ方や流れが全部一緒な訳ないじゃない」
『……』

 俺とララは顔を見合わせる。

 確かに、言われてみればそうだ。
 エルフ族はその一生が千年以上続くことだってある。最低でも八百年は生きる。それだけ生きる存在が感じる時間の流れなんて、人族では予想も付かないだろう。

 俺やララも半人半魔で寿命はたぶん長いほうだろうけど、基本的には人族と同じ時間の感覚だ。既に数百年以上生きている彼女達にとって、数ヶ月など短く感じるのだろう。

 盲点だ。盲点だった。
 だがそれを言われてしまえば、今すぐにリインを国へ戻す理由が無くなってしまう。

 まぁ……今回は諦めるか。また時間が経ってから様子を見に行ってもらおう。


 俺達は二日掛けてリィンウェルへと戻ってきた。リィンウェルを発って一週間以上……。
 エリシアは元気に仕事をしているだろうか。

 報告の為に城へと向かう。エントランスへ入るドアが独りでに開かれ、中へ入ると何者かが俺の腹へと飛び込んできた。

「は?」

 その者は腕を俺の背中に回し、力一杯抱き締めてくる。
 いったい誰だと思い、飛び込んできた者を見下ろす。

 黒髪の少年、だ……。ララより少し年下だろうか。

 俺が困惑していると、その少年は顔を上げて口を開いた。

「父さん!」
「――――ん?」
「会いたかったよ父さん!」
「――――んん!?」

 少年は俺の顔をキラキラした目で見つめ、『父さん』と呼んだ。

 え、父さん……? 誰が? 誰の? ん?

 隣に居るララとリインを見ると、絶句した顔で俺を見つめていた。
 リインに至っては剣を半ば鞘から抜き放っていた。

「ルドガー先生!」
「え――アイリーン先生!?」

 エントランスのソファーに座っていたのか、エルフの大陸にいるはずのアイリーン先生が笑顔で駆け寄ってきた。

 その後ろには、もの凄く不機嫌そうな顔をしたエリシアと、やれやれと言ったような顔をしているモリソンがいる。

「ね、姉さん!?」
「ルドガー先生! お帰りなさいませ!」

 アイリーン先生は驚く妹に反応することなく俺の前で立ち止まり、嬉しそうにニコニコする。

 待ってくれ、理解が追い付かない。何でリィンウェルに帰ってきたらアイリーン先生がいるんだ? それにこの子は誰だ? 俺はこんな男の子知らな――。

「……?」

 いや待て……知ってる……知ってるぞ。いや、俺の知っている子はもっと幼い子だ。
 だがこの目、この顔は……まるでその子が成長したらこんな顔になるんだろうなと言う顔だ。

「……シンク?」
「そうだよ父さん!」

「…………ええええええええええええええ!?」
「うそおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「はあああああああああああああああああ!?」

 俺、ララ、リインは驚愕のあまり悲鳴を上げてしまった。



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