15 / 27
第十四章
しおりを挟む
電車に揺られること、およそ三十分。雨の降りはじめた駅前で、俺は地図アプリと周囲の景色を見比べていた。
「あっちだな。だいたい十分くらいか」
スマホをしまい、傘を広げて肩に軽く預けるように持ち直した。
「ね~、アタシも傘持っちゃダメ?」
「ダメだろ。傍から見れば怪奇現象そのものになんだから」
それどころか、浮遊する傘と一緒に平然と歩く俺たちまで、怪しまれる可能性もある。
「雨粒全部すり抜ければいいんじゃないのか?」
「いやまあ、そうすんだけどさ~、目のとこ通るときすごい気持ち悪いんだよね~……」
「気持ち悪い? どうなるんだ?」
「なんか一瞬だけ、水ん中で目開けたときみたいな? そんな感じになんだよね~……。雨強いと何回もそうなるから、だんだん車酔いみたいになってくるし……」
興味深い話だ。透過能力にそんなリスクがあったとは。
「そうか。なら、濡れながら行くしかないかもな」
「え、ひど~! なんかいい方法考えてよ~!」
とはいえ、そんな状態で歩かせるのも忍びない。逢恋が傘を持たずに雨を凌ぐには……。
「……ん! いいこと思いついた!」
そう言って逢恋は突然、俺に詰め寄ってきた。
「な、なんだよ……!?」
ずいっと顔を寄せ、戸惑う俺にイタズラっぽく笑いかけたかと思うと、彼女はそのままくるりと身を翻し、俺の隣にすっぽりと収まった。
「にひひ~! これでいいじゃん!」
「ちょっ……!? お、押すなよ……!」
楽しげに笑いながら、逢恋は俺の腕にぴったりと肩を寄せている。
互いの制服越しに伝わる、彼女の肌の柔らかさ。そしてその奥の、微かな骨の輪郭。彼女が幽霊であることを、一瞬忘れてしまうような、不思議な感触だった。
「アハハっ! ごめんごめん! すり抜けんの忘れてた~!」
彼女がそう言うと、途端に腕にかかっていた重さが、ふっと消えてしまった。ふとそちらに目をやると、俺の腕が彼女の肩にめり込んでいるのが見える。
この胸の高鳴りが、腕を伝って彼女にバレずに済むことに、少しだけ安堵した。
「顔に雨かかんなきゃいいから、傘こっち寄せなくて大丈夫だかんね~」
傘の中、俺の隣で逢恋は楽しそうに微笑んでいる。
「わ、わかったからとっとと行くぞ……!」
くっついたままで歩くという、気恥ずかしいにも程がある状況はなんとか免れたが、よく考えれば相合傘をしていることには変わりないため、どうにも落ち着かない。
「ふふっ! はーい! のえるん行くよ~?」
不意に振り返り、彼女は駅の構内に向けて声をかけた。
「……ん? なんであいつあんなとこ……」
改札の手前、広告の張り出された四角い柱に、ノエルは身を隠しながら、キョロキョロと辺りを窺っている。
「わかんな~い。こっち着いてからずっとああやって隠れてんの。のえる~ん!? 置いてくよ~!?」
逢恋が声を張り上げると、ノエルはなぜかビクッと体を震わせ、どこか怯えた様子でこちらを見た。そして、屋根のない場所まではまだ大分距離があるにも関わらず、持っていた傘を広げると、前が見えるか怪しいほど目深にかざしながら、こちらへ駆け寄ってきた。
「なあ、何コソコソしてんだ?」
「え!? な、なんでもないよ! ちょっと、考え事してただけで……!」
少し突っついただけで彼はあたふたと慌てふためき、目すら合わせようとしない。どう考えても「ちょっと考え事してただけ」には見えないが、かといって無理に踏み込むのも違うだろう。それにこちらとしては、男女が一つ傘の下という、いかにもな状況を茶化されずに済むぶん、彼が何かに気を取られているのはむしろありがたい。
「……まあ、時間ももったいないし行くか」
雨の中を歩くこと、およそ十五分。ズボンの裾がすっかり湿り気を帯びてしまったころ、ようやく目的地が見えてきた。
「アプリに載ってんのはここまでか」
到着を告げる音声が流れ終わる前に、スマホをしまい込んだ。
俺たちの前には、コンクリート造りの無機質な建物がいくつも建ち並び、そのどれもが同じ表情のまま、じっと雨に堪えている。いわゆる『団地』と呼ばれる地域に、俺たちはいた。
一番手前の棟を見上げると、外壁の隅には大きく、『1』と書かれている。
「二の三〇七って言ってたか?」
「……え。やば、覚えてない」
このポンコツエージェントめ……。
「合ってるよ! いちおうメモも取ってあったから!」
「お~! のえるんさっすが~!」
ようやく平静を取り戻したであろうノエルが、スマホ片手に微笑んでいる。
「んじゃ、あっちだな」
一つ奥の建物を指差し、俺は歩き出した。
「三〇七……ここか」
ドアの脇、黒いインターホンの上に掲げられた表札には、部屋番号の下に、『舘入』と書かれていた。
「えっ!? も、もう押しちゃうの!?」
インターホンに手を伸ばした俺に、ノエルは慌てて声をかけた。
「ダメなのか?」
「いや、ダメっていうか……まだ心の準備が……!」
緊張からか、ノエルの顔は少し引きつっているように見えた。が、俺はお構いなしにボタンを押した。
「あー!? もう!!」
「アハハっ! かおるんわっる~!」
「話を聞くだけだぞ? 心の準備なんざ必要ないだろ」
怒りに頬を膨らませながら、ノエルは俺を睨みつけている。そんなノエルの頬を、逢恋は楽しそうに指でつついておちょくっている。
「……遅いな」
そんな二人の様子を眺めていたが、中からはいつまで経っても返答が来ない。
「留守かなぁ」
「それか、そもそも出る気がないかだな」
倉橋の言うとおり、友達を失って塞ぎ込んでいるのであれば、十分可能性はあるだろう。
「だとすると、お手上げってことになっちゃうよね……?」
「アタシ、見てこよっか?」
せめて本人が在宅かどうかくらいは知っておきたいところだ。そう思い、逢恋に向けて頷き返す。
ちょうどそのとき、ドアの向こうでガチャリと音がした。
「……誰?」
ほんの少しだけ開いたドアの隙間から、低く唸るような女性の声が聞こえた。
「あ、えと、舘入さんのお宅ですよね……?」
「……見ればわかるでしょ」
念のため確認しただけのノエルに対し、彼女は刺々しく吐き捨てた。
「す、すみません……! えと……時音さんは、いらっしゃいますか?」
謝るノエルの背後からそっとドアの隙間を覗いてみると、チェーンの向こうからこちらを睨みつける彼女と目が合った。
「……私が、何?」
さらに警戒心を強め、怒気すらも孕んだような声色で、彼女――舘入時音は問い返す。
「この子が、アタシの友達……?」
同じく隙間を覗き込みながら、逢恋は怪訝な顔で呟く。その反応を見るに、何かを思い出すには至らなかったようだ。
「あ、あの……! 僕ら、あいるんの……周郷さんの、友達……なんですけど……」
逢恋の名前が出た途端、舘入は目を見開き驚いたように見えたが、次の瞬間には、より一層その目つきは厳しくなっていた。
「……友達? あんたらなんか見たことない」
「それは、えと……僕ら、別のクラスで……あっ、中学は、同じだったんですけど……」
関係性を偽ることは、あらかじめ決めていた。赤の他人のままでは、舘入から話を引き出せるとは思えなかったからだ。ただ、逢恋が記憶喪失である以上、彼女の過去に関しては完全に当てずっぽうで臨むしかなく、でたらめな関係性を構築せざるを得なかった。そのため、あまり深く追及されると確実にボロが出てしまうのだが、果たして……。
「は? 私だって同じ中学なんだけど。なんなの、お前ら」
「え゛……」
「あ、マジ……?」
マズイな、完全に裏目った。
「ふざけんなら帰ってくんない? でなきゃ警察呼ぶから」
「ま、待ってください! 友達なのは本当なんです! 僕らはただ、あいるんになにがあったのか知りたいだけで……!」
必死に弁解するノエルに、舘入は明らかな敵意を含んだ目を向けている。
「……お前らなんかに話すことなんて無い。帰って」
「ど、どうすんのこれ……? めちゃめちゃ怒ってっけど……」
舘入の態度に、逢恋は慌てた様子で俺を見つめている。
「お願いします! なにか、知ってることがあるなら……!」
「チッ……もういい、警察呼ぶから」
舌打ち混じりに舘入はそう吐き捨て、俺たちから視線を切った。
顔を伏せ、ドアを閉めようとしたその隙間に向け、俺は声をかけた。
「……髪を、触る癖があるだろ」
閉まりかけたドアが、ピタッと動きを止めた。
「イラついてるとき、嘘をつくとき、居心地が悪いとき……。ストレスを感じると、あいつはいつも、毛先を右手で弄ってた」
『周郷逢恋』という人間について、俺は何も知らない。二日前、俺の前に現れたときには、彼女はすでに幽霊で、記憶喪失だったからだ。だがこの二日間、すぐそばで彼女を見続けていたことで気付いた、些細な癖。この状況において俺が切れるカードは、たったこれだけだった。
「……嘘をついたことについては……悪かった、謝るよ。俺たちの関係性は、ちょっと変わってて……複雑な事情があるんだ」
先ほどからの様子を見るに、彼女も『見えない人間』のようだ。正直に話せば、かえって警戒心を煽ることになるかもしれない。ならばここは虚実を織り交ぜつつも、真摯な態度で臨むべきだ。
「ただ、さっきこいつが言ったとおり、俺たちと逢恋は友達なんだ。そこに嘘はない」
「友達になろう」と、明確に言葉にしたわけではない。けれどもこの二日間、共に過ごした濃密な時間の中で、逢恋という人間がノエルと並ぶほど……大切な人と呼べるほどに、大きくなっていた。
「癖を一つ挙げたところで、信じてもらえるとは思ってない。むしろ、疑ったままでも構わない」
つまるところ、自分は信用するに値しないと白状しているようなものだ。それでも、俺が取り繕おうとしなかったのは、せめて外側だけでも誠実でありたかったのかもしれない。
「……逢恋に何があったのか、俺たちはただ、真実が知りたいだけなんだ。だから、頼む」
そう言って、その場で深く、頭を下げた。
「――あっ……! ぼ、僕からも、お願いします!」
遅れてノエルが頭を下げる。
訪れた沈黙の中で、少しの間、鳴り落ちる雨音だけを聞いていた。
「……私だってわかんないよ……! なんで、なんで逢恋が……!」
ドアの向こうで、舘入は微かに声を震わせていた。
「あっちだな。だいたい十分くらいか」
スマホをしまい、傘を広げて肩に軽く預けるように持ち直した。
「ね~、アタシも傘持っちゃダメ?」
「ダメだろ。傍から見れば怪奇現象そのものになんだから」
それどころか、浮遊する傘と一緒に平然と歩く俺たちまで、怪しまれる可能性もある。
「雨粒全部すり抜ければいいんじゃないのか?」
「いやまあ、そうすんだけどさ~、目のとこ通るときすごい気持ち悪いんだよね~……」
「気持ち悪い? どうなるんだ?」
「なんか一瞬だけ、水ん中で目開けたときみたいな? そんな感じになんだよね~……。雨強いと何回もそうなるから、だんだん車酔いみたいになってくるし……」
興味深い話だ。透過能力にそんなリスクがあったとは。
「そうか。なら、濡れながら行くしかないかもな」
「え、ひど~! なんかいい方法考えてよ~!」
とはいえ、そんな状態で歩かせるのも忍びない。逢恋が傘を持たずに雨を凌ぐには……。
「……ん! いいこと思いついた!」
そう言って逢恋は突然、俺に詰め寄ってきた。
「な、なんだよ……!?」
ずいっと顔を寄せ、戸惑う俺にイタズラっぽく笑いかけたかと思うと、彼女はそのままくるりと身を翻し、俺の隣にすっぽりと収まった。
「にひひ~! これでいいじゃん!」
「ちょっ……!? お、押すなよ……!」
楽しげに笑いながら、逢恋は俺の腕にぴったりと肩を寄せている。
互いの制服越しに伝わる、彼女の肌の柔らかさ。そしてその奥の、微かな骨の輪郭。彼女が幽霊であることを、一瞬忘れてしまうような、不思議な感触だった。
「アハハっ! ごめんごめん! すり抜けんの忘れてた~!」
彼女がそう言うと、途端に腕にかかっていた重さが、ふっと消えてしまった。ふとそちらに目をやると、俺の腕が彼女の肩にめり込んでいるのが見える。
この胸の高鳴りが、腕を伝って彼女にバレずに済むことに、少しだけ安堵した。
「顔に雨かかんなきゃいいから、傘こっち寄せなくて大丈夫だかんね~」
傘の中、俺の隣で逢恋は楽しそうに微笑んでいる。
「わ、わかったからとっとと行くぞ……!」
くっついたままで歩くという、気恥ずかしいにも程がある状況はなんとか免れたが、よく考えれば相合傘をしていることには変わりないため、どうにも落ち着かない。
「ふふっ! はーい! のえるん行くよ~?」
不意に振り返り、彼女は駅の構内に向けて声をかけた。
「……ん? なんであいつあんなとこ……」
改札の手前、広告の張り出された四角い柱に、ノエルは身を隠しながら、キョロキョロと辺りを窺っている。
「わかんな~い。こっち着いてからずっとああやって隠れてんの。のえる~ん!? 置いてくよ~!?」
逢恋が声を張り上げると、ノエルはなぜかビクッと体を震わせ、どこか怯えた様子でこちらを見た。そして、屋根のない場所まではまだ大分距離があるにも関わらず、持っていた傘を広げると、前が見えるか怪しいほど目深にかざしながら、こちらへ駆け寄ってきた。
「なあ、何コソコソしてんだ?」
「え!? な、なんでもないよ! ちょっと、考え事してただけで……!」
少し突っついただけで彼はあたふたと慌てふためき、目すら合わせようとしない。どう考えても「ちょっと考え事してただけ」には見えないが、かといって無理に踏み込むのも違うだろう。それにこちらとしては、男女が一つ傘の下という、いかにもな状況を茶化されずに済むぶん、彼が何かに気を取られているのはむしろありがたい。
「……まあ、時間ももったいないし行くか」
雨の中を歩くこと、およそ十五分。ズボンの裾がすっかり湿り気を帯びてしまったころ、ようやく目的地が見えてきた。
「アプリに載ってんのはここまでか」
到着を告げる音声が流れ終わる前に、スマホをしまい込んだ。
俺たちの前には、コンクリート造りの無機質な建物がいくつも建ち並び、そのどれもが同じ表情のまま、じっと雨に堪えている。いわゆる『団地』と呼ばれる地域に、俺たちはいた。
一番手前の棟を見上げると、外壁の隅には大きく、『1』と書かれている。
「二の三〇七って言ってたか?」
「……え。やば、覚えてない」
このポンコツエージェントめ……。
「合ってるよ! いちおうメモも取ってあったから!」
「お~! のえるんさっすが~!」
ようやく平静を取り戻したであろうノエルが、スマホ片手に微笑んでいる。
「んじゃ、あっちだな」
一つ奥の建物を指差し、俺は歩き出した。
「三〇七……ここか」
ドアの脇、黒いインターホンの上に掲げられた表札には、部屋番号の下に、『舘入』と書かれていた。
「えっ!? も、もう押しちゃうの!?」
インターホンに手を伸ばした俺に、ノエルは慌てて声をかけた。
「ダメなのか?」
「いや、ダメっていうか……まだ心の準備が……!」
緊張からか、ノエルの顔は少し引きつっているように見えた。が、俺はお構いなしにボタンを押した。
「あー!? もう!!」
「アハハっ! かおるんわっる~!」
「話を聞くだけだぞ? 心の準備なんざ必要ないだろ」
怒りに頬を膨らませながら、ノエルは俺を睨みつけている。そんなノエルの頬を、逢恋は楽しそうに指でつついておちょくっている。
「……遅いな」
そんな二人の様子を眺めていたが、中からはいつまで経っても返答が来ない。
「留守かなぁ」
「それか、そもそも出る気がないかだな」
倉橋の言うとおり、友達を失って塞ぎ込んでいるのであれば、十分可能性はあるだろう。
「だとすると、お手上げってことになっちゃうよね……?」
「アタシ、見てこよっか?」
せめて本人が在宅かどうかくらいは知っておきたいところだ。そう思い、逢恋に向けて頷き返す。
ちょうどそのとき、ドアの向こうでガチャリと音がした。
「……誰?」
ほんの少しだけ開いたドアの隙間から、低く唸るような女性の声が聞こえた。
「あ、えと、舘入さんのお宅ですよね……?」
「……見ればわかるでしょ」
念のため確認しただけのノエルに対し、彼女は刺々しく吐き捨てた。
「す、すみません……! えと……時音さんは、いらっしゃいますか?」
謝るノエルの背後からそっとドアの隙間を覗いてみると、チェーンの向こうからこちらを睨みつける彼女と目が合った。
「……私が、何?」
さらに警戒心を強め、怒気すらも孕んだような声色で、彼女――舘入時音は問い返す。
「この子が、アタシの友達……?」
同じく隙間を覗き込みながら、逢恋は怪訝な顔で呟く。その反応を見るに、何かを思い出すには至らなかったようだ。
「あ、あの……! 僕ら、あいるんの……周郷さんの、友達……なんですけど……」
逢恋の名前が出た途端、舘入は目を見開き驚いたように見えたが、次の瞬間には、より一層その目つきは厳しくなっていた。
「……友達? あんたらなんか見たことない」
「それは、えと……僕ら、別のクラスで……あっ、中学は、同じだったんですけど……」
関係性を偽ることは、あらかじめ決めていた。赤の他人のままでは、舘入から話を引き出せるとは思えなかったからだ。ただ、逢恋が記憶喪失である以上、彼女の過去に関しては完全に当てずっぽうで臨むしかなく、でたらめな関係性を構築せざるを得なかった。そのため、あまり深く追及されると確実にボロが出てしまうのだが、果たして……。
「は? 私だって同じ中学なんだけど。なんなの、お前ら」
「え゛……」
「あ、マジ……?」
マズイな、完全に裏目った。
「ふざけんなら帰ってくんない? でなきゃ警察呼ぶから」
「ま、待ってください! 友達なのは本当なんです! 僕らはただ、あいるんになにがあったのか知りたいだけで……!」
必死に弁解するノエルに、舘入は明らかな敵意を含んだ目を向けている。
「……お前らなんかに話すことなんて無い。帰って」
「ど、どうすんのこれ……? めちゃめちゃ怒ってっけど……」
舘入の態度に、逢恋は慌てた様子で俺を見つめている。
「お願いします! なにか、知ってることがあるなら……!」
「チッ……もういい、警察呼ぶから」
舌打ち混じりに舘入はそう吐き捨て、俺たちから視線を切った。
顔を伏せ、ドアを閉めようとしたその隙間に向け、俺は声をかけた。
「……髪を、触る癖があるだろ」
閉まりかけたドアが、ピタッと動きを止めた。
「イラついてるとき、嘘をつくとき、居心地が悪いとき……。ストレスを感じると、あいつはいつも、毛先を右手で弄ってた」
『周郷逢恋』という人間について、俺は何も知らない。二日前、俺の前に現れたときには、彼女はすでに幽霊で、記憶喪失だったからだ。だがこの二日間、すぐそばで彼女を見続けていたことで気付いた、些細な癖。この状況において俺が切れるカードは、たったこれだけだった。
「……嘘をついたことについては……悪かった、謝るよ。俺たちの関係性は、ちょっと変わってて……複雑な事情があるんだ」
先ほどからの様子を見るに、彼女も『見えない人間』のようだ。正直に話せば、かえって警戒心を煽ることになるかもしれない。ならばここは虚実を織り交ぜつつも、真摯な態度で臨むべきだ。
「ただ、さっきこいつが言ったとおり、俺たちと逢恋は友達なんだ。そこに嘘はない」
「友達になろう」と、明確に言葉にしたわけではない。けれどもこの二日間、共に過ごした濃密な時間の中で、逢恋という人間がノエルと並ぶほど……大切な人と呼べるほどに、大きくなっていた。
「癖を一つ挙げたところで、信じてもらえるとは思ってない。むしろ、疑ったままでも構わない」
つまるところ、自分は信用するに値しないと白状しているようなものだ。それでも、俺が取り繕おうとしなかったのは、せめて外側だけでも誠実でありたかったのかもしれない。
「……逢恋に何があったのか、俺たちはただ、真実が知りたいだけなんだ。だから、頼む」
そう言って、その場で深く、頭を下げた。
「――あっ……! ぼ、僕からも、お願いします!」
遅れてノエルが頭を下げる。
訪れた沈黙の中で、少しの間、鳴り落ちる雨音だけを聞いていた。
「……私だってわかんないよ……! なんで、なんで逢恋が……!」
ドアの向こうで、舘入は微かに声を震わせていた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
霊和怪異譚 野花と野薔薇[改稿前]
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
本作は改稿前/改稿後の複数バージョンが存在します
掲載媒体ごとに内容が異なる場合があります。
改稿後小説作品はカイタとネオページで見られます
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/2/26:『てがみ』の章を追加。2026/3/5の朝頃より公開開始予定。
2026/2/25:『くもりのゆうがた』の章を追加。2026/3/4の朝頃より公開開始予定。
2026/2/24:『ぬかるみ』の章を追加。2026/3/3の朝頃より公開開始予定。
2026/2/23:『かぜ』の章を追加。2026/3/2の朝頃より公開開始予定。
2026/2/22:『まどのそと』の章を追加。2026/3/1の朝頃より公開開始予定。
2026/2/21:『おとどけもの』の章を追加。2026/2/28の朝頃より公開開始予定。
2026/2/20:『くりかえし』の章を追加。2026/2/27の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる