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2.上司と部下
(前)
しおりを挟む地上に出て徒歩二分。株式会社KUREBAYASHIの本社ビルに着いた。ここから二人の関係は上司と部下になる。
「おはようございます」
エントランスに入る前から、年齢を問わず複数の社員たちが泰徳に挨拶をしてくる。泰徳を社長令息と知っている者たちだ。泰徳がおはようございますと会釈を返し、澄人も同じように彼らに頭を下げた。
二人の所属している第二開発本部商品企画部商品企画課は五階にある。個人住宅商品の開発担当部署で、泰徳がその課長だ。
まだ入社五年目の泰徳が課長職なのは、入社一年目から二年目に掛けて手がけた商品で、ヒットを飛ばしたためである。三十、四十代をターゲットに、フォーマルでありながらも、植物をイメージした曲線と淡いパステルカラーを配した遊び心のある優美なデザインに加え、目立たない豊富な収納を確保した「ドレッシーノ」によって、同期どころか先輩たちをも抜いて泰徳は昇級した。社内試験も危なげなく合格して昇進し、社内では特進組と呼ばれている。澄人もこれまでの企画を商品化にこぎ着け、この春、主任になった。今は新しい商品開発に取り組んでいる。
泰徳に置いていかれてはならない。大学までは努力で何とかなってきた。だが企画開発はセンスや創造力が求められる。澄人は一昨日、泰徳に提出した企画書をパソコン画面に表示して確認しながら、胃のあたりを押さえた。
午前十時に澄人は予約しておいたミーティングフロアへ行った。すぐに泰徳もやってきた。澄人は立ちあがって迎える。
「お待たせ、白井君」
課長として振る舞う泰徳に澄人も部下として接する。
「よろしくお願いします」
向かい合って座ると、泰徳が提出してあった企画書の上に手を置いた。開こうとしないことに澄人は背筋がひやりとする。泰徳が人差し指で資料をとんと叩いた。
「一通り見せてもらった。趣旨は内装品を取り扱う各メーカーと提携し、セレクトした商品でパッケージ化して価格を抑える。お客様にはパッケージ内から内装を選択してもらう、ということでいいのかな」
「はい」
口元をかすかに緩めた泰徳が手を組んだ。
「君はお客様が家を建てるとき、真っ先に何をイメージすると思う?」
予想外の質問に澄人は視線を泳がせた。
「どこにどんな家を建てるか、ではありませんか?」
泰徳が苦笑を浮かべた。不正解だったらしい。澄人はカッと体が熱くなった。
「すみません」
「質問を変えよう。君が家を建てるとしたら、何を真っ先に思い浮かべる? マンションの購入でもいい」
澄人は上目遣いに答えた。
「間取りと設備品などの内装です」
「そう。内装だよね」
泰徳がにっこりした。
「お客様にはそれぞれ理想の部屋のイメージがある。そこに一番関係が深いのは内装だ。壁紙を変えただけで、部屋はまったく別物になってしまう」
泰徳が組んでいた手を解き、企画書をぱらぱらと繰った。
「ここに挙げられている見積もり例は実に見事だ。よく計算されている。価格を抑えること自体はお客様にとって利益になる。発注件数が増えれば、うちとしても提携したメーカーにも利益になるだろう」
泰徳が企画書を再び閉じ、手を置いた。
「住宅はお客様にとっては恐らく一生に一度の大きな買い物だ。建て売りならともかく、そんな大切な品物に、ここまで全室の内装を制限して、お客様の理想の家が作れるのかな。この商品は喜んでもらえるかな」
泰徳に真っ直ぐ見据えられて、澄人は動けなかった。確かに家全体の統一感を重視し、各部屋の自由度は低くなっている。
「君もお客様の要望を聞いて夢の実現に手を貸す建築士だろう?」
その言葉にごくりと唾液を飲みくだした。確かに澄人は泰徳と同じく二級建築士資格を持つ。ただ、それを取った目的は、家を設計したいからだと胸を張れない。
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