未来設計図【改訂版】

夏生青波(なついあおば)

文字の大きさ
8 / 27
4.幸せな気持ち

(2)

しおりを挟む

 ダイニングキッチンの片づけが終わると、泰徳が澄人に向きなおった。
「この部屋に決めた理由は何だ?」
「泰徳様のお住まいへの距離、オートロックと浴室乾燥機能があること、2DKの間取り、リフォーム済みだったことです」
「どれを最も優先した?」
「浴室乾燥です」
 なるほどと言いながら、泰徳は書斎に入った。手前と正面の壁は天井まで扉のついた白い本棚で、右手のクローゼットの中にも、本とわずかなCDやDVDなどを収納している。左手奥になる外廊下を向いた窓際に、ダークブラウンの広い木製の机と同じ素材の背の低めな本棚を置いてある。机の上にはノートパソコンと二十七インチモニターがある。窓に掛けたダイニングキッチンと同じ緑のカーテンは週末に風を通すときにしか開けない。窓の外の人影で気が散るからだ。

「この机と本棚は初等部に入学したとき、紅林うちが用意した物じゃないか」
 泰徳の指摘に澄人は頷いた。シンプルな机も本棚も、澄人が鳳集学園初等部に合格した祝いに与えられた物だ。机は広く大人用で、高さの調節できる椅子がセットだった。椅子はさすがに体型の変化に合わせて交換したが、二十年間、毎朝雑巾で拭いてきた天板は塗装が剥げかけ、木目が表に出ている。本棚も同様だ。
 泰徳がため息をついた。
「よくこんな机で大学の課題をこなしていたな」
「机のサイズに合わせた板を購入し、その上で作業しました」
 つい声が小さくなる。
「お前が物を大切にしてきたのはよくわかるが、それなら天板を平らに削って塗り直ししてやった方がいいんじゃないか? それに両側の壁に本棚では地震の時に倒れて本が散乱するし、ドアを塞ぐぞ」
 澄人は白い本棚の扉に手を触れた。
「これらは天井に突っ張るタイプなので、倒れにくくなっています。上段の扉には耐震ラッチが付いているものを選びました」
「色が白なのは壁の色に合わせたのか?」
「はい、他の色では圧迫感があると思いましたので」
 確かに、と泰徳が頷いた。それからダイニングキッチンへ戻った。

「これはいつもここにあるのか?」
 泰徳が示したのは食事の時にテーブル脇に置いたカラーボックスだ。
「いえ、いつもは寝室のクローゼットの中で使っています。今夜はテーブルの広さが足りないと思ったので出してきました」
「これも随分年季が入った代物しろもののようだが」
 拭いても落ちなかった汚れを泰徳が撫でている。その表情は痛みを感じているかのように曇っている。
「まだ使う気なら、色を塗ってやってもよかろう」
 正直なところ、澄人はこのカラーボックスに愛着があるわけではない。中学の時に本棚が足りなくなって一時しのぎに買ってもらったものだ。今は見えるところに置いていないし、使うのに不便はない。今夜の食事が突発的な事件で仕方なく出してきた。だが泰徳の価格や使用場所はともかく長く付きあうものには手を掛けるべきとの考えは、生活を大切にしようという考えの表れかもしれない。

 最後に寝室に入った。左壁面がクローゼット。家具はベッドとナイトテーブル代わりの二段のカラーボックスだけである。そのベッドも書斎の机と本棚と同じく紅林家から与えられ、初等部から使っている。マットレスだけは一度交換した。寝具のカバーは白。カラーボックスも白である。右奥がバルコニーで今はここも緑のカーテンを閉めてある。そのカーテンを泰徳が掴んだ。
「家具は二十年前の物をずっと使い続けて、それ以外は白。カーテンは全室緑」
 泰徳が澄人を振り返った。
「お前の好きな色は青じゃなかったか?」
 澄人は上目に泰徳を見る。眉尻が下がっているだろう。
「はい。そのとおりです」
「なぜカーテンを緑にした?」
「安かった、ので……」
「ナイトテーブルがこの棚なのも価格か?」
 頷くしかない。
「紅林家は俺の影としてのお前に相応の対価を支払っている。給与と併せればそれなりの金額のはずだ。金銭的に青いカーテンを選べなかったわけではあるまい? むしろ生活を楽しむという意味では好きな色を取りいれた方が望ましいと、俺は思う」
 窓辺から戻ってきた泰徳が寝室を見渡した。
「ここまで何もないと、寒々しささえ感じるな。お前の人柄がまったく活かされていない」
 澄人は唾液を飲みくだした。
「ここはあくまでも仮の住まいと思っていますので」
 澄人の顎に泰徳の指先が触れた。上向かされて目を覗きこまれる。
「寂しいことを言うな」
 澄人の体がかっと熱くなった。視線を逸らさずにはいられない。なぜ泰徳はこんなことを言うのだ。理解が追いつかず、澄人は混乱しながら視線を戻す。
「でも、でもキッチンだけは充実させております」
 言い訳じみた言葉に泰徳が頷いた。

「では、そんなお前に課題だ」
 顎から指が離れ、泰徳が動いた。澄人はその姿を目で追う。ベッドの足元側の空間に立った泰徳がベッド正面の白い壁に手で触れた。
「この空間をお前が幸せになるもので埋めて、俺に見せろ」
 幸せになるものと澄人は舌の上で転がし、首を傾げてしまった。思いつくものがない。そんな澄人の目を泰徳が覗きこんでくる。
「期限は四週間後の土曜日。いいな?」
 泰徳の念押しに澄人は頷くしかなかった。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...