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8.理想の未来へ
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ノートパソコンに訝しげな顔をした泰徳が、間取り図を見つけて表情を明るくした。ソファに座りながら図面を取る。
「これは……」
泰徳の視線に、カーペットに膝をついた澄人は小さく頷いた。
「わたくしの理想の家です」
「お前の理想? だがこれのベースはこの前お前が描いた俺の理想じゃないのか?」
澄人は真っ直ぐ泰徳を見つめた。
「わたくしの理想は、分不相応に大それたものです。それをプレゼンテーションさせていただきます」
泰徳の顔が歪む。その口が開かれる前に澄人は泰徳の腕に縋った。
「聞くだけで構いません。どうかお時間をわたくしにくださいっ、泰徳様!」
泰徳が腹の底からのようなため息をついた。
「わかった。聞こう」
「ありがとうございます」
カーペットに手をつかえて頭を下げてから、マウスを握った。
「これが家の外観になります」
まず玄関側から見た外観を表示する。
澄人が図面作成に使ったソフトは営業担当が客に行うプレゼンテーションにも使用される。客の要望を営業が画像化し、完成イメージを持たせて契約を取る。建築士はそのデータを引き継ぎ、実際に建築可能な図面に展開させることが可能なのだ。今回、澄人はソフトの機能をフル活用し、3D画像データも作成した。すべては泰徳に澄人の理想を実感してもらうためだ。
「わたくしの理想は、二人住まいで趣味などを存分に楽しめる家です。特にわたくしは料理に力を入れたいと望んでおりますので、キッチンは広めで三ツ口のコンロ、ビルドイン食器洗浄機、大型冷凍冷蔵庫を設置するスペース、パントリーは必須です」
キッチンの3D画像に切りかえる。
「また、好きなことに打ち込むためには日常の家事をスムーズに済ませたいものです。キッチンのようすを見ながら、洗濯にも気を配りたいので洗濯機は一階に置き、乾燥機能を備えたランドリールームを設けます。家事室としても使用し、洗濯物を畳むのもアイロンがけもこちらの部屋を使います。掃除用具置き場も兼ね、水道設備もここに設置します。ただしバスルームは二階です。ジェットバス機能付きのバスタブになります」
泰徳の視線を感じながらバスルーム画像に切りかえる。
「ウォークインクローゼットは寝室内に設置するので、洗濯物の移動など家事の動線確保の必要性からエレベーターを設置します。二人分の蔵書を保管する書庫は重量の関係から一階です。冊数が多いため、図書館の閉架式書庫などに使われる可動式書架を採用します。読書や勉強用の机や家庭内ネットワークに繋がるパソコンを置くスペースは書庫と同室内に設け、この一室全体を書斎と考えました。一階と二階にあるフリールームは工作室や作品の展示に使います」
澄人、と泰徳が口を挟んだが聞こえないふりをして続けた。
「来客用の部屋は泰徳様のご希望どおり、二階に配置しています。クローゼット、セミダブルのベッド、デスクスペース、ソファとテーブルを置き、専用のシャワーブースおよび、ミニラバトリーが付属します」
「澄人」
二度目の泰徳の呼びかけに、澄人は口を噤んで泰徳を見た。泰徳の表情には苛立ちと恐れが見えた。
「この家には誰が住むんだ?」
澄人は浅く呼吸をしてから微笑んだ。
「泰徳様とわたくしです」
泰徳が手で顔を覆った。
「言ったはずだ。お前はもう俺から自由になれ」
「自由になりましたっ」
間髪入れずに返した澄人の言葉に、泰徳が手を顔から離した。今まで泰徳に口答えしたことのなかった澄人に驚いたのか、その目は瞠られている。
澄人は唇の両端をしっかりと上げて微笑みながらも、きっぱりと告げた。
「自由になったからこそ、この家をわたくしの理想として作りあげることにしたのです」
泰徳は混乱しているようだ。視線が澄人とパソコンの間をさまよっている。
「わたくしは十九年余りを泰徳様のお側で過ごさせていただきました。家族よりも長い時間、泰徳様とともに在ったのです。そんな中でわたくしは他の誰より泰徳様をお慕いするようになりました。気持ちだけではありません。成熟した今は肉体的にも泰徳様を欲しています――泰徳様と、セックスしたいのです」
泰徳の顔が驚きに強ばった。息すら忘れているようだ。
澄人はカーペットにそろえて指先をつき、泰徳の顔を下からじっと見あげる。
「泰徳様は、わたくしがお嫌いですか? もう顔も見たくないと思っておいでなのですか?」
「そんなわけあるかッ」
即答した泰徳の表情には怒りさえ見える。澄人は泰徳の膝に取りすがった。
「では、わたくしを抱いてください。セフレでもかまいません。わたくしは――いや、俺は泰徳様が欲しいっ」
泰徳の腿に顔を埋めた澄人の肩を泰徳が掴む。
「澄人、頼む。俺にそんな甘い言葉をかけないでくれっ」
泰徳の息が荒い。
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