ケルベロスの籠

夏生青波(なついあおば)

文字の大きさ
8 / 17

(8)キス

しおりを挟む


「ああ、しの――」
 光に抱きしめられた。怒っているので逃げだそうとしたけれど、紫之の力では無理だった。
「そんなに積極的になっていたんだ。ごめん、謝るよ」
「これでもSNSで僕の切り絵を良いと言ってくれる人もいるんだ」
「知ってるよ。しのの切った天使はしののように優しい顔をしているし、ケルベロスはあの時のドーベルマンみたいに大きくて怖い」

 紫之は光の胸で泣きじゃくる。
「だって怖かったんだもん。本当に食べられるんじゃないかと思ったんだもん」
「そうだよね、俺が放しちゃったから、怖い目に遭ったよね。俺、あの時、転んだしのの上に犬が乗ったとき、ぞくぞくしたんだ。噛まれたしのが悲鳴上げたとき、ああ、しのが死んじゃうかもしれないって興奮したよ」

 光の手が紫之の体をまさぐってくる。それはいつもの抱擁とは違って、紫之の肌をなめるような動きをする、背中を、脇腹を、尻を。
 紫之の背筋に寒気が走った。全身が粟立つ。
「光っ?」
 顔を上げた目の前に、ぎらぎらした光の目があり、唇が紫之のそれに重ねられた。
 紫之は必死に首を振り、身をよじった。

 光の腕から解き放たれた。
「何するんだよ、光っ」
 光はうっすらと笑っていた。
「しのがあんまりかわいいから、つい」
「僕は男で、兄だぞ?」
「わかってるよ。ごめん、しの」
「紫乃は女の子が生まれた時用の名前だ。僕は女じゃない。変なことするならもう『しの』って言うな」
「かわいい愛称なのに」
「父さんも母さんも年子だから、名前で呼び合えって確かに言ってた。それなら僕は紫之だ!」

 光が下を向いて頭を掻いた。
「わかった。さっき反対したのは悪かったよ。紫之は企画展に参加したいんだね」
 急に物わかりがよくなった光に紫之は警戒せずにはいられない。顔を上げた光が微笑む。
「そんな顔しないで。俺だって紫之がうつを克服して、他の人とつきあえるようになった方が嬉しいんだから」

 紫之は上目に光をにらむ。
「さっきのキスは、何?」
「親愛の情、ただのね。紫之はたったひとりの家族だから、俺にとっては特別だ。紫之は違うのか?」
「そ、そりゃ、光は大切な家族だよ」
 口ごもりつつも肯定する。
「よかった。ごめんな、からかっただけなんだ。ごめん」
 光が深く頭を下げた。
 素直に謝られて、紫之にはそれ以上追求できなかった。

 寝るまで光の態度にはもやもやした。眠れないのではと恐れたが、今夜も上限量まで飲んだ睡眠導入剤のおかげで紫之は眠りにつくことができた。
 だから深夜に光が部屋に来たことも、紫之のスマートフォンを持っていき、また返しに来たのにも気がつかなかった。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ブラコンネガティブ弟とポジティブ(?)兄

むすめっすめ
BL
「だーかーらっ!皆お前に魅力があるから周りにいるんだろーがっ!」 兄、四宮陽太はブサイク 「でも!それって本当の僕じゃないし!やっぱみんなこんな僕みたら引いちゃうよねぇ〜 !?」 で弟、四宮日向はイケメン 「やっぱり受け入れてくれるのは兄さんしかいないよぉー!!」 弟は涙目になりながら俺に抱きついてくる。 「いや、泣きたいの俺だから!!」 弟はドのつくブラコンネガティブ野郎だ。 ーーーーーーーーーー 兄弟のコンプレックスの話。 今後どうなるか分からないので一応Rつけてます。 1話そんな生々しく無いですが流血表現ありです(※)

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...