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堕天の果実
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《親に天使だと愛され、閉鎖的な空間で育った彼女の名前は
[[エヴェリエル]]
そこは外の世界を知らなくても生きていける小さな楽園だった。
だが彼女が成長するにつれ
母親は素っ気なく、父親は無関心になった》
その時、私はこう思ったの。
「私の羽は抜け落ちた」
と。
学校に行くと雰囲気がいつもと違う。
転校生が来るらしい。
名前はアダムス。
自己紹介で彼はこう言った。
「俺の名前は初めてになれる人間って意味が込められてんだって笑ほんと親バカだよな笑」
私の白黒の世界に一滴垂らされた眩い光だと何故か感じた。
最初は、うるさい人だと思った。
教室の空気をかき混ぜるように笑い誰にでも同じ距離で話しかけていたから。
私は少し離れた席で、ノートの端をなぞりながら関わらないようにしていた。
人と関わる理由がわからなかったから。
ある日、放課後。
誰もいない教室で本を読んでいると向かいの席に音がした。
「ここ、座っていい?」
顔を上げるとアダムスだった。
断る理由も見つからなくて小さくうなずいた。
沈黙が続いた。
けれど不思議と苦しくなかった。
「静かなんだね」
そう言って笑う彼は、私を怖がらなかった。
彼は私に聞いた。
成績でも、期待でもなく
“私”について。
「君は自分をどう思う?」
「……普通、だと思う」
そう答えると、アダムスは首を傾げた。
「普通って、どんな普通?誰の基準なんだ?」
その言葉が胸の奥に引っかかった。
知らなくてもよかったはずの問いが静かに私の中へ落ちていった。
帰り道を一緒に歩いた。
夕焼けがやけに明るくて、目が痛かった。
「エヴェリエルってさ、きれいな名前だよね」
「なんか耳当たりが良くてさ」
突然そう言われて、足が止まった。
名前を褒められたのは初めてだった。
それまで名前は
“与えられた役割”みたいなものだったから。
「天使みたいだし」
私はそう言って少しだけ笑った。
-そう。私は天使なのだ。羽のない天使。
次の日も、その次の日も、気づけば隣にアダムスがいた。
昼休みに同じパンを食べて、意味のない話で笑って。
帰り道が少し短く感じた。
胸の奥がじんわり熱くなる。
痛いわけじゃない。
でも落ち着かない。
まるで、イースター前の夜みたいだった。
アダムスと友達になってから、むず痒いような変な感覚が続いた。
-これはなんだろう分からない。
アダムスは察したように言った。
「まだなにもわかんなくていいんじゃないかな。これから覚えていけば。」
私はまたむず痒くなった。
なぜ聞きたい言葉を知っているのだろうか。
それからの日々は少しずつ色を持ちはじめた。
朝、教室の扉を開ける理由ができて、席に座る前に彼を探してしまう自分に気づいた。
目が合うとアダムスはいつも同じ顔で笑う。
特別でも、大げさでもないそれが当たり前みたいな笑顔。
その当たり前が私には奇跡だった。
昼休み、購買のパンを半分こした。
「そっちのが美味しそう」
「じゃあ交換する?」
そんな些細なやり取りで胸の奥が温かくなる理由を私はまだ知らなかった。
帰り道、並んで歩く。
沈黙になっても怖くない。
言葉がなくても、ここにいていいと許されている気がした。
「エヴェリエルってさ」
「ん?」
「前よりよく笑うようになったよね」
驚いて顔を伏せた。
笑っている自覚なんてなかった。
けれど頬が熱くて、否定できなかった。
「アダムスのせいだよ」
思わずこぼれた言葉に、彼は少し目を丸くしてから笑った。
「じゃあ責任重大だな」
その瞬間、胸が強く鳴った。
触れていないのに、触れられたみたいだった。
ある日、雨が降った。
傘を忘れた私にアダムスは当然のように傘を差し出した。
肩が少し触れる距離。
雨音の中で、世界がやけに静かになる。
「寒くない?」
そう言って少しだけ傘を寄せてくる。
その優しさが嬉しくて、怖くて、苦しくて。
私は気づき始めていた。
この感情は友達だけでは足りないことを。
でも名前をつけてしまったら、壊れてしまいそうで言葉にできなかった。
だからただ隣を歩いた。
同じ速さで、同じ方向を見ながら。
そしてある日、ふと理解した。
彼といる時の私は、誰かに作られた“天使”ではなくて、ちゃんと呼吸をしている一人の存在だった。
完璧じゃなくていい。
期待に応えなくていい。
笑いたい時に笑っていい。
アダムスがそれを教えてくれた。
ああ私は天使なんかじゃない。
人間なんだ。
私の名前はエヴェリエル。
そう。イヴなのだ。
ねえアダムス。
私をもっと教えて。
色んなこと始めよう私たちで。
あなたの名前を呼ぶたび、胸の奥が静かに揺れる。
世界はまだ広くて、知らないことばかりで怖いものもきっとたくさんある。
それでも。
隣にあなたがいるなら私は歩いていける気がした。
完璧じゃなくてもいい。
転んでも、泣いても、きっとそれが生きているということだから。
白黒だった景色はもう戻らない。
空の色も、風の匂いも、笑う理由も全部、少しずつ増えていく。
羽を失ったと思っていたけれど、それは失ったんじゃなくて必要なくなっただけだった。
初めて、自分の足の重さを知った。
私はもう羽に守られる存在じゃない。
地面を歩いて、誰かと並んで進む存在になった。
ねえアダムス。
これから先、嬉しい日も、悲しい日もきっと沢山訪れるでしょう。
その全部を、初めてのことをあなたと知っていきたい。
始まりはきっと、こんなふうに静かででも確かに、世界が生まれ直す音がしていた。
間違いだって怖くない。
彼と出会ったあの日、私は確かに果実を口にしたのだと思う。
___Eveliel
[[エヴェリエル]]
そこは外の世界を知らなくても生きていける小さな楽園だった。
だが彼女が成長するにつれ
母親は素っ気なく、父親は無関心になった》
その時、私はこう思ったの。
「私の羽は抜け落ちた」
と。
学校に行くと雰囲気がいつもと違う。
転校生が来るらしい。
名前はアダムス。
自己紹介で彼はこう言った。
「俺の名前は初めてになれる人間って意味が込められてんだって笑ほんと親バカだよな笑」
私の白黒の世界に一滴垂らされた眩い光だと何故か感じた。
最初は、うるさい人だと思った。
教室の空気をかき混ぜるように笑い誰にでも同じ距離で話しかけていたから。
私は少し離れた席で、ノートの端をなぞりながら関わらないようにしていた。
人と関わる理由がわからなかったから。
ある日、放課後。
誰もいない教室で本を読んでいると向かいの席に音がした。
「ここ、座っていい?」
顔を上げるとアダムスだった。
断る理由も見つからなくて小さくうなずいた。
沈黙が続いた。
けれど不思議と苦しくなかった。
「静かなんだね」
そう言って笑う彼は、私を怖がらなかった。
彼は私に聞いた。
成績でも、期待でもなく
“私”について。
「君は自分をどう思う?」
「……普通、だと思う」
そう答えると、アダムスは首を傾げた。
「普通って、どんな普通?誰の基準なんだ?」
その言葉が胸の奥に引っかかった。
知らなくてもよかったはずの問いが静かに私の中へ落ちていった。
帰り道を一緒に歩いた。
夕焼けがやけに明るくて、目が痛かった。
「エヴェリエルってさ、きれいな名前だよね」
「なんか耳当たりが良くてさ」
突然そう言われて、足が止まった。
名前を褒められたのは初めてだった。
それまで名前は
“与えられた役割”みたいなものだったから。
「天使みたいだし」
私はそう言って少しだけ笑った。
-そう。私は天使なのだ。羽のない天使。
次の日も、その次の日も、気づけば隣にアダムスがいた。
昼休みに同じパンを食べて、意味のない話で笑って。
帰り道が少し短く感じた。
胸の奥がじんわり熱くなる。
痛いわけじゃない。
でも落ち着かない。
まるで、イースター前の夜みたいだった。
アダムスと友達になってから、むず痒いような変な感覚が続いた。
-これはなんだろう分からない。
アダムスは察したように言った。
「まだなにもわかんなくていいんじゃないかな。これから覚えていけば。」
私はまたむず痒くなった。
なぜ聞きたい言葉を知っているのだろうか。
それからの日々は少しずつ色を持ちはじめた。
朝、教室の扉を開ける理由ができて、席に座る前に彼を探してしまう自分に気づいた。
目が合うとアダムスはいつも同じ顔で笑う。
特別でも、大げさでもないそれが当たり前みたいな笑顔。
その当たり前が私には奇跡だった。
昼休み、購買のパンを半分こした。
「そっちのが美味しそう」
「じゃあ交換する?」
そんな些細なやり取りで胸の奥が温かくなる理由を私はまだ知らなかった。
帰り道、並んで歩く。
沈黙になっても怖くない。
言葉がなくても、ここにいていいと許されている気がした。
「エヴェリエルってさ」
「ん?」
「前よりよく笑うようになったよね」
驚いて顔を伏せた。
笑っている自覚なんてなかった。
けれど頬が熱くて、否定できなかった。
「アダムスのせいだよ」
思わずこぼれた言葉に、彼は少し目を丸くしてから笑った。
「じゃあ責任重大だな」
その瞬間、胸が強く鳴った。
触れていないのに、触れられたみたいだった。
ある日、雨が降った。
傘を忘れた私にアダムスは当然のように傘を差し出した。
肩が少し触れる距離。
雨音の中で、世界がやけに静かになる。
「寒くない?」
そう言って少しだけ傘を寄せてくる。
その優しさが嬉しくて、怖くて、苦しくて。
私は気づき始めていた。
この感情は友達だけでは足りないことを。
でも名前をつけてしまったら、壊れてしまいそうで言葉にできなかった。
だからただ隣を歩いた。
同じ速さで、同じ方向を見ながら。
そしてある日、ふと理解した。
彼といる時の私は、誰かに作られた“天使”ではなくて、ちゃんと呼吸をしている一人の存在だった。
完璧じゃなくていい。
期待に応えなくていい。
笑いたい時に笑っていい。
アダムスがそれを教えてくれた。
ああ私は天使なんかじゃない。
人間なんだ。
私の名前はエヴェリエル。
そう。イヴなのだ。
ねえアダムス。
私をもっと教えて。
色んなこと始めよう私たちで。
あなたの名前を呼ぶたび、胸の奥が静かに揺れる。
世界はまだ広くて、知らないことばかりで怖いものもきっとたくさんある。
それでも。
隣にあなたがいるなら私は歩いていける気がした。
完璧じゃなくてもいい。
転んでも、泣いても、きっとそれが生きているということだから。
白黒だった景色はもう戻らない。
空の色も、風の匂いも、笑う理由も全部、少しずつ増えていく。
羽を失ったと思っていたけれど、それは失ったんじゃなくて必要なくなっただけだった。
初めて、自分の足の重さを知った。
私はもう羽に守られる存在じゃない。
地面を歩いて、誰かと並んで進む存在になった。
ねえアダムス。
これから先、嬉しい日も、悲しい日もきっと沢山訪れるでしょう。
その全部を、初めてのことをあなたと知っていきたい。
始まりはきっと、こんなふうに静かででも確かに、世界が生まれ直す音がしていた。
間違いだって怖くない。
彼と出会ったあの日、私は確かに果実を口にしたのだと思う。
___Eveliel
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