Parasite

壽帝旻 錦候

文字の大きさ
13 / 101
episode 5

しおりを挟む
「逃げたぞ!」
「そっちだ!」

 バタバタバタバタッ!
 オリーブドラブ色の戦闘服を着た兵士達が、慌ただしく走り回る。

「絶対に外には出すな!」
「見つけたら直ぐに頭を撃て!」
「いや! 撃つだけでは駄目だ!燃やしきらないと!」

 あちらこちらで大声が上がり、ハンズフリーの小型無線で細かいやり取りがなされているものの、どの兵士の顔にも皆、一様に焦りと緊張が見える。

 バタバタババタバタッ!
 ダダダダダダダダッ!!

 そこら中で多くの足音が響き渡る。

「D−5の方に向かったぞ!」
「第6ゲートの扉を閉めろ!それ以上は進ませるな!」
「「「ハッ!」」」

 そんな怱々たる空気の中、廊下の奥の暗闇から悠々と歩く一つの影があった。
 カツンカツンカツン……と革靴の音が冷ややかに響く。

「一体何の騒ぎですか?」

 左腕に付けられた階級章には、小さな星が三つに下線二本。
 兵士達の中でも、大佐。
 いわゆる連隊長に位置する者であろう男の背後に立ち、静かに。
 それでいて、どこか威圧的な口調でその影は尋ねた。
 前方と耳に掛けたハンズフリーイヤホンマイクにばかり、注意がいっていた大佐は、その声にギクリと振り返った。

「ハッ! 所長!」

 姿勢を正し、即座に敬礼をするところから、この“所長”と呼ばれた人間が、ここでの全ての責任者なのであろう。
 大佐は顔を強張らせながら、所長の次の言葉を待っている。

「挨拶はいいんです。それよりも。この騒ぎは一体何事なのかと聞いているのですが?」

 穏やかな口調とは裏腹に、どこか冷たさを感じさせる声。
 きっちりと整髪料で七三に整えられた黒髪に、知的ではあるが、爬虫類のように無表情な顔。
 白衣を着、シンプルでいて上質なシルバーフレームの眼鏡を掛けており、そのグラスの奥には、鋭く、小さな誤魔化しすら許さない目が光っていた。
 そんな所長の問い掛けに、大佐はあたふたしながら、しどろもどろといった感じで答える。

「も、申し訳ありません!PS−9が、どういう事か拘束衣を破り、更には、隔離保管室から脱走を……」
「それはいけませんねぇ……PS−9が、どれだけ特殊なものか。扱いを慎重にと、きつく言った筈ですよ?」
「ハッ! 申し訳ありません!」
「それで? 警護及び、管理していた兵士は?」
「PS−9の目的は、外への脱走だけのようでして、兵士達には目もくれず……」
「脱走だけが、目的な訳ないでしょう?よく、お考えなさい。ま、兵士達には指一本触れなかったというのは、興味深い事ですねぇ」

 静かな話し方の中に、冷酷で獰猛な声色が混じっている事を、大佐は理解していた。
 この大きなミスは間違いなく、後々自分の身に大きな災いを齎す事になるであろう。
 しかし。
 今はまず、被害を最小限に抑える事の方が先決である。
 大佐は意を決し、所長に言った。

「PS−9は、危険です! 捕獲ではなく、焼却処分の命令を下しました。」

 その言葉にピクリと眉を動かし、小さく息を吐きながら肩を落とす。

「なんと、愚かな。“アレ”がどういうものか、全く分っていらっしゃらないようですねぇ。これだから、軍人は、脳まで筋肉だと言われてしまうのですよ。」

 少し顎を上げ、見下したように視線を送りながら、尚も言葉を続けていく。

「P−N達とは、全く違う個体。PS達こそ、我々の……。いいえ。我が国の希望に成り得るものなのです。それを、あなた達のミスで脱走したからと、焼却処分するだなんて……。馬鹿も休み休み言いなさい」
「し、しかし! それでは……」
「捕獲。これ以外は認めませんよ? もし、犠牲が出たとしても、たかだか下っ端の兵士の一人や二人で収まる事でしょう。それもまた……軍人として、この研究に携わる者として。役に立てる事なのですから。」
「あ……あなたと言う人は……」
「全ては。あなた達の大好きな言葉……“お国の為”ですよ?」

 わなわな震えながら、未だ所長の言葉に反論しようとする大佐に向けて、これ以上話す事は無いと言わんばかりに、静かに、そして、低く威圧的に言うと最後に、こう告げた。

「早く、兵士達に命令を下さしなさい。これ以上、何かを言うようでしたら……」

 決して荒ぶる事なく、淡々と言葉を発しているだけだと言うのに、この男の声は、地底の奥から這い上がってくるかのような恐怖を覚えさせる程の冷酷さを持っている。
 言葉の最後までは口にしなかったものの、彼の言わんとする事は、鋭く、心臓を射抜くような視線から安易に想像出来た。
 その為、大佐は、これ以上は自分の身に危険が及ぶと判断した。
 情けない事ではあるが、自分も人の子。
 妻や子。
 家族がいる身だ。
 まだ、生まれて間もない我が子の顔が頭の中に過ると、堅く目を瞑り口元をキュッと締めた後、所長の意に従い、マイクに向かってこの状況に対応している部下達全員に告げた。

「第6ゲートに向かったB班に告ぐ。PS−9の焼却処分から捕獲へ変更。特殊防護服とフルメット着用したC班をそちらに向かわす。B班は全員、その場で待機の後、C班到着後、補佐へ回れ。A班は、もしも、何らかのトラブルが発生し、PS−9がB班、C班を潜り抜け、第5ゲートに後退してきた時の為、バリケードを張り、捕獲出来る準備に入れ。」

 目の前で告げられる命令に、満足気に唇の両端を上げると、「後で、きちんとした報告をしてください。PS−9は、通常管理では無理なようですから、特別保管室に収容してくださいね」と、穏やかな口調で言った後、“あっ!”と思い出したかのような顔をし、白衣のポケットからネックレスのような物を取り出して、大佐に差し出した。

 チャラリと音を立てて、大佐の差し出した右手に乗せられたネックレスを見ると、ずっしりとした重さがあり、チェーンの一部が少し厚めなプレート状になっていた。

「これは……?」
「PS−9の首に取り付けてください。どのみち、捕獲する時に、管理用ヘルメットは取り付けるのですから、その後でしたら、あなた達も安心して取り付けられる筈です。」
「はぁ……」
「これは、GPSと、もしもの時の小型爆弾がついているネックレスなのです。ですから今後また、“何かがあった時”には、役に立つでしょう?」

 厭味を含ませた、その言い方が鼻に付くものの、確かに、そのような物があれば、今後、何かあった時には助かる。

「それでは、全検体に……」
「何を言っているんです? これを取り付けるのはPSだけです。P−Nは、所詮……」

 そこまで言うと、口元を妖しげに歪ませながら言った。

「使い捨てにすぎませんから」

 その言葉がまるで、自分達にも当て嵌まるかのように胸にズシンと突き刺さる。
 大佐は身震いするのを感じながら、受け取ったネックレスを握りしめ、一礼すると、その場を立ち去った。

“少しのミスでも、この男にとっては許されない”

 そんな恐怖を抱きながら……

「さて。私も、このネックレスを全てのPSに取り付けなくてはいけませんねぇ……。PSは特別ですから。」

 焦り、慌てる兵士達とは違い、呑気な話し方で呟くものの、その顔には、冷酷で光のない、真っ黒な闇を宿していた。
 クルリと物音一つ立てずに、綺麗なターンを決めると、彼は、元来た道をゆっくりと、悠々と歩いていった。

 カツン、カツン、カツン、カツン……

 通路に響くその足音は、これから始まる恐怖を暗示させる鐘の音のようであった。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

処理中です...