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episode 26
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「おやおや。そろそろ鼠の一匹や二匹、覚悟はしていましたが、軍隊蟻が押し寄せてきましたか」
革張りの椅子に深く腰掛け、優雅に足を組む男。
冷淡で鋭い目に、シルバーフレームのシンプルな眼鏡が、普段、感情をあまり表に出さない彼を、より冷酷そうに演出する。
七三分けにピッシリと分けられた髪に、糊の効いた白衣。
完璧主義者且つ、プライドの高さが、汚れ一つない高級な革靴の、厭味ったらしいほどの輝きからも分かる。
彼は軍事機密研究所だけでなく、ここで開発されている『paraíso』兵器の絶対的な立場である研究所所長。
その彼が、自分の机上にあるパソコン画面を見つめて、ニヤリを口端を上げた。
特殊なサックと指先につけている彼は、画面からは目を離さず右手人差し指で空中を上下左右に手首だけを使って九字切りしているような仕草や、人差し指と親指をくっつけたり離したりしている。
パソコンの画面は四つにコマ割りされ、コマごと異なった映像が映し出され、所長の指先一つで、違う場所の映像に切り替わったり、コマが大きくなったり小さくなったりしていた。
デスクに設置してあるスイッチを押す。
『はい。こちら警備室』
何の感情も込められていない、テンプレ通りの返答が部屋の隅に備え付けられたスピーカーから発せられる。
この事からも分かるように、警備室の人間はまだ気が付いていない。
完全マニュアル化で仕事をさせた結果、それ以下にはならないが、それ以上の事も出来ない。
平均点で揃えるのも問題だなと、今後の改善策を念頭に置きながらも、所長は本題に入った。
「警備室。今すぐに外部モニターE1とN1を確認しなさい。それから至急、セキュリティを発動。出入口は全てロックし、特殊シャッターも降ろしなさい」
『はい』
所長からの命令を聞き、それを即座に行動に移す為、そこで通話はプツリと切れた。
「たかだか百名だか二百名程度の勢力で何が出来るというのか。この研究所にすら入ることも出来ないと言うのに」
北西と南東から研究所に向かってやってくる何十台かの軍用車両やバイク。
元々、PS‐9が脱走し、島中くなまく探したというのに、捕獲出来なかった時点で、この研究所が狙われることは所長も想定していた。
PS‐9は頭が良く、その言葉には説得力がある。
数人、いや、数十人程度の裏切りは覚悟していたが、まさか、ここまでの大軍を引き連れてやってくるとは、所長自身予想してはいなかった。
「ここまでの統率力とはね。やはりPSは特別ですね。仲間になった島民や軍人はどうなっても構いませんが、PS‐9だけは無傷で捕獲してもらわなくてはいけません」
顎に手をやり、少し考える素振りをすると、細く切れ長な目を微かに見開き、何かを閃いたような顏をした。
「PS‐9を逃がした責任を、捕まえることの出来なかった部隊の責任者にとって貰うチャンスですよ。これは。Colonelにとっては名誉挽回にもなりますし、いい餌場にもなる。まさに一石二鳥ですねぇ」
たった一人の室内で楽しげに声を弾ませる所長の姿は、普段の彼を知る人間が見たら、それこそ天変地異の前触れじゃないかと思うほどギャップがある。
彼はこれから起きる残酷なショータイムに心躍っていた。
それは、血生臭いシーンが見たいからではない。
偶然の産物を自分なりに手を加えたものが、どれだけの働きをしてくれるのかを、実戦でテスト出来るという興奮と、その威力への期待。
特別な存在であるPS‐9が、それに対して、どう対応するのか。
もし、そこでColonelの牙にかかるようであれば、それまでのこと。
PSとH‐Bを掛け合わせたハイブリッドを自分が造ればいいだけのことである。
「前言撤回。Colonelにとっては、一石二鳥。私にとっては、Colonelの最終試験も出来てしまう。いいことづくめですよ」
声を出して笑う彼の鼓膜を、ピーピーという緊急連絡用の着信音が室内に鳴り響いた。
革張りの椅子に深く腰掛け、優雅に足を組む男。
冷淡で鋭い目に、シルバーフレームのシンプルな眼鏡が、普段、感情をあまり表に出さない彼を、より冷酷そうに演出する。
七三分けにピッシリと分けられた髪に、糊の効いた白衣。
完璧主義者且つ、プライドの高さが、汚れ一つない高級な革靴の、厭味ったらしいほどの輝きからも分かる。
彼は軍事機密研究所だけでなく、ここで開発されている『paraíso』兵器の絶対的な立場である研究所所長。
その彼が、自分の机上にあるパソコン画面を見つめて、ニヤリを口端を上げた。
特殊なサックと指先につけている彼は、画面からは目を離さず右手人差し指で空中を上下左右に手首だけを使って九字切りしているような仕草や、人差し指と親指をくっつけたり離したりしている。
パソコンの画面は四つにコマ割りされ、コマごと異なった映像が映し出され、所長の指先一つで、違う場所の映像に切り替わったり、コマが大きくなったり小さくなったりしていた。
デスクに設置してあるスイッチを押す。
『はい。こちら警備室』
何の感情も込められていない、テンプレ通りの返答が部屋の隅に備え付けられたスピーカーから発せられる。
この事からも分かるように、警備室の人間はまだ気が付いていない。
完全マニュアル化で仕事をさせた結果、それ以下にはならないが、それ以上の事も出来ない。
平均点で揃えるのも問題だなと、今後の改善策を念頭に置きながらも、所長は本題に入った。
「警備室。今すぐに外部モニターE1とN1を確認しなさい。それから至急、セキュリティを発動。出入口は全てロックし、特殊シャッターも降ろしなさい」
『はい』
所長からの命令を聞き、それを即座に行動に移す為、そこで通話はプツリと切れた。
「たかだか百名だか二百名程度の勢力で何が出来るというのか。この研究所にすら入ることも出来ないと言うのに」
北西と南東から研究所に向かってやってくる何十台かの軍用車両やバイク。
元々、PS‐9が脱走し、島中くなまく探したというのに、捕獲出来なかった時点で、この研究所が狙われることは所長も想定していた。
PS‐9は頭が良く、その言葉には説得力がある。
数人、いや、数十人程度の裏切りは覚悟していたが、まさか、ここまでの大軍を引き連れてやってくるとは、所長自身予想してはいなかった。
「ここまでの統率力とはね。やはりPSは特別ですね。仲間になった島民や軍人はどうなっても構いませんが、PS‐9だけは無傷で捕獲してもらわなくてはいけません」
顎に手をやり、少し考える素振りをすると、細く切れ長な目を微かに見開き、何かを閃いたような顏をした。
「PS‐9を逃がした責任を、捕まえることの出来なかった部隊の責任者にとって貰うチャンスですよ。これは。Colonelにとっては名誉挽回にもなりますし、いい餌場にもなる。まさに一石二鳥ですねぇ」
たった一人の室内で楽しげに声を弾ませる所長の姿は、普段の彼を知る人間が見たら、それこそ天変地異の前触れじゃないかと思うほどギャップがある。
彼はこれから起きる残酷なショータイムに心躍っていた。
それは、血生臭いシーンが見たいからではない。
偶然の産物を自分なりに手を加えたものが、どれだけの働きをしてくれるのかを、実戦でテスト出来るという興奮と、その威力への期待。
特別な存在であるPS‐9が、それに対して、どう対応するのか。
もし、そこでColonelの牙にかかるようであれば、それまでのこと。
PSとH‐Bを掛け合わせたハイブリッドを自分が造ればいいだけのことである。
「前言撤回。Colonelにとっては、一石二鳥。私にとっては、Colonelの最終試験も出来てしまう。いいことづくめですよ」
声を出して笑う彼の鼓膜を、ピーピーという緊急連絡用の着信音が室内に鳴り響いた。
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