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episode 25
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体が大きすぎるが故に、筋肉量が多すぎるが故に浮力がなく、川の奥底に沈んでしまったのだろうか?
せめて、手の力が緩まっていれば。
腕に噛みついたボンくらいは、水底から泳いで顏を出してこないか。
五分以上、その場に立ち尽くしたまま、川面を見つめ続けた。
大介とボン。
親友と、その愛犬を一瞬にして失ったショックは、あまりにもデカい。
瞬きすら忘れる程、茫然自失となった俺の肩に温かい手が添えられたが、その手に応えることなく、ただ目の前の川を見つづける。
そんな俺の真後ろで、懐かしい人の声がした。
「克也」
振り返らなくても分かる。
俺はこの人の為にここまで来たのだから。
「じいちゃん……」
俺達を助けに駆け付けた軍人達は、祖父が率いる反逆軍だったのだと、ここではっきりと判明したが、安堵の気持ちも再会の喜びも俺の心には湧いてこない。
ゆっくりと流れる川の波間に反射する太陽の光が、まるで踊るようにキラキラと目に飛び込んでくる。
土手には青々とした草が生い茂り、黄色や白の蝶々が飛び交う。
ついさっきまで壮絶な戦いがあった場所とは思えないほどの、のどかな景色。
そこそこ大きな川だとは思うが、あんな大きな怪物が沈んで浮かんでこれないくらいの深さがあるかどうかは、ここからでは分からない。
ただ、たった数十秒。
いや、数秒で忽然と消えた三つの体。
それが意味するのは、どんなに馬鹿な奴だって分かる。
この川の底に……
「克也。信じろ」
肩に乗せられた手に力が込められた。
「何を……」
《一体、何を信じろと言うんだっ!》
そう怒鳴ろうと、肩に置かれた手を振り払って勢いよく振り返ると、哀しみと慈愛に満ちた目をした祖父と目が合い、言葉に詰まった。
深く刻まれた皺の中にある悟りを開いたような目。
「じいちゃ……ん」
彼の顏を見つめ、「信じろ」という言葉の先を促すように目で訴えるが、それに対しての答えは返ってこなかった。
「もう、準備は出来ている。あとは、わしらの到着待ちだ。洋一郎の努力を無駄にするな」
ここで川をさらい、大介とボンを探してもらうことは、『paraíso』計画をぶち壊す、せっかくのチャンスをフイにすることになる。
タカシさんの腕に牙を喰い込ませただけのボンですら、どこにも無いのだから、彼らの無事を信じるしかない。
死んだなんて縁起の悪いことを想像すべきじゃない。
「分かった」
両手で頬を思いっきり入れて気合いを入れ直す。
《俺達は絶対に再会する》
祈るように強く目を瞑ると、右手中指の傷を左手でなぞる。
再び瞼を開けた時には、もう、目の前には祖父の姿は無かった。
既に軍用車に向けて歩き出した彼の背中を追う。
もう、あと少しだ。
全てが終わる。
やけに近くに見える研究所を仰ぎ見て、俺は拳を強く握り、駆け足になった。
せめて、手の力が緩まっていれば。
腕に噛みついたボンくらいは、水底から泳いで顏を出してこないか。
五分以上、その場に立ち尽くしたまま、川面を見つめ続けた。
大介とボン。
親友と、その愛犬を一瞬にして失ったショックは、あまりにもデカい。
瞬きすら忘れる程、茫然自失となった俺の肩に温かい手が添えられたが、その手に応えることなく、ただ目の前の川を見つづける。
そんな俺の真後ろで、懐かしい人の声がした。
「克也」
振り返らなくても分かる。
俺はこの人の為にここまで来たのだから。
「じいちゃん……」
俺達を助けに駆け付けた軍人達は、祖父が率いる反逆軍だったのだと、ここではっきりと判明したが、安堵の気持ちも再会の喜びも俺の心には湧いてこない。
ゆっくりと流れる川の波間に反射する太陽の光が、まるで踊るようにキラキラと目に飛び込んでくる。
土手には青々とした草が生い茂り、黄色や白の蝶々が飛び交う。
ついさっきまで壮絶な戦いがあった場所とは思えないほどの、のどかな景色。
そこそこ大きな川だとは思うが、あんな大きな怪物が沈んで浮かんでこれないくらいの深さがあるかどうかは、ここからでは分からない。
ただ、たった数十秒。
いや、数秒で忽然と消えた三つの体。
それが意味するのは、どんなに馬鹿な奴だって分かる。
この川の底に……
「克也。信じろ」
肩に乗せられた手に力が込められた。
「何を……」
《一体、何を信じろと言うんだっ!》
そう怒鳴ろうと、肩に置かれた手を振り払って勢いよく振り返ると、哀しみと慈愛に満ちた目をした祖父と目が合い、言葉に詰まった。
深く刻まれた皺の中にある悟りを開いたような目。
「じいちゃ……ん」
彼の顏を見つめ、「信じろ」という言葉の先を促すように目で訴えるが、それに対しての答えは返ってこなかった。
「もう、準備は出来ている。あとは、わしらの到着待ちだ。洋一郎の努力を無駄にするな」
ここで川をさらい、大介とボンを探してもらうことは、『paraíso』計画をぶち壊す、せっかくのチャンスをフイにすることになる。
タカシさんの腕に牙を喰い込ませただけのボンですら、どこにも無いのだから、彼らの無事を信じるしかない。
死んだなんて縁起の悪いことを想像すべきじゃない。
「分かった」
両手で頬を思いっきり入れて気合いを入れ直す。
《俺達は絶対に再会する》
祈るように強く目を瞑ると、右手中指の傷を左手でなぞる。
再び瞼を開けた時には、もう、目の前には祖父の姿は無かった。
既に軍用車に向けて歩き出した彼の背中を追う。
もう、あと少しだ。
全てが終わる。
やけに近くに見える研究所を仰ぎ見て、俺は拳を強く握り、駆け足になった。
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