Parasite

壽帝旻 錦候

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episode31

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「洋一郎っ!」
「お帰り」

 所長室に戻ると、パネルを操作する洋一郎の姿が目の前にあった。
 彼の両手には所長が着けていた指サックがはめられていた。
 どうやら、これがパネルを操作する道具だったらしい。
 穴から半身を出して声を掛ける俺を見て、「モグラごっこか?」と、ニヤリと笑う洋一郎に対し、「ちげーよ!」と返事をして、一気に飛び出す。

「所長は?」
「そこでのびてる」

 肩越しに後ろ指を指しながらも、パネル操作を続ける洋一郎の邪魔をしないように、デスクの向こう側を見ると、息はしているが、完全に失神している所長の姿があった。

「ちょ。これ、まずくないか?」
「弾は貫通している。止血もしてあるから問題ない。ただ、早めに手当はした方がいいね」

 俺が居なくなった後、一応肩の傷を見たらしい。
 命に別状がないことを確認し、研究所内の仲間救出の方を優先にしたようだ。

「あと10分。セキュリティシステムが発動したら、IDカードを持たない僕達は侵入者とみなされ攻撃される」
「そんなっ! なら、さっさと逃げるぞ!」
「克也。お前、先に逃げろ。今ならエレベーターが使える」
「は? 馬鹿を言うなっ! 一緒に逃げるぞ!」

 洋一郎の腕を掴んで駆け出そうとする俺の手を、勢いよく振り払われた。

「ようい……ち……ろう?」

 拒絶されたことに戸惑えば、真剣な顔をして俺に言い聞かせるように話しだした。

「いいか、聞け。僕は色々考えてみたんだ。いくら、人間性があり、知性も理性も残したままだとは言っても、所詮は、寄生虫に乗っ取られている奴らを、本当に解放していいのかってね」

 その言葉に心臓がトクンッと鳴った。
 つい今しがた、兄貴が俺に向かって言ったことに通じるもの。
 それを洋一郎までもが感じていたのだ。

「飛行場での惨劇を見ただろ? 僕は、その後にも日野浦さんが運転する軍用車に乗っている時にも襲い掛かって来るヤツらを目にした。この建物に来た時だってそうだ。安全な筈の感染者ですら、一般人に襲い掛かっていた」

 そう言われてしまえばそうだ。
 犬や猫だって、慣れていると思っていても、時に牙をむく。
 人間に慣れたペットだってそうなのだから、いわんや虫をや。
 虫の気持ちなんて分からない。
 人間と共存しているように見せかけ、侵略しようとしているのかもしれない。

「それでわざわざ僕がここに来た理由。それは、研究員や軍人。絶対に普通の人間だと言い切れる白い点。この人達だけを解放し、青い点や赤い点は研究所に閉じ込める為なんだ」
「そんなことできるのか?」

 洋一郎は余裕そうな顏をして、フッと笑った。

「僕を誰だと思っているんだい?」

 得意気に鼻を鳴らす洋一郎の顏を見れば、絶対的な確信を持って操作しているのが分かる。

「ゲームと同じなんだ。防火扉や特殊シャッターを開けたり閉めたりして、赤い点や青い点はどんどん奥に追いやる。逆に白い点は出口へと誘導するってわけ」
「でも、それじゃぁ、普通の人間全員は助けられないだろ?」
「……それでもギリギリまで僕はやってみるつもりだ。大丈夫。あと少しなんだ。頼むから、克也。お前は先にここから出て、鶴岡さんを探して、SWW3ブロックへ先に向かってくれ」
「SWW3ブロック?」
「ああ。鶴岡さんや、この島にいる軍人であれば、そう言えば分かるはず。そこには、この島の空軍基地がある。既に、基地が所有していたヘリは事の重大さを察知して島から逃げ出した国防軍の上官達が乗って行った。けど、実はその下に数機、ヘリが隠してある。マトモな人間だけを乗せて準備しておいてくれっ」

 切羽詰まったように懇願する洋一郎の表情を見れば、洋一郎には洋一郎の。
 俺には俺のやるべきことがある。
 二人一緒の所にいても仕方がない。
 必ず追いつくから、すぐに島から出られる準備をしろと、彼の目が俺に訴えている。
 それでも、俺はコイツを置いてはいけない。
 ついさっき、自分の肉親をこの手にかけた。
 もう、大事な人を失いたくはない。

「それは、鶴岡さんが誘導するだろ? 俺がいなくたって……」
「克也っ!」

 珍しく声を荒げる洋一郎の様子に、尋常じゃない雰囲気を感じ取り押し黙る。

「この研究所を指一本で破壊出来るスイッチの在り処を僕は知っている」
「なんだって……?」
「これは、龍平ジィに教えて貰った場所だ。お前はそれを知らない」

 声を低くし、真顔で俺に語る彼の言葉に嘘はない。
 アジトとかいう場所で、祖父に教えて貰ったのだろう。

「僕はギリギリまで普通の人間を逃がす。それから必ず研究所を破壊する。お前の哀しみと共にな」

 洋一郎は全てを知っているような口振りであった。
 隠れた最上階に俺の兄がいた事も。
 それがQUEENであったことも。
 そして、彼の願いを聞き入れ、俺が兄貴をこの手にかけてしまったことも。
 ここまで言われてしまえば、俺はもう、何も言えない。
 お互いにやるべき役割があるのだと、自分を納得させるしかない。

「わかった。必ず来いよ!」
「あぁ。当たり前だ」

 お互いの拳をぶつけ合う。
 あの時約束した通り、無事に会えたんだ。
 今度も絶対に大丈夫。

 俺は洋一郎の言う通り、高速エレベーターを使い下まで降りた。

 左右を確認してエレベーターのハコから通路に出る。
 辺りは死体や爆撃の跡が生々しく残っており、硝煙の香りや粉塵が未だに残っているところを見ると、ついさっきまでここで激しい銃撃戦やバトルが繰り広げられていたのだろう。
 それなのに、今は人っ子一人いない。
 これも洋一郎のお陰なんだろう。
 魚の追い込み漁とパズルと組み合わせたゲーム感覚で、感染者や余計な人間を俺の行く手からどかして、更には、行くべき進路まで導き出してくれてある。

「もしかしたら、あいつが残ったのは俺の為なのかもしれない」

 そう感謝した時に一抹の不安が過ったものの、俺はそれをあえて気が付かないフリをして、洋一郎が作り出してくれた出口までの通路を突き進んだ。
 真っ直ぐ走れば外に出られる。
 数十メートル先に見えた大きく扉が開かれたゲート。
 この狂った島からあと少しで出られる。
 最上階で見た日差しよりも、身近に感じる暖かさ。
 一歩一歩近づく光のある世界。
 多くのものを失った。
 カッコイイことばかり言って、結局は何も救えなかった。
 だったら、このままでは最悪な未来を引き起こす元凶をここで終わらせよう。
 たった一時間弱しか建物の中にいなかったというのに、ものすごく久々に感じた太陽の、焼けつくような強い日差しを受けたにも関わらず、俺は人間として生きているという実感をしたのだった。

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