百談

壽帝旻 錦候

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自然

第一話 【沼の主】

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 三年前、地元の新聞に載った事件なんだけど、知ってるかなぁ……
 ほら。
 小学生の男の子が、沼で溺れて死亡ってやつ!

 まぁ、この辺の奴らなら、あの沼で危ない目に合った奴なんて、いくらでもいるし、夏になれば似たような事件なんて、どこでもあるから、あんまり、気にも留めてないか……

 え?
 覚えてるって?
 そうそう!
 それそれ!
 都会から、祖父母の家に遊びに来た男の子が、何故か、夜中に一人で沼で遊んでいて溺れたってやつ!
 結構、この辺だと、えらい騒ぎになってたから、知ってるよな!

 実は、あの小学生……俺の従兄弟なんだわ。
 そいつの名前は彰人って言うんだけど、丁度、俺の弟の和也と同じ年っていう事もあって、俺ら三人、結構仲良くってさ。
 彰人は、都会っ子だから、こういった、田舎の遊びって新鮮なんだろうな。
 それまでも、川で魚釣りしたって、昆虫採集したって、何でもかんでも、スゲー大袈裟に感動して、楽しそうにするわけよ!
 それが、俺らにとっても嬉しくてさぁ……
 ついつい、調子に乗って、あの日は「あの沼」にいっちまったんだよ。
 あぁ。
 勿論、沼に行くだけなら、別に問題は無いのは分ってる。
 でもよぉ……ほら、夏の思い出にってやつ?
 探検ごっこと称しながら、昼間の肝試しって感じで、彰人を怖がらせてやろうとか思っちゃったんだよな。
 あの沼は、うちの裏手の山をちょっと登った所にあるんだけど、人の手が入っていないせいか、澄んだ綺麗な水がいつでも湛えられ、結構、底が深いらしいのに、何故か周りに策も囲いもなく、その底の方で川と繋がっているのか、イワナやアマゴとか、魚も沢山いるんだ。
 だから、釣りに来る人もいるっちゃぁいるんだけど……

 問題は、あの沼の奥にある祠。

 あの祠には、沼の主を祀ってあるんだけど、その祠に近付く奴は、何かしらお供え物を持っていき、きちんと、沼に敬意を払わなくちゃ、祟りがあるっていうのは、この辺じゃぁ、常識だ。
 俺らは、薄暗い森の中、薄気味悪さを感じさせるあの祠を遠目に見ながら、そんな話を彰人にした訳だ。
 ま、俺ら的には、彰人があの祠を見て、怖がるのを想像してたんだけどな。
 でも、彰人は俺らの想像とは違って、馬鹿にしたように、「祟りなんて信用しちゃってんの?」
とか言うもんだから、ちょっと、カチン! ときてよぉ……

「とか言って、お前もビビってるんだろ?」
 
 ちょっとからかったら、逆にあいつ。

「僕は、お兄ちゃんとは違って、そんなくだらない事信じてないから。ぶっちゃけ、沼の主? そんなの、単なる鯉のデカイのか、ナマズみたいなもんでしょ? 釣り上げてみたら、なんだ、こんなもんかって呆れるもんだよ。きっと」

 くっそ生意気な顔をして、フフンと鼻を鳴らしたんだよ。
 こっちは、あの祠に近付くだけでも、大人たちにスッゲェ勢いで怒られた事もあるもんだから、その発言には、流石に、頭にきてな。

「じゃぁ、お前、そこまで言うなら、この沼の主を怒らせるような事してみろよ!」

 思わず挑発しちまったんだ。
 勿論、彰人はそんな事を言われたら、後に引けなくなっちまったんだろう。

「いいよ! 僕はちっとも怖くなんかないから。何だよ! 祠ぐらい!」

 そう言って、祠の方まで、薄暗い林の中を駆けていった。
 まぁ、彰人も、俺や弟が、その場からずっと自分を見ている事は分っていたから、一人で祠まで走っていくくらいは、どうってことなかったんだろう。
 木々の合間から、彰人は、たまにこちらへ手を振ったり、あっかんべぇをしたり、はしゃぎながら走っていったよ。
 俺らも、そんな彰人を見て、「祠の噂。あれは、ただ、この沼で溺れたり、怪我をしたりする子供が多いから、大人たちが勝手に作ったもんなのかもなぁ……」とか、呑気に思っていたりもしたんだ。

 で、とうとう、彰人は祠に着いた。
 俺らの方を見て、何か叫んでいるが、沼の向こう側からでは周りの木々に声が吸収されて、その内容は分らないけど、ただ、その身振り手振りから、祠に何かするようだった。
 俺は流石に、そんな事をして、もし誰かに見つかったら、絶対に自分が怒られると思って、「おーい! もういいから、戻ってこーい!」とか、「彰人! お前は勇気ある! もう、帰ろうぜ~!」とか、弟と必死に叫んだんだけど、彰人の方からしてみても、俺らが何か叫んでいる事は分っていても、周りの木々にその声は吸収されて、内容までは分っていないようだった。

 だから彰人は、こっちの気も知らないで俺達に向かって大きく手を振って、表情までは遠くて見えないものの、ニコリと笑った気がしたんだ。
 しかも、その次の瞬間、勢いよく祠の扉を開けて、入っちまって……

 俺も弟も、「あぁぁぁぁぁぁぁ!」って、同時に絶叫。
 俺は頭を抱え、弟は両手を祠の方に突き出し、なんとも間抜けな格好をしながらね。

 で、少しすると、彰人は祠から出て来たんだけど、別に何ら変わった事もなくて。
 こっちも見て、また、大きく手を振ると、走って戻って来た。
 俺も弟も、キョロキョロと周りを見渡したけど、どうやら、沼の周りにいるのは、俺らだけみたいで。
 すっげー安心したものの、彰人が戻って来たら、「お兄ちゃん達も馬鹿だね~。あの祠、別に何も無かったよ。ただ、なんか、泥みたいなもんが、詰まってただけで、祠でも何でもないんじゃない?」とか、言いやがんの。

 俺も弟も、今まで、大人たちが散々脅かして、近付く事すら怒っていたその祠の中身が、そんなんだと聞かされて、ガックリ拍子抜け。
 都会っ子の彰人を怖がらせるつもりが、逆に、俺らが根性ナシの田舎モンになっちまったみたいで、すげーショックを受けたんだよ。
 そんな俺達の様子に、彰人はさらに調子こいて、「沼に主なんている訳ないよ。いるのは、魚だけ。丁度、僕、おしっこしたいから、魚に栄養与える為に、沼でおしっこしちゃお!」とか何とか言って、いきなり沼におしっこしやがって……

 そんな事する奴、この地域には子供どころか、大人でもいないだろ?
 俺も弟も、唖然茫然。
 彰人は、スッキリした顔で、「さ、もう、帰ろうよ」と言って、一人先頭に立って家路についたんだ。

 帰りも、別に何ら変わった事は起きないし、沼から何かが出てくるような事も無く、俺は、彰人の背中を見ながら、【結局、やっぱり、大人達が、子供が沼で遊んで事故を起こさないようにする為の、単なる脅しに、あの祠の事をうまく使っていただけなんだな。】って、安心してたんだよ。

けどよぉ……

 その日の晩なんだよなぁ。
 彰人が死んだのって。
 しかもさ。
 新聞には書かれてなかっただろうけど、あいつの死因。
 口の中から、胃袋の中……腹の中には大量の泥が詰め込まれていたんだよ。
 あの綺麗に澄んだ水が湛えられている沼での【溺死】にも関わらず。
『どこに、そんな泥があるんだよ!』って話なんだけど……その死因を聞いて、俺と弟の顔色はサーーーッと青ざめたのは言うまでもない。

 でもよぉ。
 俺が言いたいのは、そこだけじゃぁないんだわ。
 勿論、彰人の死因を聞いて、俺と弟は、あの沼の……祠に祀られている沼の主の祟りだって思って、二度と、あの沼には近づく事はなかったし、あの事件の時も周りの大人達に、「お前ら、あの祠に行ったんか?」と、すごい剣幕で聞かれたものの、絶対、口を割らず、知らぬ存ぜぬを貫き通した。
 その甲斐あって、俺も弟も何もお咎め無しで、彰人が好奇心から何も知らずに祠に入ってしまったんだろうって事になったらしいんだ。

 けどな。
 大人達は、決してあの祠の中身の事は言わないんだ。
 一体、あの中に何が入っているのかって事を。
 それが、俺の中では、日に日に気になって気になって……

 彰人は「泥」しか無かったと言った祠。
 大人達は「沼の主」を祀っているという祠。

 一体、どちらが正しく、何があるのか……

 最初は、彰人の死から、恐怖心が勝って、祠に近付く事すら出来なかったんだけどさ……。
沼には、普通に釣り人もいる。
 祠にお供え物を持って、お参りに行く大人もいる。
 それなのに、たかが、祠に立ち入っただけで、彰人は祟りにあった。
 沼の主なら、沼に棲む魚を釣り人だって祟りの対象になるんじゃぁないのか?
 お供え物さえあれば、祟りが起きないって……そんな祠、おかしいんじゃないのか?
 そんな事を思ったら、どうしても、祠の正体が知りたくなって……

 俺。

 今朝さ。

 行っちまったんだよ。



 あの祠に。

 一応、祟りが怖かったから、お供え物って訳でもないけど、饅頭片手に。

 でもな。
 そんな物、「お供え物」にも何にもならなかったんだよ。

 だってさ……俺が、あの祠の扉を開けたら、何が入ってたと思う?

 仏像?
 いいや。
 何かの剥製?
 いやいやいや。
 彰人の見た、「泥」?
 いやいやいやいや……




 いたんだよ。



 主が。




 真っ黒な、厭な匂いを放つ、ドロドロとした何とも気持ち悪い体をした「主」が。
 しかも、見知らぬ「赤子」を頭から、バリッバリッバリッ……と喰いながら。
 それを見たとき、思ったね。

 大人達が、たまに「お供え物」として持っていく物は……



「要らない人間」





 そして、あの「主」は……




 沼の奥深くに溜まっている、「泥」




 あの沼の底にある泥は、人の心の中にある、黒い物を吸い取っていたんだよ。
 それで、あの泥は「生」を得たんだ。
 だから、沼自体は澄んだ綺麗な水を湛えているんだ。
 あぁ。この話をしたら、お前も思い出したかい?
 そうだよ。
 うちの裏山……姥捨て山とも赤子捨て山とも言われてただろ?
 大昔、飢饉の時には、この地域だけじゃぁなく、あちこちから、色んな人が色んな人を捨ててったって。
 その頃からきっと山じゃぁなく、あの「沼」に、皆を沈めてったんだろうな。
 それが……腐って……泥となって……



 え?
 あぁ。
 お前、心配してくれてるんだな?
 俺も彰人のようになるんじゃないかって……



 大丈夫大丈夫。
 心配なんか要らない。
 あの「主」の正体を見たとき、俺は思ったんだ。


【お供え物】

 即ち

【生贄】

 を捧げれば、問題無いってね。



 だからさ。
 お前、未だに、親不孝な事してんだろ?
 お前の親御さん、お前なんて「要らない」っつってたぜ?

 だからさ……






「俺の代わりに、泥になってくんねぇ?」

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