百談

壽帝旻 錦候

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動物

第十話【鎮魂】

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 夏と言えば、肝試し。
 肝試しの場所と言えば、近くのお寺。
 そんな軽い気持ちから、深夜、私達はお寺に集まって計画した事は、一人ずつ懐中電灯一本持って長い階段を上り、一番上の本殿まで行くこと。
 そこに夕方仕込んでおいたお札を取って帰って来るっていう、ごくごく簡単なもの。

 そうはいえど、このお寺。

 結構大きなお寺で、本殿までかなりの距離があり、深夜ともなると、周りを取り囲む鬱蒼とした木々がただならぬ雰囲気を出し、薄気味悪さを感じさせる。

 肝試しの参加者は、俺、昭雄、泰子、江美の四人。

 女子といえど、負けん気の強い二人で、肝試しや怖い話なんて大好物だから、俺や昭雄なんかよりもウキウキと目を輝かせていた。
 行く順番はじゃんけんで決め、泰子、俺、江美、昭雄という順番になった。

「いってきーす!」

 元気よく出発した泰子。
 階段を一つの灯りが登って行く。
 心無しか、スキップでもしているんじゃないかというぐらいの雰囲気は、下から見ている者の気持ちを萎えさせる。

「あいつ、全く怖がってねぇし」
「むしろ、楽しんでるだろ?」
「えー! 私も今からワクワクだよ?」

 そんな事を言いながら泰子の持つ灯りを見ていると、頂上についたのか、灯りが消えた。

「上に着いたみたいだな。」
「あいつ、調子に乗って、真っ直ぐ本殿に行かずに、周りの森ん中散策したりしてねぇだろうな?」
「泰子ならやりかねない!」

 そんな事を言っていると、十分もしないうちに、泰子の灯りが頂上に見え、それから、お札を持って泰子は堂々と降りて来た。

「流石に、上まで行くと、一人だと雰囲気あるわぁ!」なんて言いながら。

 その後、俺も江美も順番で行き、何事もなく無事にお札を取って降りて来て、最後の昭雄が行く事に。

「なぁんだ。皆、何にも怖い事ないなら、単なる夜中のお参りじゃねーかー」

 悪態つきながらも、何か企んでいるような顔。

”こいつ、もしかしたら、俺らをビビらせようと、何かをするつもりか?”

 そんな事を思いながらも、見送る事三十分。
 頂上まで行き、昭雄の灯りが見えなくなって、すでに二十分以上が経過する。

「遅くなぁい?」
「確かに……」
「登っていく時、あいつ、なんか企んでそうだったからなぁ……」
「まさか! 周りの森に入ったりしてないでしょうね?」
「蚊が沢山いるだろうし、入らねーだろ?」

 残ったメンバーで、あーだこーだ事を言っていると、上の方から微かに何かの鳴き声なのか、叫び声なのか……甲高い音がした。

「ちょ……やっぱり、あいつ、森に?」

 最初に肝試しをした泰子が、唇を震わせながら言った。

「え?」
「泰子! なんか、顔色悪くない?」
「ヤバイよ……あの森……私も皆を怖がらせようと……」
「は?」
「皆を怖がらせようと、森に隠れて叫ぼうと思ったんだけど……」
「だから、森がどうしたんだよ?」
「なんか、変な唸り声が聞こえて……しかも、ガサガサガサガサ、風もないのに何かが“居る”音がして……でも、私、強がりだし、何も無かった振りして……」
「え……」
「その後、江美も須藤も、全く問題なく帰って来たから、気のせいだと思って……」
「って、事は、もしかしたら、変質者か何かがいたってことじゃねーか?」

“ヤバイ”

 三人が同時に焦った顔をし、皆同時にお寺の階段を駆け上がった。

「おーい!」
「昭雄!」
「どこにいるの?」

 昭雄の名前を呼びながら、お寺の本殿や他のお堂の周辺を探すが見つからず。

『やはり、森の中か……』と思い、薄気味悪い、下手したら変質者がいるかもしれない森の中へと足を進める。
 月明かりすら入らないくらい密集した木々が、何とも言えず気持ちが悪い。
 少しずつ奥へ奥へと足を進め、ライトで辺りを照らしていると、右手前方に注連縄で囲まれた更地が見えて来た。
 更地は遠目からでは、デコボコした岩みたいなものが置かれているようであったが、近くまで行くと、何か石碑のようなものがあちこち倒れており、その中央で人が倒れているようであった。
 ライトでそこを照らすと服装から、どうやら昭雄のようで、「昭雄!」と、思わず叫ぶものの、ピクリとも動かない。
 注連縄で囲んである所は、何かしら“危険”なものがいるという事を本でよく見ていた為、俺が足を踏み入れるのを躊躇していると、女子二人が呆れたような顔をして注連縄を跨いで、昭雄へ近づこうとした。

しかし、次の瞬間。

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「いだぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぃぃぃぃぃ!」

 悶絶打ちながら苦しみ始め、狂ったように暴れ出す二人の姿を目の当たりにした。

“や、やべぇぇぇ! やべぇぇよ!”
“どうしたらいいんだ? 警察か? 救急車か? 何をすればいい?”

 頭ん中は焦りと恐怖と驚きで、混乱状態。
 正直、信じられない状況に陥って、アタフタする事しか出来ないでいると、突然。

プルルルルル
プルルルルル

 けたたましい携帯の着信音が鳴り出した。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 パニックになっている時の着信音って、本当に心臓が止まるかと思うくらいビックリする。

 そうは言っても、鳴りやまない携帯。
 慌てて出てみると、それは叔父さんから。

『お前! 今、何処にいるんだ?』と、怒鳴られた。

 もう、頭ン中はゴチャゴチャで。
 目の前でのたうち回る二人の狂った姿を見ながら、とにかく今の状況を伝える。

「地元の……地元のお寺で、肝試し……」
『地元って……まさか! 森には?』
「森で、皆が……あ……それより、救急車! 救急車!」

 切羽詰まったように叫ぶと、叔父さんは、そんな俺の言葉を無視して言葉を続けた。

『落ち着け! お前らがいる周りには、何か墓石のようなものはないか?』

 冷静に言う叔父さんの声に、注連縄の中にある石碑の事を話す。

『それ以外に。注連縄の辺りには何もないか?』

 叔父さんの指示に従って恐る恐る、注連縄の辺りに何かないか懐中電灯で辺りを照らすと、ゴミや落ち葉が散乱している中、違和感を感じた。

 よく見ると、注連縄の中から、子供が悪戯したのであろうか?
 それとも時々この辺をウロつく、暴走族の奴らの仕業であろうか?

 あちこちに、他の石碑に比べ、小さな墓石のような石碑のような物が散らばっていた。

「お、叔父さん! あちこちに墓石なのか石碑なのか分かんないけど、何かあるよ!」

 見たまんまを伝えると、叔父さんは唸るような声を出した。

『それらを、注連縄の中に起たせ、注連縄の中の石碑も丁寧に起たせるんだ。』
「そ、そんな! 無理だよ! 注連縄の中に入った仲間は、皆、狂ったようにのたうち回って……」
『それは問題ない!』
「そんな、根拠のない事言わないでくれよぉ! こっちは目の前で……」
『いいか! その石碑は馬魂碑だ! 俺がジョッキーだって知ってるよな? 俺らにとっても、大事な場所なんだが、そこには競走馬だけでなく、その昔、農耕の為に。荷物を運ぶ為に。それこそ、馬車馬のように働かされ、無理矢理労働を強要され、ろくに餌も与えられずに死んでいった馬たちの魂を鎮める為の塚なんだ。だからこそ、自分達の苦しみを和らげてくれる石塚を直してくれるお前には、危害は加えない! 早くするんだ!』

 情けないことに、半べそかきながら、一個一個丁寧に、石碑を起てていくと、その都度、江美と泰子の狂ったような叫び声と動きが、徐々に静まって行った。
 そして、最後の一個を起てる頃には、既に一時間以上経過していたものの、二人は昭雄同様、その場に倒れ込んでピクリとも動かなくなっていた。

 俺は、とりあえず石碑に向かって手を合わせた。

「叔父さん! 救急車を呼んで、三人を……」

 倒れている三人を何とかしたいと思い、叔父さんに救いを求めようとするが、彼の言葉に遮られた。

『今、俺も向かっている。その寺の住職にも連絡した。あと三十分くらいで到着するから待ってろ!』

 有無を言わせない勢いでピシャリと言われてしまったので、動かない三人と、薄気味悪い森の中で待っていた。
 住職と叔父さんが来る頃には、既に、空は白んでおり、三人は境内の中の小さなお堂の中へ。
 叔父さんと俺は、叔父さんの車の中で待機していた。

「叔父さん、三人は助かるの?」
『あぁ。今、住職に、お祓いをしてもらい、馬たちの魂を鎮めて貰っているからな』
「でも! おかしくない? 俺達、石碑に悪戯した訳でも無く、ただ森に入っただけなのに……」
『お前は馬鹿か? 馬たちだって、自分達の意志ではないのに重労働を課せられ、餌もろくに与えられず、飢えと疲れでしんどくても文句も言えなかったんだぞ?』

 その言葉に、“うっ”となって、次の言葉が言えないでいると、『馬たちにとって……あそこに眠る殆どの馬たちにとってみれば、人間なんて、皆同じに見えるだろうよ。しかも、せっかく安らかに眠れたと思ったら、また荒らされて……頭にきているところに、たまたまお前たちが訪れ、馬たちの怒りを買ったんだろう……』

 確かに。
 馬たちは、自由に野生で生きていきたかったのに、人間の都合で過労死させられたんだ。
 そりゃぁ、恨みも大きいだろう。
 しかし……

「叔父さん、よく俺が危険な目に合っているって分ったね?」

 小首を傾げて尋ねると、叔父さんはフッと笑った。

『あぁ。それな。』

 目を細め、何か懐かしいものでも見るような優しい目をした。

『俺が、ジョッキーだって知ってるよな? で、俺が復活したキッカケでもある相棒の事も……』

 そう。
 叔父さんは、今でも活躍しているベテランジョッキー。
 どの馬に乗っても、軽やかに、風のように馬を走らせる有名ジョッキー。
 そんな叔父さんは、一時期、レース中の落馬での怪我からスランプに陥ったものの、伝説の馬と出会い、復活を遂げた。

『実は。アイツの墓は、きちんとあるんだが、俺なりにアイツを弔いたくてな。住職に頼んで、特別に、あいつの石碑も作ってもらってあるんだ。このお寺、馬にとっても大事なお寺でな。多くの名馬達の石碑も、実はひっそりと祀られているんだ。』
「それが……今回の事と何か?」
『こんな事言ったら、俺の事をおかしな人間だと思うかもしれないが、アイツが知らせてくれたんだよ。』
「え?」
『トウカイコウテイ。俺の大事な相棒だったヤツだ。』
「えぇ?」
『あいつと俺は、阿吽の呼吸というか、本当にウマが合ってな。今でも実は、俺はあいつと走っているんだが……まぁ、そんな話はここではいい。アイツが俺の夢に現れてな。お前が危機的状況にあるって事を知らせてくれたんだよ』

 優しく微笑みながらそう言う叔父さんの目には嘘はなくて。
 確かに、あのタイミングで電話してきたのも、俺達を助けてくれたのも叔父さんな訳で。
 俺は、その言葉に頷いた。

『よく、家畜やペットを“畜生”って言うけれど、畜生にだって魂がある。意志がある。想いがある。そこんとこを人間は考えなきゃいけない。ま、俺としては、畜生だなんて思う事自体が、人間のエゴだと思うけどな。現に。俺とアイツには確かな信頼関係と繋がりがあった。今回だって……あいつには、いつでも助けられる』

 熱弁を奮う叔父さんの目には、薄らと涙が光っていた。


 人間のエゴで死なせた馬たちの魂を、人間の心無い行動で怒らせ、人間と馬との友情で鎮めた。
 そんな事を思いながら、再度、馬魂碑に向かって手を合わせ、敬意を持って拝んだ。

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