百談

壽帝旻 錦候

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乗り物

第二話【渡し舟】

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 うちの地元は、昔はかなりの田舎で、川に橋すら架かっていなかったものだから、川を隔てた隣町に行く為には【渡し船】を使うしか術がなかった。
 しかし今では、道路も橋も整備され、そんな【渡し船】なんて使うのは、観光客くらいしかいないのだけれど、温泉と、昔ながらの家並みくらいしか客を呼べるものがないこの町では、渡し船が稼働している所なんて、平日では滅多に見られないのが現実である。

 それでは、この船頭は一体どうやって食ってるのか?

 その問いかけに、船頭自身は勿論、この町に住む誰もが口を閉ざしてしまう。

 とある、夕暮れ時。

「今日も殆ど客が居なかったよ……」と、船頭がボヤきながら、そろそろ仕事を上がろうとした時、一人の女性が声を掛けて来た。

「すみません、まだ、宜しいですか?」

 時間を見ると、もう午後の六時を回っていた。
 渡し船は、基本的に冬季は陽が沈むのが早いので五時で受付終了。
 夏季は陽が長い為、六時で受付終了としていた。

 今は六月の初め。

 夏季の受付ではあるが、既に六時を回っている為、正直、断りたかったのだが、話を聞けば、久しぶりに取れた休みを一人で満喫したいと思い、遠くの都会から遥々やってきたとのこと。
 急な旅行だったので、何も調べずここまで来てみたものの、観光らしい観光は出来ていないが、ゆったりと穏やかな時間が流れるこの町が気に入った事や、明日の昼にはもう、ここを発たなくてはいけないので、どうせなら夕日が沈むのを見ながら、川を渡りたいという女性の言葉に心を打たれ、船頭は承諾した。

【渡し船】の料金は、片道五百円。
 往復であれば、八百円だと言うと、女性は千円札を取り出し、無理を頼んでいるのだから……と
「お釣りはいらない」と言って、渡した。
 ここで、「いやいや、お釣りを……」と、言う程、野暮な振る舞いはせず、丁寧にお礼を言うと、早速、船へと女性を誘導した。
 定員が十名程度の木製の船ではあるが、本日は船頭と女性の二人だけ。
 ゆっくりと、長い竿で漕ぎ出すと、夕暮れ時とはいえ、少しムッとした暑さが残る中、涼やかな風が川面を渡ってくる。

「気持ちがいいですね」

 彼女は髪を靡かせながら目を細める。
 赤く染まりつつある空を仰ぎ、気分良さげに鼻歌を歌っている。

 ちょうど、川の真ん中に差し掛かった頃であろうか?

 ガタン!

 音をたてて大きく船が揺れた。

「何か大きな石にでも当たったのかしら?」

 好奇心旺盛な女性は船から顔を出し、川を覗こうとすると、「いかん!」と怒鳴られた。
 女性はびっくりして、船頭の顔を見るが、船頭は立ったまま、ジッと一点だけを見ている。
 それは、女性が覗こうとしていた場所であった為、再度、忠告を無視して船から体を乗り出した。

 すると……

 びちゃっびちゃっびちゃっ!
 ばしゃっばしゃっばしゃっ!

 沢山の魚が一斉に跳ねているかのように、水面が激しく飛沫を上げだす。

「えぇ?」

 突然の出来事に、びっくりしていると、縁に置いていた手を、いきなり何かが掴んだ。

「危ない!」

 船頭が、竿を手放し、駆け寄ろうとするも、時、既に遅し。
 女性は一気に川へと落ちていった。

 ドッパーーーーン!

「きゃぁぁっ!」

 大きな水飛沫と共に、叫び声が上がる。
 しかし、それはたった一瞬の出来事。
 女性は、何十本もの白い手に羽交い絞めされるかのようにして、川の中へと引きずり込まれて行った。

 ごぼ……ごぼごぼ……コポ……

 静かになった水面に、小さな泡が数個浮かび、そして消える。
 船頭は、落とした竿を拾うと、また、ゆっくりと元の船場へと漕ぎ出した。

 うちの地元では、昔は、【渡し船】が隣町への唯一の交通手段であった。
 だから、船頭というものは、町に住む人間には、とても大切な存在であった。

 しかし、その反面。
 余所者にとっては、とても恐ろしい存在であった。

 何しろ、一人や二人で、この町を訪れた者を狙っては、川の真ん中に差し掛かった時、身包みを剥ぎ、そして殺して、川に捨てていたのだから……

 時には、町の人間も手伝って……

 そうやって、余所者から巻き上げたお金で船頭は裕福になり、町の人間も、その恩恵に預かっていた部分もあったのだ。
 確かに、情報が発達していない昔であれば、こんな何もない田舎の町で、そのような事件があったとしても、おかしくはないであろう。

 しかし、今現在では?

 今現在の船頭は、ただただ先代の背負った恨みを引き継ぎ、無念の死を遂げた人達の鎮魂の為にだけに人生を生きているようなもの。

「何故、私だけ……」
「どうして、俺が……」

 そう言って、生きている人間を恨めしく思い、ただ、ひたすらに“仲間”を欲しているのだ。

 その事を、船頭も町の人間も分かっているからこそ……

 時々こうやっては、身内に被害が出ないよう、余所者をあてがっているのである。
 船場に着いた船頭は、船に残された女性のバッグを拾い上げると、中から財布を取り出した。

 そして、財布の中身を確認すると、ニンマリと顔を綻ばし、足取り軽く家路についたのであった。


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