3 / 16
PSYCHIC 3
しおりを挟む中央自動車道から首都高に入り、レインボーブリッジ経由で湾岸線。
都会の喧騒を離れるかのように西へ走らせ、東京湾アクアラインを渡り目的地へと車を走らせること一時間半。
海岸線の景色を堪能しているうちに、駅前の商店街に到着。
そこで、まずは現地住人達への聞き込み調査の画(え)を撮る。
この役割は、中山や五代といったプロのアナウンサーがやるよりも、お笑いタレントやアイドルが行う。
何故なら、視聴者はこの時点では『報道番組』を見ているわけではないからだ。
何が起きるんだろうとワクワクドキドキしている視聴者にとっては、アナウンサーの淡々としたインタビューよりも、大袈裟すぎるほどのリアクションや、面白いトークを繰り出すタレントの方が見ていて面白いと感じるし、番組的にも盛り上がる。
視聴率を確保するには、こういった役割の配分や構成もかなり重要なのだ。
そして、決められたロケ日程で撮影を終わらせるためには、何も知らない素人を使うのはご法度。
中々インタビューに答えてくれる人が見つからなかったり、無駄な時間がかかるだけで、大した収穫もなく、欲しい映像やコメントが録れないので、ある種危険行為だ。
時間を有効に使い、尚且つ、視聴者を喜ばせるようなエンターテイメント性ある番組作りをするためには、多少の『嘘』は必要不可欠。
あらかじめ仕込んでおいたタレントやエキストラをいかにも、たまたま現地で出会った通行人や住人といった体(てい)で登場させ、打ち合わせ通りの受け答えや反応をさせる。
けれど、ここでレギュラー出演者には、「彼らはサクラ(仕込んだ人)だよ」とは教えないところがミソ。
そうすることで、サクラの答えや反応を見聞きした出演者達は、素直なリアクションを見せてくれるので、視聴者にリアリティを与えることが出来ると言うわけだ。
しかも、ここで多少なりとも恐怖を刷込まれた彼らは、この後に続く、実際の心霊スポットでの撮影時、ちょっとした異変や違和感ですら過剰反応してくれる。
撮影する側にとっても、視ている側にとっても、何も無いよりも、悲鳴や恐怖に引き攣った表情が見たいもの。
あわよくばホンモノの霊なんか見れたら最高だ。
今回の場合は、それ以上に面白い展開になるかもしれないのだが――――
田口は、この場所での最後のカットを撮影を終える合図をした後、ここまでは自分やスタッフが計画した通りに無事に撮影が進んでいることにホッと胸を撫でおろしたのだが、ここからは全てがぶっつけ本番。
台本のない全てがアドリブのロケに、言い知れぬ不安を感じ、足元から湧き上がって来る寒気に体を震わせた時だった。
「で。オレはいつまで、こんなダッサイ眼鏡と帽子で変装してなくちゃなんないわけ?」
背後からいきなり声をかけられたことよりも、その台詞に驚いた田口は、慌てて振り向き彼の口を塞ぐ。
運よく皆、さっさとロケバスへと移動をしていて、今の言葉を聞いた人間は自分以外には誰もいない。
キョロキョロと周りを見渡し安堵の息をついた彼は、ゆっくりと男の口から手を離した。
目の前にいるのは、中肉中背の何の特徴もない体型の男。
ワークキャップを目深にかぶり、黒縁の大きな眼鏡をかけているのだが、前髪が長くて顔の造りはよく分からない。
けれど、男は、朝から田口の指示に従って、荷物を運んだり、通行人の整理をしたりと文句も言わずに雑用をこなしていた。
口元からムッチリとした手が離れた瞬間、新鮮な空気を吸い込む男に向かって田口は、片手で手招きするような仕草をした。
男性の平均身長よりも5センチ以上足りない田口は、変装男を軽く見上げているので、内緒話をする為に、変装男に自分の口元に耳を寄せるよう屈んでもらうようにジェスチャーしているようだ。
素直にそれ応じると、彼は変装男の耳元に手を当てて小声で話しだした。
「何も起きなければ、そのままずぅぅっとその格好でいてくださいよぉ~」
情けないような声を出す田口に、「え。ヤダ。なんで? この格好、ダサい」と呟く男は、すぐにでも帽子と眼鏡を外そうとする。
「ダサイって……一応、気を遣ってニューエラっていうブランドの帽子と……って、え? あぁぁっ! 駄目ですって! 帽子とっちゃ、だめだめだめぇぇぇっ! アナタ、前回、皆の反感買っちゃってるんですからぁぁぁっ」
ちっちゃくて少々小太り。
困ったような顔で短い手足をバタつかせる姿はどこかコミカルで小動物を思わせる。
仕事がデキるからデレクターに就いているのだが、このキャラクターのお陰で上からも下からも反感を買わずにすんでいる。
むしろこのキャラをわざと活かし、主要人物から可愛がられたり、親しまれたりして、円滑に仕事を回しているのも、ある種天性の才能。
とはいえ、こういうタイプの人間は、Sっ気のある人にとっては格好の獲物。
変装男は口の片端をニヤリと吊り上げた。
「ふーん。別にオレは嫌われようが、反感を買おうが、どーでもいいんですけどねぇ。でも! このモサッとした格好を強いられた精神的苦痛と、本来の業務以外の仕事までさせられているという契約外労働。この分の慰謝料と賃金。しっかり払ってくれますよねぇ?」
前髪と眼鏡の奥で、見えない『眼』がキラリと光った気がした。
「ひぃっ! は、はい。で、でも……その分のお金は俺のポケットマネーからなんで……」
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。たぐっちゃん。お金持ちじゃんっ! オレ、お金持ってる人、大好きだから。こんな変な格好も頑張っちゃうよ」
交渉というよりは、最早脅しにも近いような物言いに、思わず「はい」と口にしてしまった田口に向けてニッコリとした笑みを浮かべた。
肯定の返事をしてしまったあと、すぐに、割り増し分については、少しまけて欲しいと続ける田口の言葉を遮って、さっさと自分の言いたいことを告げた男は、ロケバスへと向かう。
「こうなったら、追加報酬分、みっちり働いて貰おう……」
男の態度から、かなりの追加料金を請求されるのを免れないと悟り、肩を落として、弱々しい声でポツリと漏らした田口の言葉を聞き逃さなかったのか、それとも単なる偶然なのか。
鼻歌交じりで先をゆく男が振り向いた。
「あ、でも。オレ、契約以外の仕事はたぐっちゃんの指示以外は動かないからね。さっきもさぁ、照明のあんちゃん。オレにいきなりレフ板持たせようとするんだぜぇ? そんなことやったことねぇっつうの。だから、使えないダメ男演じておいたんで。ヨロシク~」
ヒラヒラッと手を振り、飄々とした態度で再び歩き出す彼の背中にフワリと輝く半透明の何かを見たような気がした。
決して不快なものでも、怖いものでもなく。
逆に、どこか落ち着くような、安心するような何かを感じた。
「まったく。こっちの懐具合はおかまいなしに、マイペースなんだもんなぁ……。テキパキ働いてくれれば、サブだけでなく、スタッフとしても貢献してもらいましたって言って、上にも経費申請出来るっていうのに。ま、無事にロケが終わるんなら安いものか」
人の良い田口はフッと小さく息を吐くと、これからのスケジュールに遅れを取らないよう、トストストスッと音を立てて駆け出し、彼の後を追った。
商店街を離れ、住宅街に突入したところまでは良かったのだが、そこを通り過ぎるといきなり人気のない寂れた雰囲気へと変わる。
農場や草原が続き、牛や馬を目にしている間は、遠足や旅行に来た気分でのどかな景色を楽しむ余裕もあり、ロケバスの中は穏やかな雰囲気であった。
スタッフ同士だけでなく、賀茂と五代が次のロケ地での打ち合わせらしき会話をしていたり、ADとカメラマンは撮ったばかりの映像と音声のチェックをしていた。
田口も勿論、この時間を有効に使おうと、今から訪れる場所の周辺地図や、廃村がまだ村として成り立っていた時の建物の配置などを頭に叩き込む。
どこでどのようにして見せ場を作るのか。
どこにテントをたてると安全かつ、いい画が撮れるのか。
ここからはいくら大まかな流れだけを念頭にいれて、出たとこ任せだとはいっても、ある程度の基本的なことは把握しておかなくてはならない。
ブツブツと一人で呟きながらも『何も起きなかった時の場合に備えて』の演出を考える。
「おーい。浅井。ちょっと来てくれる? あと、ごめん。山岸さんもこっち向いて貰えるかな?」
「はーい」
「はい」
ADの浅井は、カメラマンの野々村に一言断りを入れてから、田口の真横へとやってきた。
坊主頭で結構マッチョな浅井が隣に座るだけで体感気温が2、3度上がったような気がして、冷房の向きを調整する。
音声の山岸は、眠たそうな瞼をこすりながらも、田口の前の座席からおかっぱ頭を覗かせた。
頭は見えるが顔は見えないと思い、小首を捻った時、目の前にある椅子と椅子との隙間から、ジッと田口と浅井両名を覗き見る彼の不気味さに、二人は小さな悲鳴を上げた。
「なんですかぁ~? オイラに何をさせたいんですかぁ~?」
くぐもった声で発せられる間延びした台詞がさらに彼の不思議くんというよりも不気味くん具合を増加させるが、集音や音響、特殊効果音等、音声に関しては彼の腕前は業界でも一、二を争うもの。
山に入ったせいか、カーブで車体が揺れるものの、山岸は後ろ向きでも気にする様子もなかったので、田口はそのまま小声で彼らに、もしもの時の代案や対策、対処方法を説明すると同時に彼らの意見やアイデアも聞いた。
いつの間にか、辺りには民家がなくなり、すれ違う車の姿さえ殆ど見なくなっていた。
「なんかここぉ~。電波悪いんですけどぉ~」
スマホでゲームをしていた日高が頬を膨らませた。
山奥へと入るにつれて、電波が不安定になっているようだ。
「まぁまぁ。愛ちゃん。完全に電波が無いわけじゃないんだし、これもお仕事お仕事」
隣に座るマネージャーが宥めている。
「そうよ、日高さん。これはロケなんだから、ゲームの電波ぐらいで文句言わないで頂戴」
「でもぉ~。電波が不安定ってことは、外部との連絡だって取りにくいじゃないですかぁ。そういうのってぇ、他の仕事の関係でも困ると思うんですよねぇ~」
「そんなことは分かっているわよ。今言っているのは、ゲームごときで駄々をこねないでってことよ。私達は遊びじゃなくて、仕事で来ているんだからっ」
斜め後ろに座っていた中山が不機嫌な声を出す。
木々が生い茂り、太陽の日差しがあまり入らない山道は薄暗く、どこか不気味さを感じさせる。
うねった坂道を上り続け、人里からどんどん離れていくことが、車内にいる出演者とスタッフの不安を募らせ、ピリピリとした雰囲気にさせていた。
そんな時に日高がくだらないことで不満を口にしたものだから、つい中山もキツい言葉を口にしてしまった。
だが、日高も若いとはいえ、人を蹴落としてでものし上がるのがナンボな世界の生きるアイドル。
気の強さでは負けてはいない。
「仕事仕事ってぇ。今まで仕事していたのってさぁ~、スタッフさんとぉ、アタシと大なり小なりさんだけじゃん。午前中、仕事してない人に言われたくなぁ~い」
「なっ!」
売り言葉に買い言葉であれば、まだしも。
正論に対して、屁理屈で応戦する日高に対して、頭に血が上った中山の顔つきが険しくなった。
「あなたねぇ……」
「まぁまぁ。中山さんも愛さんも、落ち着いてください。目的地にはもうすぐ到着のようですし。こんな寂し気で薄気味悪い雰囲気の中です。落ち着かないのも無理はありませんが、こんなところで仲違いしても仕方ありませんよ」
五代と話し込んでいた賀茂が一触即発といった雰囲気の二人の間に割って入った。
柔らかい物腰。
穏やかな口調。
どちらかに加担するような言い方ではなく、あくまでも平等に接する彼の態度に、これ以上騒いだ方がみっともないと察知した二人は、互いに少々気に食わない部分は残れど、ひとまず休戦といった形をとることにした。
不穏な空気が流れていた車内に沈黙が訪れると、やけに外の暗さが気になりだす。
先程まで、普通に打ち合わせや、会話をしていたスタッフや出演者達も、鬱蒼と茂った木々や、じめじめとした山の雰囲気に薄気味悪さを感じていた。
窓の外に白いモヤが見えだした。
なんともオカルトっぽいシチュエーション。
番組スタッフがわざわざ演出しなくとも、周辺に霧が立ち込む。
「野々村さんっ! カメラ回してっ!」
ロケバスで移動中の画も、編集次第ではうまく使えるかもしれない。
エアコンが効きすぎているのか、それとも、何とも言えない異様な雰囲気を感じさせる外の景色のせいなのか分からないが、鳥肌がたつ者や、肌寒さで腕をさする者も続出しだす。
「なんだか寒いわ……」
「や、ヤバイでっ! オレ達にこれ以上先に足を踏み入れるな! こっちに来るなゆうとるでっ! 霊が怒っとるっ!」
「はぁ? ほんまか? ワイ、なんも感じへんで。むしろ、あつぅてかなわんわ」
「それは小野くんが人よりもちょっと肉襦袢が厚いからじゃないのかね? わたくしも肌寒いくらいですよ」
「キッツゥ~! ちょい、五代さん。冗談でもワイのガラスのハートが粉々やでぇ~」
「おい、小野っ! 冗談やないで。オレら、ここからはよぉ立ち去れ言われとる。全く歓迎されとらんで。なぁっ! 田口さんっ! このまま進んだらシャレにならんこと起こる気ぃするでっ」
演技とは到底思えないほど額にビッシリと汗をかいた大野が、焦ったような声を出す。
すると、出演者だけでなく、スタッフ達の中にも寒さや吐き気を訴える者が続出しだした。
「マジでさむくねぇか?」
「うう……なんだか、頭いてぇ~」
「えぇ~! な、なによぉ、みんなして……どうしちゃったの?」
「おいおい、マジかよ。マジでこのバス、ヤベェところに向かってんじゃねぇの?」
不安と恐怖が連鎖し、パニック状態になっていく車内。
その様子を険しい顔をしてカメラに収める野々村。
緊迫した雰囲気の中、賀茂が懐から人の形を模(かたど)った手のひらサイズの真っ白な紙を左手で二枚取り出す。
右手の人差し指と中指をピッシリと揃え、その二本の指先を自らの額に押し付けると、何やらブツブツと呪文のような言葉を唱え始めた。
「中央五方…………行じ奉る。金達龍王、賢…………りゅう…………総じては諸仏~……悲願を捨てたまわず、ぶっし……しょ……しちなん……七福………ぜ……執着……………呪詛………やくなん…………、…………災難そく……し諸願成就したまえ。オン・ウカヤボダヤダルマシキビヤク・ソワカ!」
呟かれる言葉の殆どが彼の口内へと消えて言っている内容は分からないが、最後にハッキリとした口調で唱えられたものは、よく漫画や映画に出て来る陰陽師や霊媒師が唱える『真言』と呼ばれるようなものであることは周囲にいた人間達にも理解出来た。
当然、それが何についての真言なのかは分からないのだが、皆、陰陽師としての賀茂の生呪術に目を見張った。
彼は、額から指先を離し、手に持った人型二枚にその指先で何か文字らしきものをなぞると、宙にばらまいた。
「カラリンチョウカラリンソワカ」
静かに目を閉じ、よく通る声でまたもや真言なのか呪文なのか分からない言葉を吐き出すと、両手で胸の前で印を作った。
両手を合わせたところから、薬指を倒し、中指と小指の先はくっつけたまま、人差し指の先は離した状態で、親指は真っ直ぐ伸ばしてぴたりとくっつける。
それから流れるように薬指の先を内側に入れて絡める。
その一連の作業の間、二枚の人型はヒラリヒラリと宙を舞う。
「鬼魔駆逐急々如律令」
特殊な文言を言い終わるや否や、印を結んだ両手を前に突き出す。
途端、薄っぺらい人型二枚は燃え上がったかと思うと、次の瞬間には紙吹雪のように車内に舞い散った。
室内灯がチカチカと点滅を繰り返す。
口々に寒さや痛み、不安を訴えていたはずの車内が静まり返る。
陰陽師の末裔だという賀茂の力を疑っていた田口でさえも目を大きく見開いた。
《まさか――――ホンモノ?》
番組内では、悪霊に憑りつかれた人の浄霊や、毎夜夢の中に現れる見知らぬ人間が先祖の霊だということを言い当てた上で、交霊を行ったりしてきた賀茂ではあるが、今までのは、あくまでも撮影用のパフォーマンス。
実際には、サブ霊能者によって、事前に霊視をした情報を「撮影時間の短縮」という名目で利用し、先に賀茂に伝えた上で、いかに相談者や視聴者を信用させ、驚かせつつも、「番組」を盛り上げる演出や演技を彼に任せていただけ。
もちろん、スタジオにやってきた一般視聴者(相談者)には賀茂は、本物の陰陽師ということになっているので、彼が「お墓参りに行っていませんね?」とか、「庭に枯れた松の木がありませんか?」などと、霊障に深く関係する個人個人の『何か』を言い当てていくことによって、素直な反応が返ってくる。
浄霊についても、賀茂には映画やドラマに出て来る陰陽師のイメージを壊さないよう、芝居をさせているだけで、周りに気付かれぬよう、スタジオの隅に待機させているサブに浄霊をさるというのは、まだ可愛いもの。
海外でも牧師や教会が、信者の信仰心を更に高めるために利用する「悪魔祓い」同様、単なるヒステリーや癇癪持ちの相談者に対しては、「術」をかけているように見せかけるだけ。
彼らは、「自分が悪い行いをしたのは悪霊のせい」「自分がネガティブで憂鬱なのは何かに憑りつかれているから」だと思い込んでいることから、脳に錯覚を起こさせ、実際に体に異変をきたしているだけなので、『除霊された』と信じ込ませることだけが重要なのだ。
その点、有名陰陽師の末裔であり、数々の浄霊や交霊を成功してきた『日本一の陰陽師』の肩書を持つ賀茂が『術』をかけたフリをするだけで効果があるわけだ。
そんな現場ばかりを見てきた田口は、彼が今、目の前で行った陰陽術も、一種のパフォーマンスじゃないかとも疑ったのだが、だったら、点滅する室内灯や、バスの外一体に立ち込めていた霧が消えていく理由が見つからない。
車内の温度も1、2度高くなった気がした。
それぞれが落ち着きを取り戻す。
木々の合間から零れる日差しが、窓から差し込む。
幽霊や化け物なんかは誰も目撃していない。
けれど、霊感の全く無い人間にとっても、嫌な気配や薄気味悪い雰囲気を感じられたのは確か。
ましてや、霊感のある大野は『霊』の存在を感じて怯えていた。
それを式神というのだろうか。
賀茂の使った術によって、一気に車内の空気がガラリと変わり、霧が晴れたことは間違いない。
その事実は、彼の血統と相まって、彼を『本物の陰陽師』だと周りに信頼させるには、かなりの効力を持っていた。
現に、今まで『お飾り』程度のモンだとしか認識していなかった田口ですら、ごくりと生唾を呑み込んで、その様子を見守っていたのだから。
《もしかして。早川プロデューサーの言った通り、彼がいればサブなんて必要なかったのかも》
そう思った時、運転手の真後ろの席から、獣が唸り声をあげているかのような物凄く大きな声があがった。
「ふんごぉぉぉ~っふんごぉぉぉ~っ」
「ヒャッ!」
「うわっ!」
「なななななんだよっ。ビビらせるなよ」
地の底から響き渡るような、低音でありながらもビブラートを利かせた鼾が運転手の真後ろから聞こえてきた。
リアルで怪奇現象に遭遇したばかりだったので、皆、神経が敏感になっていた。
そんな中、静まり返った車内でいきなり得体の知れない音が鳴り響けば、その場にいた全員が驚くにきまっている。
ビクリと肩を震わせた後、お笑いコンビの片割れである小野が、小太りな体には似合わない素早い動きで鼾のする方へと駆け寄ると、背もたれに頭を預けて顔を上に向け、大口を開けている男のおでこをパチンッとはたいた。
「ほへ?」
「ほへぇやあらへんでぇ! こない皆がビビっとるっちゅーんに、まぁ~あんさん、よぉ呑気に寝れとったなぁ~。しっかも、ごっつい鼾かきよってからに。ちったぁ空気読めや」
「はぁ。これから徹夜でロケですよねぇ? 体力温存させとこうと思って……」
「あんさん以外は、移動中でも打ち合わせやら何やら、皆、仕事しとったっちゅうねん」
「あ~……でも、皆さんは、そういったことも込みでお金貰ってるんですし。オレが依頼された仕事の契約内容には打ち合わせとか、ロケバス移動中のゴマすりやおべんちゃらは勿論のこと、打ち合わせなんていう仕事も入っていないんで」
皆が賀茂に注目し、一目も二目も置こうとした瞬間での、コントのようなオチをもってきた男に対して、苛立ちを露わにした小野。
その小野に向かって、ふてぶてしい態度をとるのは、田口の指示でダサイ格好をさせられ雑用をさせられていた若い男。
前髪でほぼ隠れている彼の顔には、黒縁眼鏡。
どんな面構えをしているのかも、どんな表情をしているのかも分からないものの、憤慨して叱り付ける相手に対して、フンッと鼻で笑った時点で小生意気そうに口元が歪む。
それを見た小野はカチンときたものの、その顔にどこか見覚えがある気がした。
「ん? あんさんの顔……どっかで……」
訝しげに小首を傾げた後、彼の顔を覗き込もうとした時、背後から慌てて田口が叫んだ。
「うわぁぁぁぁっ! 小野くんっ! すまんっ! その子、俺の知り合いの子で。バイトで雇ってるんだわっ! まだまだ若くて、礼儀を知らない子だから、親御さんからも社会勉強がてらにってことで預かってるんで、許してやってっ!」
通路を走ってやってきた田口が、小野に彼の顔をまじまじと見させないよう帽子ごと頭を下げさせた。
「ほら。神代くんも。バイトとはいえ、ちゃんとお金貰ってるんだ。皆、真剣に仕事をしているんだから居眠りしてたことは謝ろう!」
口では子供を諭すような言い方ではあるが、その表情は自分が頭を押さえ付けている男の顔色を伺うようで、声は緊張のあまり微かに震えていた。
「はぁい……すみませんでした。以後、気を付けます」
棒読みではあるが、一応、謝罪の言葉を述べたのを聞いた小野は、「まったく。これやから『ゆとり』はアカンのやわ」とプリプリ怒りながら、自分の席へと戻っていった。
「一応、運転中は座席についてシートベルトをお願いしまーす」
散々、車内で騒いでいたというのに、今頃になってマイクで注意をする運転手に田口は小さく舌打ちをした後、未だに男の頭を押さえ付けていることに気が付き、慌てて手をどけた。
「もももも申し訳ありません。し、失礼なことしちゃって……。この間の収録の時、出演者の皆さんから、かなり嫌われ……じゃない、印象が悪かったので、ここでは大人しく我慢していてくださいよぉ~」
トラブルや険悪なムードになることだけは勘弁してくださいという意味を含めて小声で懇願した。
「はぁ。まぁ、今のは『不愉快料』追加ね。あ、でも。たぐっちゃん。正直、さっきのでオレのこといらないかもって思ったっしょ?」
心の中身を見透かされた田口はギクリと顔を強張らせた。
「やっぱね~……でも。うん。そうだねぇ……確かに、今回はオレではどうしようもないかもなぁ……」
「え?」
「ま、ここまで来ちゃったし。オレをここで置いていったり、報酬ケチるのだけはやめてね~ん」
冗談めかした彼の言葉の前半部分。
田口が「え?」と聞き返す前の言葉を漏らした時、彼の前髪の奥でギラリと目が光ったのを田口は見逃さなかった。
彼ではどうしようも出来ないほどの強い悪霊や恐怖現象がこれから待ち受けているのだろうか?
賀茂の力なら何とか出来るけど、自分の力では何ともならないということを言いたかっただけなのだろうか?
常に飄々とした態度で、いざという時には頼りになる存在。
マイペースでいつも気怠そうな態度をとっているのに、自身の持つ特殊能力には自信満々だからこそ、報酬を釣り上げる彼。
それが田口の知る『彼』であった。
そんな彼が、霊障や心霊関係のことで初めて『自分では無理』だと言葉を漏らしたことに、田口は衝撃を受けた。
「神代く……ん……」
不安そうに瞳を揺らす田口に向かって、神代と呼ばれた変装男は口端をニンマリと上げた。
「あ。何か勘違いしているようだけど、たぐっちゃんが心配していることと、オレが懸念していることは全く違うからね~。ま、たぐっちゃんは、『陰陽師さん』とやらにベッタリくっついていなよ。オレはちゃぁんと、報酬分はしっかりきっちり働くからさ」
『陰陽師さん』と、わざわざ強調するような厭味ったらしい言い方から、田口は自分が賀茂の術に心を奪われたことを察知した神代が、拗ねているように思えた。
《もしかして。自分よりも力のある人間がいることに嫉妬したのかな? それとも、もう自分はお役御免扱いされると思って、不貞腐れただけなのかな?》
そのように考えれば、自分のではどうしようもないかもと弱音を吐いたようにも聞こえる神代の言葉は、ただ単に、『賀茂にやってもらいなよ』といじけただけだ。
《やっぱ、何だかんだいってまだまだ子供。案外。可愛いところもあるんだな》
フフフと微かに笑うと、「何? たぐっちゃん。いきなり一人で笑いだして。さっさと自分の席に着きなよ。まだ、音声さんとの打ち合わせとか終わってないでしょ? 綿密にやっておかなきゃダメだよ」と、先程とは立場が変わって注意された。
シッシッと片手で追い払われた田口は、自分の席に戻り、浅井や山岸との打ち合わせを再開した。
この時。
田口がもう少し勘がよければ。
もう少し神代の言葉の意味することを深く考えていれば――――と、後悔するのは、まだ先のことであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる