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壽帝旻 錦候

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PSYCHIC 4

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 あれから山道とはいえど、きちんと整備された新道を進んでいると、大型車一台がギリギリ通れるぐらいの狭い脇道が現れた。
 舗装すらされておらず、赤茶色の土が剥き出し。
 あちこちに大きな石が転がり、草は生え、でこぼこした道なのが一目で分かる。

「ここを進むのか?」

 運転手は顔を顰めた。
 地図では間違いなく、この旧道と言うにはあまりにも酷い道の奥に、目的地である廃村が存在していた。
 歩いていくには、結構な距離がある。
 様々な機材やテント等を持って行くにはちょっと無理がありそうだ。

「ま。奥にあるのは誰もいない廃村だ。この道を行くのは俺達だけだろうし、すれ違う車なんていないだろう。廃村の手前まで行けば方向転換出来るスペースもあるだろうし、行くしかねぇな」

 自分に言い聞かせるように呟くと、「ここからは、かなり道が悪くなりますよ」と、車内の連中に声をかけ、旧道へと突き進んだ。
 粗悪な道のお陰で、車体はガタガタと揺れ、振動が激しい。
 前の座席にくっついている取っ手を握ったり、肘掛けをしっかりと持って、皆、自身の体を固定し、支える。
 何かを話そうにも、車体がバウンドしたりもするので、下手したら舌を噛んでしまうため、口を開けることすら出来ない。
 歯を噛みしめて、それぞれ足を踏ん張ったり、アシストグリップを握りしめたりして、自分の身を守ることで精一杯であった。
 数十分後、ようやく開けた場所に出た。
 バスの前にはフェンスがそびえ立っている。
 そこには看板らしきものが括り付けてあった。

「到着しましたよ」

 車酔いしつつあった者も、揺れに耐えて外の景色を見る余裕のなかった者も皆、窓の外に目をやった。

「『危険!』『立ち入り禁止!』『この先、入るべからず』……なんだ、この看板」

 廃村の中に入らせないようにする為なのか、それとも、その奥にある絶景スポット且つ自殺の名所でもある断崖絶壁に近付かせない為なのか、フェンスの上には有刺鉄線が巻き付けてあり、赤字で書かれた看板があちこちに括りつけられており、物々しい雰囲気が漂っていた。
 この先には絶対に進むなという強い意志がフェンス自体に宿っているかのようで圧倒され、近付くことすら躊躇される。
 だが、本当に死にたい人間は、それすらも乗り越えて奥までいくのだから、その執念というべきか、死んで恨みを晴らしたいといった『負の念』が、この周辺に渦巻いているのだから、禍々しさとおどろおどろしさが混在しているのも頷ける。

「なんか、ここ。マジでヤバくないか?」
「ああああああアカンッ! この先に行ったらアカンでぇ! オレは入りとぉない。ギャラなんいらん! ホンマ、ここには入りとぉないっ!」

 腕をさすりながらスタッフの一人がポツリと呟くと、その言葉が大野の感情のストッパーを外してしまい、その身に感じる恐怖をそのまま口にして騒ぎ出した。

「ちょ、大野っ! 何ゆうとんねんっ! ここまで来たんやっ! 我儘ゆうなや。賀茂さんかておるんやし。呪いだの幽霊だの。大丈夫やてっ!」
「アカンアカンアカンアカン……オレはゆうたで……アカンゆうたからな……オレは止めたんや。止めたんやからな……」
「ちょっと……。大野さん、やめてよ。こんな所で私達を脅かそうとするなんて、質(たち)が悪いわよ」
「そうよぉ。オオノン、やめてよねぇ~」
「冗談やないわっ! アンタは霊感あらへんから、澄ました顏しておれるんやっ」

 冷静さを欠き、パニック状態の大野は、相方の制止も聞かないどころか、非難めいた声を出す女性陣には噛みつく始末。
 怖がるリアクションを超えて、身に迫る『何か』に怯えた彼の攻撃的な態度を見かねて賀茂が立ち上がった。

「大丈夫ですよ。大野さん。落ち着いてください。これだけ多くの人達がいるんです。一人にならなきゃ大丈夫ですから。心が乱れるとかえってつけ入る隙を与えてしまいます」
「そないゆうても、ホンマ、アカンッ! よう見てみぃっ! オレの腕ぇっ! こないサブイボたっとるやろがっ! オレはお前とは違って――――」
「大野さんっ!」
「ッ――――」

 気持ちを落ち着かせようと、穏やかな声で語り掛けるが、逆ギレされたところで、始終穏やかで落ち着きを払っていた賀茂の一喝が飛んだ。
 ビクリと肩を跳ね上げた大野は、怯えたような顔をして賀茂を見た。

「ここにいる皆の不安を煽るようなことは止めてください。これだけ不気味なモノを目の当りにして、怖がるのは無理もありません。ですが、むやみやたらに怖がってしまえば、ここに居ないものまで呼び寄せてしまうことになりかねませんよ」

 少し感情的になり、声を荒げたのはスタッフや出演者達の雰囲気を感じ取り、これ以上動揺させないためなのであろう。
 焦ったような声を出したあと、大野を注意していくうちに、徐々に彼の声も目にも凄みが増した。
 周りから見れば、それはまるで《これ以上、周りの気持ちを掻き乱すな》とでもいうような感じに捉えられる。
 だが、こんなにも騒いでいる中で、一人、寝たふりを決め込んでいる一人の男だけは、薄らと目を開けて、前髪の間から静かにその状況を盗み見していた。
 有無を言わせない賀茂の言い方に、押し黙る大野は相方である小野に背中をさすられ首を垂れていた。
 その耳元で小野が何かを話している様子ではあったが、相方を励まし、これからのロケに対する気持ちを一生懸命鼓舞しようとしているように見えた。
 その時、この場での最高責任者がようやく口を開いた。

「想像以上に怪しい場所だが、考えても見てくれ。役所の人間が、このフェンスも看板も設置したんだ。その理由はこの先のあちこちに老朽化した建物が点在し、興味本位で立ち入った者達が建物に落書きをするだけならまだしも、大怪我をしたりすること防ぐためでもあるんだぞ」

 怖がりの田口とはいえ、流石はデレクター。
 はっきりとした口調で、この何とも言えない不吉さを感じさせるフェンスについて理論的に説明をし出した。

「ということはだ。廃村になってから何十人、何百人もの人間がこの場所を訪れ、悪戯をしてきたということだ。そんなにも大勢の人間がここを訪れていたというのに、事件に巻き込まれただの、行方不明だの。ここで、そんなことがあったというニュースはそんなにあったか? いや、ないだろう?」

 確かに。
 自殺者が多いことと、例の撮影中行方不明になったグラビアアイドルのニュース以外は、凄惨な事件があっただとか、この地域で大きな事故があったりだとかは聞いたことが無い。
 ただ、自殺の名所という不名誉な地域と共に、『最怖の心霊スポット』という噂だけが独り歩きし、多くの人を今もなお呼び込んでいるだけである。
 ここに足を踏み入れた人々のその後のことなど、一切話題には上らない。
 全員が田口の話に耳を傾けた。

「大体。本当に危ない場所なら、役場が俺にこのフェンスの入口の鍵を貸してくれるか? いいや。貸してくれるわけないだろう? もし、廃村内で事件でも起きたら、それこそこの地域全体にとって、大問題になりかねない。山の中だから、事故にだけは気を付ければ事件なんて起きないという絶対的自信があるからこそ、入口の鍵が俺の手の中にあるわけだ」

 理路整然と語られる彼の言葉には説得力がある。
 しかも、彼の顔の横に掲げられた銀色に光る小さな物体はその言葉を裏付けるには充分なものであった。

「な? 俺がこれを持っているということは、そういうことだ。大体、よく考えてくれよ。局内でも高視聴率を叩きだしている看板番組だ。事件や事故なんかで打ち切りなんてことはあっちゃぁならない。そんな危険なロケなら、局の方からGOサインが出ないことぐらい、お前らだって分かるだろ?」

 道中、奇怪な出来事に遭遇したことで、皆の心に芽生えた恐れや憂慮が、この異様な雰囲気によって爆発寸前であったのを、田口はたった一人で鎮静させた。
 これもプロデューサーとして必要な能力。
 車内のあちこちからホッとしたような溜息が漏れ、「そうだよな。考えてみたら本当に危ない場所にロケの許可が下りるワケないじゃん」「このフェンスの気持ちの悪い看板だって、自殺志願者や悪戯で入ろうとするヤツらをこの場所に近付かせない為の演出だよな」といった言葉があがった。
 一気にスタッフ達の気持ちが切り替わったのが、車内のムードから伝わってくる。
 あれだけ青ざめた顔をして騒いでいた大野の顔色も幾分か良くなっていた。

「大野くんも大丈夫? 君、霊感があるんだもんな。何か聞こえちゃったんだろうけど、この『いかにも』な空気のせいで過剰に反応しちゃったんだろうけど、その件に関しては賀茂さんもいるし、皆もいる。一人にはさせないから安心して欲しい」

 田口がフォローの言葉をかけると、小さく頷いた。

「さ。安全な場所だっていうことも分かったことだし。準備をしてロケに入るよ。あ、矢嶋さんは、ここに待機していてくださいね。ここから先はトイレが無いので、このバスだけが頼りなんで」

 運転手に向かって軽い口調で声をかけると、「なんだよ。俺はトイレ番かよっ」と、拗ねたような返事をするので、皆の顔にも笑顔が浮かんだ。

「萱野(かやの)ちゃんは、愛ちゃんと中山さんのメイク直しお願いね。賀茂さんとの野々村さんはちょっと来てくれるかな? あ、浅井と神代くんも、機材運びをお願いしたいから宜しく」
「え? ボクもですか?」

 言われて直ぐにロケバスから降りる二人の後を、面倒臭そうに椅子から立ち上がった神代が続く。
 けれど、まさか自分の名が呼ばれるとは思っていなかった賀茂が、ポカンとしか表情で田口に聞き返した。
 目を真ん丸にした間抜け面でも、イケメンはイケメンなんだなぁと、やたらと整った顔に少々嫉妬を感じながらも、田口は賀茂に説明をした。

「ええ。賀茂さんもです。これからこの番組の花でもある女性二人を更に美しくしてもらっている間に、霊力を強く感じる場所や、幽霊を見たという目撃証言のあった場所に、固定カメラや暗視カメラ、赤外線カメラを設置しようと思いまして」

 勘のいい賀茂はそこまで聞いて、すぐに納得した。

「成程。霊力や念、磁場の強さを感じる場所をボクに探して欲しいというワケですね?」

 百点満点の答えに満足気に頷くと、「了解しました」とにっこりと笑顔を見せてロケバスから降りた。
 すると山岸が前の座席から顔をニュッと出して田口に向かって口を開いた。

「そんなら、オイラも音源可視化装置を設置すべきじゃないっすかぁ~? 超高性能集音マイクを試してみたいですしぃ~」

 喋り方や態度は社会人として落第点だが、『音』への飽くなき探求心と機械オタクっぷりは、業界内でも彼の右に出る者はいない。
 よくあるオカルト番組は、こういったロケでも、わざと木々を揺らしたり、廃墟で音を立てるといった仕掛けや演出が必ず仕組まれているのだが、今回はそういったものは一切なく、ガチでノンフィクション。
 撮影部隊が少人数で済んでいるのも、そういった仕掛けや演出を補助する人間が必要ないからなのだが、その分、一人一人の負担も大きい。
 だからこそ、機械を固定して任せておける部分は、任せておきたいし、高性能な機械を使うことによって、今まで見逃したり、聞き逃していた異変を感知できるのであれば、活用したい。
 彼の申し出は田口にとっても願ったり叶ったり。

「山岸さん。是非、お願いします」

 目を輝かせて頭を下げる田口に口端を上げて、「田口さんのためなら、オイラ。がんばっちゃいますよぉ~」と言った。
 田口は車内に残った出演者やスタッフ達の顔を一人一人見まわした。

「今回のロケは、出演者の皆さんにもハンディカメラを持って撮影をお願いする部分もあるので、あとで打ち合わせします。それまでは、車内で寛いでいてください」

 田口の言葉に女性陣の嬉しそうな顔がまずは飛び込んで来た。
 そりゃそうだろう。
 今は七月の中旬。
 山の中とはいえ、外は蒸し暑いし、蚊だっている。
 いくら仕事とはいえ、少しでもエアコンの効いた場所に居たいと思うのが普通だ。
 照明の梶(かじ)と、カメラマンの助手でレフ持ち担当の瀬奈川(せながわ)は、他のスタッフ達が仕事をしているというのに、車内で待機というのも気がひけるのか、困ったような顔をしていたが、「夜に備えてしっかり休んでおいてくれ」という田口の気遣いに甘えることにした。

「じゃあ、皆さん、後ほど。あ、そうそう。一つだけ言い忘れた」

 後ろにあるトランクルームを開けて機材を下ろしているスタッフ達の元へと急ごうとした田口が、ロケバスから降りようとしたところで、再び顔を車内に向けた。
 皆、何事かと思い、彼に注目する。

「俺達が戻ってくるまでは、全員、このバス内に待機していてくれよ。くれぐれも勝手な行動は慎むように。例えば…………一人でこの辺を散歩しようなんて思わないでくれよ?」

 やけに真剣な表情で告げる彼の言葉の意味は、この場にいる者なら皆理解出来る。
 以前、ここであった未解決事件。

 これから自分達が挑む相手――――

 彼女は休憩中、一人で散歩に出かけて行方不明になったと言われている。
 もし、彼女が死んでいたら?
 死んでいるのにも関わらず、未だ、自分の死が受け入れられずにここを彷徨っていたら?
 もしかしたら、同じ状況になった人間を、自分の元へとおびき寄せるかもしれない。
 それを考えたら、何があってもおかしくはない。
 静まり返った車内。
 喉が上下し、皆、同じタイミングで喉が鳴るのを聞いた田口は、もう堪え切れないとばかりに、「フハッ」と大きく吹きだした。

「すまんすまん。いやぁ~、つい悪戯心で脅かしちゃったよ」

 クックックッと愉快そうに笑う田口に、「ちょ、こんなところでフザけないでくださいよ」「マジ、ビビリましたって」と、皆、胸をなでおろす。

「あははは。すまんすまん。けど、本当に一人で勝手な行動はしないでくれよ? 心霊現象とか、熊が出るとかっていうのは無いだろうけど、一応、ここは山ん中。遭難したり、崖や穴に落っこちて怪我でもしたら大変だからね」

 先程とは別の意味で、何があってもおかしくはないという忠告をして降車する田口の背にブーイングを浴びせるスタッフや出演者達。
 その中にガチガチと歯を鳴らす者や、冷や汗を滲ませ、親指を噛みしめている者がいたことは、ごく一部の人間にしか知られることはなかった。

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