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PSYCHIC 5
しおりを挟む《なんで――どうして私がこんな目に?》
喉が押さえ付けられ、息をすることすら許されない状況の中、苦悶の表情で呻く彼女は、突然この身を襲った理不尽な出来事に混乱していた。
苦しい。
辛い。
助けて。
なんで?
どうして?
一体誰が?
ぐるぐると頭を駆け巡るのは同じ言葉ばかり。
息苦しさで霞む目であっても、見たくのないものが映り込む。
息が殆ど吸えない状態だというのに、それ以上に酸っぱいものが胃から込み上げて来る。
吐き出したいのに吐き出せない。
吸い込みたいのに吸い込めない。
咳き込むことすら許されない彼女の顏は真っ赤な風船のように膨らんでいる。
口の周りは鼻水や涎で汚れ、目は涙で濡れていた。
ジタバタと暴れる彼女の背後には、大きな黒い影があり、苦艱を訴えるような顔をした彼女の顏を覗き見ながらも、決して手を緩めることなく、そのまま彼女の首を閉めたまま、持ち上げていた。
きっかけはつい数分前。
《少しだけ二人っきりになりたい》
一緒にロケに来ているメンバーの一人と陰で付き合っている彼女は、彼からのメールに心躍らせ、周りに気付かれないようロケバスを抜け出した。
世間では禁煙が広がっている中、愛煙家の多いテレビ業界。
局内にある喫煙所で、何気ない会話をする事によってスタッフと出演者のコミュニケーションが取れたり、色々な情報交換が出来たりもするので、煙草嫌いだったスタッフもいつの間にか喫煙者に変わっているということもしばしば。
煙草というリフレッシュツールのお陰でリラックスした状態で会話できるというのが、喫煙所のメリット。
それはロケに出ても同じ。
田口から暫くの間、休憩を言い渡された出演者やスタッフの中で男性陣は殆どが喫煙者。
バスの外で世間話や、他局の番組のことなどを話しつつ煙草を吸っていた。
車内には女性のみ。
しかもメイクに集中しているか、アイマスクをして居眠りしているかのどちらか。
抜け出すことは簡単なことであった。
待ち合わせ場所も写メで連絡が来ていた。
フェンスに括り付けられた注意勧告の看板。
赤や黄色、青や黒。
様々なペンキで書かれた看板の中に、一つだけピンクの文字が書かれたものがあり、その脇に小さな小屋があった。
彼はその小屋の後ろで待っているようだ。
丁度、喫煙者たちは開けっ放しになっているドアから煙が入らないよう、逆サイドにたむろしているようで、誰にも気づかれずに彼の元へと行くには今がチャンス。
周りを気にしながらフェンス沿いに走る。
心霊スポットなんて信じちゃいないけど、一人で足を踏み込みたいとは思わない。
とはいえ、フェンス手前は何かが起きると言った噂もないので、何の心配もいらなければ怖がる必要もないと自身を鼓舞して小屋まで一直線に向かった。
「待った?」
声を弾ませ、小屋の裏側に回った。
「あれ?」
そこには彼女を待っている筈の彼の姿が無い。
周辺を見渡してみるものの、人影も見当たらない。
「変ね……。でも、間違いなく、メールに添付されていた写真はここなんだけど」
小首を傾げ、再度、メールを確認するが、やはり、写されている小屋はここで間違いない。
その時、背後で小枝が折れるような音がした。
咄嗟に振り向いたが何も居ない。
「動物?」
山の中だ。
草叢の中に、タヌキやイタチのような野生動物がいることだってあるだろう。
「ねぇ。その辺に居るんでしょう? 怖がらせないで出て来て」
あまり大きな声を出すとロケバスの周りで煙草を吸っているスタッフ達に気付かれてしまう。
様々な種類の木々が立ち並ぶ雑木林。
沢山ある木のどこかに身を隠して、自分を脅かそうとしている彼に向かって、なるべく声を潜めつつも、よく通る声で声をかける。
「いきなり飛び出して脅かそうったって、そうはいかないわよ。そんな事より早くしないと、皆に気付かれちゃうわ」
中々顔を出さない彼に対し、だんだんと焦れたような声を出し、草を搔き分け、周辺を探す。
いつ彼が木の裏から飛び出してくるのかと、ビクビクしつつも、二人っきりで会える喜びに胸をドキドキさせる。
数メートル先の大木から、僅かに水色の服を着た肩と腕がはみ出しているのが見えた。
「ふふふ。あんなところにいる」
彼が隠れている場所にはまだ気が付いていないフリをして、「どこぉ~?」「もう、早く出て来て」と声を出しながら、彼の体の一部が隠しきれていない大木に向かって静かに近付いていく。
《あれ? 彼って、こんなにも背が高かったかしら?》
遠くから見た時には何とも思わなかったけれど、目前にまで迫った時、彼の肩の位置が少し高いような気がした。
何となく、腕も太いような気がする。
《最近、お互いに会う暇すら無かったから、多少は体型も変わるわよね》
僅かに感じた違和感を打ち消すように首を振り、ゆっくりと近づく。
こちらから見ると、木に背を預けているような格好をしている彼を、逆に驚かせてやろうと、息を潜め、忍び足になる。
あと三歩。
あと二歩。
あと――――
「ばぁっ!」
勢いよく、木の裏から彼の正面に飛び出した。
「ヒィッ――――うぐぅぅっ」
自分の目に映ったものが信じられず、叫び声を上げようとしたところで背後から首を絞められる。
人間とは思えない程の力で、そのまま持ち上げられた。
苦しさのあまり、口から呻き声が漏れる。
足を宙にバタつかせ、自由になっている両手で首を絞めているものを外そうと爪を立てるが全く効かない。
それどころか、力は強まるばかり。
「あが……ががぁ……」
助けてと叫ぼうにも、口から発せられるのは奇妙な音だけ。
涎が口端から垂れ、顔は真っ赤に染まっていく。
目玉がこぼれ落ちそうなほど大きく見開き充血した目が強制的に見させられているのは、男の死体。
男の体が小さく揺れているのは、彼の爪先がつくかつかないかの位置で吊るされているから。
余程苦しんだのか、首には巻き付けられたロープだけでなく、幾筋もの引っ掻き傷。
眼球は半分飛び出し、口からはダラリと長い舌が垂れていた。
ピチャッピチャッという音が響く。
涙や鼻水だけでなく、彼の股間あたりは湿り、足元には水溜りが出来ていた。
風上から歩いて来たので気が付かなかったが、ここにきて糞尿の匂いが鼻につく。
今の状況では惨たらしい姿となった男の姿を事細やかに分析することは出来ないが、彼と同じ末路が自分に待っているのだという危機感が脳に警鐘を鳴らす。
苦しさと痛み、そして、迫りくる死の恐怖。
《このまま死にたくなんかないっ!》
必死の形相で、持てる力全てを出し切って、首を絞めているモノを掻き毟り、足を激しくバタつかせるが、背後にいる者はビクともしない。
「あぎゃががが……がふぅっ」
意識をしっかりもたなきゃと思うのに、黒目が勝手に上へ上へと移動をし、瞼が痙攣する。
白・黄・赤・白・黄・赤と、目に飛び込んでくる原色。
蛇の生殺しのように、殺しもせず、意識も失わせる一歩手前の絶妙な力加減のせいで、苦痛だけが続く。
「あが……が……」
はしたなく開いた口からは絶え間なく涎と奇妙な声が漏れる。
目の端から涙が頬を伝う。
酸素が足りない。
全身に痙攣が走る。
生温かい液体が太ももを伝う。
「ひぎっ……あぎぃぃぃ」
漏らしてしまった羞恥心など、彼女にはもうない。
ただひたすら『助かりたい』『解放されたい』という思いだけが脳内を支配していた。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ締め付けが緩んだのだが、それは、体内に空気を吸い込ませる隙すら与えることはなかった。
彼女が『助かった』と僅かな希望を抱く暇もなく与えられた急激な力は、その細い首を不自然な方向に一気に捻じ曲げ、ボキボキッという嫌な音を鳴り響かせた。
首に捻り皺が深く刻まれ、背中に顔の正面がある。
白目を剥き、口から血の泡を噴く。
彼女の首を支えていた手が離された。
ドサリと崩れ落ちるようにして大地に横たわる彼女の体。
もう二度と動くことはない。
彼女の首を絞めていたモノは、彼女の瞳孔が開き、筋肉が柔らかくなったのを確認すると、静かにその場を立ち去って行った。
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