サクラメント300

朝顔

文字の大きさ
27 / 28

27 秘密の扉

しおりを挟む
 長い鎖が体に巻き付いて、指一本動かせない。
 罪を背負った男は、乾いた大地に転がって、太陽の光に焼かれてこのまま一生を終えるのだろう。

 汚れてしまった右手が真っ黒になっていた。

 それが自分の罪だ。
 逃れることはできない。

 そう思っていた。





 車の助手席に乗った佐倉は、黙ったままハンドルを握る梶の横顔をチラリと見た。
 こんな風にお互い何も話さないのに、この沈黙が落ち着く相手というのは珍しいと思う。

 誰かといると必要以上に気を遣ってしまうし、夕貴といた頃も、何か言って夕貴を楽しませないととよく考えていた。
 何も考えずとも、空気でお互いの考えていることが分かる。
 この人とは出会った時からそんな感じだったなと佐倉は思った。

「あれ……駅前のマンションに向かっているんじゃないのか?」

 駅前に向かう大通りに入るところを曲がらなかったので、佐倉は梶に声をかけた。

 夕貴と津久井に会った後、送ってやると言われて車に乗せてもらった。

 二人に会う約束をした後も、梶は忙しく過ごしていた。
 やっと対面を果たせたので、これでゆっくり話せると思っていたのに、梶は職場にでも向かうのかと思ってしまった。

「……ちょっと、俺の家に寄ろうと思ってな」

 やけに真剣な横顔に、佐倉はドキッとしてしまった。
 しかも、だ。

 佐倉のアパートに行ったことはあるが、梶は今まで自分の家に呼んでくれることはなかった。
 一緒に過ごすのは、会社だと役員室で、後はホテルに行くこともあったが、梶は頑なに自分の部屋には近づかなかった。
 むしろ、部屋のことを必要以上に話題にするのも避けていたと思う。
 あの愛華という、女性が言っていた言葉が気がかりで、いつ話に出そうかと思っていたところだった。

「あのさ……電話の履歴を調べていたんだ。智紀、話したいことがあるって送ってくれていただろう? あれって、夕貴達のこと? でも、少し前だったような……」

「あぁ……それは、あの時は、未春がSAKURAだったことに気がついていなくて、順番がおかしくなってしまったが……その……気持ちを、話そうと思っていたんだ……」

「気持ち……?」

 梶が何を考えているか。
 一緒にいる空間でリラックスしている、というようなものは伝わってくるのだが、何を考えて何をしたいのか、そういったことまではさすがに分からない。
 梶の気持ちが知りたかった。

 そして佐倉もまた、梶を特別に思っていることを伝えたかった。

 そこからはまたお互い無言で、梶からは緊張した空気だけが伝わってきた。
 車を止めた後、つい先日、訪れたばかりの梶のマンションのエントランスに入り、今度は部屋の主人がちゃんと鍵を開けるところまでをしっかり見届けることになった。

 やはり中は高級マンションらしく、プライバシーが保たれた内廊下で、梶の住んでいる階は二部屋しかなかった。
 その片方も梶が所有していると聞いて、異次元すぎて言葉が出なかった。

 煌びやかな高級家具が置かれたハイグレードな部屋を予想していたが、室内はシックな黒で統一されていて、ほとんどと言っていいほど物がなかった。
 リビングスペースはがらんとしていて、デカいソファーがドカンと置かれているだけで、他には何もなく、テレビすら置いていなかった。

「……何というか……シンプルな部屋だな」

「ほとんど寝に帰るだけだから、何もないんだ。冷蔵庫の中も水しか入っていない」

 部屋を見ればその人の暮らしぶりが分かるというが、余計なものをとことん削ぎ落とした、いかにも梶らしい部屋だなと思ってしまった。
 まるでいつ消えてもいいように、常に準備しているみたいだと思ってしまった。

「料理だけはたまにやるから、調味料は揃っている。食材は使い切らないと腐らせるから、保存はしていない。一人で消化する趣味の程度だったが、未春に食べてもらえるようになってから、凝り始めてスパイスも取り揃えたんだ」

 確かに広々とした何もない部屋と違い、キッチンだけは色々と物が置かれていた。
 スパイス棚に、見たこともないような量の小瓶が見えて、思わず目を瞬かせてしまった。

「え? 俺が食べる?」

「そうだ、最初は料亭の飯を取り寄せていたが、あまり箸が進まなくなっただろう。途中から俺が作った料理に切り替えたら、全部食べてくれたから、それ以来、俺が作ったものを温め直して出していた」

「ええ!? てっきり、近くの定食屋から買ってきていたのかと……。本当に? 家庭的な料理の方が好きだから俺は嬉しかったけど……嘘だろう、そんなに手間をかけていてくれたなんて……言ってくれればよかったのに」

 蟹とかフグとかスッポンみたいな料理にさすがに胃がもたれてきた頃、肉じゃがやシチューなどの優しい味わいの料理に変わった。
 まさかそこまでしてくれていたとは思わなかった。
 梶は気を遣わせたくなかったんだと言って笑った。
 こんなことが自然にできる人だから、モテて当然だと思ってしまった。

「目黒川から聞いた。俺が出張に行っている時に、下で会ったそうだな。その時に、あの女にも……」

「ああ、愛華さん? アルファの相手をする専門の人だってね」

「それはっ……そうなんだが、すまない。自暴自棄になって荒れていた頃、それを抑えようと次々と手配されて……その時は、もうどうでもいいって投げやりになっていたから……」

「謝ることはないよ。俺だって過去はあるし、それに自暴自棄って……コンテストの後のこと?」

 梶は背中を丸めて小さくなって、そうだと伝えてきた。
 自分がSAKURAの賞を奪い、コンテストを台無しにしてしまったとして梶は負い目を感じていた。
 荒れていた時期、というのはそのことだったのかと佐倉は息を吐いた。
 とにかく事情が分かって、少し気持ちは落ち着いた。

「その……あの女は他に何か……」

「俺を智紀の友人か何かだと思って、また会わせて欲しいって、冷たくされるのが好きなんだとさ」

 ちょっといじわるく言ってみたら、梶は息を吸い込んで顔に手を当てていた。
 自信たっぷりの男が慌てている姿を見るのは可愛いと思ってしまったが、胸にチリっと焦げるものがあった。
 覚えのある感情だが、あの時よりも甘く胸は揺れていた。
 動揺している様子の梶にゆっくり歩み寄って、シャツの袖を掴んでツンと引いてみた。

「冷たくって何だろうな? 俺とする時は、しつこいくらい甘ったるいくせに。少なくとも俺は裸で放り出されたことはないし、服だっていいって言うのに、いつも着せてくるし……」

「待って、待ってくれ。違うんだ、確かに俺は最低なことをしてきたが……あの頃は色々とおかしくて……未春に出会ってやっとまともに戻れたというか……」

 汗を流してしどろもどろになっている梶がますます可愛く思えてしまった。
 クスリと笑った佐倉は、梶の胸元に顔を寄せてシャツの上から唇を寄せた。

「冷酷な氷王子」

「な、なんだ、それは……」

「自分の部屋でしかヤレないってなんの話だ?」

「あっ……あの女……そんなことまで……」

 教えてくれるまでやめないぞという意味を込めて、下半身を押し付けていやらしく揺らした。

 こういう時、自分は攻めだったなと佐倉は思う。可愛らしい梶の顔を見たら自然と体が動いてしまった。

 真っ赤になった梶は熱い息を吐いて、まるでイキそうになったみたいにビクビクと腰を揺らした。

「まっ、待ってくれ。未春と触れ合うの……久しぶりだから、やばい……匂いが……興奮して頭がおかしく……」

「興奮してるのか。可愛いな」

「くっ……未春っ」

 涙目できっと睨まれたが、もう本当に可愛いとしか思えなかった。
 下剋上してやった気分だったが、しかしここは、ちゃんと話してもらわなければいけない。
 佐倉は梶のシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。

「何を聞いても受け止めるからさ。早く話せよな」

 もっと赤くなった梶は目を泳がせた後、覚悟を決めたみたいに息を吐いて佐倉の腕を掴んだ。

「こっちだ……見せるから」

 そう言って梶に引かれて連れてこられたのは、リビングを出て廊下の突き当たりにある部屋だった。
 漆黒の扉を開けると、そこに見えた光景に佐倉は思わず息を呑んだ。

「こ……これは………」





 □□□
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

処理中です...