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第一章
①恋の逃避行
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口を開けば、俺は恋多き男だとか、好きになったら止められないとか、そんなことばかり。
人生と書いて恋と読むなんて詩人みたいなことを言い出した日には、呆れて聞いていられなかった。
それでも一人で恋愛ゲームに興じてくれるなら、勝手にしてろという話なのだが、あいつの場合それでは終わらない。必ず周囲を巻き込んで大騒ぎになるのだ。
ずっと嫌な予感がしていた。そういった予感は昔からたいてい当たるのだ。
それでも、まさか自分がこんな風に巻き込まれてしまうとは夢にも思わなかった。
風を切る音がして上手く避けれたと思ったが、すぐに次の攻撃が来て、慌てて受け止めた。かなりの重い一撃に手が痺れた。
「ほう……、これを受け止めるとは、ここ二週間でかなり上達したな、アルバート」
「ありがとうございます。これも先生のご指導のおかげです」
剣術の特別講師であるベルモンドは元傭兵で、昔は各国の戦争に参加して生き抜いた男だ。今はベイフェルム王国の貴族男子の剣術講師をしている。
「これなら、学園のパド・ガレでも上位に食い込めるだろう。良い話が聞けるのを期待しているぞ」
何しろ人気の講師であるが、父が金に物を言わせて、夏期休暇中の特別訓練にと、わざわざ王都から連れてきたのだ。
二週間の訓練も今日で最後。
丁寧にお礼を言って、ベルモンドを見送った。
「はぁ……、やっと終わった……。アルバートのやつ、帰ってきたら絶対許さない」
そう言って、アンドレアは、きつく編んでいた髪をほどいた。
波打つようなハニーブロンドの髪が風に吹かれて空に広がった
深い森を思わせるような、濃い緑色の瞳は、今は疲労の色に染まっていた。
単純な体の疲れもある。普段から趣味で体を鍛えているが、二週間の強化訓練はかなりハードだった。
それに加えて、知られてしまったらという緊張でずっと張りつめてた。気持ちの疲れのほうがひどいかもしれない。
本来ならこの訓練をするのは、兄のアルバートだった。
アンドレアと見た目がそっくりで、瓜二つの双子の兄だ。
幼い頃から同じ格好をすれば、使用人はもちろん、両親ですら名前を間違えて呼んでいた。それは成長して17の歳になっても変わらない。
男と女であるが、アルバートは線が細く背も伸びなかった。アンドレアも多少は女性らしい体つきだと思いたいが、胸もお尻も悲しいくらいに大人しい。
主張の少ない胸を布で抑えれば、姿形は全く同じだ。
違うところと言えば、アンドレアの目の色の方が少し濃い緑で、声が少し高いくらいだが、わずかな違いで誰にも分からない。
兄は完全に確信犯で、髪を短くせずに後ろで三つ編みにして長く伸ばしている。
いつ入れ替わってもいいようにしているのだ。それだけでも腹立たしい。
普段の生活は別だ。アルバートは各国の王族や貴族の男子集まる隣国の王立学園の二年生として生活している。全寮制であり帰ってくるのは夏の長期休暇のときだけで、今年も去年と同じく早々に帰宅してきたが、帰って来てすぐに町へ友人達と繰り出してしまった。
伯爵家の嫡男である兄をなんとか立派な男に育てたいと昔から奔走している父は、今回も兄が苦手としている剣術の特訓のため、大枚はたいて講師を雇ったのだ。
そこまでお膳立てして、父は上機嫌で領地の視察に行ってしまった。
ところが兄は帰って来て、訓練の話を聞くと心底嫌そうな顔をして、翌日、アンドレアの枕元に、いつものようによろしくと手紙を置いて遊びに出ていってしまった。
こうなるとしばらく帰ってこないし、連絡も取れない。
青くなった母が大慌てで叫びながら取り乱している時に、時間ぴったりに講師がやってきて、客室に通されて待ちの状態になってしまい、母は廊下で泡を吹いて倒れていた。
見なかったふりをして通りすぎようとしたが、母が墓から這い出てきた亡霊のようにしがみついて離れず、お願いだからと懇願されて、仕方なくアンドレアはアルバートととして訓練を受けたのだった。
大きくなっても、二人が入れ替われることを母だけは知っていた。知っていて、何かのときには、アンドレアを頼ろうとしているのも、また腹立たしい。
だったら断固拒否すればいいのだが、アンドレアの性格はアルバートと真逆。とにかく真面目を絵に描いたような人間で、曲がったことが大嫌い。令嬢らしいパーティーや友人との遊びなどは全く興味がなく、女の身でありながら、勉学に勤しみ、いつ何があるか分からないからと、体を鍛えて剣を握り馬を巧みに乗り回す。
親は尊敬し、兄弟は助け合うものという考えが根底にあるので、頼まれたらどうしても断れない。
母にも言われるが、アンドレア自身、神が間違えてアルバートと性別を逆にしてしまったのだと本気で思うようになってきた。
アルバートと言えば、父の力を使ってなんとか王立学園に入ったが成績は下の下。体を使う授業では、酸欠で何度も倒れて毎回見学組。
得意なことは女性を口説くこと、という天性の遊び人。
友人と集まれば、何人斬ったかという、剣術とは絶対違う世界の話をしているし、学園に入る前は、同時に何人と付き合えるかなどふざけた遊びをしていて、それに関してはさすがに雷を落とした。
「先生から、パド・ガレに出れるなんて聞いたら、お父様本気にするだろうな。ふん、それくらい自分でなんとかしてくれないと」
父が喜んで申し込みをしようとして、慌てて止めるアルバートの姿を想像して、アンドレアはおかしくなって少し笑ってしまった。
アンドレアが部屋でくつろいでいると、馬車が屋敷に着いた音がした。
父が帰って来たのだと思い、簡単に身支度をして玄関に出た。
「マリアにアンドレア、元気そうで良かった。アルバートはどこだ?訓練の成果を聞きたいのだが……」
帰って来た父が、早速アルバートを探しだしたので、母もアンドレアも背中に嫌な汗をかいた。
「それが、お友達が来て遊びに行ってしまったのですわ」
「またか!あいつは。……訓練を頑張ったのだから……まぁ今回はいいだろう」
気難しい父も怒らずになんとか穏便にすみそうだと思って安心した。さすがに、もうこういうことは良くないと、改めてアルバートに話そうと思っていた。
しかし、あいつはやはり、アルバートだった。
物事を引っ掻き回して、滅茶苦茶にする天才。
このまま終わるはずがなかった。
翌日、アルバートの遊び仲間の一人である、ルイスが屋敷に飛び込んできた。
ルイスは子爵家の長男で、同じ王立学園に通い、寮も同室という仲の良い関係だった。悪友との付き合いも多かったが、ルイスは中でもまともな方の友人であった。まぁ中でも、ではあるが。
「大変です!これを!この手紙をブラン伯爵へ……、申し訳ございません。僕は力及ばず……こんなことに……」
玄関に入るなり息をきらして、申し訳なさそうな顔でルイスは膝を折って座りこんだ。
母が慌てて父の部屋へ行き、件の手紙を渡した。間もなくして、父の絶叫が聞こえて、アンドレアはルイスを連れて部屋に向かった。
「お父様!アルバートに何かあったのですか?」
部屋に入ると、執務机の前で頭を抱えた父と、膝から崩れ落ちている母の姿があった。
「…………、アンドレア。大変なことが起きた。アルバートが……アルバートが……」
アンドレアがごくりと唾を飲み込む音が室内に響いた。
「駆け落ちした……、人妻と」
「え??えええーーー!!じよっ!冗談でしょう」
「冗談なわけがあるか!?相手は町のパン屋の女主人だ。立派な子持ちの人妻だ」
「一緒に宿屋の一部屋を借りて遊び歩いていたんですけど、いやぁ、最近やけにパンばっかり食べてんなぁと、思ったんスよねーあははは」
ルイスの乾いた笑いが室内に響いた。女にだらしないとは思っていたが、まさか人妻にまで手を出すとは、アルバートはついにおかしくなったようだ。
「うぉぉぉぉ!!!」
完全に転覆して海に投げ出されていた父が、急に覚醒して立ち上がり気合いを入れだした。
「アルバートは騙されたんだ!私が必ず連れ戻す!!」
「あなた!」
「お父様!」
父は有言実行の人だ。言い出したら聞かない。
手紙には、パン屋の女主人と恋に落ちたこと。自分は愛に生きる人間だから、止めないでくれ、二人で幸せに暮らしますとだけ書かれていた。
「愛だ愛だと言っても、あいつは貴族の男だ。絶対金が必要になる。そうなったら頼るのはエイブリルしかいない!あいつはお気に入りだから、頼まれたらいくらでも金を出すから、絶対エイブリルのところへ行くはずだ!」
エイブリルとは父の妹で、他国に嫁いでそこでサロンを経営してかなり稼いでいる。
叔母のエイブリルは、子がいないので幼い頃はアルバートとアンドレアをよく可愛がってくれた。特にアルバートがお気に入りでお人形ちゃんと呼んで、遊びに来ればなんでも与えていた。
ちなみにアンドレアは大きくなるにつれて、頭でっかちで可愛いげながないと言われて、同じ顔だがすっかり冷たい対応になってしまった。
「とりあえず、一月は時間をくれ!必ず探しだしてみせる。仕事と家のことはセバスに頼む、あぁ、そうか、もうすぐ学園が始まるな。確か一度だけ休学が許されたはずだ。休学届けを出しておいてくれ、間違っても学園を退学になるようなことがあったら一族の恥だからな。しっかり手続きしておいてくれ!」
「あっ……あのぉ」
母が返事をする前に、なぜかルイスが声を上げたので、みんなの注目が集まった。
「なんだ!?まだ何かあるのか!」
「ひぃぃ、いえ、ええと……」
「ルイス君、悪いが遊んでいる場合ではないんだ!急ぎ出発しないといけない、マリア、任せたぞ!」
ルイスがもごもご言っている間に、父は執事に指令を出して、あっという間に出かける支度を完了させた。
父と二人の従者は、馬に飛び乗り颯爽と出ていってしまった。
母とアンドレアは小さくなっていく、父の姿をぼんやりと見ていた。
「………大変!そしたら、急いで学園に連絡を取って休学の届けを出さないと!ルイス君、ちょっと事務局の連絡先を……ルイス君?」
母がまた慌てだしたところで、先ほどまで一緒に並んでいたルイスが、玄関横の支柱に背中を預けてお腹を押さえながら座り込んでいた。
「ちょっと、ルイス?大丈夫?」
「あぁ、アンドレア。怖くて言えなかった……」
「なっ……これ以上、何が言えないのよ」
「いや……、アルバートのやつ、去年休学しているんだ。あの、なんとかって叔母さんに頼んで書類勝手に作って……。秋くらいかな、男を磨く旅に出るとか言って……一ヶ月ほど…」
頭に雷が落ちてきたみたいに衝撃を受けて、頭が真っ白になった。
「………それって、もしかして」
「………あー、とても言いづらいんだけど、退学かなー………なんて」
アンドレアの後ろで、話を聞いていた母の絶叫が屋敷に響き渡った。
□□□
人生と書いて恋と読むなんて詩人みたいなことを言い出した日には、呆れて聞いていられなかった。
それでも一人で恋愛ゲームに興じてくれるなら、勝手にしてろという話なのだが、あいつの場合それでは終わらない。必ず周囲を巻き込んで大騒ぎになるのだ。
ずっと嫌な予感がしていた。そういった予感は昔からたいてい当たるのだ。
それでも、まさか自分がこんな風に巻き込まれてしまうとは夢にも思わなかった。
風を切る音がして上手く避けれたと思ったが、すぐに次の攻撃が来て、慌てて受け止めた。かなりの重い一撃に手が痺れた。
「ほう……、これを受け止めるとは、ここ二週間でかなり上達したな、アルバート」
「ありがとうございます。これも先生のご指導のおかげです」
剣術の特別講師であるベルモンドは元傭兵で、昔は各国の戦争に参加して生き抜いた男だ。今はベイフェルム王国の貴族男子の剣術講師をしている。
「これなら、学園のパド・ガレでも上位に食い込めるだろう。良い話が聞けるのを期待しているぞ」
何しろ人気の講師であるが、父が金に物を言わせて、夏期休暇中の特別訓練にと、わざわざ王都から連れてきたのだ。
二週間の訓練も今日で最後。
丁寧にお礼を言って、ベルモンドを見送った。
「はぁ……、やっと終わった……。アルバートのやつ、帰ってきたら絶対許さない」
そう言って、アンドレアは、きつく編んでいた髪をほどいた。
波打つようなハニーブロンドの髪が風に吹かれて空に広がった
深い森を思わせるような、濃い緑色の瞳は、今は疲労の色に染まっていた。
単純な体の疲れもある。普段から趣味で体を鍛えているが、二週間の強化訓練はかなりハードだった。
それに加えて、知られてしまったらという緊張でずっと張りつめてた。気持ちの疲れのほうがひどいかもしれない。
本来ならこの訓練をするのは、兄のアルバートだった。
アンドレアと見た目がそっくりで、瓜二つの双子の兄だ。
幼い頃から同じ格好をすれば、使用人はもちろん、両親ですら名前を間違えて呼んでいた。それは成長して17の歳になっても変わらない。
男と女であるが、アルバートは線が細く背も伸びなかった。アンドレアも多少は女性らしい体つきだと思いたいが、胸もお尻も悲しいくらいに大人しい。
主張の少ない胸を布で抑えれば、姿形は全く同じだ。
違うところと言えば、アンドレアの目の色の方が少し濃い緑で、声が少し高いくらいだが、わずかな違いで誰にも分からない。
兄は完全に確信犯で、髪を短くせずに後ろで三つ編みにして長く伸ばしている。
いつ入れ替わってもいいようにしているのだ。それだけでも腹立たしい。
普段の生活は別だ。アルバートは各国の王族や貴族の男子集まる隣国の王立学園の二年生として生活している。全寮制であり帰ってくるのは夏の長期休暇のときだけで、今年も去年と同じく早々に帰宅してきたが、帰って来てすぐに町へ友人達と繰り出してしまった。
伯爵家の嫡男である兄をなんとか立派な男に育てたいと昔から奔走している父は、今回も兄が苦手としている剣術の特訓のため、大枚はたいて講師を雇ったのだ。
そこまでお膳立てして、父は上機嫌で領地の視察に行ってしまった。
ところが兄は帰って来て、訓練の話を聞くと心底嫌そうな顔をして、翌日、アンドレアの枕元に、いつものようによろしくと手紙を置いて遊びに出ていってしまった。
こうなるとしばらく帰ってこないし、連絡も取れない。
青くなった母が大慌てで叫びながら取り乱している時に、時間ぴったりに講師がやってきて、客室に通されて待ちの状態になってしまい、母は廊下で泡を吹いて倒れていた。
見なかったふりをして通りすぎようとしたが、母が墓から這い出てきた亡霊のようにしがみついて離れず、お願いだからと懇願されて、仕方なくアンドレアはアルバートととして訓練を受けたのだった。
大きくなっても、二人が入れ替われることを母だけは知っていた。知っていて、何かのときには、アンドレアを頼ろうとしているのも、また腹立たしい。
だったら断固拒否すればいいのだが、アンドレアの性格はアルバートと真逆。とにかく真面目を絵に描いたような人間で、曲がったことが大嫌い。令嬢らしいパーティーや友人との遊びなどは全く興味がなく、女の身でありながら、勉学に勤しみ、いつ何があるか分からないからと、体を鍛えて剣を握り馬を巧みに乗り回す。
親は尊敬し、兄弟は助け合うものという考えが根底にあるので、頼まれたらどうしても断れない。
母にも言われるが、アンドレア自身、神が間違えてアルバートと性別を逆にしてしまったのだと本気で思うようになってきた。
アルバートと言えば、父の力を使ってなんとか王立学園に入ったが成績は下の下。体を使う授業では、酸欠で何度も倒れて毎回見学組。
得意なことは女性を口説くこと、という天性の遊び人。
友人と集まれば、何人斬ったかという、剣術とは絶対違う世界の話をしているし、学園に入る前は、同時に何人と付き合えるかなどふざけた遊びをしていて、それに関してはさすがに雷を落とした。
「先生から、パド・ガレに出れるなんて聞いたら、お父様本気にするだろうな。ふん、それくらい自分でなんとかしてくれないと」
父が喜んで申し込みをしようとして、慌てて止めるアルバートの姿を想像して、アンドレアはおかしくなって少し笑ってしまった。
アンドレアが部屋でくつろいでいると、馬車が屋敷に着いた音がした。
父が帰って来たのだと思い、簡単に身支度をして玄関に出た。
「マリアにアンドレア、元気そうで良かった。アルバートはどこだ?訓練の成果を聞きたいのだが……」
帰って来た父が、早速アルバートを探しだしたので、母もアンドレアも背中に嫌な汗をかいた。
「それが、お友達が来て遊びに行ってしまったのですわ」
「またか!あいつは。……訓練を頑張ったのだから……まぁ今回はいいだろう」
気難しい父も怒らずになんとか穏便にすみそうだと思って安心した。さすがに、もうこういうことは良くないと、改めてアルバートに話そうと思っていた。
しかし、あいつはやはり、アルバートだった。
物事を引っ掻き回して、滅茶苦茶にする天才。
このまま終わるはずがなかった。
翌日、アルバートの遊び仲間の一人である、ルイスが屋敷に飛び込んできた。
ルイスは子爵家の長男で、同じ王立学園に通い、寮も同室という仲の良い関係だった。悪友との付き合いも多かったが、ルイスは中でもまともな方の友人であった。まぁ中でも、ではあるが。
「大変です!これを!この手紙をブラン伯爵へ……、申し訳ございません。僕は力及ばず……こんなことに……」
玄関に入るなり息をきらして、申し訳なさそうな顔でルイスは膝を折って座りこんだ。
母が慌てて父の部屋へ行き、件の手紙を渡した。間もなくして、父の絶叫が聞こえて、アンドレアはルイスを連れて部屋に向かった。
「お父様!アルバートに何かあったのですか?」
部屋に入ると、執務机の前で頭を抱えた父と、膝から崩れ落ちている母の姿があった。
「…………、アンドレア。大変なことが起きた。アルバートが……アルバートが……」
アンドレアがごくりと唾を飲み込む音が室内に響いた。
「駆け落ちした……、人妻と」
「え??えええーーー!!じよっ!冗談でしょう」
「冗談なわけがあるか!?相手は町のパン屋の女主人だ。立派な子持ちの人妻だ」
「一緒に宿屋の一部屋を借りて遊び歩いていたんですけど、いやぁ、最近やけにパンばっかり食べてんなぁと、思ったんスよねーあははは」
ルイスの乾いた笑いが室内に響いた。女にだらしないとは思っていたが、まさか人妻にまで手を出すとは、アルバートはついにおかしくなったようだ。
「うぉぉぉぉ!!!」
完全に転覆して海に投げ出されていた父が、急に覚醒して立ち上がり気合いを入れだした。
「アルバートは騙されたんだ!私が必ず連れ戻す!!」
「あなた!」
「お父様!」
父は有言実行の人だ。言い出したら聞かない。
手紙には、パン屋の女主人と恋に落ちたこと。自分は愛に生きる人間だから、止めないでくれ、二人で幸せに暮らしますとだけ書かれていた。
「愛だ愛だと言っても、あいつは貴族の男だ。絶対金が必要になる。そうなったら頼るのはエイブリルしかいない!あいつはお気に入りだから、頼まれたらいくらでも金を出すから、絶対エイブリルのところへ行くはずだ!」
エイブリルとは父の妹で、他国に嫁いでそこでサロンを経営してかなり稼いでいる。
叔母のエイブリルは、子がいないので幼い頃はアルバートとアンドレアをよく可愛がってくれた。特にアルバートがお気に入りでお人形ちゃんと呼んで、遊びに来ればなんでも与えていた。
ちなみにアンドレアは大きくなるにつれて、頭でっかちで可愛いげながないと言われて、同じ顔だがすっかり冷たい対応になってしまった。
「とりあえず、一月は時間をくれ!必ず探しだしてみせる。仕事と家のことはセバスに頼む、あぁ、そうか、もうすぐ学園が始まるな。確か一度だけ休学が許されたはずだ。休学届けを出しておいてくれ、間違っても学園を退学になるようなことがあったら一族の恥だからな。しっかり手続きしておいてくれ!」
「あっ……あのぉ」
母が返事をする前に、なぜかルイスが声を上げたので、みんなの注目が集まった。
「なんだ!?まだ何かあるのか!」
「ひぃぃ、いえ、ええと……」
「ルイス君、悪いが遊んでいる場合ではないんだ!急ぎ出発しないといけない、マリア、任せたぞ!」
ルイスがもごもご言っている間に、父は執事に指令を出して、あっという間に出かける支度を完了させた。
父と二人の従者は、馬に飛び乗り颯爽と出ていってしまった。
母とアンドレアは小さくなっていく、父の姿をぼんやりと見ていた。
「………大変!そしたら、急いで学園に連絡を取って休学の届けを出さないと!ルイス君、ちょっと事務局の連絡先を……ルイス君?」
母がまた慌てだしたところで、先ほどまで一緒に並んでいたルイスが、玄関横の支柱に背中を預けてお腹を押さえながら座り込んでいた。
「ちょっと、ルイス?大丈夫?」
「あぁ、アンドレア。怖くて言えなかった……」
「なっ……これ以上、何が言えないのよ」
「いや……、アルバートのやつ、去年休学しているんだ。あの、なんとかって叔母さんに頼んで書類勝手に作って……。秋くらいかな、男を磨く旅に出るとか言って……一ヶ月ほど…」
頭に雷が落ちてきたみたいに衝撃を受けて、頭が真っ白になった。
「………それって、もしかして」
「………あー、とても言いづらいんだけど、退学かなー………なんて」
アンドレアの後ろで、話を聞いていた母の絶叫が屋敷に響き渡った。
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