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第二章
⑮琥珀色のお茶会
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令嬢達の話はいつも色鮮やかで、花の匂いが漂ってくるようだ。
ドレスや装飾品の話、美味しいお菓子の話、そして恋の話。
頭の先から爪先まで完璧に淑女として磨かれた彼女達は、どこから見ても眩しいほど美しくてうっとりと眺めてしまう。
考えたら、今まで同年代の同性の友人などいなかった。家ではいつも兄のことで振り回されていたので、令嬢同士のお茶会とかお買い物なんかに憧れていたのは確かだ。
だから周りがほとんど女性しかいないというこの環境に、アンドレアは色々な意味で緊張していた。しかもほぼ他国の令嬢達で家名すら分からない。
三日目にして誰一人まともに話せる相手がおらず、一人机に座ったまま一日を過ごすという使えなすぎる自分にアンドレアは泣きたくなった。
途中入学の生徒は珍しくないというのはわかった。一度だけ名前を聞かれて答えたが、それ以降誰にも話しかけられない。
仕方なく机に座ったまま、周りの声に耳を傾けて観察するぐらいしかできなかった。
校内の雰囲気は一見すると穏やかに感じる。生徒や教師との関係も多少の厳しさはあるが良好に見える。
この落ち着いていて、淀みのない空間に怪しげな薬の気配など、どこにもないように感じられた。
三日目の授業も特に問題なく終わり、帰り支度をしていると机の上に影が差した。
顔を上げると、目の前に三人の令嬢が立っていた。
「ごきげんよう、リデリン嬢。少し、よろしいかしら」
アンドレアはごくりと唾を飲み込んだ。これはチャンスなのかそれとも……。
背中に汗が流れていくのを感じながら、分かりましたと言って立ち上がったのだった。
「ダンスパーティーのドレスはマダムミリアンのお店で注文しましたの。普通なら三年は待たないといけませんけど、私は特別ですから…」
全身から漂う自信をこれでもかと垂れ流しながら、クルクルとした薄茶色の巻毛を揺らしてアンバーは微笑んだ。
絵本から飛び出てきたお姫様のような可憐で可愛らしい容姿は自分で特別だと言うだけあってこの中でいちばん輝いている。
やはりアンバー様ですわね羨ましいです、と周りの令嬢が口々に感想を言うと、満足そうにまた微笑んだ。
アンバー・ミントレット、サファイア国で最も有力な貴族であるミントレット公爵家のご令嬢だ。
この学院の頂点にいると思われる彼女に近づくのが目標だったが、思いがけずその人が目の前の席に座っていることはかなりの幸運と言って間違いない。
アンドレアは緊張の面持ちで、カップを持つ手を震わせながらやっと口に運び、紅茶を一口ごくりと飲み込んだ。
同じクラスの三人の令嬢に声をかけられたアンドレアは放課後、学院のティールームに連れて行かれた。
そこで待っていたのは、アンバー・ミントレット。事前の調査でも彼女の名前は出ていたし、ここ数日観察した中でも皆、アンバーを意識している姿を感じられた。アンバーならこの学院の内で起こっていることを全て知っているかもしれないと目星をつけていた。
しかし、ずっとぼっち状態の自分がどう絡んでいくかで悩んでいたのだ。
ティールームにはアンバーとその取り巻きの令嬢達が集まっていて、あらリデリン様いらっしゃい、一緒にどうぞと言われてお茶に誘われてしまった。願ってもない機会に緊張しながら飛び込んだのだ。
「リデリン嬢、リディと呼んでよろしいかしら?」
自慢話に花が咲いていたので、突然話しかけられて、アンドレアは驚いてびくっと肩を揺らした。
「は…はい、もちろんです」
「ではリディ、ずっと外国住まいだったとうかがいましたけど、ここでの生活はどうですか?」
「ええ、とても綺麗で施設も充実していて…、授業も興味深いものが多くて驚いています」
「サファイア国の授業のレベルは他国と比べても高いと評価されておりますから、驚くのも無理はないですわね」
優雅に扇子を顔に当てて上品に笑うアンバーに合わせて、周りの令嬢達も本当にそうですわねと同調した。
アンドレアはこれが令嬢達の世界かと圧倒されながら、いつ何を言えばいいのか分からずにパニックになっていた。
「ねぇリディ…、よかったらまたこうやってお茶を一緒に飲めるかしら?」
「ええ。喜んで参加させていただきます」
アンドレアは誘われたので何も考えずに答えたが、両端に座っている令嬢が、まぁ良かったですわね、あの方に選ばれるのは特別なことなのよと話しかけていた。
「私は美しいものが好きなの。男も…女も。リディ、あなたを私の側に置くと言うことは特別なのよ。男爵令嬢でここに来ることを許されたのは貴女だけよ…」
アンバーのような眩しい女性に特別と言われたら、誇らしいような嬉しい気持ちになってしまいアンドレアはまずいと慌てた。ここでは誰が敵か分からない。ふらふらと流されていたら、目的を果たせなくなってしまう。
美にこだわるという事は、痩せ薬として流通する例の物を知っているはず、もしくはこのアンバーが流している可能性もある。特別という言葉も耳に付くので、やはりアンバーが怪しいと感じていた。
奇妙なお茶会から解放されてアンドレアは一人廊下を歩いていた。
初回からあまり突っ込んだ事は聞けない。まずは親しくなって、さり気なく薬のことを聞いてみるのだ。それで、乗ってきたならアタリということだ。
アンドレアが何故ワイスレッド男爵家の令嬢になったか、それはワイスレッド家がかなりの資産を蓄えている事はサファイアの貴族であればみんな知っているからだ。
そして、国内の物流はワイスレッドが握っているとまで言われている。
もし、ヤツらが薬を広めたいのであれば、かっこうの餌となる人物を作り出したのだ。
ようやく一歩進めたと、立ち止まって窓から外を覗いていたら、廊下の向こうから人が歩いてくる気配がした。
顔を上げると、初日に案内してくれたサリトル先生がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「リデリン嬢、まだいらっしゃったのですか?」
「すみません、ティールームのお茶会に呼ばれてしまって……」
サリトルは初対面ではほとんど表情が変わらない人だったが、アンドレアの言葉に目を不快そうな色に染めた。
「そうですか。やはりあの方は貴女に興味を持たれたようですね。リデリン気をつけてください。あの方は良くも悪くも影響力のある方です」
「それは……どういう?」
「あのお茶会はこの学院に通う生徒にとっては憧れのものです。興味を持ってくれているうちはいいのです。ただ、もしあの方が飽きて呼ばれなくなったら、どんな手を使ってでもしがみ付こうとする。そうやって壊れていく令嬢を何人も見てきました」
美しいものにこだわりがありそうなアンバーだが、サリトルがこう言うくらいだから飽きっぽい性格なのかもしれない。
アンドレアとしては、情報を聞き出せたらその後の関係はどうでもいいので、サリトルに言われるようなことは心配ない。
とりあえず、ショックを受けたような顔をして、分かりましたと言って静かに頷いておいた。
その時背後でガサガサと音がしたので目をやると、掃除人が廊下の掃除をしていた。
「もう、清掃の時間ね。早く帰るようにね、リデリン嬢」
「はい、ありがとうございます」
スカートを持ち上げてお礼を言ったら、サリトルはもうアンドレアに興味をなくしたように、無言で歩いて行ってしまった。
学院の頂点からのお茶会の誘いと、それを気をつけろと言ってきた教師。
サリトルの態度が冷たすぎて、どつも好意から言ってくれたのか分からない。
悲惨な状態になった生徒を見てきたからだろうか。
それにしてはどうもと、サリトルも気になってきてしまった。教師であれば、薬の噂を聞いたと話しかければ、それなりの返答をしてくれそうだ。
次会った時に聞いてみようかと、考えていたら背中にゾワゾワと寒気がしてビクッと驚いて振り返ると、先程の掃除人がすぐ後ろに来ていた。
瞬間、ローレンスに教えてもらったことを思い出した。
学院にいる男はそれが教師であっても、使用人であっても、絶対に近寄ってはだめだと言われていた。
ましてや、人目のないところでなど絶対にダメだと。
気がつくと掃除人の手がアンドレアの腕を掴んでいた。いつ動いたかも察知できないような速さにこの男が只者ではないと言うことを瞬時に理解した。
「き…貴様!何者だ!すぐ離さないと人を呼ぶぞ!」
「ぷっっ……、令嬢がそんな喋り方しちゃまずいんじゃない?」
聞き覚えのある声に腕に込めた力が抜けた。まさかという目で男を見ると、ニヤリと笑った男は目深にかぶっていた帽子を取った。
アンドレアの目の前に艶やかな黒髪と印象的な金色の瞳が見えて、思わず大きな口を開けてしまった。
「あ……ああ!!!こっこっ…こん…んぐぐ!!」
男がアンドレアの口を手で塞いだので、叫ぶことはできなかった。静かにしろという目線を感じて、アンドレアは分かったと目で合図をして頷いた。
「いやぁさ、こっちの方が楽しそうだから来ちゃった」
「来ちゃったって……!コンラッド…お前……」
令嬢の園に美形の男が一人。
どう見ても火種になりそうなコンラッドの登場に、アンドレアはこの作戦がぶち壊しになりそうな未来しか見えなくて頭を抱えた。
□□□
ドレスや装飾品の話、美味しいお菓子の話、そして恋の話。
頭の先から爪先まで完璧に淑女として磨かれた彼女達は、どこから見ても眩しいほど美しくてうっとりと眺めてしまう。
考えたら、今まで同年代の同性の友人などいなかった。家ではいつも兄のことで振り回されていたので、令嬢同士のお茶会とかお買い物なんかに憧れていたのは確かだ。
だから周りがほとんど女性しかいないというこの環境に、アンドレアは色々な意味で緊張していた。しかもほぼ他国の令嬢達で家名すら分からない。
三日目にして誰一人まともに話せる相手がおらず、一人机に座ったまま一日を過ごすという使えなすぎる自分にアンドレアは泣きたくなった。
途中入学の生徒は珍しくないというのはわかった。一度だけ名前を聞かれて答えたが、それ以降誰にも話しかけられない。
仕方なく机に座ったまま、周りの声に耳を傾けて観察するぐらいしかできなかった。
校内の雰囲気は一見すると穏やかに感じる。生徒や教師との関係も多少の厳しさはあるが良好に見える。
この落ち着いていて、淀みのない空間に怪しげな薬の気配など、どこにもないように感じられた。
三日目の授業も特に問題なく終わり、帰り支度をしていると机の上に影が差した。
顔を上げると、目の前に三人の令嬢が立っていた。
「ごきげんよう、リデリン嬢。少し、よろしいかしら」
アンドレアはごくりと唾を飲み込んだ。これはチャンスなのかそれとも……。
背中に汗が流れていくのを感じながら、分かりましたと言って立ち上がったのだった。
「ダンスパーティーのドレスはマダムミリアンのお店で注文しましたの。普通なら三年は待たないといけませんけど、私は特別ですから…」
全身から漂う自信をこれでもかと垂れ流しながら、クルクルとした薄茶色の巻毛を揺らしてアンバーは微笑んだ。
絵本から飛び出てきたお姫様のような可憐で可愛らしい容姿は自分で特別だと言うだけあってこの中でいちばん輝いている。
やはりアンバー様ですわね羨ましいです、と周りの令嬢が口々に感想を言うと、満足そうにまた微笑んだ。
アンバー・ミントレット、サファイア国で最も有力な貴族であるミントレット公爵家のご令嬢だ。
この学院の頂点にいると思われる彼女に近づくのが目標だったが、思いがけずその人が目の前の席に座っていることはかなりの幸運と言って間違いない。
アンドレアは緊張の面持ちで、カップを持つ手を震わせながらやっと口に運び、紅茶を一口ごくりと飲み込んだ。
同じクラスの三人の令嬢に声をかけられたアンドレアは放課後、学院のティールームに連れて行かれた。
そこで待っていたのは、アンバー・ミントレット。事前の調査でも彼女の名前は出ていたし、ここ数日観察した中でも皆、アンバーを意識している姿を感じられた。アンバーならこの学院の内で起こっていることを全て知っているかもしれないと目星をつけていた。
しかし、ずっとぼっち状態の自分がどう絡んでいくかで悩んでいたのだ。
ティールームにはアンバーとその取り巻きの令嬢達が集まっていて、あらリデリン様いらっしゃい、一緒にどうぞと言われてお茶に誘われてしまった。願ってもない機会に緊張しながら飛び込んだのだ。
「リデリン嬢、リディと呼んでよろしいかしら?」
自慢話に花が咲いていたので、突然話しかけられて、アンドレアは驚いてびくっと肩を揺らした。
「は…はい、もちろんです」
「ではリディ、ずっと外国住まいだったとうかがいましたけど、ここでの生活はどうですか?」
「ええ、とても綺麗で施設も充実していて…、授業も興味深いものが多くて驚いています」
「サファイア国の授業のレベルは他国と比べても高いと評価されておりますから、驚くのも無理はないですわね」
優雅に扇子を顔に当てて上品に笑うアンバーに合わせて、周りの令嬢達も本当にそうですわねと同調した。
アンドレアはこれが令嬢達の世界かと圧倒されながら、いつ何を言えばいいのか分からずにパニックになっていた。
「ねぇリディ…、よかったらまたこうやってお茶を一緒に飲めるかしら?」
「ええ。喜んで参加させていただきます」
アンドレアは誘われたので何も考えずに答えたが、両端に座っている令嬢が、まぁ良かったですわね、あの方に選ばれるのは特別なことなのよと話しかけていた。
「私は美しいものが好きなの。男も…女も。リディ、あなたを私の側に置くと言うことは特別なのよ。男爵令嬢でここに来ることを許されたのは貴女だけよ…」
アンバーのような眩しい女性に特別と言われたら、誇らしいような嬉しい気持ちになってしまいアンドレアはまずいと慌てた。ここでは誰が敵か分からない。ふらふらと流されていたら、目的を果たせなくなってしまう。
美にこだわるという事は、痩せ薬として流通する例の物を知っているはず、もしくはこのアンバーが流している可能性もある。特別という言葉も耳に付くので、やはりアンバーが怪しいと感じていた。
奇妙なお茶会から解放されてアンドレアは一人廊下を歩いていた。
初回からあまり突っ込んだ事は聞けない。まずは親しくなって、さり気なく薬のことを聞いてみるのだ。それで、乗ってきたならアタリということだ。
アンドレアが何故ワイスレッド男爵家の令嬢になったか、それはワイスレッド家がかなりの資産を蓄えている事はサファイアの貴族であればみんな知っているからだ。
そして、国内の物流はワイスレッドが握っているとまで言われている。
もし、ヤツらが薬を広めたいのであれば、かっこうの餌となる人物を作り出したのだ。
ようやく一歩進めたと、立ち止まって窓から外を覗いていたら、廊下の向こうから人が歩いてくる気配がした。
顔を上げると、初日に案内してくれたサリトル先生がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「リデリン嬢、まだいらっしゃったのですか?」
「すみません、ティールームのお茶会に呼ばれてしまって……」
サリトルは初対面ではほとんど表情が変わらない人だったが、アンドレアの言葉に目を不快そうな色に染めた。
「そうですか。やはりあの方は貴女に興味を持たれたようですね。リデリン気をつけてください。あの方は良くも悪くも影響力のある方です」
「それは……どういう?」
「あのお茶会はこの学院に通う生徒にとっては憧れのものです。興味を持ってくれているうちはいいのです。ただ、もしあの方が飽きて呼ばれなくなったら、どんな手を使ってでもしがみ付こうとする。そうやって壊れていく令嬢を何人も見てきました」
美しいものにこだわりがありそうなアンバーだが、サリトルがこう言うくらいだから飽きっぽい性格なのかもしれない。
アンドレアとしては、情報を聞き出せたらその後の関係はどうでもいいので、サリトルに言われるようなことは心配ない。
とりあえず、ショックを受けたような顔をして、分かりましたと言って静かに頷いておいた。
その時背後でガサガサと音がしたので目をやると、掃除人が廊下の掃除をしていた。
「もう、清掃の時間ね。早く帰るようにね、リデリン嬢」
「はい、ありがとうございます」
スカートを持ち上げてお礼を言ったら、サリトルはもうアンドレアに興味をなくしたように、無言で歩いて行ってしまった。
学院の頂点からのお茶会の誘いと、それを気をつけろと言ってきた教師。
サリトルの態度が冷たすぎて、どつも好意から言ってくれたのか分からない。
悲惨な状態になった生徒を見てきたからだろうか。
それにしてはどうもと、サリトルも気になってきてしまった。教師であれば、薬の噂を聞いたと話しかければ、それなりの返答をしてくれそうだ。
次会った時に聞いてみようかと、考えていたら背中にゾワゾワと寒気がしてビクッと驚いて振り返ると、先程の掃除人がすぐ後ろに来ていた。
瞬間、ローレンスに教えてもらったことを思い出した。
学院にいる男はそれが教師であっても、使用人であっても、絶対に近寄ってはだめだと言われていた。
ましてや、人目のないところでなど絶対にダメだと。
気がつくと掃除人の手がアンドレアの腕を掴んでいた。いつ動いたかも察知できないような速さにこの男が只者ではないと言うことを瞬時に理解した。
「き…貴様!何者だ!すぐ離さないと人を呼ぶぞ!」
「ぷっっ……、令嬢がそんな喋り方しちゃまずいんじゃない?」
聞き覚えのある声に腕に込めた力が抜けた。まさかという目で男を見ると、ニヤリと笑った男は目深にかぶっていた帽子を取った。
アンドレアの目の前に艶やかな黒髪と印象的な金色の瞳が見えて、思わず大きな口を開けてしまった。
「あ……ああ!!!こっこっ…こん…んぐぐ!!」
男がアンドレアの口を手で塞いだので、叫ぶことはできなかった。静かにしろという目線を感じて、アンドレアは分かったと目で合図をして頷いた。
「いやぁさ、こっちの方が楽しそうだから来ちゃった」
「来ちゃったって……!コンラッド…お前……」
令嬢の園に美形の男が一人。
どう見ても火種になりそうなコンラッドの登場に、アンドレアはこの作戦がぶち壊しになりそうな未来しか見えなくて頭を抱えた。
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