ガチムチな俺が、性癖がバレてイケメンと結ばれちゃうお話

朝顔

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前編

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「異動……ですか?」

「スマンな、先ほどの会議で決定した。引き継ぎが終わり次第、おそらく来月頭くらいには新部門に移ってもらう」

 部長の容赦ない言葉に肩を落としたが、分かりましたと答えるしかなかった。

 業界では大手の衣料品メーカーに新卒で入社して勤続10年。
 スポーツ選手向けの練習着や、ユニフォームなどの企画と営業を幅広く手がける部門に配属された。
 やりがいもあり、試行錯誤しながら必死にやってきたが、昨今の売り上げ低迷を受けて縮小が決まり、異動することになってしまった。

「新部門とは、どういったものなんでしょうか?」

「まだ本決まりじゃないが、リラックス系のウェアを扱うことになると思う。配属はランジェリー部門の下になると思うから頼むな」

「ら……ランジェリー……ですか」

 俺がポカンと口を開けたので、予想通りの反応だと思ったのだろう。
 部長は軽く手を上げて、話は終わりだと電話を始めてしまった。

 周囲で話を聞いていた同僚達から、可哀想にという視線を送られながら、俺はとぼとぼと自分の席に着いた。





 全ての世代が求める全てのものを、贅沢な気分で心を満たす衣料品を提供したい。
 ラグジュアリー&ライフ、通称L&Lは、創業半世紀ほどの衣料品メーカーだ。

 取り扱う商品は多岐にわたるが、時代のニーズに合わせて変化を繰り返してきた。

 学生時代からスポーツに揉まれて、スポーツ畑で生きてきた俺は、自分の経験が活かせると思い、この会社に就職した。
 しかし時代の波は変わり、人々の運動に関する意識も変化していった。
 ガチガチにスポーツに取り組むより、日常の延長でリラックスしながら体を動かすという方向にシフトしていく人が増えてきた。
 ランニングのブームなどで、お洒落で機能性のあるウェアというものに、スポットが当てられるようになった。

 それは分かってはいたものの、自分はおそらくそちらには向かないだろうと思い込んでいた俺は、まさか自分に声がかけられるとは思っていなかった。

 しかも所属がランジェリー部門と聞いて、背中にゾクっとしたものを感じてしまった。
 できれば一番近寄りたくなかったところだ。
 それは、会社がどうこうというより、自分の気持ちの問題でもあるのだが……




大森雄星おおもり ゆうせいくんね。田畑部長からイチオシを送るからって聞いてたけど……デカいわね」

 新しい上司となる鈴谷部長は、キリッとした美人の女性だった。
 面談に現れた俺を上から下まで眺めて、口をあんぐりと開けて驚いた顔になった。

「すごいガタイがいいわね。学生時代、スポーツとかやってた?」

「高校時代はサッカーを、大学ではずっとラグビーをやっていました。すみません、俺なんかが来てしまって、門外漢もいいところで……」

「やだ、そんなに恐縮しないで。いいのよ、私が男性の視点から意見が欲しかったから。大森クンみたいな、雄々しいタイプ大歓迎」

 鈴谷部長は目を細めて柔らかく笑った。
 気が強くて怖そうだと思った第一印象は少しだけ和らいだ。

「聞いていると思うけど、所属はランジェリー部門になるわ。スポーツ系のアンダーウェアがメインになるから、共同してやってもらうこともあるわ」

「はい……」

「こっちは男性自体が少ないし、ランジェリーなんて聞いて気まずいところもあると思うけど、なるべくやりやすいようにするから、気兼ねなく言ってね」

「はい、頑張ります」

 社会人生活10年。
 それなりに身についた笑みを浮かべて無難にやり過ごした。

 だが、心の中ではため息をついていた。

 女性の多い職場に気後れしてしまうのは確かにある。だが、胸につかえているのはそういうことではない。
 自分自身の内側に潜んだものが、少しでも出てしまわないか、それが心配だった。





 駅から歩いて十五分、マンション一階の角部屋。
 ここは俺にとって、独身一人暮らしの男の城だ。
 とぼとぼと歩いて自宅に着いた俺は、玄関の鍵を開けて、他のことなど後回しである部屋の前に立った。

 カチャリとドアを開けて部屋の電気を付けると、そこには女性の下半身のトルソーがまるで家族のように俺を出迎えてくれた。

 トルソーには女性用のランジェリーが着けられている。
 L&Lの商品で、ナイトドリームと呼ばれるシリーズのティーバックショーツだ。
 高級感のある着心地と夜をテーマにして、黒の総レースで仕上げられた完璧なフォルム。
 何度見てもその美しさにうっとりしてしまい、俺はトルソーの前に座り込んで頬を寄せた。

「ただいま」

 この時間が一番癒される。
 頬を滑る繊細なレースの肌触りを感じながら愉悦に浸る。

 いい歳した大人の男が部屋に女性用のランジェリーを飾って感触を楽しんでいるなんて、変態の極みだと思うのだが、俺の場合こんなものでは満足できない。


 急いで服を脱いだ俺は、シャワーを浴びて体を綺麗にしてまた例の部屋に戻った。

 今度は自分で身に着けるために……

 伸縮性があるとはいえ、女性ものは男のそれとは違う作りになっている。
 もちろんこんなデカい男が着ることなんて想定していないので、身に着けるとショーツは窮屈そうに伸びた。

 部屋に備え付けられた姿見には、下着を身に着けて恍惚の表情を浮かべる男の姿が映っていた。

「ああ、やっぱり、思った通りだ……。伸びてもレースの形は上品だし、肌によく馴染む……やっぱりナイトドリームのシリーズは最高だな」

 もちろん女性には付いてないモノがあるので、ショーツの前は膨らんでいる。この非日常の光景が嬉しくてたまらなくなってしまう。

「しかし……ランジェリー部のすぐ側で働くことになるなんて……、理性が保てるか自信がない」

 ただでさえ、L&Lのランジェリーの大ファンなのだ。だからこそ、リアルでは近づかないようにしていた。
 それがまさかその中心に飛び込むことになるとはと、嬉しいというより戸惑いが大きかった。





 一人息子だった俺は、両親から大切に育てられた。
 何事もほどほどがいいというのはよく言ったもので、うちの場合大切過ぎる、というのが難点でもあった。
 特に母は過保護を絵に描いたような人で、いつまでも少女のような見た目で心も同じく、同年代の母親達よりも幼い印象を受ける人だった。

 だめよだめ。
 ゆうくん、だめ。

 これが母の口癖で、何かしようとする度にそう言われて俺は手を止めた。
 俺の性格もまた、気弱で大人しかったこもあり、母の言われた通りに従って生きていた。
 それでも生きていれば、自分の意思で欲しいものもあった。
 誕生日に何でも好きなものを買ってあげると言われて玩具屋さんに行った。
 目に入ったのはドレスを着たクマのぬいぐるみで、とても可愛く見えて気に入ってしまった。
 あれが欲しいと言って指を差したが、母は困った顔になって眉を寄せた。
 この顔だ。
 いつも母は、俺が自分の思い通りにいかないと、その顔を見せてくる。
 もっと進むと泣き顔になって本当に泣いてしまう。

 その顔を見たら俺は静かに手を下ろした。

 こっちにしなさいと言われて母が持ってきたのはサッカーボールだった。
 俺はそれを無言で受け取った。


 そんな体験の積み重ねが、俺の変態趣味に繋がったかどうかは分からない。
 ただ、青年期に衝撃を受けた決定的なことがあったのは確かだ。それが巡り巡って今の俺を形作ってしまったように思える。

 過保護ではあったが、大学にも通わせてもらえたし、ここまで育ててくれた両親には感謝している。
 今は二人でアーリーリタイアして海外移住してしまった。
 あんなに過保護だった母は、今は異国の地の空気に触れて人が変わったようになり、ボランティア活動に熱心に取り組んでいるらしい。


 仕事を持ち、一人で暮らすだけの収入もある。
 しかしこの下着に関する異常な執着が俺の人生に影を落としている。
 性的指向はノーマルだと思う。大学から今まで何人か女性と交際してきた。
 女性の下着が好きだというのはとても人に言えるような趣味ではない。
 当然のごとく今までの彼女には打ち明けることができず、胸に抱えたまま交際を続けた。
 俺の見た目は完全な体育会系だ。
 体は大きいし、筋肉質だが全体的な肉付きもいい。
 そんな見た目の俺に女性が期待するのは、男らしさや包容力だった。
 性格は気弱で決断力もなく、俺について来いと引っ張っていくような気概もない。
 その時点で、呆れられたり情けないという目で見られ始める。
 そして肝心のベッドの上では、持続性がなく途中で萎えてしまい、最後までできることが少なかった。

 やっぱり思っていたのと違う。
 私達、合ってないみたい。

 そう言われてことごとくフラれてきた。
 彼女達の言い分を責めることはできない。
 俺が一番自分のことを情けないと思っているからだ。

 フラれてばかりで最近は恋愛をすることに疲れてしまった。
 両親は海外生活をエンジョイしているので、結婚しろとも言われないし、孫の顔を見せなくともいいというのが救いだ。

 こんな趣味は誰にも理解されないし、知られなくなどない。
 かと言って、胸の内を隠したまま、誰かと分かり合えるなんて日が来るとも思えない。
 きっとこのまま、一人で年老いていくのが自分には似合っている。

 雨が降り出しそうな曇り空。
 それが俺の人生とよく似ている。
 暗くて不穏で、誰もが足早に帰り道を急ぐ中、一人で立ちすくんでいる。
 ずっとこのまま…………







 目の前の光景が信じられなくて、ドアに手を掛けているが、ポカンと口を開けたまま固まってしまった。

 見間違えたかと思って二度見、三度見までしたが、その光景は変わらなかった。

 色鮮やかでお洒落な服に身を包む若い女の子達、その中心にいるのは女の子と見間違うような甘い顔をしているが、俺と同じくスーツを着ているのでおそらく男だ。
 その男のふわふわとした柔らかそうな頭の上には、どう見てもブラジャーと思わしき、こんもりとした二つのカップがまるで耳が生えているかのように載っている。
 周りの女の子達はそれを見て、可愛い可愛いと言って騒いでいるのだ。

 ここは、入ってはいけない場所だったのかもしれない。
 後退りして廊下に戻ろうとしていたら、その男と目が合ってしまった。
 男は首を傾げた後、にっこりと微笑んだ。
 あまりの可愛らしい仕草に心臓がドキンと揺れて、ドクドクと騒ぎ出した。

「あーー、もしかして、大森さんですかぁ? 今日からスポーツ部に異動して来られた……?」

 若い女の子の一人がドアを開けたまま立ち尽くしている俺に気がついて声をかけに来てくれた。

「そ……そうだけど……ここで合ってるのか?」

「合ってます合ってまーす、向こうの衝立の奥に机がありますよ」

 こっちですと女の子に呼ばれておずおずと足を踏み出した。こんなふわふわした空間にデカくてゴツい男なんて場違いすぎる。
 気持ちだけ小さくなりながら、華やかな連中の横を逃げるように歩いた。


「私、小松のりこって言います。新卒から五年間、鈴谷部長の下でずっと働いていて、今回同じスポーツ部になりました。よろしくお願いします」

「大森です。こちらこそよろしく」

 全員の視線を浴びていた気がして居心地が悪かったが、衝立の向こうに移動して自分の机に着いたらやっとまともに呼吸が吸えるようになった。

「後、三人いるんですけど、今みんな会議で出てます。ちなみに男性は大森さんだけです」

「ああ……そ、そうか」

 やはり思っていた通りだとますます小さくなった。
 どうやらこのフロアには、俺とあの女子みたいなヤツしか男はいないらしい。

 小松と名乗った女性は、小柄で細っそりとした可愛らしい人だった。
 くりくりした丸い目が好奇心旺盛といった感じに輝いていた。

「あの……さっきのあそこにいた男性……、下着を頭に……」

 ちょっと聞きにくいのだがどうしても気になってしまい、小声で小松に話しかけた。

「あっ、ビックリされましたよね。ランジェリー部の王子様って呼ばれている、雅桜介みやび おうすけさんです。いつもあんな感じなんです。新作ができると雅さんに着けて遊んじゃうんです」

「遊ぶ……」

「えー、だって。雅さん、可愛いしイケメンだから、女の子の下着も似合っちゃうし、雅さんもさっき頭に載せてくれたみたいにノリノリで合わせてくれるから。みんなのアイドルなんですよ」

 女子だけの空間に一人男が残されるとそんな感じに遊ばれてしまうのかと思ったが、本人が嫌がっていないのなら後から来た俺がどうこう言うのは余計なお世話かもしれない。
 頭を振って、自分の仕事に集中することにした。

「鈴谷部長から午後に会議があるので、資料に目を通してくださいと伝言です。後は個人パソコンの設定とか、手順書があるのでよろしくお願いします」

「分かった、ありがとう」

 簡単に説明してくれた後、小松は自分の席に戻ってコーヒー片手に仕事を始めてしまった。
 俺も一息つきながら、パソコンの電源を入れた。


 可愛いしイケメンだから、女の子の下着も似合う。
 忘れようと思っても、先ほど小松が言った言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

 ランジェリー部の王子様。
 女の子みたいに可愛くてイケメンの男がいる。
 そんな噂を聞いたことがあった。
 今までフロアが遠くて、一緒に仕事をする機会もなかったので、噂だけ耳に入って通り過ぎていくだけだった。

 チラッと見ただけだが、噂通りの美貌の持ち主だった。周りには着飾っていい匂いの女の子達がたくさんいたのに、その中で圧倒的に目立っていて存在感があった。
 体育会系の男連中に囲まれてきた俺が今まで会ったことのない人種だった。

 確かにあの男なら、どんな下着を着けても冗談ではなく似合ってしまいそうだ。
 俺みたいなムサい男とは違って………

 考えるだけで胸がモヤモヤとしてきてしまって、仕事にはちっとも集中できなかった。

 フロアにいる唯一の男同士、ではあるが、キラキラした雅に気後れして、挨拶もできそうにないなと思っていた。







「どうも、大森さん」

 エレベーターホール横の自動販売機で飲み物を買ったところで後ろから声をかけられた。
 男にしては高い声、女性にしては低い声というところだろうか。
 初めて耳にする声にぱっと振り向くと、ランジェリー部の王子様が立っていた。
 口の端を上げて微笑している顔は、高貴な香りすら漂ってきてあまりの眩しさに目が眩んでしまった。

「あ……どうも、初めまして」

 おかげで変な返ししかできなかったが、俺が答えると雅はニッと今度は白い歯を見せて笑った。

「……何度かお見かけしていますが、ご挨拶が遅くなってすみません。ランジェリー部の雅桜介です。入社して3年目です。顔を合わせることも多いと思うのでどうぞよろしくお願いします」

 女の子に囲まれた若い社員という印象が強くて、チャラチャラしたイメージを持っていたが、ちゃんと挨拶をしてきた姿に自分の勝手な思い込みを恥じた。

「よろしく、大森雄星だ。10年目だが俺はこっちでは新人だから、教えてもらうことの方が多いと思う。先に謝っておくが、迷惑をかけるばかりだと………」

「やめてください。俺にとっては大先輩ですから、何でも力になります。それに女性の園に唯一の男同士ですし、気軽に話しかけてください。俺、野球とかサッカーとか大好きなので、男同士の話に飢えてたんです。大森さんが来てくれて嬉しいです」

 人懐っこい表情で手を差し出されたので、俺も自然と手を出して握手をしてしまった。
 何というか、こういう距離を感じさせない雰囲気は天性の才能かもしれない。
 彼なら誰とでも打ち解けて上手くやれるだろう。
 思わず羨ましくなってしまった。
 それに座っている時はよく分からなかったが、雅は背も高くスーツの上からでも分かるしっかりとした逞しい体つきだった。
 甘い顔に男らしさまであって、性格まで良さそうだ。どれだけ持っている男なのだと心の中でため息をついた。

 とはいえ、社会人たるもの、社交辞令は仕事の一環だ。話しかけますなんて言われて、俺は人の良さそうな笑顔を返したが、頭の中ではそれほど仲良くなることはないだろうなと思っていた。



 ところが…………




「大森さん、大森さんー、見ました? 昨日のレンジャーズの試合。あれは監督の采配ミスですよね!」

 コーヒー片手に衝立の向こうから顔を出してきた雅は、出勤してきたばかりの俺に待ちきれなかったように声をかけてきた。
 どれだけ男の会話に飢えていたのかしらないが、もう連日この調子だ。

「あ……ああ、そうだな。5回裏でボールが続いたところで交代させるべきだと俺も思ったよ」

「ですよね! やっぱりあそこでマイケル投入しないと、そのせいであの満塁打ですよ」

 当然のように俺の横に座った雅は、俺の分のコーヒーを買ってきたらしく、はいどうぞと机に置いてきた。

「お前……、毎日俺の分はいいって……」

「あ、気にしないでください。二つ買うと半額になるキャンペーン中なんです。どうぞどうぞ」

 本当にキャンペーンなのか知らないが、もう一食分くらいのコーヒーをもらっている気がする。
 断ろうとすると、子犬のような潤んだ瞳で見てくるので、断りきれずにそのままになってしまった。

「それより聞いてくれますか? レーカズのジェイソンの移籍先ですけど……」

 王子様は色々なスポーツに幅広く精通していて、俺より詳しいくらいだった。
 朝礼までの時間、ペラペラと喋りまくる雅の後ろから、女の子達のジトっとした視線が俺に飛んできて、肌にちくちくと痛みを感じた。

 雅の肌は透き通るような色白で、薄い茶色でふわふわとして柔らかそうな髪をしている。
 同じく目も薄い茶色で、スッと整った目鼻立ちは、日本人というよりハーフのように見える。
 それが余計に王子様だったり、アイドルと呼ばれることに繋がっているのだろう。
 雅と話したい女の子達は、興味の無さすぎる汗臭い会話に入れなくて、それを俺のせいだという目で見てくる。
 勘弁してくれと思うのだが、今まで俺の周りにはいなかったタイプで、人懐っこい雅はまるで弟のように思えてしまって、ついつい構ってしまう。

 異動してひと月も経つ頃になると、一日のうちに一番話す人間になって、すっかり仲良くなっていた。

「今度飲みにでも行くか? コーヒーのお礼ってわけではないけど、奢ってやるよ」

「本当ですか!? 嬉しいです! 大森さんとご飯! 楽しみーー!」

 反応が弟過ぎてほっこりしてしまう。
 あまりの可愛さについ手が伸びて、雅の頭を撫でてしまった。
 雅は一瞬驚いた顔をしたが、口の端を上げて目を細めて、えへへと嬉しそうに笑った。
 それを見た俺はつられて笑いそうになったが、ハッと気がついて慌てて手を離した。

「わわわっ、悪い。なんてことを……」

「えーーー、良いのに。もっと撫でてくださいよ」

 雅は嫌がるどころかぐいぐいと距離を詰めてきた。さすがにマズいだろうと思っていたら、ちょうど出勤してきた小松が、あーっと声を上げて近づいてきた。

「大森さん、ずるいですよ。王子のナデナデはジャンケンで勝たないと!」

「は!? ジャンケン?」

「そうです。撫でたくなるのは分りますけどぉ、王子を可愛がるのは女子達でも争奪戦なんです! その日の勝者だけの特権なんですからぁ」

「それは……すまない、つい……」

 どうやら王子様に触れていい人間はジャンケン制で決まっているらしい。
 確かにみんなで毎日揉みくちゃにしていたら、喧嘩になって仕事にならないのだろうなと思った。

「いいですよ。大森さんは男同士だし、特別ですから。どんどん触ってください」

「何だそれは……。ほら、そろそろ朝礼始まるから」

 女子社員達のギラついた視線に押しつぶされそうになっているところで、やっと時間になり雅は自分の席に戻ってくれた。
 女の園にいるだけでも緊張するのに、目の敵にされるなんて勘弁して欲しかった。






「皆さんー! ナイトドリームの新作上がってきましたよー!」

 ようやく仕事に慣れてきた頃、フロアに響いた明るい声に俺の意識は集中してしまった。
 日々女性ものランジェリーが机の上に無造作に置かれているような環境を横切っているが、じっくり見たい気持ちを抑えてなんとか平常心を保ってきた。
 しかし、L&Lのナイトドリームの新作と聞いたら、心が躍ってしまい見たくてたまらなくなった。
 衝立の向こうに憧れのソレがあるのだと思うと、うずうずして手が震えてしまった。

「もうできたの? 見せて見せてー!」

「わぁぁ、可愛い。やっぱりレースはピンクにしてよかったね」

 ちょうど俺の部署はみんな会議に出ていて、自分だけ電話番で残っていた。キーボードを叩く指を止めて、立ち上がって向こうを見たい衝動を必死で抑えていた。

 今までオトナ女子をテーマに、セクシー系のデザインが多かったが、今回は甘さをプラスしたと聞いていた。
 どんな仕上がりになっているか、発売はまだ先だし、こんな近くで見れるチャンスなんてない。
 少しだけでも見たいと思い、ごくっと唾を飲み込んだ俺はそっと腰を上げた。

 トイレだ。
 トイレに行くフリをしながら自然と通り過ぎてその時に見てしまえ。

「雅さんーー! 来て来てー、ちょっと合わせてみて。絶対可愛いから」

「王子が似合うと売れるジンクスあるよね。今回もイケそう!」

 通り過ぎようとしたところで、ちょうど雅が呼ばれて恒例の新作テスターが始まってしまった。

 ブラとショーツを頭に飾られて、猫のポーズを取っている雅はノリノリで、嫌がっているどころかいつも楽しそうだ。
 女子社員達はキャーキャー言いながら、写真を撮っていた。
 たまにこの場面に出くわすが、今回はナイトドリームなので別格だ。

 チラリと視線を送ると、雅の頭に載せられている下着はベースはクリーム色の光沢のあるシルクサテン生地だった。所々パールが入った特徴的なレースはピンク色で、可愛らしいデザインに目を奪われた。
 胸がドキドキして壊れそうだ。
 一目で気に入ってしまった。
 絶対買おうと意気込んでいると、雅とバッチリ目が合ってしまった。

「あっ、大森さんー、どうですかコレ?」

 なぜ今俺にそれを聞くのかと、動揺して汗が出てきてしまった。

「……俺に聞かれてもよく分からない」

「えー、彼女さんにウチの下着、プレゼントしたりしないんですか?」

 適当に答えて通り過ぎようとしたのに、他の男の意見に興味を持ったのか、女子社員の一人がつっこんで質問してきてしまった。

「いや……ないな」

「えー、絶対喜びますよ。うちのランジェリー、生産追いつかないくらい大人気で、すぐ完売しちゃうんですよ」

 それは知っている。
 言われなくても痛いほどよく知っている。
 毎回予約するために奔走するくらいなのだ。

「そうか、そうしたらプレゼントに考えておくよ」

「あー、せっかくだから大森さんも合わせてみたらどうですか?」

 悪ノリした若い女子社員が新作のブラ片手に近づいて来てしまった。
 ドキッと心臓が壊れそうなくらい飛び上がって、口から出てきそうになった。

 困る……頼む、やめてくれ………

「大森さんてムキムキだし、ムチっとして胸までありそう、ブラ着けたら似合いそうですよー」

「はははっ、冗談が過ぎるよ。俺みたいなのが着けたら変態だって。似合うのは雅くらいだよ」

「確かに……、大森さんじゃ罰ゲームですよね。すいません、調子乗っちゃいました」

「そうそう罰ゲーム、宴会芸じゃないんだから、頼むよ勘弁してくれ」

 そう言って眉を下げて困った顔をしたら、周囲からどっと笑いが起きた。
 とりあえず雰囲気を壊さず、上手いこと乗り切ったとホッとしながら、胸にグサリとナイフが刺さっていることに気がついた。
 それを見ないようにして、頭をかきながらトイレだからと言ってその場から離れた。









「はぁ………最悪な日だった」

 家に帰って床に崩れ落ちた。
 あんな悪ノリをされるとは思わなかった。
 だが長い社会人生活、理不尽なことはたくさんあったし、これしきのことで傷ついていてはやっていけない。

 気分を変えようと、お気に入りのナイトドリームのショーツを身につけて鏡の前に立ったが、いつものように高揚した気分にはちっともならなかった。

 鏡に映っているのは、白いシャツに黒い総レースのショーツを身につけた男。
 今日はひどく滑稽に見えて笑ってしまった。

「罰ゲームか……誰の目から見たってそうだな」

 俺が女性の下着が好きだなんて周りは知らないのだから、笑われたのだってその場の空気からしたら普通の反応だ。宴会芸だなんて言って自分から傷をえぐってしまった。
 きっと、こういう小さな出来事はこれから数えきれないくらいあって、その度にヘコんで落ち込みながら生きていくのだろう。

 誰にも理解されないし、人から笑われてしまうようなことは、もうやめた方がいい。
 もう何度も思っては、やめられないと葛藤してきたことだった。
 初めて女性物の下着を手にした時の記憶を思い出して、ぐっと目を閉じた。

 するとその時、目の奥に浮かんだのは雅の姿だった。
 ブラやショーツを頭に載せられて笑っていたが、雅ならきっと、このショーツを身につけてもバッチリに合ってしまうだろう。
 どう足掻いても不恰好な姿とは違う、もし俺が雅だったら……

 あの白い肌に黒のレースはよく映える。
 繊細なリボンも雅の涼しげな雰囲気には似合って……

「えっ………」

 股間に熱を感じて目を向けたら、ショーツが膨らんでいることに気がついた。

「嘘、だろう………」

 雅のことを考えたら、どんどん熱が高まってきてしまう。止めようと思うのにすっかり勃ち上がってしまい、ため息をついて頭を抱えた。

「はぁ……最悪だ、本当……会社の後輩に欲情するなんて……」

 いくら自分が似合わないと言われたからって、何を考えているんだと自分の頭を叩いた。
 元気になってしまった下半身は無視して、とにかくシャワーを浴びようと風呂に向かった。






「お疲れ様でーす。あれ? 寝不足ですか?」

 外回りから帰ってきた小松が、俺の明らかにひどい顔に気がついて声をかけてきた。

「ああ、ちょっと、ネトウリのドラマにハマってな。夜通し見てしまった」

「へぇ、珍しいですね。真面目な大森さんが、徹夜でドラマですか」

「そうなんだよ、はははっ、もう歳を考えた方がいいな。これからは気をつける」

 我ながら苦しすぎる言い訳に頭が痛かった。
 寝不足を否定しようにも、目の下にくっきりクマが浮かんでしまった。
 徹夜したのはドラマのせいではない。
 単純に寝られなかった。
 このところ、ほとんど眠れない日々が続いている。
 ランジェリー部の女子社員に言われたことに傷ついて寝られないのなら、まだ自分は繊細なんだと思い込むこともできた。

 本当の原因は雅だ。
 いや、雅が悪いわけではなく、目を閉じると雅のことを妄想してしまう俺が悪いのだ。

 毎晩布団に入ると、女性用の下着を身に着ける雅の姿が目に浮かんできて、ガバッと飛び起きてしまう。
 だめだだめだと思って寝ようとすると、またその繰り返しだ。

 確かにその辺の女の子よりずっと綺麗な顔をしているが、どう考えてもアイツは男だ。
 男を好きになったことなどないし、恋愛対象ではないはずだ。
 それなのに……毎日毎日妄想してしまい、うとうとしながら結局大して眠れずに朝を迎えている。

「大丈夫ですか? 今日飲み会ですけど……」

「飲み? 今日?」

「先週お伝えしてますよ、月末に大森さんの歓迎会もかねてって……」

 酒! その手があった!

 自分の変化を恥じて、どうにか押し込めようと悶々と悩んでいたが、ここは酒の力を借りてすっぱり忘れるしかないだろう。

 飲んで飲んで、全て忘れてしまえ。
 酒を浴びるように飲んで、べろべろに酔って。
 小心者の俺はそんな飲み方をしたことがないが、それはこの日のためにとっておいたのかもしれない。

 邪な妄想を滅するために意気込んで飲み会に参加した。

 はずだったが…………





「乾杯ーーーーー!」

 カチンとグラスが合わさる音がそこかしこから聞こえてくる。
 そして華やかな女子社員の可愛らしい声がいたるところから……

 こんなはずではなかった。

 俺は自分の目の前で串から肉を外しながら、見てください美味しそうですよと言って微笑む男を見ていた。

 部内のこじんまりとした飲みを想定していた俺は、想像していなかった現実に言葉を失った。
 飲みはフロア全体の大人数で居酒屋を貸し切る規模だったのだ。
 そしてみんなの王子様である雅も参加で、もちろんヤツの近くの席は争奪戦となり、結局、男の俺なら誰も文句がないと一緒のテーブルにされてしまった。

 今一番離れなければいけない男と二人テーブルになって、サシ飲み状態という非常にマズイ状況だった。

「大丈夫ですか? こまっちゃんに聞きましたけど、ドラマを見て寝不足って……」

 見た目チャラい王子だが、性格はいたっていいヤツである雅は、早速俺の顔を見て心配の言葉をかけてくれた。

「そうなんだよ、大丈夫大丈夫。いい歳して恥ずかしいから、あまりツッコまないでくれ」

「えー、気になります。どんなドラマですか? 俺、結構見てますよ」

「か……海外の名前なんだっけな……長くて覚えられなかった。はははっ」

 バカだった。
 普段ドラマなんてろくに見ないのだから、聞かれることを想定して、せめて人気作とあらすじくらいチェックしておくべきだった。

「えー、じゃ思い出したら連絡ください。大森さんがそんなにハマるなんて、俺も見たいです」

 嘘というものは、一つつくと、つき続けなければいけない。嘘なんて言うもんじゃなかった。
 とにかく帰ったら、海外ドラマ、どハマり、必見とかでググらないといけなそうだ。
 何をしているんだ俺はと思いながら、目の前のビールをごくごくと飲み干した。

「わっ……、大森さんっていける口ですか? 嬉しいなぁ、俺もザルなんで、一緒に飲める人なかなかいなくて」

 俺はザルというほど飲めない。あまり顔にはでないが普通に酔うし、陽気になって眠くなる。
 悩みの種であるご本人が目の前にいるのだが、もうあれこれ考えずに飲みまくってやろうと決めた。

「こっちにつまみはいい。焼酎ロックでくれ」

 今日はリーマンに優しい飲み放題。店員を呼び止めて、どんどん注文していくことにした。

 俺の注文に、ファジーネーブルとかカシスウーロンとかを注文していた女性陣は、みんなうわっという顔をした。そりゃ今の若い子からしたら、いかにも加齢臭がしそうなチョイスだ。

「いいですね、俺も同じのを」

 雅だけはテンションが上がったらしく、嬉しそうに手を上げて店員に声をかけた。
 若い女の子の店員はハイっと言って下を向いたが、頬が赤くなっているのが見えた。
 さすがの王子様はどこでもファンを作ってしまうらしい。
 俺の時のぶっきらぼうな対応とは大違いだ。

「大森さんと飲めるなんて、お手柔らかにお願いしますよ」

 雅は童話の中に出てくる本物の王子様みたいだ。
 綺麗でカッコ良くて、性格も良くて酒まで強いとは、もう自分の王国でも築いてくれと思いながら、俺は自分の前に置かれたグラスを手に取った。








「おおもりさーん、大森さん、聞いてますか? 大丈夫ですか?」

「ん? んんんっ、だい……ぶ」

 視界が雲がかかったみたいにぼやけていて体が重い。床がすごい力で俺を吸引している感じで、気を抜くと床に飲み込まれそうだ、なんておかしな考えしか浮かんでこない。

「雅くん、タクシー呼んでるから、部長が任せてって言ってたよ」

「大森さん、ガタイいいから女性には無理ですよ。大丈夫です。明日休みだし、大森さん運んだら、俺もそのままタクシーで帰りますから」

 運ぶという言葉が頭に入ってきて、何のことだろうとちょっとだけ冷静な自分が残っていた。
 とりあえず足に力が入るので、雅に肩を貸してもらい歩くことができた。

 歩きながら思い出してみれば、俺は飲み会で焼酎やら日本酒をガンガン飲んでそこから記憶がない。
 こんなバカな飲み方をするのは生まれて初めてだった。
 でもそのおかげというか、体がふわふわしてきてよく眠れそうだと思った。

 タクシーに乗せられそうになったところで俺の意識は少し戻ってきた。

「……て、そこの……シティ……ホテルを」

「え!? ホテル……ですか?」

「そう……だ、帰りがめんど……だから、部屋……取ってある」

 今日は飲むつもりだったので、迷惑をかけないように居酒屋のすぐ近くのホテルに部屋を取っていた。
 そこまで連れてってもらえれば、あとは自力で部屋まで行けそうだ。
 なんとかそれを雅に伝えると、雅はクスッと笑ってじゃあホテルに行きましょうと俺の耳元で囁いてきた。

 なんだかやけに色っぽい声だななんて、酔っているからかまたバカなことを考えてしまった。






「エレベーターまででいいよ。後は勝手にやるから」

 ホテルに着いて代わりに受付を済ませてくれた雅は、なんとか立っている俺にまた肩を貸してくれてエレベーターに一緒に乗り込んだ。

「部屋、空いてたんでツインに変更してもらいました。ここからだとタクシー代の方がかかりそうなんで、一緒に泊まってもいいですか?」

「えっ………泊まる? 誰が?」

「俺ですよ、俺。おっ、16階って最上階みたいですよ、行きましょう!」

 べろべろの俺と違い、一緒に飲んだはずの雅は強いと言うだけあって、全く酔った様子がない。
 俺は歩くことに精一杯で、雅の言葉の半分も理解していなかった。

 部屋の前に着いて、雅にありがとうと頭を下げたら、またクスクスと笑われてしまった。

「大森さーん、一緒に泊まるんですよ。入りましょう」

「とまる……雅……が? ええ!?」

 やっと状況が分かってきた俺を置いて、雅は鍵を開けてスタスタと中へ入って行ってしまった。


 これは………マズい、非常にマズい!
 雅に対して邪な妄想して、オカズに……まだしてはないが、そんな変態思考の俺が雅と二人きりで泊まるなんて………。

 酔っているし自分が一番信じられない。
 あんな妄想をする俺だ、気がついたら後輩を襲ってしまったなんてことは、絶対にだめだ。

「雅、ちょっと……話し合おう、マズいんだって」

 ようやく決心がついて部屋の中へ入った。
 雅には他の部屋に移ってもらうことしよう。
 一人でゆっくりしたいとか何とか言って、俺が金を出すと言えば断られないだろうと考えた。

 声をかけても雅の姿はなく、キョロキョロと辺りを見回したら、バスルームからシャワーの音がした。

 なんということだ……。
 雅は帰ったら即シャワー派か!?
 これでは他に移れなんて言えなくなってしまった。

 フラフラしながらベッドまでたどり着いた俺は、二つ並んだベッドを見て、もうこうなったら寝てしまえと諦めた。
 というかもう体は重いし瞼も限界だった。
 ここ数日の寝不足が一気に眠気を運んできて、服を脱ぐことすらもう無理だと諦めた。

 スーツのままバタンとベッドにうつ伏せに倒れた俺は、枕に顔を埋めた。柔らかい照明と、どこかから聞こえる水の音。
 一人暮らしの静かで暗い部屋とは違う。
 誰かがいる気配が俺の心をじんわりと温めた。

 程なくして俺は、今度こそ本格的に眠りの世界へ入って行った。







 キッカケは親への反抗、だったかもしれない。

 高校二年の夏。
 その日は朝から風の強い日で、風の音がうるさいなと思って、俺は自分の部屋の窓を開けた。

 すると強風が一気に吹き荒れて、うわっと言いながら腕で顔を防いで目を閉じた。

 ぱさっ。

 部屋の中に乾いた音がした。

 何かゴミでも入ってきてしまったのかと、目を開けて確認すると、それは一瞬ただの黒い布のように見えた。

 しかし次の瞬間、その明らかな形から繊細なレースで作られた女性用のパンツだと気がついた俺は、声にならない声を上げて壁に張り付いた。

 過保護な母親は性的なものが生活に入ってくるのを極端に嫌がった。
 いつまでも、素直で小さな子供のままいて欲しかったのか知らないが、性を感じさせられるようなものは排除された。
 俺だって思春期の男の子だったが、スマホやパソコンはフィルターをかけられて、履歴をチェックされるので自由に使えずにいた。
 同級生達の話に付いていけず、寂しい思いをしていたが、それが当たり前なのだと気持ちを押し込めて従っていた。

 そんな俺の柔らかい檻の中に、突然異質な、母が知ったら発狂しそうなくらいの爆弾のようなものが飛び込んできた。

 向かいのマンションの人か、上の階の人か、おそらく洗濯物だろうと思ったが吹き荒れる風でどこから飛んできたのか分からない。
 とにかく母に伝えようと、俺は足を震わせながら自分の部屋を出た。
 リビングに向かいドアに手をかけて、ゆっくりと開いたところで母の明るい声が聞こえてきた。

「へぇ、それは大変ねー」

 母は交友関係が広く電話好きな人で、友人の子育て相談なんかにも気軽に乗っていて、長い時間電話で話していることが多かった。

 俺にとっては緊急事態で、早く終わってくれないかなと思っていたら、母の口から俺の名前が出て、ビクッとして体の動きが止まった。

「だって雄星は反抗期なんてないから、ウチはそういう苦労はないわ。本当、従順でイイコよ。言われたことは何でも素直に頷いてくれるし、え? 羨ましい? はははっ、私の育て方よ」

 友人への息子自慢なのか、母なりに俺を褒めているつもりなのだろう。
 それは理解できた。
 だが、母の言葉は重くのしかかってきて、口の中に苦い味が広がった。

 気がついたら自分の部屋に戻っていて、床に落ちている女性の下着の前に座っていた。


 俺だって自分の意思でやりたい事や欲しい物がたくさんあった。
 それを我慢して押し込めてきた。
 母が好きだったから、悲しい顔をさせたくなかった。
 自慢の息子、そうであればいいと思ってきたが、まるで扱いやすい人間のように軽く言われてしまった気がした。
 自分にプライドなんてないと思ってきたけれど、ムカムカとして胸が痛いと感じるのは傷つけられたからだろうか。

 むしゃくしゃして体の奥からこみ上げてくるのは確かに怒りの感情だと思った。

 目の前には母が見たら卒倒しそうな、セクシーな下着が落ちている。
 どこの誰ものものが分からない。
 悪い事だというのは分かっている。

 母への反抗。
 俺がこれを持っていたら、母はどんな顔をするだろうか。
 初めはそんな気持ちだった。
 その下着に触れた俺は、そっと自分の机の奥にそれをしまい込んだ。

 ただの従順な息子から、一人の人間になれたような気がして胸の中は晴れたように明るくなった。







 ピピピッという電子音が聞こえて、泥のような眠りから覚めた。
 よく寝た。
 こんなに熟睡できたのは久しぶりだった。
 目を擦りながら、あくびをしていつものように枕元に置いているスマホに手を伸ばした。

 いつもの位置にスマホがないことに気がついて、そうだホテルに泊まったのだと思い出した。
 起き上がろうとしたら、やけに狭いことに気がついて隣を見て体が固まった。

 髪の毛が……温もりが……人が………寝ている。

 驚いて声を上げそうになって自分の体を見たら、スーツを着たまま寝てしまったはずなのに、服がなく裸だったので今度はうおっと声を上げてしまった。

 すると俺の隣にはふわふわの髪の毛見えていたが、それがもそもそと動いて、布団の中から顔が出てきた。

「んんーーー、おーもりさん、目覚まし、止めてーー」

「あ、あ……ああ、悪い」

 言われるままにベッドサイドに手を伸ばした俺は、そこに載っていた自分のスマホを手に取ってアラームを消した。

 そこで、ん? となって、隣の人物を二度見してしまった。

「ふふっ、おはよーございます。よく眠れましたか?」

 女子社員の王子様は寝起きでもキラキラしていて、眩しくて目が眩んでしまった。
 ヨダレのあとや伸びかけたヒゲとは縁がないのかもしれない。
 ため息の出そうな美しさだった。

「よく……ねむれた」

 頭が回らなくてロボットみたいに返事をしたが、ベッドから上半身を起こした雅の姿を見たら、ヒィィと掠れた悲鳴を上げてしまった。

 雅もまた、俺と同じで裸で何も纏ってはいなかった。
 朝起きてベッドの上で二人とも裸、この状況はどう見ても………

 ベッドは二つあったが、もう一つはピシッとシーツが張っていて、少しの乱れもない。使っていないのは明らかだった。

 俺は一縷の望みで、スーツがシワになるから脱がしてくれた、というもうありえない状況にかけてみた。

「あ……あの、……昨日は……その……」

 俺が二人の格好を見比べるようにして、しどろもどろに問いかけると、雅は目を細めてぱっと顔を赤らめた。

 オワッタ………
 カンゼンニオワッタ………

 俺は、酔って後輩を襲ってしまった……。


 こうしてはいられないと、起き上がった俺はベッドから飛び降りて床に頭をつけて土下座をした。

「すまない! なんと謝っていいのか! 本当にすまない! 酔っ払って……俺はなんてことを……」

「そんなっ、大森さんやめてください!」

「いや、これは後先考えず飲みまくった俺の責任だ! まさか、雅に……なんてことを……、すまない! 何でもする! 責任は取る! 警察にも……」

 床に頭を擦り付けて謝罪する俺の横に近づいてきた雅は、頭を上げてくださいと言って俺の背中を撫でた。

「大げさです。警察とかそんな話じゃないですから!」

「雅………」

「俺は……今まで通り仲良く接していただきたいです」

 信じられない。
 酔っ払った変態野郎に襲われて、そんな優しい言葉をかけてくれるなんて、会社の先輩だから大目に見るとかそんな話ではないはずだ。

 この方は、王子様ではなく、天使様かもしれない……輝きが増して神々しさまで漂ってきた。

「大森さん、これからもっと仲良くしてくださいね」

 雅は床に這いつくばる俺に手を差し伸べて、口の端を形よく引き上げて微笑んだ。

 俺は天使の微笑みにすっかり魅了されて、はいと小さく声を出してその手に自分の手を重ねた。










「大森さんー、お昼どうします? 注文しますか?」

「いや、いいよ。買ってきたのがあるから」

 仕事の中で昼飯の時間は唯一安らげる時間と言っていいかもしれない。
 このところ社内はピリピリしていた。
 ライバル会社の発売した商品が業界で大ヒットとなり、頭ひとつ抜かれてしまった。
 売れ筋のナイトドリームのシリーズは手堅いのだが、他のシリーズの売上が落ち込んでいて、上司は機嫌が悪いしその空気を受けて、フロア全体がどんよりと重い空気になっていた。
 せめてお昼くらい自由にのんびりしようと、みんな考えることは同じで、時間になるとほとんどがさっと席を立って足早に出て行ってしまった。

 ビル内には食堂があり、だいたいみんなそこで食べるかテイクアウトしてくるのだが、俺は社の近くにお気に入りの弁当屋があり、すでに調達を済ませていた。

 弁当をぶら下げて目指す場所は、もともと前の部署の時に使っていた非常階段スペースだ。
 うちの社のビルは、隣のビルと繋がっている構造になっていて、隣接部分に非常階段がある。
 かつては喫煙所だったが、昨今の健康ブームでビル内全面禁煙になり、誰も来ることはなくなった。

 賑やかな女性の園にいると、ふと、自分を取り戻すように一人になって静かに過ごしたくなる。
 特に今みたいにピリピリムードだったり、取り返しのつかない失態をしてしまったような時は………

「はぁぁ……」

 非常階段に座ってビルの隙間から見える青空を弁当を食いながら眺めた。
 気分を変えたはず、それなのに頭は重くてお気に入りの弁当もあまり味がしない。
 先週末の飲み会で、ホテルに泊まって雅を襲ってしまったことを思い出して、もう何度目か分からないため息をついた。

 何をしたのか。
 雅は具体的に話してはくれなかった。
 きっと思い出したくもないのだろう。男に襲われた……なんて最悪の体験だろうから。

 俺の下半身は心なしかスッキリしていて、わずかに濡れているような感覚があった。
 それが何を意味しているか……。
 男同士の行為は、乱暴にしたら傷ついてしまうと聞いたことがある。
 俺は雅のことを傷つけることなくできたのだろうか。雅の尻は大丈夫なのか、時折目で追ってしまい自己嫌悪に陥っていた。

 カチャンとドアが開く音がした。
 このフロアの連中は外で食事を済ませてしまうので、この時間社に残っているやつはほとんどいない。
 珍しいなと思って顔を上げると、そこには雅が立っていた。

「えっ……」

 驚いて固まっていると、俺と目が合った雅は嬉しそうな顔になって、大森さんと言いながら手を振ってきた。

「前にここに入っていく姿をチラッと見たんです。で、フロアにいなかったから、ここかなって」

「あ、ああ……そうか」

「あっ、すみません、お邪魔しちゃいました? せっかくのお一人様タイムを……」

「いや、いい。ちょうど話し相手が欲しかったところだ」

 雅相手に邪魔だからなんて言えるはずがない。なんとか平常心を保って、気のいい先輩の顔で笑って見せた。

「それじゃ遠慮なく、お邪魔しまーす」

 スタスタ近づいてきた雅は、本当に遠慮なく俺の隣に座ってしまった。
 腰がつきそうなくらいの距離に、心臓がどくっと跳ねて騒ぎ出した。

「さっきコンビニのおにぎり食べたんですけど、新発売の具に失敗しました。ボソボソして食感が最悪で」

 そう言って雅は俺の持っていた弁当を覗き込んできた。
 もしかしたらまだ腹が空いているのかもしれない。

「なんだ? よかったら上の部分は食べてないから食べるか? 俺はもう腹がいっぱいなんだ」

「え? 本当ですか? ありがとうございます」

 食べかけだから断られるかと思っていたのに、雅は喜んだ様子で俺の膝の上から弁当を取って自分の膝の上に載せた。
 そして、全く気にしない様子で、俺が使っていた箸で食事を始めてしまった。
 予備があったので新しいのを出そうとしていたのに、雅の余りの早業に声をかけることができなかった。

「うん……この煮物がいい味だと思います」

「……前から思っていたけど、お前、見た目はイマドキの若い男なのに、中身はやけに渋いな。お前の歳の頃に煮物がいいなんて思わなかったよ」

「えー、そうですか? あー、でも確かに、ウチ両親早くに亡くしてるんで、祖父母に育てられたんですよ。だからかな、揚げ物とかより焼き魚とか煮豆の方が好きです」

 なるほどと、雅の姿を見て思ってしまった。
 見た目が十分輝いているので気にならないが、いつもチョイスは古いし、気の使い方も心得ていて、食べ方もすごく綺麗だ。
 雅の祖父母はきっとしっかりした方で、経験と知恵から生み出された指導の賜物だろうと思った。

「ありがとうございます。ご馳走様でした」

「ああ、腹が膨れたならよかった……って、ええ!?」

 食べ終わってゴミを片付けたら、雅はごく自然に俺の肩に頭を乗せてきた。

「んーー……お腹いっぱいになったら眠くなっちゃいました。大森さんの肩で寝ていいですか?」

「は? え? だっ……何? 何だよ」

 いいですかと言いながら、雅は寝つきがいいのか、すぐにくたっと力が抜けて本当に寝てしまった。
 気持ち良さそうな寝息の音が聞こえてきて、俺の胸の方はドキドキと騒がしく動き始めてしまった。

「どこでも寝れるタイプか……つくづく羨ましいヤツ」

 肩に乗ったふわふわの髪の毛。
 まるで犬か猫にでも懐かれているような気分だ。

 まさか雅は先日のことを忘れているのではないか。
 でないと俺にこんな接近してくるのなんてありえない。
 確かにあの時、混乱していて頭に入って来なかったが、俺ともっと仲良くしたいとか言っていた気がする。
 それは場の雰囲気をこれ以上悪くさせないための方便みたいなものだと思っていた。
 まさかの本当に仲良くなっている状態に、頭が追いついていかない。

「ハァ……しばらく禁酒だ」

 全ては酒のせい。
 そこに逃げたくはなかったが、とにかく酒に気をつければもうあんな失態は犯さないはずだ。

 実を言うとあの淫夢、俺の妄想はあの飲み会からおさまっている。
 趣味も封印して、下着が置いてある部屋にも入っていない。
 とにかくいったん落ち着いて人生を見つめ直そう。
 そう思っていた。






「日朗デパートさんと会食ですか?」

「そう、今度催事のスペースをもらえることになったから、顔合わせも兼ねて今夜は会食ね。向こうの担当さんはお酒好きだから、その後も……覚悟しておいてね」

 出勤するなり鈴谷部長が顔を出して、俺の背中をポンポンと叩いてきた。
 どうやらこの前の飲みで、俺が酒の接待はイケると思われたらしい。

「はい、分かりました」

 担当ではない俺が駆り出されるということは、なかなか手強い相手ということだ。
 その後、というのはおそらく、夜の店に行くことになる。確かに若い女の子が多いから、俺が適任ということになりそうだ。
 十年目にもなれば、この会社のやり方は少ない情報でも手に取るように分かる。
 しかし禁酒を心に誓ってからすぐにこれかとガクンと肩が重くなった。

 その時、部長と俺の横にずいっと人が割り込んできた。ふわふわの明るい髪にお洒落な細身のスーツ、同じフロアで男といえばアイツしかいない。

「鈴谷さん、日朗デパートさんとの会食なら、俺も一緒に行っていいですか? 前に仕事した時にお世話になったんですよ」

「あら? 雅くん知り合いなの? え、助かる! 向こうの担当とあまり気が合わないのよ。前にちょっとモメちゃって」

「それ伊藤さんですよね、あっ、俺、連絡先も交換してますし、全然話せますよ。よかったら盛り上げ要員に使ってください」

「来て来てー、良かったぁ。雅くんいたら百人力だわ。よろしくね」

 さすが王子様、二十歳超えた息子がいるという鈴谷部長の心もすっかり鷲掴みにしている。
 さりげなく俺は頼りにならないと言われたような気がして、聞かなかったことにした。

「大丈夫か? 二次会は多分女の子のいる店だぞ」

「ええ、全然。慣れてますんで大丈夫です」

 さりげなく小声で雅に知らせてみたが、ニコッ笑ってと爽やかに返されて、俺の方が動揺してしまった。

 若くてイケメンな雅はきっと、そういう店に行ったら女性達がたくさん集まってくるだろう。
 接待が慣れている、というより、囲まれ慣れているのだと感じた。
 羨ましいというより、胸がつまるようなモヤっとした気持ちになった。

 とにかく今は仕事だ。
 まだ談笑中の部長と雅の方は見ないようにして、俺は目の前の仕事に集中した。





 取引先との会食は、雅のおかげですぐに打ち解けて和やかに終わった。
 二次会は予想通り、お姉さんのいる店に連れて行かれた。
 高級店というよりも、地元の人間が気軽に寄れる感じの店でお姉さん達の年齢層も高かった。

 モテモテの王子は、ここでも伝説を作ってしまうのかと思っていたが、この店はちょっと変わった好みの子が揃っているのか、おかしな雰囲気になってしまった。

「えーすごい硬いーー、こっちも触りたーい」

「いや、本当に……あの……」

「胸も触っていい? やっ、ムチムチしてるぅ。可愛いーー」

 このお店の女性達は筋肉好きが多いらしい。
 入店後、雅はイケメンくん、こっちーと引っ張られてられて行ったのだが、なぜか俺も別のテーブルで女性達に囲まれてしまった。

 一世代上のお姉様方は、最初から距離が近く、俺に酒を勧めながら腕やら胸を触って来た。
 いつの間にか競うようにベタベタと俺の触り放題になってしまった。
 もう勘弁してくれと思いながら、頼みの綱である部長を探したが、他のテーブルで盛り上がっていて、俺の方なんてちっとも見てくれなかった。
 取引先の人達は、モテモテですねー羨ましいとか言いながら通り過ぎて行ったので、苦笑いしながらどうもと頭を下げるしかなかった。

「えー、なんか反応が可愛いー。大森さんてあんまり遊んでない? えーいっ、尖ってるとこツンツンしちゃお」

「だっ……うう! すみません、それは本当に……わわっ」

 酔って調子に乗った隣のお姉さんが、乳首を狙い撃ちして突いてきたので、さすがにそれは耐えられないと手でガードした。

 俺の反応がおかしかったのか、いっせいに可愛い可愛いと声が上がった。
 俺は幼稚園児かと思いながら赤面していたら、ドンっと鈍い音がしてテーブルが揺れたのを感じた。
 顔を上げて見るとそこには、奥のテーブルに連れて行かれていた雅が立っていた。
 酒の入ったジョッキを強めに置いたらしい。
 泡がわずかに溢れていた。
 酔っているわけではなさそうだが、いつもの柔らかい雰囲気ではなく、表情にトゲがある感じがした。

「すみません、あっちのテーブル、女の子足りないみたいなんで、行ってもらえますか?」

 雅が指差したのは、取引先メンバーが飲んでいるテーブルだった。確かに奥のテーブルと俺のテーブルに女の子が集中してしまい、ガランと寂しい光景になっていた。

「大事な取引先の方達なんで、ぜひ盛り上げていただけると助かります」

 雅がそう言ってペコリと頭を下げたら、イケメンに頼まれたらやらなくちゃと、みんな一斉に離れて行った。
 花がなくなって、今度はこっちがガランとしてしまったが、雅はため息をつきながら俺の横に座ってきた。

「助かったよ。触られすぎて困っていたんだ。冗談とかで上手いこと返すこともできないし」

「本当ですよ。デレデレしちゃって、どこまで触らせてるんですか?」

 思っていた反応と違って、一瞬固まってしまった。
 こういう時、冗談混じりで和ませてくれるタイプの雅が、明らかにムッとした顔になって機嫌が悪そうにすら見えた。

「シャツ、第二ボタンから下!」

 柔和な王子様から気持ち強めな言葉が飛んできて、何のことだろうと見てみたら、さっきの女性が悪ふざけでやったのか、第二ボタンから下がばっくりと開いて中が見えていた。

「おおっ、いつの間に、こんな悪戯を……」

「悪戯って、乳首まで見せて何してるんですか?」

「いやいや、本当に困るって言ったのに、勝手に開けられたんだって……」

「へぇ勝手に、ですか」

 自分から見せるわけないだろうと言って前を留めようとしたら、その手を雅にぐっと掴まれた。
 俺よりは細いがしっかり筋肉のついた腕は、見た目以上にかなり力があった。

「え? どうした?」

「あの人達がいいなら、俺も触ってもいいですよね?」

「はっ? わっ……ちょっ!!」

 雅は空いた隙間に手を滑り込ませて、俺の乳首を指で掴んできた。
 あまりのあっという間の早業に抵抗することもできずに、そのまま動けなくなった。

「雅……お前、何してるのか……分かってるのか?」

「ふふふっ、今さら何を言っているんですか? 一緒にベッドの上で朝を迎えた仲なのに」

「ゔうっ」

「この席って、少し窪んでいるから他のテーブルからは頭くらいしか見えないんですよ」

「だからって……」

「大森さんがあんまり可愛いからいけないんですよ」

 今日はよく可愛いと言われる日だ。
 俺のせいだと言われたら、この前の夜のことを思い出して力が抜けてしまった。
 雅は俺の服の中に手を這わせて、乳首をつねったりこねたりしながら弄りだした。

「……雅、俺は女じゃないから、そんなところ……」

「え? 女の子より、ずっと可愛いですよ。この小さな乳首、つねるとどんどん立ち上がって……」

「はっ……ぁぁ、ちょ……やめっ」

「しかもこの胸筋、あの人達が大騒ぎしていましたけど、先に目をつけたのは俺ですから」

「な……なに? あっ……ま、ま……くっ……ぉぉ」

 ついには両手をシャツの間から入れて、雅は俺の胸をまるで女にするみたいに、ぐわぐわと力を入れて揉んできた。

「はぁ……や……やめっ……みや……みやび……」

「可愛い、胸揉まれて乳首立てて、俺の名前を呼んでくれてるんですか? そんなに煽って、ここでしちゃいますよ?」

 耳元で雅が囁いて、フッと息を吹きかけてきた。
 胸を弄られてすでに熱くなっていた体に、ゾクゾクとする快感が走って声が漏れそうになった。

「はぁ……たまんない……、大森さん、やばいっ、シタくなってきた」

「………えっ? まっ……ちょっ……」

 俺の太ももに雅は硬いものを擦り付けてきた。
 こんなところで、死角になっているとはいえ、誰が近づいてくるか分からない。
 雅の胸を押して、大きな声は出せないので、ダメだと首を振って目で訴えた。

 すると雅はちょっと待ってくださいと言って、俺を置いて離れて行ってしまった。
 ぼーっとしてしまったが、俺は慌ててシャツを合わせてボタンを留めた。

「電車で帰るって言ったら、部長から許可でました。自由解散でいいそうです。行きましょう」

「行くって……どこに……?」

「俺のマンションです。ここからタクシーで10分の距離です」

 少し古めかしい内装の店内で、たくさんの花達の誰よりも雅は美しく妖しい顔で微笑んだ。





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