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第二章 学院入学編

⑧儚いもの、強くあれ。

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 授業終了を知らせる鐘が鳴った。

 ガタガタと椅子の音を鳴らして、帰ろうと言いながら帰宅していくクラスメイト達を眺めながら、頭の中でため息をついた。
 一日気を張っていたが、結局イグニスは来なかったし、教室で怪しい動きもなかった。

 ノーベンも研究棟から帰ってこなかったので、今日一日、俺は頭の中で作戦を練っていた。
 自分の恋愛に気づいてすっかり気持ちがそっちに向かっていたが、こっちの問題も解決しないといけない。
 まったくなんて忙しい。

 兄弟達を争わせようとするモブ達。
 主人公が後からかき回すわけだけど、今のうちなら火が大きくなる前に消すことができるかもしれないと考えていた。

 あの時、教室で何かやっていたのは、ぼんやりと見えた背格好と声の感じから、イグニスの派閥のトップの侯爵家の令息だと思う。
 もくもくしたブロッコリーみたいな緑頭の男で、確か名前はブランソン。

 俺と同じいかにもモブって感じの生意気そうな平凡顔だが、向こうは高位の貴族の息子だ。
 同じ平凡顔でも、バックが強すぎてちょっと引いてしまう。
 そのブランソン一味の動きを特に注力して観察していたが、今日は驚くほど大人しかった。
 やはり彼らの作戦は、どちらかがいるか、二人が揃わないと動かないのかもしれない。
 ヤツらのやることなど、どうせ大したことではないと思うが、一応警戒はしておかなくてはいけない。

 俺は触れてはいけないヤツ扱いなので、誰一人近寄って来ることはないし、イグニスとノーベンがいないと静かな一日だった。

 廊下を歩きながら窓から外を見ると、友人同士で笑いながら楽しそうに歩いている生徒の姿が見えた。
 制服も前世仕様のデザインだし、こうやって見ると普通の学校に見えてしまい懐かしいようなおかしな気持ちになる。
 そういえば前世では学ランだったな、なんて思っていたら、トントンと肩を叩かれた。

「おう、テラ。ちょっといいか」

「わっ! ファビアン先生」

 薄暗い保健室の住人が明るい廊下を歩いていると、似合わなくて驚いてしまった。
 出歩くなんて、ごく当たり前のことなのだけど。

「お前が帰ったあと、色々調べてみたんだが。オーディンの力の影響を受けない者がごく稀にいるらしい」

「受けない者、ですか……?」

 そんな設定あったかなと、ぼんやりと考えたがすぐには思いつかなった。
 モブなんてどれも一緒だと考えていた気がする。

「お前と同じく、においを全く感じることがなく、だいたいが短命で二十歳を迎える前に亡くなるらしい」

「へえー………………。え!? ちょっと、待ってください! 今、なんて?」

「この世界はオーディンによって創られた。普通なら誰でも少しは力を持っている。そのオーディンの影響が全くないということは、長く生きられないということだ」

「いやいやいや、待ってください。そんなのって…、そのレアケースが俺ですか?」

 ファビアン先生は顎を撫でながら、らしいな言って頷いた。

「らしい、じゃないですよ。どうにかならないんですか? いやですよ、そんなすぐに死んじゃうなんて!!」

「対処法が古い文献に載っていたような気がしたんだが、悪い…コーヒーをこぼして読めなくなって…」

「だぁっっ! 先人の知識になんてことをするんですか!! せっかく…せっかく俺…」

 せっかく生まれ変わったのに、使えないレアケースに当たって短命なんてひどすぎる。しかし、追い詰められたからか、俺はここでオーディンの力について閃いた。

「先生! この前、俺、イグニスに強く打った箇所にオーディンの力を注いで治療してもらったんですよ。ほら、それって影響を受けてないわけじゃないですよね。確かに治りましたもん!」

 顎に手を当てて眉間に皺を寄せたファビアン先生も、俺の言葉に閃いたように目を大きく開けた。

「それだ! 力のある者から直接貰う! 対処法はそれかもしれない」

「ほっ…本当ですか!!」

「実際にその時のことを再現してもらわないといけないな。イグニスが来たら、二人で保健室に来てくれ」

「ゔぅええ! 再現!?」

「そうだ、注いだ箇所を実際に確認して、同じように再現して、その後の様子も観察させてもらう。……これは、かなり貴重な研究になりそうだ、もちろん後世の人間のためになるからな。…くくっ…ようやく俺にも回ってきたぞ……」

 何か問題はあるかと言われてしまって、俺は何も言えなかった。
 命がかかっている状態で、あの再現はちょっとなんて言えるはずがない。

「……腕とかにちょっと当ててもらうだけじゃだめなんですか?」

「こういうのは初口といって初めて力が入った場所が重要になるんだ。とにかく、こちらももっと詳しく調べておくから、イグニスにも言っておいてくれ」

 何やら急に気合が入ったように目を輝かせたファビアン先生は、俺の返事も聞かずに走って行ってしまった。

 まさかこんなことになるなんて、次から次へと問題が出てきて俺は頭を抱えた。
 オーディンの力なんて自分には関係ないと、大して考えていなかった。
 ありすぎるから、魔物が寄ってきて困る兄弟達。
 全くないから死神を背負っている俺。

 おいこの話考えたの誰だよと叫びたかったが、ある程度自分に返ってくるので静かに唸るしかなかった。
 とにかくこの件はファビアン先生に任せて……。
 大丈夫なのか…?

 信じていいのか、どうしたらいいのか。
 その日は頭の中がぐらぐら煮立ってフラフラになりながら帰宅した。


 俺のぐらぐらは伝染するのかもしれない。
 翌朝、校門で顔を合わせたノーベンは、俺と同じ顔をしていた。

 いつもうるさいくらい明るくて元気な顔が、頭から墨をかぶったみたいに漆黒に染まっていて、思わず自分のことは忘れて大丈夫かと声をかけた。

「テラぁ…どうしよう。僕…僕、なくしちゃったかも」

「え? なくしたってなにを?」

「……僕が作ったお人形。鞄に入れていたはずなのに……。ないんだ……、一番のお気に入りの子だったのに……」

「一番のって……ああ、あれか。金髪で三つ編みの……名前は確か……」

 ノーベンはよく趣味の着せ替え人形を持ち歩くクセがあった。鞄の中に入れておくと安心するらしい。
 ただ、父親に知られると怒られるので、ノーベンにはそれだけは言わないで欲しいと言われていた。
 このことを知っているのは俺とディセルだけだと。

「落ち着いて探してみよう。最後に触ったのはいつだ? 家にあるんじゃないのか?」

「わ…わかんな…い。多分持ってきたと思うんだけど……、いつなくなったか全然分からない。部屋中探したけどなくて……」

 半泣きで目尻涙を溜めているノーベンを見たら、早く何とかしてあげたいと俺も手に力が入った。探し物となったらまずクラスから始めようと思ったが、何か頭に引っかかるものがあった。

 昨日、誰もいなくなった教室で、何かをしていたブランソン一味。
 ガサゴソと音がしてまるで何かを探しているような……。

 話しながらノーベンと歩いていた俺は、ある可能性に気がついて、急いでノーベンの手を掴もうとした。
 しかし一歩遅く、ノーベンはドアに手をかけてバッと勢いよく開いてしまった。

「あっ…………」

 飛び込んできた光景に、ノーベンの顔色は真っ青になり、固まって動かなくなってしまった。

 ノーベンの後ろから教室を覗いた俺は、教卓の上に目を止めた。
 そこには、ノーベンが大事にしていた人形が、載せられていた。ドレスが開けられて下着まで露出している状態で明らかに見せ物のように置かれていた。

「おはようございます、ノーベン様。あっ、突然すいません、朝来たら教卓の上に忘れ物が置いてあったんです。誰のかご存知ですか? これ、もしかしてノーベン様のものではないですか?」

 侯爵家の令息、ブランソンが前に出てきて話しかけてきた。
 やはり……、これを狙っていたんだ。

「ぼ……僕は………これは………」

 ブランソン達はノーベンの荷物をあさって、なにか脅しに使えそうなものはないか探したのだろう。
 そして、人形を見つけて、大勢の前で公開することを思いついた。

 女の子の人形を持ち歩く、しかもドレスや下着まで身につけた状態は誰もが受け入れられるような趣味ではない。
 ノーベンを後継者候補から引き摺り下ろしたいブランソン達からしたら、格好のからかいのネタになる。
 これを機に、あんな軟弱な趣味を持つ男など恥ずかしいとか、至る所で好き勝手に言いふらすつもりなのだろう。

 ブランソン達が大声で騒いだので、なんだなんだと大勢人が集まってきてしまった。
 たくさんの生徒達が周りを取り囲むように事態を眺めてきた。
 ノーベンはカタカタと手を震わせていた。
 ここで認めてしまっては、父親のラギアゾフ公爵にまで話がいってしまう。
 この趣味に関しては父には何を言われるか分からないとノーベンは恐れていた。

 俺は湧き上がる怒りに手が震えた。
 彼らからしたら大した行為ではないかもしれないが、ノーベンにとっては大事なものだ。
 それを大勢の前でバカにして嘲笑うなんて……。
 ここは俺が出て行って、何とかしよう。
 そう思って前に出ようとした時、後ろから腕を掴まれて勢いを止められた。

 代わりに横からスッと出てきた人を見て、俺はあっと声を上げそうになった。






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