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本編

⑦若きテレシアの悩み

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 なんと、アルヴィンと抱き合ったままで、私は寝てしまったらしく、屋敷に着いたら、そのままベッドに運ばれたらしい。

 気がつくと、辺りはすっかり暗くなり、ポツンとひとりだった。

(私寝ちゃったの!?あんな状況で……。確かに、途中からすごく心地よくて、馬車の揺れも重なって……)

 アルヴィンの腕の中を思い出した。しっかりした腕に抱かれていたら、全て任せても良いくらい不思議な安心感があった。

 しかし、アルヴィンに直接聞いたことで、はっきりしたのは、グレイスは近い将来、やはり離縁されてしまうだろうということ。
 アルヴィンは、気持ちは変わらないと言っていた。それは、当初の取り決め通り、五年後、アルヴィンの意思によって、離れるということだろう。
 結婚した日が、いつだったのか不明だが、今年のいつかに、五年が経過して、そこでアルヴィンは手続きを進めるのだろう。テレシアがお話通り、来年結婚した辺りで、諸々の手続きを終えて、この関係を解消する。
 アルヴィンは恩義を感じて多額の援助をしてくれる人だ。きっと、グレイスが生活するのに不便がないように、取り計らってくれると思う。

(アルヴィンは、気持ちがすでに固まっていそうだった。もうすでに、後の人生に心を決めた人がいるのかもしれない。アルヴィンは好きになってはいけない人だ……)

「好きになってって……、私、何を考えているんだか」

 あの、笑顔を思い出して、胸がチクリと痛んだ。
 きっと、目を閉じれは、全て夢だったみたいに、忘れられる。
 そう思いながら、再び、眠りに落ちていった。


 □□□


 朝起きると、すでにアルヴィンは仕事に出ていた。少し遅い朝食をとっていると、メリルが手紙が届いたといって持ってきた。

 差出人はテレシアだった。開封してみると、まずは、久しぶりの挨拶と、17歳になったこと、父から結婚を勧められていて、迷っているので、相談に乗って欲しいと書いてあった。
 そして、三日後に、遊びに行かせてもらいます、都合が悪ければ連絡希望と書いてあった。

(テレシアに会える……、というか、これって……)

 物語の冒頭、親戚の家に遊びにいくテレシア。まさに!これではないのか!
 そうだ、親戚の家とは、このモンティーヌ家の屋敷。確かに、この場面にグレイスも出てきた。そして、テレシアは、この屋敷で運命的な出会いをするのだ。

 アルヴィンが帰宅すると、早速、三日後に妹が遊びに来たいと言っていることを伝えた。
 すると、その日は自分にも客人がいるが、構わないと、言ってくれた。

(やっぱり間違いないわ、ついに物語が動き出したのね)

 詳しくは聞かなかったけれど、その客人というのは、テレシアの結婚相手となる、この国の第三王子、シオン王子だ。
 屋敷の中を探検していたテレシアは、同じく、屋敷に来ていたシオン王子と出会う。お互いの第一印象は、あまり良くない。
 テレシアは探検途中、音がしたので、興味に負けてドアを勝手に開けてしまう。
 そこにいたのが、シオン王子で、ノックもなしにドアを開けるなんてと、咎められる。
 テレシアは、いきなり怒られたので、泣き出して逃げてしまう。

 あまりよろしくない出会いだが、後日、結婚相手を見つけるために参加したパーティーで、二人は再会。お互いに喧嘩しながらも、相手が気になるようになって、やがて恋愛に発展していくのだ。

(はぁー、憧れの物語が目と鼻の先で行われるなんて。テレシアにも会いたいし、シオン王子にも会いたい!)

 完全に芸能人に会えるような気持ちになり、自分のこの先のモヤモヤは、すっ飛んで、ウキウキルンルンで当日を迎えた。


「お姉さま、お久しぶりでございます。あまり遊びに来ないでと言われてから、ずっと落ち込んでいたのですよ。今日はお会いできてとても嬉しいです」

 テレシアは、物語の中のテレシアそのもの、想像した通りの子だった。
 薄いブラウンの波打つ髪に、グレイスと同じ、青い瞳、目は優しげな垂れ目で、口はぷっくりとしていて、ピンク色。可愛い!可愛すぎる!貧乏生活が長いので、多少手入れが行き届いていないところはあるが、まさに主人公ここにあり!
 向日葵のような、明るい笑顔に、心は鷲掴みにされた。

「テレシア……、テレシアね。あぁテレシアだわ」

「……はい、そうですけど。お姉さま、どう…」

 思わず飛び付いて抱き締めた。テレシアになれたら、どんなに良かったかと考えていたが、やはり私などには恐れ多い。この可愛すぎる存在を愛でながら、そばで成長を見守ってあげるのが、一番幸せかもしれない。

「ええ??お姉さま、どうされたのですか?こっ…こんなことされるなんて」

「ごめんなさい、久しぶりに会えたら嬉しくて」

「そういえば、お姉さま、すごく変わりましたね。お肌の色も生き生きしていて、その、なんというか…可愛らしい」

 テレシアに可愛いと言われるなんて!姉に気を使える、とても良い子なのだと、嬉しくなった。

 手をひいて、部屋に招き入れ、メリルが用意してくれた、お茶とお菓子をすすめた。
 案の定、テレシアは、大喜びしてくれた。甘いもの大好きだが、確か、家ではお菓子をほとんど食べられない環境にあったと思う。

「17歳になったのね。おめでとう。それで、相談って?私に分かることなら、なんでも言って」

「それが、最近、お父様が結婚結婚うるさくて。しかも、金持ちの爺さんでも良いから、とにかく金を持っているやつを見つけてこいって……」

 なんということだ、まさか、私のテレシアに、そんな事を言うなんて。込み上げてくる怒りに体が震えそうになった。

「あの、クソジジィ……」

「え?」

「何でもないわ!ふふふ。その、焦らなくても大丈夫よ。そのうち、素敵な出会いがあるから、例えば今日とかね、ふふふっ」

「私、男の人がよく分からなくて……、お姉さまなら、分かるでしょう。人を好きになるってどういうことですの?それに、もし、好きになったとして、どうすれば、私を好きになってもらえますか?」

「……………………」

「お姉さま!恋愛経験豊富なお姉さまなら、きっと良い助言がいただけると思って…」

「……………………」

 待て、待て、待て。
 見た目は25歳の男を弄ぶ恋愛マスターみたいな外見だが、中身はあなたより幼い16歳に、分かるわけがない!
 しかし、テレシアは、私の言葉を待っている。真剣な可愛い顔で、じっとこちらを見て、待っている。
 なんて言えばいいの…、いや、逆に私も教えて欲しいよ。
 あなた可愛いから大丈夫なんて答えでは、絶対納得してもらえない。

「…そうね、ノリ?かな」

「ノリ?ですか…?」

 導き出した答えの苦しさに、息が詰まりそうになるのを悟られないように、恋愛マスターの仮面を無理やり顔に貼り付けた。

「ほら、一緒にいて、気が合わない人は無理って感じ?分かる?」

「はぁ…そうですわね」

「良いなと思ったら、告白しちゃえばいいのよ。早くしないと別の女に取られちゃうでしょ!」

「な、なるほど!さすがお姉さまです!」

 私のとんでも理論だが、ピュアなテレシアには、響いてくれたようだ。
 お姉さまのお陰で、最近の悩みが解消された気がしますとも言われて、心は有頂天になった。
 テレシアにそんな事言われるなんて、幸せー!嬉しい。

「最近はイーサンに誘われる事が多くて……」

 テレシアがポロっとこぼした言葉に、耳が反応した。
 イーサン!テレシアの幼なじみで、男爵家の長男。金はないが、所謂、見た目も中身もとっても良い人。
 可哀想だが、良い人止まりで終わる人だ。
 王子ではないので、眼中になかったが、そういえばそんな人いたねと懐かしくなった。

「幼なじみのカレね。まぁ、良い人だから、男の気持ちとか相談に乗ってもらうのは良いんじゃないかしら」

「そうですね。性格はとても良い人なので、色々相談に乗ってもらうことにします」

 テレシアが微笑んで、お茶を飲みほした。そろそろ、時間かなと思った。

「さぁ、テレシア。そろそろ、良いわよ」

「え?何がですか?」

「いや、そろそろ、屋敷の探検に行くんでしょ」

「え?私が?こちらで?探検?」

 テレシアは不思議そうな顔をして、まだまだお菓子をパクついていた。

(お菓子食べてる場合じゃないから!こっちから、誘導しないと動かないんだっけ?さっさと一人で出てった感じしたけど)

 困った顔をしているテレシアを、一回りしてこいとか言って、言いくるめて部屋から出した。

「……さてと。二人がハプニング的に出会うところを、ちょっと見に行きますか」

 こっそりと部屋から出て、アルヴィンの執務室の方へ向かった。多分、そこか、客室にでも案内されているはずだ。

 執務室の近くまで行くと、執事のランドルと会った。アルヴィンの居場所を聴くと、お客様と主賓室にいらっしゃいますと言われた。

(ということは、テレシアが開けるのは、主賓室か…)

 主賓室の中には、シオン王子がいるというのも、また、心が踊った。ずっとファンだったアイドルに会える気持ちだ。
 こちらは、向こうからしたら、オバサンだろうから、気持ち悪くない程度にお顔を拝見して、明日を生きる糧にしたい。

 主賓室が見通せる廊下の端を陣取って、ハンカチ片手に、テレシアの登場を待った。

「奥様?何をされているのですか?」

 メリルが私の不審な動きを感じ取ったのか、後ろから尋ねてきた。

「テレシアが来るかと思って、待っているのよ」

「………テレシア様ですか?先ほど、玄関にいらっしゃいましたが……」
  
「えええ???もう???そっか!一瞬の出来事だっけ……しまったーー!見逃した!!」

「は?」

 唖然とするメリルを置いて、玄関に走った。
 案の定、テレシアは帰り支度をしていた。

「お姉さま、ずいぶん長居をしてしまって…、そろそろ、帰ります。今日はありがとうございました」

(ちゃんと、お礼も言えて良い子だわ…、じゃなくて、泣いてないのかしら?それとももう泣き止んだの?)

「どっどどど、どうだったの?テレシア?」

「え?何がですか?」

「大丈夫!今は怖いとか、頭にきているかもしれないけど、気持ちは、変わっていくものだから!頑張って!」

「は…はい」

 私の勢いに押されたのか、テレシアはそれだけ言って、すぐ馬車に乗り込んで帰っていった。

(ふぅーー、恋の始まりは試練ね、頑張れテレシア!)

「グレイス、テレシアは今帰ったのか?」

 呼び掛けに振り返ると、アルヴィンが廊下を歩いて来ていた。
 そして、アルヴィンの後ろには、まず間違いない!銀髪の美少年の姿が見えた。

(キターーー!シオン王子!)

 サラサラとした、銀色の髪は襟足まで長く伸びていて、王家特有の、ハシバミ色の瞳、彫刻のように整った顔に薄い唇。まさに、物語のシオン王子そのもの。

「今帰りましたよ。色々とお騒がせしたみたいでごめんなさい」

「ん?なんの音もしなかったが…、二人で騒いでいたのか?」

「え?いや、あの子の事です。テレシアが……」

 アルヴィンと、どうも会話が噛み合わない。アルヴィンは関わっていないのだろうか…。

「やあ、グレイス。ずいぶんと雰囲気が変わったね」

 ここで、シオン王子が会話に入ってきてしまった。蔑ろにされるのは、慣れていないのかもしれない。
 しかも、どうやら知り合いらしい。きっとアルヴィンを通して、紹介があった程度だと思うが。

「シオン王子、どうも。ご無沙汰してます」

 やはり、憧れの君だ。緊張して顔が見られない。もごもごと挨拶した。

「そういえば、この前、街で、見かけたよ。ファンデル子爵と揉めていたね。ずいぶんと二人は仲が良さそうでびっくりしたよ」

「あぁ、あの時、いらっしゃったのですか。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

 どうやら先日の揉め事を、見られていたようだ。アルヴィンが、気まずそうに謝った。

 王子といっても、シオン王子は、第三王子で王位を継ぐ予定もない。気楽な身分で、よく街をうろうろしている設定だった。

 ここで、帰る予定だった、シオン王子が部屋に忘れ物をしたと言い出して、アルヴィンが代わりに取りに行ってしまい、思いがけず、二人きりになってしまった。

 ここは、姉として、テレシアの印象を少しでも、良くしておかないといけないタイミングだと思った。

「その、妹は…、とても良い子なんです。可愛いし!ちょっと不器用ですが!とても…」

「妹?先ほど帰ったという?」

「はい!そうです。お会いになりましたよね?」

「いや、知らない」

 衝撃の否定で、頭が真っ白になった。

(ん?聞き間違い?どういうこと……?)

「それより、街で上手く切り返していたね。さすが、グレイスだと思ったよ。色々と噂を聞くけれど、どれが、本当の君なのか……」

(待って、何か間違えたの?テレシアを部屋から出すのが遅かった?私のせい?)

「グレイス、聞いているの?」

 頭が混乱していて、何とか答えを見つけようと思って必死だった。名前を呼ばれて顔を上げると、シオン王子の顔が目の前に合った。

 なんで、こんなに近くにいるんだろうと思ったのが一瞬。

 次の瞬間には、唇に生温かくて、柔らかい感触があった。

「あれ?目開いたまま?びっくりしたの?グレイスなら、これくらい挨拶みたいなものでしょう」

 だんだん、現実に引き戻されて、何が起きたのか頭の中に鮮明に刻み込まれた。

(……私、キスされた)

 確かにお話の中の憧れの君だ。でも、これは、恋とか愛とかではない。なんの気持ちもない。

(私の……初めてのキス……)

 ポロリと涙が溢れてきた。
 年下の男の子が、年上のお姉さんにする、ちょっとした悪戯のつもりだったのか。
 確かにグレイスなら、数をこなしてきたことかもしれない。見る人が見れば何を今更と笑われるだろう。

(それでも、私がグレイスになったからには、私の気持ちの問題だけど、大切にしたかった)

「グレイス?嘘?え?泣いて……」

「グレイス!!どうした?何があった?」

 忘れ物を取りに行っていたアルヴィンが、泣いている私が見えたのか、慌てて走ってきた。

 アルヴィンの姿が見えて、思わず、胸に飛び込んだ。

「グレイス?」

「アルヴィン、僕は帰るよ」

「シオン殿下、見送りを……」

「見送りはいい。……グレイスが落ち着いたら、悪戯が過ぎたと謝っておいてくれ」

 シオン王子の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、これが、アルヴィンとのものであれば良かったのにと、私はなぜかそんな風に思って涙していた。

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