悪役令嬢に転生―無駄にお色気もてあましてます―

朝顔

文字の大きさ
18 / 44
第一章

⑱動き出した針

しおりを挟む
 サロンでの集まりの翌日。
 放課後のティータイムで、フェルナンドはひどく不機嫌だった。
 気のせいでもなく、始終むくれている気がする。
 作戦会議に自分だけ不参加だったことが、気に入らなかったのだろうか。

「フェルナンド、お茶の味が気に入らなかったのですか?」

「お茶は美味いよ、リリアンヌが入れてくれて不味いわけがない」

「そうですか……」

 フェルナンドは何か物言いたげな視線を送ってくる。

「私が気に入らないのは、なぜリリアンヌを駆り出すのかというところなんだよ」

「それは、ある程度、エリーナとアルフレッド様と交流があって、事情を分かって動ける者でないと…」

「それはそうなんだけど、だか、しかし、だけど、それが、あれで、これが、それで…」

 フェルナンドが壊れたみたいに、ブツブツと言っているので、リリアンヌはムッとした。

「なんですか。はっきり仰ってくれないと分かりませんよ」

 フェルナンドがまた、むくれた子供みたいな顔をした。また始めに戻った。

「リリアンヌ」

 名前を呼ばれて手招きされた。
 あの合図だ。

 フェルナンドが、もっとお互いを知り合えるようにと提案した事で、リリアンヌがフェルナンドのすぐ隣に座るというやつだ。距離が近くて恥ずかしいと訴えたが、上手く丸め込まれてやることになった。

 すごすごと、フェルナンドの隣に座ると、横から抱きしめられた。

「心配なんだよ。リリアンヌが怪我でもしたら、かすり傷一つでも私は許せないんだ」

 肩口に顔をうずめるフェルナンドの表情はうかがいしれない。

「フェルナンド、あまり、心配なさらないでください。剣は無理ですが、護身術には覚えがありますし、もし不届き者がいたら、この私が!」

「こら!」

 フェルナンドがリリアンヌの頬をむぎゅっと掴んだ。

「ふっるふぁんほほたま」

 当然、鳥のくちばし状態で上手く喋れない。

「それが心配なんだよ。約束して、無茶はしないって。怪しいヤツが来たら、私か、アルフレッド達にすぐ知らせること!」

 フェルナンドはリリアンヌの頬を掴んだ手を離し、さらさらとした金色の髪を撫でて、毛先をくるくると回した。

「はい、その様にします」

 リリアンヌがそう言うと、フェルナンドもにっこりと笑った。どうやら、機嫌は治ったようだ。

 しばらくゆっくりしてから、仕事が残っているフェルナンドとそこで別れた。

 帰り際、急に冷たい風が吹いてきた。リリアンヌが空を見上げると、厚い雲がいまにも青い空を飲み込もうとしていた。


 □□□



「そう、それじゃ、エリーナに関してはかなり警戒されているようだね」

 薄暗い部屋。グラスにトクトクと液体が注がれ、満たされると男は指先でグラスの縁をなぞった。

「はい。毎日誰かしら側にいて、一人になることはありません」

 真っ黒な影の中から、もう一人の男の声が聞こえた。

「そうかぁ、さすがに警戒してきたね。ふふふっ、アルフレッドが絶望に歪んだ顔早くみたいな」

 男は優雅にグラスの液体を飲み干すと、また新たに注いだ。赤い色をした液体は微かに差し込む光に照らされてテロテロと光った。

「そういえば、エリーナの護衛役に、先日の令嬢がついています」

「ああ、彼女については何か分かった?」

「アレンスデーンの方ではほとんど情報がありませんでした。病弱でほとんど家にこもり、外へ出ることなく生きてきたようです。派手な噂も一切ありません」

「へぇー、見た目と違って、品行方正じゃないか」

「唯一、語られているのは、珍しくパーティーに出た際、数人の男に襲われたそうです。しかし、護身術を使って全員倒したらしいですね。気軽に手は出せないと噂になっていました。目立った情報はそのくらいです」

「へぇー、やっぱり面白いなぁ。そういえば僕はあの男も気に入らないんだ。いつも嘘くさい笑顔を振りまいて、頭の中では何を考えているか。そうだね、彼女は使えるかも。ふふふっ」

 男は可笑しくてたまらないというように、ケラケラと笑い続けた。

「では、例の件は揃い次第始めます」

「ああ、任せた」

 影は再び闇に堕ちていった。 

 男は室内に満ちた沈黙を、グラスの液体をとともに飲み干す。

「さて、もうすぐ時は満ちるね。みんなどう踊ってくれるかな、僕は楽しみで仕方がないよ」

 僅かに差し込んでいた光が雲に隠れ、やがて完全な闇が辺りを包んだ。


 □□□


 先程まで晴れて日が差していたが、急にどんよりとした雲が広がり、辺りは薄暗くなってしまった。

「嫌な空ね…」

 今にも雨が落ちてきそうな空を見て、ローリエは呟いた。
 エリーナを宿舎へと送りとどけ、自分の宿舎へと帰るところだ。

 リリアンヌにジェイド王子の事を聞いてから、ローリエも独自に調べを進めていた。
 それでなくとも、最近は嫌な気配を感じていたのだ。
 実害はないのだが、じわりじわりと侵食されていくような、何とも言いがたい空気だ。

 分かりやすい変化は、ジェイドの信者だ。誰が始めたかも分からないが、ジェイドを心酔する者が増えてきた。
 それは、ローリエのような上位の貴族に多い気がする。

 学園という場所は、貴族社会の縮図であるし、ないものでもある。つまり、上下関係は存在するが、王子から男爵位まで、同じ箱に押し込まれるのだ。ほとんど特別待遇はない。
 それを好機と捉える者もいるが、甘い露を飲んで生きてきて、いきなりの集団生活だ。
 爵位の優劣で、優遇されてきた者ほど、心の中でかなりの反発を持っている。

(そこに、上手く入り込んで来たわね)

 今までは、生徒会の抑止力で問題なく収まってきた。いや、反発を利用しようとする者がいなかった。
 ジェイドのような、人を操るのが上手い者はそのピースにぴったりと当てはまる。

 そして、ジェイド王子には、アルフレッド王子と深い因縁がある。

(このまま何事もなく、とはいかなそうね)

 それに、もう一つローリエには気がかりな事があった。確信はないが、どうにも拭いきれない。

 ポツリポツリと雨が落ちてきて、雨粒の一つが鼻の頭のてっぺんに落ちた。

 リリアンヌが鼻の頭に雨粒が落ちると願いが叶うよと言った事を思い出した。
 ずいぶん面白いことを言うと思った。

 初めはローリエの勘違いから始まった関係だが、今ではすっかり親友になった。
 仲が良すぎて、時折殿下の羨ましそうな視線を感じる。もちろん、そういう時は、思いきりリリアンヌに抱き付いて可愛がってみる。
 さすがに例の攻撃を女性には放ってこないので、これは女友達の特権である。

 しかし、この女友達は、時折、大変無鉄砲な行動をする事がある。
 ジェイドと出会ってしまったのも計算外だ。
 リリアンヌには求心力がある。
 何かしら興味を持たれてしまったのは確実だ。

「わたしが守らないと」

 先ずは、今ある懸念から消していかなくてはと考え、降りだした雨の中、ローリエは歩き出すのであった。


 □□□

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

処理中です...