四角い世界に赤を塗る

朝顔

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⑳ 見えない鎖

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 ホルヴェイン公爵家別邸には、大人数が一度に集まれる部屋があり、そこを会議場として使用することになっていた。
 ホルヴェイン家に関わる一族の代表者、王家からの見届け人、貴族院の代表者、役人や兵士まで集まって、会議は長時間予定されている。
 ホルヴェイン家は国で一番の大貴族であり、広大な土地を所有している。
 手掛けている事業は両手では収まらないと言われていて、その全てが莫大な利益を出しているそうだ。
 本来であれば、よほどブライアンが優秀でない限り、長男であるダーレンが後を継ぎ、弟ブライアン、妹リアンナは、それぞれ財産の一部と、事業や土地の権利を与えられる流れになる。
 しかし、公爵は後継に関して、明言することなくこの世を去り、後妻のベロニカは、自分の子であるブライアンこそ、公爵となるに値すると主張している。

 その理由としてベロニカは、ダーレンに血筋特有の問題があり、今後の改善は望めないと訴えている。
 ダーレンがそこをどう崩すか、医師ベネットは勝算があると教えてくれたが、どう転ぶのか、ロランには全く分からなかった。
 ロランが唯一持っている使えそうな情報である、ブライアンの情報は、ルーラーにすでに伝えていた。
 賭博場の近くに住んでいたことがあり、よく出入りしているところを見かけたと話した。
 ルーラーは貴重な情報をありがとうございますと言っていたが、すでに知っていそうな雰囲気だった。

 結局、ロランは役に立つことができなかった。

 

 明日に備えて、使用人達は早めに仕事を終えていて、夜の帳が下りると、邸の中はひっそりと静まり返っていた。
 ロランはダーレンのために、水を汲みに食堂まで来たが、大きな邸の中を一人で歩いていると、心細い気持ちになってしまった。

 ぽちゃんぽちゃんと、歩く度に水桶からする音が、やけに響いて聞こえた。
 ダーレンの部屋までたどり着くと、ロランはドアの前で息を吐いた。
 いよいよ明日だ。
 ダーレンはすっかり元気になって、今日は朝から忙しくしていたので、ほとんど顔を合わせていない。
 遅い時間になっていつも通り水の交換に来たが、さすがにもう寝ているだろうと思っていた。
 ダーレンが体調を崩してから、ロランはかかりきりで面倒を見ていた。
 他にやることもないし、ある意味、恩返しのような気持ちでもあった。
 明日、もしベロニカ側の医師が無茶苦茶なことを言って来たら、ロランは立つつもりだった。
 バロックとやり取りした手紙は残っているし、ダンが内通者であることを話してみようと思っていた。
 誰も信じてくれないかもしれない。
 けれど、自分ができることと言えばそのくらいだ。
 ベロニカから依頼されていたことが分かれば、ダーレンはショックを受けるだろうし、もうここにはいられない。
 それでも、ダーレンが殺されるとか、遠くの病院に、一生閉じ込められるようなことは、絶対に阻止したかった。
 
 ロランはドアに手をかけた時、ベロニカはダーレンをどうしたいのだろうと、ふと思った。
 殺すことができないのなら、閉じ込めておく、そう考えるのが分かりやすい。
 だが、ダーレンと一緒にいて、二人きりになる時間はたくさんあったが、命を狙われるような危ない瞬間は一度もなかった。
 ロランを追いかけてきたことや、護衛も付けずにフラッと街を歩くこともあって、そのどれもをルーラーが影で守って、秘密裏に処理していたというのは考え難い。
 ダーレンはそれなりに剣を扱えるようだが、大勢に囲まれたら、さすがに厳しいだろう。
 もしかしたら、ダーレンを病院に閉じ込めることが、最初からの目的だったのではないかと思った。
 刺客を倒していたのはルーラーだと考えると、むしろベロニカは邪魔なルーラーを排除するために、刺客を送り込み、逆にダーレンは手元に置いておきたいと考えていた。
 ロランの中で、曖昧にぼやけていた光景が、少しだけ色づいて見えてきた気がした。

 考えながらドアを押していたら、カチャンと金具の音が聞こえて、ドアはスッと開いていた。
 月明かりが眩しいくらいに入る部屋の中を見渡すと、ベッドの上に座っているダーレンの姿があった。

「……ダーレン様、もうお休みになられたかと……。新しいお水を持って参りました。交換したらすぐに……」

「ロラン」

 今まで聞いたことのない、心臓に響くような声で名前を呼ばれた。
 入り口に置かれていたワゴンに水桶を載せたロランは、ゆっくり顔を上げて、ダーレンの方を見た。

「こっちへおいで」

 いつものダーレンの声だが、どこか違う気がする。
 抗えない、むしろ服従したくなるような強さを持っていて、ロランは吸い寄せられるようにダーレンの元へ向かった。

「待っていたよ。君が来てくれるのを」

「あの……ダーレン様?」

 近くで見るとまた違和感があった。
 ダーレンは立派な大人の体格だが、柔らかい雰囲気がして、幼い受け答えも見慣れたら可愛いくらいに思ていた。
 それなのに今日は、まるで本当の二十三歳のダーレンが座っているように見えた。
 鋭い視線には、全身を射抜くような強さがあり、その目から知性と鋼のような固い意志を感じられた。

「ねぇロラン。キスがしたい」

 ダーレンは可愛らしい口調と笑顔で、ロランを誘った。
 何も変わらないはずなのに、どこかおかしい。
 それでも、近づくとダーレンの匂いがして、トクンと胸が鳴ったロランは、ダーレンの膝の上に乗った。
 頬に手を当てて、確かめるようにダーレンの瞳を覗き込んだ後、ゆっくり唇を合わせた。

「…………ん…………ふ…………っっ」

 ダーレンの様子を見ながら、ロランは軽く唇を当てたが、ロランから触れた瞬間、首の後ろをつかまれて、ダーレンは下から激しく口を吸ってきた。
 あまりの勢いに驚いて、ダーレンの膝を跨いで座っていたロランは、後ろに引こうとしたが、もう片方の手で腰をガッチリとつかまれて、動けなくなった。

「ん……はぁ……息が…………ぁぁ……」

 激しい口付けに、息をつぎをする暇もなく、わずかに開いた隙間からロランが喘いでいると、あっという間にシャツを脱がされて、胸を弄られていた。
 今までロランが教えていたことなんて、一瞬で凌駕してしまうくらいの巧みな動きに、息を呑む暇もなかった。

「あ……ぁ……ぁ……」

 ダーレンの手は止まらない。
 いつの間にかズボンの紐を解かれて、下着の中に侵入されてしまった。
 反応していたソコを握られて、上下に扱かれたら、ロランは喘ぎながらダーレンに掴まるしかなかった。
 トロトロと先走りが溢れてきて、それを手に塗り込んだダーレンは、蕾を撫でながら指を入れた。

「んんっ……あ……」

 二本の指が丁寧に花を開いていく。
 その間も口の中を舌で愛撫されて、飲み込めなかった唾液が、口の端からこぼれ落ちた。
 ダーレンの膝の上に乗っていたロランだったが、力が抜けてしまい、ベッドに寝かされた。
 ダーレンは上の服を脱いでズボンを寛がせた後、覆い被さってきて、ロランの耳元に口を寄せた。

「ロラン、愛しているよ。だから僕を信じて……」

「信じるって……あぅ、ゔぁっっ」

 色っぽく囁いた後、ダーレンはロランの足を広げると、蕾に自身をあてがって、一気に貫いてきた。
 今まで自分のペースでダーレンを誘導していたので、いきなり突っ込まれたロランは、のけ反って声を上げた。
 だが、少し痛いくらいがたまらない。
 挿入された時に、良いところをゴリっと擦られたので、目の前がチカチカと光るくらい感じてしまった。

「あ……あ……ぁぁ………ぁ……ぃぃ……」

 ダーレンは腰を動かしてゴリゴリとナカを擦りながら、深く突き入れてきた。
 緩急をつけた動きがたまらなく気持ちいい。
 ロランは足先まで痺れてしまい、だらしなく足を上げたままピクピクと揺らした。

「ロラン、気持ち良さそう……、だけどいつもイケないよね。可哀想で……可愛い」

「うぅ……ダー……レンさ……ま……ひっんんっ」

 ロランの腰を持ち上げたダーレンは、いつもよりもっと深くまで挿入ってきた。
 感じたことのない強烈な快感に、ロランは声にならない声を上げた。
 こんなのは教えていない。
 ロランだって知らない。
 こんな溺れるような快感は初めてで、何かを掴んでいなければ、息ができなかった。
 必死に両手をあげて枕を掴んだロランは自分を貫いている男、ダーレンを見上げた。
 ロランの視線に、一瞬目を細めたダーレンは、ベッドサイドに積んであった本の隙間に手を入れて、何か光るものを取り出した。

「え…………」

 ダーレンが手に持っていたのは、小型のナイフだった。
 銀色の刃が月明かりに照らされて、ギラリと光ったのが見えたら、ロランは息を吸い込んで固まってしまった。

「なっ……なっ、何を……!!」

 ダーレンが持っている物が凶器だと分かったロランは、両腕で顔を隠して目を瞑った。
 
 切られる!

 そう思って身構えていたが、痛みはやってこなかった。
 その代わりに、ぽたんぽたんと、口元に温かい何かが落ちてきたのを感じた。

「……え、……何……これ……」

 恐る恐る目を開けると、ロランの目に飛び込んできたのは、自らの手にナイフを当てているダーレンの姿だった。
 その手からこぼれ落ちたものが、ロランの口元を濡らしていて、口の中に流れ込んだので、ロランはそこでやっとそれが何か気がついた。
 ダーレンと目を合わせたロランは、慌てて起き上がろうとしたが、それはダーレンが許さなかった。

「う、嘘、待って……んんっ!! んんーー!!」

 口の中に流れ込んでくるモノに、あの覚えがある独特な味はしなかった。
 むしろ、果実のように甘くて、舌が溶けそうな熱さだった。
 何が起きているんだと言おうとしたロランの唇を、ダーレンは自分の唇で塞いだ。
 無理やり舌を押し込まれて、口の中に溜まっていたソレをロランはゴクリと飲み込んでしまった。
 その瞬間、尻の奥でドクドクと熱い放流を感じて、ダーレンが達したのが分かった。
 気持ちいい
 たまらなく気持ちいいが、ありえない状況に頭が追いつかない。

「ん……んんっ……、め……あ……んん……」

 信じられない。
 月明かりだけでも、それが真っ赤な色をしていたのはじゅうぶんに分かった。
 口の中にあるのはダーレンの血だ。
 なぜそんなものを飲ませるのか、混乱したロランは、手足をバタつかせて抵抗しようとしたが、なぜか力がどんどんなくなって、指一本動かせなくなってしまった。
 意識はトロンと解けてしまい、だんだん瞼は重くなり、今にも眠ってしまいそうになった。

 ぼんやりした視界に、髪をかき上げたダーレンが、ペロリと口の周りを舐めた姿が浮かんだ。
 所々、肌が透き通っているように見えて、まるで本当の海の中にいる人魚のように見えた。

「ごめんね、ロラン。俺は君を愛しているんだ。……だから、こうするしか……君を繋ぎ止めておくことができない」

 ダーレンが何を言っているのか、今のロランにはよく分からない。
 グラグラと揺れる視界で、悲しそうに微笑んでいるダーレンに触れたかった。
 大丈夫だよと言って慰めてあげたかった。

「まだ、体が慣れないんだ。大丈夫、少しの間眠るだけだよ。起きたら、全て終わっているからね」

 見えない鎖。
 薄れゆく意識の中で、ロランの頭にそんな言葉が浮かんできた。
 それはロランが考えたものなのか、それとも……

 温かい腕の中で、深い海の底に沈むように、ロランの意識はそこで途切れた。
 
 


 
 
 
(続)
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