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本編
にじゅうなな 愛を恐れる男①
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「いやだ。薬は苦くて嫌い」
「嫌いでも飲まないといけないんだ。我慢して口に入れなさい」
どうして自分だけ。
マゼンダは子供の頃、いつもそう考えていた。
父親がマゼンダの口元にカップを寄せた。
ツンと鼻をつく嫌な臭いがした。
「お願いだ。これを飲まないとお前は……」
「分かってる……飲むよ」
薬湯とは、薬草を乾燥させて粉にしたものを、湯に溶いて飲むもので、マゼンダは生まれてからずっと、薬湯を飲み続けてきた。
子供の頃は毎晩、枕元に父親が薬湯を持って現れた。
夜中にギコギコとワゴンを押す音が聞こえると、マゼンダは今でも気分が悪くなる。
それくらい苦くて不味くて嫌な味だった。
慣れというのは怖いもので、時が経った今では、何も感じることなく飲むことができるが、子供の頃はとにかく苦痛だった。
何度吐き出してやろうかと思ったか分からない。
しかし、マゼンダが顔を歪める度に、父親であるグラス伯爵は、厳しい顔をしていつも同じ話をした。
反属性。
人々が魔力を持ち、魔力を使って生きているこの世界では、それぞれの魔力に属性というものがある。
火水土風の四種類に分かれていて、両親の組み合わせによって生まれてくる子の属性が決まることがある。
同属性同士の夫婦では、生まれてくる子のほとんどが両親と同じ属性になる。
ごく稀に別の属性の子が生まれてくることがあるが、それはかなり珍しいことだった。
その中でも、相反する属性の子が生まれると、その子は通常の力よりも、多くの魔力を持つことになる。
人の持つ魔力は、それぞれ体を維持するのに最適な量があり、多ければいいというわけではない。
むしろ、大変危険なものとされてしまう。
魔力が多すぎる人間は、魔力過多症と呼ばれる。多すぎる魔力が爆発的な力を放って、魔力暴走によって、周囲の人を巻き込んで傷つけてしまうことがあるからだ。
そしてそれは、一番悲しい形で、生まれてすぐに証明されることになる。
マゼンダの両親は火属性だった。
当然生まれてくるのは火属性の子だと信じられていたが、生まれてきた子は水のオーラに包まれていた。
反属性の影響を一番に受けるのは母親だ。
出産時に体の内部に強い反動を受けて、ボロボロに傷ついてしまう。
マゼンダの母親は、治療師の治癒魔法を受けたが、マゼンダが生まれて一週間後に亡くなった。
反属性で生まれた子は、魔力が多すぎて危険であり、それを抑えるために薬湯を飲んで調整する必要があった。
そのことは、毎晩のように父から聞いていたが、母がなぜ亡くなったのか、それについては病でということ以外、知らされていなかった。
それを知ったのは、父親が再婚したことがきっかけだった。
母の顔は、邸にある絵でしか知らず、マゼンダは新しい母が来てくれたことが嬉しかった。
だからどうしても夜中に恋しくなって、ベッドから抜け出した。
絵本で見た母親のように、抱きしめてくれるかもしれない。
父はマゼンダを後継者として育てるために、愛着が湧くことがないように、厳しく育てていた。
マゼンダは、何もなくとも、優しく抱きしめてくれる存在に憧れていた。
夜中に抜け出したマゼンダは、父と継母の部屋に向かった。
部屋の扉を開けて、声をかけようとしたら、二人が話し合う声が聞こえてきた。
マゼンダという言葉が聞こえてきて、自分の話をしているのだと分かったマゼンダは、手を止めて動けなくなった。
父親は、母親のことはマゼンダには言わないようにと、継母に伝えていた。
継母は、いつかは知ることになるのだから、隠しておくのはよくないと言ったが、父親はまだ早いと言って、少し言い合いになっていた。
何か隠し事があると分かったマゼンダは、聞きたくなってしまい、扉に耳を当てた。
父親は言った。
自分が生まれて来たせいで母が死んだと知ったら、マゼンダは傷ついてしまう。
使用人にも口止めしているし、属性について書かれた本も全て地下にしまっていると。
継母は言った。
学校に入れば、授業で嫌でも学ぶことになる。
魔力過多症と知られたら、母親殺しと言われる可能性もある。
その時に知るのはあまりにも可哀想だと。
この時、マゼンダは貴族学校への入学を控えていた。
母の死が自分のせいだと聞いて、マゼンダは真っ暗な闇に落とされたような気持ちだった。
それが本当だとは信じたくなくて、翌日地下室に忍び込んで、隠されていた本を読んだ。
魔力過多症の子が生まれて来た場合。
その子を産んだ母親は、反属性の影響が体を蝕み、ほとんどが命を落としてしまうと書かれていた。
自分のせいだ。
マゼンダは絶望して本を落として、床に崩れ落ちた。
眠れない夜は、母の肖像画の前で、どうしていなくなってしまったのと話しかけたこともあった。
なんて残酷なことを言ってしまったのか、自分の口を覆って、泣き続けた。
父親も継母も、自分のことを考えてくれているのはよく分かる。
でもきっと、父はマゼンダを責めて、継母は恐れているに違いない。
自分は呪われた子なんだ。
マゼンダはそう思うようになった。
「ん……あら、もう帰るの?」
静かにベッドから降りるつもりが、眠りの浅い女性はわずかな揺れで目を覚ましてしまったようだ。
「起こしちゃった? ごめんね。今日は教師に呼び出されていてさ。面倒だけど少し早く出ないといけないんだ」
「学生は大変ねぇ。早く卒業して、一緒に隣国へ行かない? 別荘があるのよ」
「そんなことをしたら、旦那様に怒られるでしょう」
「だってあの人、仕事ばかりで、ちっとも構ってくれないのよ。私寂しいわ」
クスリと笑ったマゼンダは、またねと言って乱れたシーツを整えて、女性の体に毛布をかけ直した。
「そんなことを言って……、知っているんだから。二度と連絡してくれないんでしょう?」
女性の甘ったるい問いには答えずに、マゼンダは微笑を返して部屋を出た。
女性の肌は柔らかくて温かい。
母を思わせるような手触りに包まれると、マゼンダは安心して眠りにつくことができた。
しかしそれも朝までだ。
朝になると全部が作り物で、虚しい気持ちになる。
特に好きだと言われたり、執着されるなんて嫌だった。
そういう心配のない相手を選んでいたら、いつの間にか人妻の浮気相手に落ち着いた。
それも夫も公認でお互い自由に恋愛するような女性を相手にして渡り歩いた。
一時だけ満たされて、熱が冷めれば何もかもなかったことのように生きる。
子供の頃から容姿を美しいと褒められて、寄ってくる人は絶えなかった。
ずっとそんな生活で、自分には合っているのだと思っていた。
好きだ愛してるは、ベッドの上での行為の一部みたいなもの、事が終わればそれも終わり。
そんな息子の生活を両親は見ていたが、何も言わなかった。
自由に好きなことしていいと口では言っていたが、どう扱っていいのか困っているというのが目に表れていた。
継母も弟も妹も、全員火属性の家族で、自分がいると不格好で不釣り合いに見えた。
だから家にも帰れず、マゼンダは夜毎フラフラと出掛けた。
パーティーに出ればあっという間に囲まれて、恋愛の魔術師、社交界の薔薇と呼ばれてもてはやされた。
顔には笑顔を浮かべていたが、嘘で塗り固められた生活が苦しくてたまらなかった。
そんな時、あの人に出会った。
バーミリオン殿下にどうしてもと言われて入学した魔法学園。
男女の付き合いを学ぶという、マゼンダからしたらよちよち歩きの赤ん坊がやることを学ぶような学校だ。
そんなところに、わざわざ入学するなんて、マゼンダはうんざりした気持ちだった。
恋愛学の授業については、教師と話し合って免除になったが、他の教科はそうはいかなかった。
魔法関係は貴族学校からの続きのようなもので、魔力の消費にも繋がるので問題なかった。
ひとつ問題だったのは、魔法生物学だ。
女子は選択できるが、男子は全員必須で取らなくてはいけない授業だったが、名前を聞いただけで出席したくないと思った。
魔法生物は大魔法師が行う召喚魔法の失敗で偶然生まれてくる生き物。
これといった使い道はなく、ほとんどの人間からゴミのような扱いを受けているが、国が予算をかけて研究を続けているものだと聞いた。
そんなお荷物みたいな生物の生態を学んだところで、自分に何の徳があるのか分からない。
それに、猫や犬や鳥といった、動物を親しんで家族のように飼っている人達がマゼンダは苦手だった。
生き物は恐い。
弱くて死んでしまうから。
自分が触れることで、母のように死んでしまったら……
もうそんな思いはしたくない。
どうしても気分が向かなくて、魔法生物学の授業には足が運べなかった。
しかし、さすがに一度も出席しなければ、呼び出されても仕方がない。
生物学の教師は、入学式にもいたが、これといった印象はなく、存在感の薄い、どこにでもいるような人間に見えた。
こんな学校で、生き物を研究して教師などやっているのだから、きっと人との付き合いは苦手に違いないと思った。
陰気な教師のつまらない授業で、つまらない時間を過ごすことが目に見えていた。
頼み込んで、恋愛学のように出席を免除にしてもらおうと、マゼンダは思っていた。
憂鬱な気持ちで、魔法生物室にたどり着くと、部屋の中からは、何やら唸って苦しんでいるような声が聞こえて来た。
最初は訝しみながら、マゼンダはドアをノックした。
それが、マゼンダとビリジアンの出会いだった。
絶対助ける
そう口にしたが、腕に負った傷のおかげで力が入らず、必死に掴んでも持ち上げることができなかった。
それでもこの手を絶対に離したくないと、マゼンダは力を込めて握り続けた。
しかし微笑んだビリジアンの力が抜けて、マゼンダが掴んでいた手の中からするりと滑り落ちた。
マゼンダはビリジアンの名前を叫んだ。
みんながビリジアンと呼ぶ度に、自分もいつか突然名前を呼んで、びっくりさせてやろうと思っていた。
その時の顔を想像して喜んでいたはずなのに、こんな形で呼ぶなんて思っていなかった。
魔獣の襲撃を受けて、ビリジアンは崖から落ちてしまった。
間一髪、マゼンダがビリジアンの手を掴んで止めたが、持ち上げることができずに、時間ばかりが過ぎていた。
魔獣の襲撃を受けていることは、本部に連絡済みだが、場所を特定して駆けつけてくれるまで時間がかかる。
この状態のまま、何とか持ち堪えようとしていたが、体はとっくに限界だと悲鳴を上げていた。
それでも腕が壊れてもいい、離したくないと思っていた。
ビリジアンは自分から落ちることを選んだ。
落ちていくビリジアンを見て、マゼンダは迷わなかった。
勢いをつけて、自分も崖から飛び降りた。
ビリジアンの顔が驚きに染まったのが見えた。
もう少し、もう少し。
ビリジアンの手を掴むんだとマゼンダは手を伸ばした。
空中で二人の指が重なった時、ビリジアンの体が強く光った。
浮遊感が消えるのと同時に、マゼンダの意識もそこで消えてしまった。
⬜︎⬜︎⬜︎
「嫌いでも飲まないといけないんだ。我慢して口に入れなさい」
どうして自分だけ。
マゼンダは子供の頃、いつもそう考えていた。
父親がマゼンダの口元にカップを寄せた。
ツンと鼻をつく嫌な臭いがした。
「お願いだ。これを飲まないとお前は……」
「分かってる……飲むよ」
薬湯とは、薬草を乾燥させて粉にしたものを、湯に溶いて飲むもので、マゼンダは生まれてからずっと、薬湯を飲み続けてきた。
子供の頃は毎晩、枕元に父親が薬湯を持って現れた。
夜中にギコギコとワゴンを押す音が聞こえると、マゼンダは今でも気分が悪くなる。
それくらい苦くて不味くて嫌な味だった。
慣れというのは怖いもので、時が経った今では、何も感じることなく飲むことができるが、子供の頃はとにかく苦痛だった。
何度吐き出してやろうかと思ったか分からない。
しかし、マゼンダが顔を歪める度に、父親であるグラス伯爵は、厳しい顔をしていつも同じ話をした。
反属性。
人々が魔力を持ち、魔力を使って生きているこの世界では、それぞれの魔力に属性というものがある。
火水土風の四種類に分かれていて、両親の組み合わせによって生まれてくる子の属性が決まることがある。
同属性同士の夫婦では、生まれてくる子のほとんどが両親と同じ属性になる。
ごく稀に別の属性の子が生まれてくることがあるが、それはかなり珍しいことだった。
その中でも、相反する属性の子が生まれると、その子は通常の力よりも、多くの魔力を持つことになる。
人の持つ魔力は、それぞれ体を維持するのに最適な量があり、多ければいいというわけではない。
むしろ、大変危険なものとされてしまう。
魔力が多すぎる人間は、魔力過多症と呼ばれる。多すぎる魔力が爆発的な力を放って、魔力暴走によって、周囲の人を巻き込んで傷つけてしまうことがあるからだ。
そしてそれは、一番悲しい形で、生まれてすぐに証明されることになる。
マゼンダの両親は火属性だった。
当然生まれてくるのは火属性の子だと信じられていたが、生まれてきた子は水のオーラに包まれていた。
反属性の影響を一番に受けるのは母親だ。
出産時に体の内部に強い反動を受けて、ボロボロに傷ついてしまう。
マゼンダの母親は、治療師の治癒魔法を受けたが、マゼンダが生まれて一週間後に亡くなった。
反属性で生まれた子は、魔力が多すぎて危険であり、それを抑えるために薬湯を飲んで調整する必要があった。
そのことは、毎晩のように父から聞いていたが、母がなぜ亡くなったのか、それについては病でということ以外、知らされていなかった。
それを知ったのは、父親が再婚したことがきっかけだった。
母の顔は、邸にある絵でしか知らず、マゼンダは新しい母が来てくれたことが嬉しかった。
だからどうしても夜中に恋しくなって、ベッドから抜け出した。
絵本で見た母親のように、抱きしめてくれるかもしれない。
父はマゼンダを後継者として育てるために、愛着が湧くことがないように、厳しく育てていた。
マゼンダは、何もなくとも、優しく抱きしめてくれる存在に憧れていた。
夜中に抜け出したマゼンダは、父と継母の部屋に向かった。
部屋の扉を開けて、声をかけようとしたら、二人が話し合う声が聞こえてきた。
マゼンダという言葉が聞こえてきて、自分の話をしているのだと分かったマゼンダは、手を止めて動けなくなった。
父親は、母親のことはマゼンダには言わないようにと、継母に伝えていた。
継母は、いつかは知ることになるのだから、隠しておくのはよくないと言ったが、父親はまだ早いと言って、少し言い合いになっていた。
何か隠し事があると分かったマゼンダは、聞きたくなってしまい、扉に耳を当てた。
父親は言った。
自分が生まれて来たせいで母が死んだと知ったら、マゼンダは傷ついてしまう。
使用人にも口止めしているし、属性について書かれた本も全て地下にしまっていると。
継母は言った。
学校に入れば、授業で嫌でも学ぶことになる。
魔力過多症と知られたら、母親殺しと言われる可能性もある。
その時に知るのはあまりにも可哀想だと。
この時、マゼンダは貴族学校への入学を控えていた。
母の死が自分のせいだと聞いて、マゼンダは真っ暗な闇に落とされたような気持ちだった。
それが本当だとは信じたくなくて、翌日地下室に忍び込んで、隠されていた本を読んだ。
魔力過多症の子が生まれて来た場合。
その子を産んだ母親は、反属性の影響が体を蝕み、ほとんどが命を落としてしまうと書かれていた。
自分のせいだ。
マゼンダは絶望して本を落として、床に崩れ落ちた。
眠れない夜は、母の肖像画の前で、どうしていなくなってしまったのと話しかけたこともあった。
なんて残酷なことを言ってしまったのか、自分の口を覆って、泣き続けた。
父親も継母も、自分のことを考えてくれているのはよく分かる。
でもきっと、父はマゼンダを責めて、継母は恐れているに違いない。
自分は呪われた子なんだ。
マゼンダはそう思うようになった。
「ん……あら、もう帰るの?」
静かにベッドから降りるつもりが、眠りの浅い女性はわずかな揺れで目を覚ましてしまったようだ。
「起こしちゃった? ごめんね。今日は教師に呼び出されていてさ。面倒だけど少し早く出ないといけないんだ」
「学生は大変ねぇ。早く卒業して、一緒に隣国へ行かない? 別荘があるのよ」
「そんなことをしたら、旦那様に怒られるでしょう」
「だってあの人、仕事ばかりで、ちっとも構ってくれないのよ。私寂しいわ」
クスリと笑ったマゼンダは、またねと言って乱れたシーツを整えて、女性の体に毛布をかけ直した。
「そんなことを言って……、知っているんだから。二度と連絡してくれないんでしょう?」
女性の甘ったるい問いには答えずに、マゼンダは微笑を返して部屋を出た。
女性の肌は柔らかくて温かい。
母を思わせるような手触りに包まれると、マゼンダは安心して眠りにつくことができた。
しかしそれも朝までだ。
朝になると全部が作り物で、虚しい気持ちになる。
特に好きだと言われたり、執着されるなんて嫌だった。
そういう心配のない相手を選んでいたら、いつの間にか人妻の浮気相手に落ち着いた。
それも夫も公認でお互い自由に恋愛するような女性を相手にして渡り歩いた。
一時だけ満たされて、熱が冷めれば何もかもなかったことのように生きる。
子供の頃から容姿を美しいと褒められて、寄ってくる人は絶えなかった。
ずっとそんな生活で、自分には合っているのだと思っていた。
好きだ愛してるは、ベッドの上での行為の一部みたいなもの、事が終わればそれも終わり。
そんな息子の生活を両親は見ていたが、何も言わなかった。
自由に好きなことしていいと口では言っていたが、どう扱っていいのか困っているというのが目に表れていた。
継母も弟も妹も、全員火属性の家族で、自分がいると不格好で不釣り合いに見えた。
だから家にも帰れず、マゼンダは夜毎フラフラと出掛けた。
パーティーに出ればあっという間に囲まれて、恋愛の魔術師、社交界の薔薇と呼ばれてもてはやされた。
顔には笑顔を浮かべていたが、嘘で塗り固められた生活が苦しくてたまらなかった。
そんな時、あの人に出会った。
バーミリオン殿下にどうしてもと言われて入学した魔法学園。
男女の付き合いを学ぶという、マゼンダからしたらよちよち歩きの赤ん坊がやることを学ぶような学校だ。
そんなところに、わざわざ入学するなんて、マゼンダはうんざりした気持ちだった。
恋愛学の授業については、教師と話し合って免除になったが、他の教科はそうはいかなかった。
魔法関係は貴族学校からの続きのようなもので、魔力の消費にも繋がるので問題なかった。
ひとつ問題だったのは、魔法生物学だ。
女子は選択できるが、男子は全員必須で取らなくてはいけない授業だったが、名前を聞いただけで出席したくないと思った。
魔法生物は大魔法師が行う召喚魔法の失敗で偶然生まれてくる生き物。
これといった使い道はなく、ほとんどの人間からゴミのような扱いを受けているが、国が予算をかけて研究を続けているものだと聞いた。
そんなお荷物みたいな生物の生態を学んだところで、自分に何の徳があるのか分からない。
それに、猫や犬や鳥といった、動物を親しんで家族のように飼っている人達がマゼンダは苦手だった。
生き物は恐い。
弱くて死んでしまうから。
自分が触れることで、母のように死んでしまったら……
もうそんな思いはしたくない。
どうしても気分が向かなくて、魔法生物学の授業には足が運べなかった。
しかし、さすがに一度も出席しなければ、呼び出されても仕方がない。
生物学の教師は、入学式にもいたが、これといった印象はなく、存在感の薄い、どこにでもいるような人間に見えた。
こんな学校で、生き物を研究して教師などやっているのだから、きっと人との付き合いは苦手に違いないと思った。
陰気な教師のつまらない授業で、つまらない時間を過ごすことが目に見えていた。
頼み込んで、恋愛学のように出席を免除にしてもらおうと、マゼンダは思っていた。
憂鬱な気持ちで、魔法生物室にたどり着くと、部屋の中からは、何やら唸って苦しんでいるような声が聞こえて来た。
最初は訝しみながら、マゼンダはドアをノックした。
それが、マゼンダとビリジアンの出会いだった。
絶対助ける
そう口にしたが、腕に負った傷のおかげで力が入らず、必死に掴んでも持ち上げることができなかった。
それでもこの手を絶対に離したくないと、マゼンダは力を込めて握り続けた。
しかし微笑んだビリジアンの力が抜けて、マゼンダが掴んでいた手の中からするりと滑り落ちた。
マゼンダはビリジアンの名前を叫んだ。
みんながビリジアンと呼ぶ度に、自分もいつか突然名前を呼んで、びっくりさせてやろうと思っていた。
その時の顔を想像して喜んでいたはずなのに、こんな形で呼ぶなんて思っていなかった。
魔獣の襲撃を受けて、ビリジアンは崖から落ちてしまった。
間一髪、マゼンダがビリジアンの手を掴んで止めたが、持ち上げることができずに、時間ばかりが過ぎていた。
魔獣の襲撃を受けていることは、本部に連絡済みだが、場所を特定して駆けつけてくれるまで時間がかかる。
この状態のまま、何とか持ち堪えようとしていたが、体はとっくに限界だと悲鳴を上げていた。
それでも腕が壊れてもいい、離したくないと思っていた。
ビリジアンは自分から落ちることを選んだ。
落ちていくビリジアンを見て、マゼンダは迷わなかった。
勢いをつけて、自分も崖から飛び降りた。
ビリジアンの顔が驚きに染まったのが見えた。
もう少し、もう少し。
ビリジアンの手を掴むんだとマゼンダは手を伸ばした。
空中で二人の指が重なった時、ビリジアンの体が強く光った。
浮遊感が消えるのと同時に、マゼンダの意識もそこで消えてしまった。
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