時計の針は止まらない

朝顔

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本編

③透明なムーブメント

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「わっ…なっ…なに! 何するんですか……!?」

 ぐわっと腕を掴まれて体を強く押された。ソファーに転がって顔を上げると、目の前に遊佐の整った顔があった。

 何が起きたのか分からない。
 ソファーに寝転んでいる俺の上に遊佐が乗っていて、Tシャツを捲り上げられた。
 驚きすぎて、ひゅうと息を吸い込むことしかできなかった。

「まさか、のこのこ俺の家に付いてきて、それで終わりだと思ってんの? お前さぁ、俺のことなんて聞いていたの? まさか、ただのモテ男だとのんきに思っていたとか?」

「あっあっ……なに? あっ…ちょっ……うううそ…んっああっ…」

 首元まで捲り上げられて露わになった乳首を遊佐がペロリと舐めてきたのだ。

「ははっ…大して美味そうでもなかったけど、ここイイ色してんじゃん。ぎゅうぎゅう吸ってデカい乳首にしてやるよ」

「は……なっ……やめ……んんんっーー!」

 片方の乳首に遊佐が吸い付いてきた。もう片方はぎゅと指でつまんで、こねながら引っ張られた。
 抵抗しないといけないと思うのに、酒のせいでまともに動けないし、しかも乳首からは痛みよりもジンジンと痺れるものがあって、それを俺は気持ちいいと感じていた。

「や…やめ…やめて、ぐりぐりしないで……へん…熱くて……や…やだぁ……」

「…確かに声、大きいね」

「ううっ……」

 必死に押し返していたが、その言葉に力が抜けてしまった。
 今の状態より、やっぱり俺はそうなのだという、ショックで頭が真っ白になった。

「いいじゃん。俺、声大きい子好みだわ。めちゃくちゃ喘がせて、ぐちゃぐちゃにするの楽しすぎるだろ」

「あっ…まって……んあああっ…い…いた…」

 乳首を弄りまくっていた遊佐がついに歯を立てて噛み付いてきた。そのままガリガリと乳首を擦られて、声を抑えることなんてできなかった。

「あれ? さっき、AV見てた時なんて無反応だったのに。お前…乳首弄られて勃ってるぞ。なんだ、女より男の方がイケるんじゃね?」

「あ……うぅ……ああっ…」

 遊佐の長い指が布越しに俺のソコを撫でた。確かに反応して硬くなっていたので、僅かに擦られたくらいの刺激で甘い声を漏らしてしまった。

 彼女とシタ時でさえ、あんなに苦労した部分が、最も簡単に反応してしまうのが恐ろしかった。
 なんとか抗議だけでもと口を開いたら、遊佐の顔が近づいて来て、あっという間に唇も奪われた。

「んっ…ふ……んんっ…ぁ……ふっ……」

 キスがこんなものだなんて知らなかった。舌を入れても何が気持ちいいのかよく分からなかった。
 それがどうしたというのだろう。
 同じキスなのに、俺は頭が溶けてしまいそうなくらいおかしくなりそうだ。
 遊佐の舌は口内のあらゆるところを刺激して、俺が少しでも声を漏らしたら、ソコをめちゃくちゃに責めてくる。
 ぐりぐりと押されたと思えば、ねっとりと舐められて、こぼれたよだれまでジュルっと吸われてしまった。
 俺は一体何をしているのか、とても現実とは思えなかった。

 キスをしながらも遊佐の手は止まらない。いつの間にかベルトを外して、チャックを引き下ろされた。
 すでに天に向かって頭を突き上げているモノを取り出して、大きな手で掴んで擦りだした。
 すでに先走りが溢れていて、上下に擦られる度に、くちゅくちゅといやらしい音が耳に張り付くように響いてきた。

「あっ、う……あっ……だめ……んっ……い……いや…だぁ……」

 自分の手とは違う全部手の中に包まれて一気に擦られる快感はたまらなかった。思い返せば彼女とシタ時は、ここに触れてはくれなかった。
 すでにあれはなんだったのかと思うくらいの快感に完全に飲まれてしまった。気がつけば俺は腰を揺らして、遊佐からもたらされる快感に喘いでいた。

「ははっ…やだやだ言いながら、腰動かしすぎ……。これでよく女を抱けたな。とんだ淫乱ちゃんだね」

「ふぅぅ……んんっ……熱い…あつい……遊佐せ…ぱ…い、だ…め……も……だめ……」

「ほら、イケよ」

「ぅぅあ…あああああっっ!!」

 激しく擦られて鈴口をぎゅっと刺激られたらもう耐えられなかった。
 俺はひときわ大きい声を上げて、白濁を撒き散らして達した。
 イっている間も遊佐は楽しそうに目を輝かせながら手を止めなかった。おかげで強すぎる快感に悶えながら、何度も絶頂を感じて涙を流しながらやめてくれと懇願した。

「な…なんで……こんな……」

 一通り俺で遊んで満足したのか、遊佐は自分の手を拭いた後、どこかから持ってきたタオルで俺の体を拭いてきた。

 脱力して体を動かすことも億劫でその様子をぼんやりと見ていたが、湧き上がってきた疑問を遊佐にぶつけずにはいられなかった。

「俺がどういう男か教えてやるよ。男にも女にもモテるけど、俺が相手にするのは恋人がいるやつだけだ。既婚者は面倒だし相手にしない。それ以外は男女関係なく誘惑して、寝取ったらソッコーでポイっと捨てる。それが楽しくて仕方がないんだ」

 いかにも悪い男という顔をしながら、遊佐は口の端を上げて笑っていた。
 混乱で頭の中は埋め尽くされていたけれど、酔いと達した後の気だるさで一気に眠気が襲ってきた。瞼は石を載せているかのように重くなった。

「それなりに楽しかったけど、優希も他のやつらと同じだったね。まぁ、最後までヤったワケじゃないけど。彼女のこと好きだ好きだ言っていたくせに、ちょっと弄ってやったら簡単に落ちた。はははっ…本当……楽勝すぎ、あぁ楽しい……」

 遊佐は髪をかき上げながらゲラゲラと笑った。普通の遊びに飽きて、悪趣味に走ったようなクズ男。
 ただのモテ男ではなかった。
 人の心を弄び、傷つけて平気で笑っている。それが遊佐の正体だった。

 悔しい。
 その思いが体を駆け巡った。
 空っぽの頭で信じて付いてきてしまった自分。バカみたいに自分の悩みを話して遊佐の言葉に感動までしていたのに、裏切られたという思い。

 酷いことをされたと殴ってやりたいくらい頭にキタというのに、なぜか俺の口からは恨みの言葉が出て来なかった。
 怒りで頭に火がついたはずなのに、それが大きく燃え盛る前に小さくなって消えてしまった。
 それは、暗く沈んだ瞳の色を覗いてしまったから……。

「……楽し…のに、どうして……なん…悲しそ……の?」

 遊佐が虚をつかれたように大きく目を見開いたのが見えた。
 そこが限界だった。
 瞼が完全に閉じて、周りの音が小さくなっていく。静かな海に沈んでいくみたいに、俺の意識は深い底へ向かって消えていった。






 カチャカチャと音がして、目をうっすらと開けた。
 見慣れない天井が見えて、体を起こすと、途端にぐわんと頭痛が襲ってきて頭を抱えた。
 覚えのある症状。これは明らかに二日酔いだ。昨日は飲みすぎたと反省しようと記憶を手繰り寄せたら、今ここが何処かなのか思い出して、バッと手を外して顔を上げた。

「あれ…ここ………」

 コンクリート剥き出しの天井に、黒いベッドに黒い家具。飲みすぎたとして泊めてくれる友人にこんなお洒落な部屋に住んでいるやつはいない。
 眠気が覚めてくると、だんだんと記憶が戻ってきた。
 昨夜は遊佐先輩の家に来て、話しているうちにアソコを弄られて……。

「あぁ……最悪」

 ただのモテ男で、気まぐれなのか俺にアドバイスしてくれる優しい人だと思い込んでいた。なぜなら、どこにでもいるような平凡な俺のような男に、遊佐が興味を持つなんて思わなかったからだ。
 けれど遊佐の目的はそこではなかった。
 恋人のいる相手、彼にとってそこが重要だったのだ。
 ふざけた悪趣味なお遊びなのか、相手のいる人間を誘って食い散らかす。
 遊佐はそんなクズみたいな男だった。

 だが、俺の中でなぜか怒りが形になって出てくることがなかった。
 本当なら一発くらい殴ってやろうかなんて拳が震えるはずだ。
 何故だか考えて、思い浮かんだのは、あの瞬間まで俺の話を親身になって聞いてくれた男の姿だ。真剣に向き合ってくれたような様子がどうしても頭から離れなかった。

 彼は本当は何がしたかったのだろう。
 いまいち怒りが最後まで燃えない理由はそこだった。

 いつまでもこんな所でのんきに寝ていられないので、俺はベッドから下りた。
 確か昨夜はソファーで寝落ちしたはずだ。
 ご丁寧にベッドまで運んでくれたようだ。少しは罪悪感でも感じているのだろうか。

 音のする方へ歩いていくと、キッチンに遊佐が立っていた。
 いつもお洒落な格好でキメているのに、朝はラフなTシャツにスウェット姿だったので新鮮に見えた。まぁ、イケメンがそんな格好をしたところで、イケメンである事は変わりないのだが。

「ああ、起きたの? 座ってコーヒーでも飲んでいけば?」

「…………」

 昨夜あんな事をしておいて、よく普通に話しかけて来られるなと思ったが、きっと彼にとっては大した事ではないのだろう。
 俺の方はとても笑顔でおはようございますなんて言えるはずもないので、ムッとした顔のままキッチンカウンター前のスツールに座った。
 遊佐は俺のことなんてどうでもいいみたいに、カチャカチャと音を立てながら朝食を作っていた。
 そしてカップに入ったコーヒーを俺の前に無言で置いたので、俺も無言でそれを受け取った。

 とりあえずコーヒーを飲んで頭痛が治るのを待つ。それでさっさと帰ろうと思いながら、スマホを手に取った。
 慶太から大丈夫かというメッセージが入っていて、重傷だと思いながら、大丈夫だと返事をした。
 つい癖で、いつものようにSNSのチェックをしてしまった。
 遊佐にファンを装って近づくために、毎日のSNSのチェックは欠かせなかったからだ。

 しかし昨日の投稿と、すでに今朝行われた投稿を見て、ん? と思いながらじっくり見直してしまった。

 昨日は学校帰りショッピングで、新作の香水をゲット。
 その後は、ブックカフェに寄って夜遅くまで小説を読んで過ごす。今は英語で書かれた小説にハマってますと一言コメントがついている。
 そのまま今朝の投稿で、昨夜は本を読みすぎて体が硬くなったので、早朝からランニング。朝食は近くのカフェでエッグベネディクト。
 朝日の照らされたテラス席らしき場所で美味しそうに撮られた朝食の写真が投稿されたのが二分前。

 ドンっと音がして、俺の前に皿が置かれた。
 そこにはエッグベネディクトではなく、焦げた目玉焼きらしきものの残骸が載っていた。

「…………え?」

「食べていけよ。多く作りすぎたから」

 そう言って遊佐は自分用なのかもう一つの皿に、丸焦げの物体をフライパンから載せた。

「こ…これ……なに?」

「……どう見たってオムレツだろ。普段あまり料理はしないんだよ。文句言うなら食わなくていいから」

 料理はしないという言葉に、でしょうねと頭の中で返事をした。逆にいつもこれを作っていたら健康面で何か起きているはずだ。

 遊佐は焦げ付いた塊を口に入れて、ちっとも美味くなさそうに口をもぐもぐと動かしていた。
 そんな遊佐の前に俺はスマホを掲げて見せた。

「二分前にはこれを食べていたわけじゃないですよね」

「あ? ああ、俺のSNSね。そういや優希は俺のファンだったっけ。幻滅した? お洒落でカッコいい遊佐先輩の日常は実は嘘でしたーってね」

 もともとファンではないのでそっちの意味で幻滅はしない。ショックを受けた様子もない俺を見て、遊佐の方が不思議そうに顔を傾けた。

「良かったです。こんな毎日を本気で送っている人がいるなんて信じられなかったから。だって、十日前の投稿なんて、体作りのために朝、四十キロ走った後、友人達とプールパーティーで泳ぎまくり、夜はジムで汗を流すって…化け物かと思いましたよ。誰ですかコレ投稿してるの?」

 化け物って、と言いながら遊佐は大きな口を開けてゲラゲラと笑った。

「モデル事務所の方のマネージャーだよ。全部スポンサーが関係してるんだ。カフェもランニングウェアもプールもジムも、そういう契約なの。でも俺は面倒だからたまにしかやらないから、ほとんどマネが投稿してる」

 なるほどと知らない世界を覗いてしまった気分だった。全部とはいかないだろうけど、そういう関係で成り立っているのだろう。

 感心していたら、遊佐がまた焦げた丸いものを口にしているのを見て、耐えきれなくなった俺は椅子から飛び降りた。

「…俺、もう我慢できないです」

 足に力を入れてカウンターの中へスタスタと入っていくと、遊佐が驚いた顔をして言葉を失っていた。

「そこ…いいですか?」

 ボケッと立っている遊佐に近づいて、ガシッと腕を掴んだ。
 遊佐はパチパチと目を瞬かせながら、幼い子供のような顔をしていた。








「う…美味い……何これ? 今どっかで買ってきてないよね?」

 作っているところを穴が開くように見ていたくせに、くだらない冗談を言われたので俺は呆れて小さくため息をついた。

「全部このキッチンにあったものですよ。味付け用の出汁は粉末のものがありましたし、期限切れになりそうだった味噌汁用のフリーズドライの食品も入れています」

 そういえば前に来た女が得意げに買い込んできたわと言いながら、遊佐は俺が作った卵粥をフーフーしながらバクバク食べた。
 三人分くらいは作ったが、遊佐はよっぽどお腹が空いていたのか、口の端に食べかすを付けたまま、ペロリと平らげてしまった。

「あっ…悪い、全部食べちゃった。優希の分が……」

「俺は…いいです。まだ酔いが抜けてなくて、固形物は気持ち悪くなりそうなんで…」

 そう言いながら、遊佐の口元のカスが気になって、手を伸ばして指で掠め取った。

「じゃ、これだけ」

 クセでというのもおかしいが、無意識に取ったものを俺は口にパクッと入れてしまった。
 何というかもったいない精神が根付いていて、なんでも口に入れてしまうのだ。

「あっ…ちょっと、塩が強かったかな。大丈夫でした? 先輩……遊佐先輩?」

 俺の問いかけになぜか遊佐は顔を赤くして口を開けていた。
 食べ過ぎて気分でも悪くなったのかと思ったら、遊佐は下を向いて頭をガシガシとかいた。

「お前さ…それ、天然?」

「あ…意地汚かったですよね…。すみません、妹がまだ小さいので…ついいつもの調子で……」

「妹? お前妹いるの?」

 遊佐のような男がそこに反応してきたので、俺はつい警戒して一歩後ろに下がった。

「……まだ五歳なんで、守備範囲とか言うのやめてくださいね」

「あーそれはさすがに俺には無理だ。向こうから来られる可能性はあるけど」

 冗談とも本気とも言えないヘラヘラとした顔で笑ったので、やめてくださいと言って食器を流しへ運んだ。

「なんでこんなに料理が上手いんだよ」

「そんな…大した腕じゃないです。ずっと母子家庭だったので、家事は慣れているだけです」

 ふーんと言いながら、遊佐は残った出汁で作った味噌汁をこれまた全部平らげてしまった。

「あ…あの、そろそろ。俺、帰ります」

「ああ、送って行こうか?」

 洗い物は任せるとして、コンロとシンク周りを綺麗にしてから、鞄を掴んで遊佐の横を通ると、遊佐は何食わぬ顔で俺のTシャツを掴んできた。

「や…やめてください。昨日、何をされたか…覚えてますからね」

「ああ、なかなか楽しい夜だったよ。彼女さんによろしく」

 ぐっと言葉が喉まで込み上げてきたが、相手にしていられないので、俺は無視をしてそのまま玄関に向かった。
 靴を履いて、ドアを少し開けたところで遊佐に呼び止められた。
 仕方なくゆっくりと振り返ると、遊佐は玄関の壁にもたれて微笑みながらこっちを見ていた。

「あんま気にするなよ。アノ声、なかなか可愛かったから」

 カァーッと一気に頭に血が上って真っ赤になった俺は、遊佐を睨んだ後急いでドアを開けて飛び出した。

 信じられない。
 外に出た俺は、なんて男だと思いながら足を止めた。

 ただ恋愛のアドバイスをもらうつもりが、とんでもない事になってしまい、しかも解決するどころかおかしな方向へ飛んでしまった。

 もう二度と会わない。
 キャンパスで偶然見かけても、向こうだって話しかけて来ないだろう。
 俺はモヤモヤする思いを散らすように頭を振ってからまた歩き出した。




 □□□
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