夜明け前に歌う鳥

朝顔

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終章

エピローグ①

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「ハッキリとは分かりませんでしたが、この子をお腹に宿した時から深い繋がりのようなものを感じたのです。いつも常に守られているような力を……。ですからあの時、きっと守ってもらえると思って受けたのです」

 あの大変だった婚約パーティーの事態がやっと落ち着いてから、関わった者達がマクシミル公爵邸の応接室に集まった。

 俺はメイズと再会して、お互いの無事を確かめて抱き合って喜んだ。
 それにしてもメイズがあんな無茶なことをするなんて、みんなハラハラとさせられた。
 メイズは心配させたとみんなに謝りながら、あの時のことを説明してくれた。

「キリシアンも知っていたんだろう。まったく、話しておいてくれないと心臓が止まるかと思ったじゃないか」

 ロドリゴとキリシアンはお互い情報を共有して手を組んできたらしいが、メイズのことについては知らされていなかったらしい。

「守護者の守りについて、ジュペルが調べていると聞いて、切り札として使ってくるだろうと予想はしていたんだ。メイズが受けるかも、本当に守護の力が発動するか分からなかったからね。こっちも色々と根回しが大変だったんだ。ジュペルがルーセント卿を選ぶのも予想できたから、事前に話をつけておいて、直前で止めるようにしていた。あんなに強力な守護が発動するとは思わなかったよ」

 ルーセント卿の鬼気迫る演技に守護の力はしっかり発動して、剣を振り下ろす前にメイズの周りには防御壁ができた。それに剣で触れてしまったルーセント卿は弾かれて飛んで行った。
 今は回復したらしいが、一時期は手の震えで剣が握れなかったそうだ。
 まさに強力な守護が働いたらしい。
 俺にはよく分からないが、その守護者というのがどうも……。

「まさかエミリオが選ばれるとはね……」

 キリシアンが何やら意味を込めたような目で見てくるので、俺だって驚いているんだという目で見返した。
 メイズが攻撃される前、体が熱くなり力が抜けていくような感覚がした。
 何かに導かれるように歌っていたと思うのだが、思い出そうとするとぼやけてしまって記憶が曖昧だ。

 龍の夢、これを見たことを俺は軽く考えていたが、実はそれは意味があって、それ自体が発現したことを示すのだそうだ。
 結局、俺は白龍の力を継いで、遅ればせながらやっと発現したらしい。
 ただ、この歳まできて発現するというのは極めて稀で、そのためまったくと言っていいほどコントロールがきかない。
 自分がいつ何時力を出しているのかもさっぱり分からない。分かったことといえば、メイズのお腹の子とはどうも繋がっているようで、喜怒哀楽といったものがなんとなく分かる、そして助けてあげたいという気持ちが常に存在していることだけだった。

 そして俺が龍の力を受け継いだことを、ハッキリと確信していたのはカルセインだけだったらしい。
 カルセインは俺の目の色が変わったところを見て、龍の夢を見たことがあるかと確認した。もしかしたら王家と関わりがあるのではないかと早い段階で考えていたらしい。

 ということはつまり……。

「だから言っただろう。ジュペルに取り入るには依頼を受けないといけなかった。リオはメイズを妊娠させることはできないだろうと思っていたし、ほら、公爵の人探しの依頼の方は解決したじゃないか」

 逆に成功報酬をいただきたいくらいだと言って、ガハガハと笑う調子のいいロドリゴのことをみんな苦笑いしながら見ていた。
 特にメイズは当事者だ。一歩間違えば大変なことになっていたので、ロドリゴを見る目も氷のように冷めていた。
 相変わらず命令したくせにそこに関しては自分には関係ないからと、いい加減すぎる男だった。

 ロドリゴは俺が守護者の力を使っているところを間近で見て、その時に目の色が変わっていたところを確認したらしい。俺自身その時力を使ったのかすらよく分からない。
 もう少し詳しく聞きたかったが、ロドリゴはなぜかそれ以上話してはくれない。大切なものを知られたくないような遠い目をしてしまうので深く追及することはできなかった。

「お兄様はエミリオが発現したところを見たのでしょう。屋敷にいる時にそんなことがあったなんて、それはいつ? 何をしている時でしたの?」

 俺の発現をちゃんと見たのはカルセインだけなので、メイズが机に乗り出して前に座るカルセインに向かって問いかけた。

「はっ……いや、………それは……その」

 いつも冷静なカルセインが目を泳がせて明らかに動揺している様子だった。
 そういえば俺も具体的にいつの時なのか聞いていなかったことを思い出した。それが分かれば同じような環境を作り、力をコントロールする術を学べるかもしれない。
 俺の横に座るカルセインの顔をじっと覗き込んだら、手でパッと目を塞がれた。

「だ…だめだ、エミリオ。その目は反則だ……。なんでも話してしまうから……。エミリオには…後で二人の時に話すから……」

 自分だけ除け者にされたと思ったのか、メイズがえーと声を上げてムッとした顔になって口を膨らませた。

「……だいたい何のことだかは察しがついたぞ。公爵、とりあえず黙っていてくれ。詳しく聞いたら空気がおかしくなる」

 ロドリゴが手をブンブン振りながら、これ以上話すなという合図みたいなものをしてきた。俺とメイズ以外の人間は全員うんうん言いながら、話を終わらせようとしているので、メイズと二人で納得できないと唸った。

「あ…あの、それで……王は……やはり見つからないのですか?」

 気を利かせたように、端に座っているアズールが手を上げて話を変えてきた。
 それもまた繊細な話題なのだが、キリシアンは落ち着いた態度で、ええそうですねと言ってカップのお茶を口に運んだ。

 あの日、あの赤い扉の部屋であったことは、俺とカルセイン、ロドリゴとキリシアンだけが知っている話だ。
 メイズとアズールを巻き込むには危険すぎる話であるので二人には詳細を伝えてはいない。

 現在、国王は行方不明とされている。
 もともと心の病と噂され、パーティー会場で暴れ回って気が狂った姿を誰もが目にしていた。崖の下の海は深く、落ちれば死体は見つからないと言われている。

 しばらく空位のままで、時期を見てキリシアンが王となるのだろうと思われる。
 本人はそのつもりはなかったので、あまり乗り気ではない。エミリオに譲るよと言われたが、とんでもない話だ。
 もう偽物とか本物とかの話ではない。
 カリスマ性に統率力、綿密な計画性に行動力、王に必要な力を持っているのはキリシアンしかいない。
 それを言うとキリシアンは、そのうち大きな星が光るから、それまで席を温めておくよと言っていた。
 それが何を意味しているか、何を求めているかは俺も理解している。
 本人がどう選ぶか、それはまだ先の話だ。

 時々あの部屋で起こったことを思い出す。
 母を殺した男を前にして復讐をやめたロドリゴ。最後までやり遂げたキリシアン。
 どちらも間違えでないし、どちらが正解であるとも言えない。
 長い長い悲劇と苦痛の日々をどう終わらせるのか、二人のそれぞれの答えであると俺は受け止めている。

 二十七年前、もしあそこで父が殺されずに、母と上手く逃げ出すことができたなら、また別の未来があったかもしれない。
 それでも俺はエミリオとして、辛く苦しい日々があったけれど、心から愛する人に出会うことができた。
 別の未来など考えることもできない。
 俺にはカルセインと出会えない人生など、想像したくなかった。

「ジュペル殿下の審議会は来週ですか? もうほぼ決まっていると聞きましたが……」

 アズールの問いには再びキリシアンが答えた。

「北の塔に幽閉されることになりそうだよ。まあ、情報漏洩なら妥当なところだろうね。もう、出てこられないだろうけど」

 ジュペルは幽閉、王妃殿下は精神を病んだとして療養先の女子修道院に送られることになった。
 これで二十七年前の悲劇から始まった復讐劇は決着となった。




 久々に集まった面々は、長々と話した後、それぞれの近況の確認をして解散になった。

 キリシアンは王城へ。ロドリゴは店に。
 メイズとアズールはすでに別邸に居を移していて、そちらに帰ってしまった。

 マクシミル公爵邸には俺とカルセインが残った。
 俺は使用人のミケイドではなく、エミリオとしてこの公爵邸で暮らすことになった。
 キリシアンからは、スタインの子として名乗り出るように言われたが、この混乱の状況で新たな火種を作りたくない。
 他国の貴族という身分で、キリシアンが遊学先で会った学友、エミリオ・ノリッシュと名乗ることになった。
 気楽な身分で、キリシアンの元に遊びに来て、ヴァルトデインが気に入り、カルセインと仲良くなりそのまま家に居着いてしまった設定だ。
 怪しすぎるが、政治の世界に出るなんてつもりはないし、王族とは関わり合いたくないので距離を保つつもりだ。わざわざ俺について調べるような人間はいないだろう。

 マクシミル家についても、サイラスは変わらないが、他の使用人はほとんど入れ替わっていた。
 カルセインとサイラスが時間をかけて選抜したのか、以前のような口の軽い噂好きの使用人はいない。
 みんな黙々と仕事をして、過剰な好奇心を持つことはない。
 それにメイズがいなくなったことで、使用人の数もかなり減っていて、邸宅はとても静かな場所になっていた。


 さっきまで大勢でわいわいと話していたので、人がいなくなった応接室はずいぶんと広くなったように思えた。

「……これで一応の決着はついたか。長かったようにも感じるが、エミリオがこの屋敷に来てからあっという間だったな」

 隣に立つカルセインの顔は少し疲れているように見えた。
 婚約パーティーからあの大騒動で、カルセインは連日朝早くから夜遅くまで走り回って後処理に追われていた。
 ジュペルの審議会が終われば、元の生活に戻れるだろう。それでも忙しい人なので心配は尽きなさそうだ。

 俺は手を伸ばしてカルセインの頬に触れた。
 俺の方はあれからのんびりさせてもらっている。じっくり自分の人生について向き合う時間をもらえた。
 俺にできることは少ないが、少しでも疲れを癒してあげたかった。

「いや……ずいぶん待ったんだ。戦場へ行った日から、ずっとエミリオにもう一度会えることを願っていた。そこから考えると、長すぎだな。これでやっと…二人で生きていくことができる」

 カルセインは頬を撫でていた俺の手を掴んで自分の方へ引き寄せた。

 顎を掴まれて、カルセインの唇が重なってきた。薄い唇なので硬そうに見えるがむちっとして柔らかい。それが好きすぎて喜んで吸い付いた。

「んっ………ぅ………ふっ………」

 角度を変えて何度も深く重なり合って、お互いの舌を絡ませて、口の周りも舐め回して、じゅるじゅると唾液を吸い合う。こんなキスをしたら眠っていた欲望が起きてしまう。

 実を言うと、カルセインとはもうずいぶん体を重ねていない。
 キス止まりだ。
 確か俺が声を失ってから、その先までカルセインは進まなくなってしまった。

 声の出ない男としてもつまらない、だから手を出してくれないのだと思っていた。
 胸に宿る寂しさを感じながら、じりじりと燃えだした欲望をなんとか止めようと必死だった。

「……ああ、もう我慢できない……、エミリオ……抱きたい。お願いだ……抱かせてくれ……」

 よく見るとカルセインの方が俺よりも辛そうな顔をして苦しそうにしていた。
 頭を抱えてしまったので、それを見ながら俺は、なぜだろうとポカンとして目を瞬かせた。

「……分かっている、高熱を出して倒れたエミリオに……無茶なことをはさせられない。またあんな風に倒れてしまったら……。今まで俺の欲望だけで抱いてしまったから……。だが……エミリオが好きで……我慢の限界で……この頃は悶々として夜も眠れなくて……」

 もしかしてカルセインは、俺がまだあの高熱から回復していないと思って、体を気遣っていたのだろうか。
 あの底なしの男がよく我慢していたなと驚きだった。
 一言言ってくれればよかったのにと思ったが、俺はちゃんと自分の気持ちを伝えていないし、倒れた俺を見てかなりショックを受けたのかもしれない。
 彼が真面目で繊細な男だということをすっかり忘れていた。

 一緒に生きていこうと誓い合うキスはしたが、きっと気持ちの面で不安なのだろう。好きな気持ちというのはなかなか言葉にしないと伝わらないものだ。
 それができない今は、分かってもらえるまで伝え続けるしかない。

 しかし今まで俺が任務や善意で抱かれていたとでも思っていたのだろうか。
 潜入していた身なので仕方ないが、さすがにちょっとムッとしながら、俺はカルセインの足元にするするとしゃがみこんだ。

「……エミリオ?」

 長いコートで隠れていたが前を開けたら、すでに起立したモノが下着を突き上げていた。
 キスだけでこうなっているのは俺も同じだったので嬉しかった。
 思わずそこに頬を寄せて擦ってやると、カルセインから息を呑む音が聞こえてきた。

 愛おしくてたまらない。
 俺はカルセインのためならなんだってできる。
 寄り添うことも、危険に飛び込むことも、こうやって淫らに誘うことも。

 下着をくつろげると中からぶるんと元気よく欲望が飛び出してきた。
 それをカルセインの方を見ながら、ぱくりと口に咥えた。

「くっ……あっ………」

 どんなに苦しくても構わない。
 俺の愛を少しでも伝えたい。
 唾液をたっぷりと絡ませて、一気に喉の奥まで深く飲み込んだ。





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