二十二年前の君にも、愛していると伝えたい

朝顔

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後編

後編⑤

「……サイラスの側に、いなくていいのか?」
「ヘーゼル兄や、両親も付いている。それに俺は、ヨランの方が心配だ」
「……私は一人だからな」
「違う、一人じゃない。俺がいる、俺がヨランの側にいる」
 その瞬間、記憶の中のジェレミーと、今のジェレミーが重なる。
 燃えるように熱く、どこまでも真っ直ぐな瞳。
 過去のヨランは、ジェレミーの告白に対して、自分はずっと一人だったから、この先も一人だと言った。後ろ向きだったヨランの腕を掴み、ジェレミーは自分が側にいると言ってくれた。
 今のジェレミーと同じ、やっぱり君はジェレミーだ。
 ずっと愛している、ジェレミーだ。
「……ありがとう」
「ひどい顔だ。少し寝るといい。着いたら部屋まで運んでやるから」
 薄れゆく意識の中で、俺が守るというジェレミーの言葉を聞き、ヨランは安心して眠りに落ちた。
 
 

 翌日、不穏な空気を感じつつ、ヨランは仕事へ向かった。
 パーティーの時、ポケットに入っていた白い花。あれは偶然だったのか。
 何かのメッセージなら、いったい誰からなのか、さっぱり分からなくて胸が重い。
 所に到着し、寝不足でぼんやりしたまま自分のロッカーを開けると、衝撃で体が硬直した。
 中には白い花が二輪、そっと置かれていた。
 ヨランはハッと息を呑み辺りを見回す。職員はたくさんいて、全ての人間の顔が分かるわけではない。だが、基本的に職員が利用する場所は、部外者立ち入り禁止になっている。
 ここは休憩所からほど近い荷物置き場で、入室は本人か、もしくはその家族に限るとされているのだ。
 過去戻り前、ジェレミーからもらったハンカチーフが消えたことを思い出した。あの時も、上着と一緒にロッカーの中に入れたはずだった。
 鍵はないので、誰かが悪意を持ち、故意に盗むことは可能。もしくは、この花のように勝手に何かを入れることも。そして、それができるのは関係者ということになる。
 サイラスがもらっていた花だ。
 これはヨランに対して、サイラスに近づくなという警告なのか……。
「お、ヨラン。花なんて持って、どうした?」
 花を手にしたまま立ち尽くしていたら、同僚が声をかけてきた。
「ホワイトルティアだな。花言葉は、嫉妬、だったかな」
「……え?」
 同僚の言葉にピリリと体が痺れる。
 二十二年前を忘れない。
 あのカードに書かれていた言葉が、強烈に頭の中を駆け巡る。
「今朝、職員棟に誰か部外者は来ていたか?」
「さっきレム上官の親戚が来ていたらしい。あれから休職しているだろう? 書類を届けにとか……俺も詳しくは分からないけど……」
「レム上官の親戚……」
 カチッと何かがハマった気がする。
 ヨランは花を手にその場から走り出す。
 レム上官を職員全員が訴え、新聞社まで入ってきたので、さすがに上層部も軽視できなくなった。勤務態度の問題とし、処分が決まるまで休職、おそらく地方送りになるだろうと言われていた。
 職場に顔を出せなくて、代わりの人間が来るのは考えられる。
 だがそれは、このタイミングに現れた職員以外の人間であるのは間違いない。
 ヨランは中央玄関まで走り、受付の女性に声をかけた。
「ごめん、さっき来たレム上官の親戚の人だけど、誰だか分かる? まだいるのかな?」
「……荷物を引き取りに来た方ですか? モガ公爵家の方だと聞きました。用件だけ済ませて、すぐお帰りになりましたけど……」
「モガ公爵家……。男性? 女性? どんな人だった? 歳はどのくらい?」
「え……ええと、男性です。歳は若いと思いますよ。貴族学校の制服を着ていましたから」
「学生!? やはり……」
 思った通りだ。
 サイラスの教室に入り、ロッカーに花を置くなんて、学校関係者でなくてはできない。そして、貴族学校の生徒ということは、ジェレミーのような特別生でない限り、貴族の子息ということだ。そして、モガ家と名乗ったのなら、モガの名が付く生徒だと考えられる。
「ありがとう」
 ヨランはそう言って受付嬢に花を渡し、踵を返した。去り際、ヨランは受付に書かれている日付を確認する。今日は時戻り前の、サイラスの死の一週間前だ。
 サイラスはやはり、殺されたのだとヨランは確信する。
 じっとしてはいられない。同僚に早退すると伝え、ヨランは上着を羽織ることも忘れて急いで職場を出た。
 途中で辻馬車を拾い、貴族学校へ向かった。
 到着したらすぐに、生徒名簿を確認し、モガ公爵家の令息を探す。サイラスとジェレミーに会ったら、情報を共有し、警備を増やしてもらおうと考えていた。
「二十二年、そうか……二十二年だ!」
 馬車に揺られながら、なぜ二十二年後にジェレミーが殺されたのか考えた。
 始めはヘーゼルの犯行だと思ったが、それだと二十二年の説明がつかない。いつでも犯行可能だからだ。
 弟を殺されたと思い込み、憎しみを抱いたとしても、ヘーゼルがあんな卑劣な犯行をするとは思えない。
 白い花を贈る謎の侵入者、貴族学校の生徒、高位貴族であるモガ公爵家の人間。
 そこまで明らかになると、二十二年という年月まで線が繋がる。
 二十二年、それは、殺人事件の時効となる年月だ。
 犯人が高位貴族の令息なら、殺人が公になれば家の醜態となってしまう。サイラスを殺害したことが家族に知られ、おそらく強制的に他国へ連れて行かれたのだろう。
 そして、二十二年後、再びエトワール王国へ戻り、ジェレミーの周囲を調べ、計画を立て今度は確実に彼を殺した。
 犯人にとって、その時の恨みは、“忘れられない“ ものであったから……。
 サイラスを殺した人物と、ジェレミーを殺した人物が繋がったが、サイラスがなぜ殺されたのかはまだ分からない。
 サイラスに向けていた恋心が、憎しみに変わったのだろうか。
 流れゆく景色を横目に、ヨランは緊張で震えてしまうのを、手に力を入れて堪えた。
 
 貴族学校へ到着し、馬車を降りたヨランは、図書館へ向かう。卒業生であるヨランは、卒業生及び、在校生の名簿を確認できる。
 今は授業中なので、教室で授業を受けている生徒達の様子が見えた。ヨランは颯爽と教室から見下ろせる中庭を抜け、図書館に辿り着く。
 閲覧許可を取り、早速在校生の名簿に目を通した。
 一覧にある名前を指でなぞり確認していると、一人の生徒の上で指を止める。
「…………モガ…………、ピアゾ・モガ! こいつだ!!」
 誰もいない図書室に声が響いてしまい、慌てて口に手を当てる。
 高等部の在校生で、モガ家の生徒は一人しかいない。
 サイラスとジェレミーより、一学年下の生徒だ。
 貴族の事情に詳しくないヨランは、名前を見てもどんな人物か思いつかない。
 モガ家には妾の子がいると聞いている。そのうちの一人かもしれない。
 モガ家といえど、妾の子というのは、周囲から疎まれることが多い。
 何らかの理由で、彼がサイラスに恨みを抱いたのだろう。
 どうするか考え、思いついたのはヘーゼルだ。
 ピアゾがサイラスに付きまとっているのを見たと話し、専属の護衛を付けてもらう。サイラスを大事に思っている彼なら、わずかなことでも危険だと言えば対応してくれるだろう。
 かなりの執念深さを感じるが、まだ実害がないことを考えると、出来ることは自衛しかない。
 図書館を出たヨランは、そのままエドマン家に向かうことにする。
 今日は指導の予定がないので、授業が終わればサイラスはジェレミーと一緒に帰宅するはずだ。そこで二人にも話をして、警戒してもらおうと思った。
 時戻り前の記憶を頼りにここまで来たが、一度目の時と状況が変わり、いつ何が起こるか分からない。
 サイラスに接触したことにより、ヨランは目をつけられたらしい。まさか、自分が花をもらうことになるとは思わなかった。
 そこでふと思考が止まり、ヨランの足も止まる。
 冷たい風が吹き抜けて、ヨランの髪を揺らした。
 ピアゾにとって、花を贈るのは何かの意味がある。サイラスは、最近付きまといがなくなり、落ち着いたと言っていた。
 まるで、その代わりのように自分が花をもらっているように感じるのは気のせいか……。
 サイラスに近づくなという警告より、むしろ……。
 じっとりとした視線を感じ、ヨランはぶるりと震える。
 まさか自分に矛先が向くなんてことはないと思っていた。
 辺りは静かだ。
 ヨランの前には分かれ道がある、
 みんな校舎の中に入り、誰も人は歩いていない。
 右に曲がり真っ直ぐ歩けば、教室がある区域に出られる。左に曲がり、人気のない道を進むと、旧校舎に出る。そこはまさに、サイラスの悲劇があった場所。
 右に曲がり、走って行こう。
 そう思うのに、体が恐怖で動かない。鎖のように重い視線がヨランの体をじゃらじゃらと這い回っている。
 今まで気のせいだと思っていた不穏な気配。
 それが答え合わせのように、ぐるぐると頭の中を回る。
 
——そう、後だ。
——後ろに、誰かいる。
 
「アーデルハイド先輩」
 サイラスの声ではない。知らない人の声。
 ヨランは恐る恐る後ろを振り向いたが、次の瞬間、頭に衝撃を感じ、視界が真っ暗になった。
 
 


 ぼんやりと霞んだ視界に、白い天井が浮かぶ。
 ここはどこだろうと思いながら瞬きをすると、頭に痛みが襲ってきた。
「うぅ……いた……」
 自分の声が耳に響き、鼻から空気を吸い込む。
 埃っぽい臭いがして、ゴホゴホと咽せた。
 チカチカと揺れていた視界がやっと見えてきた。周囲に机や椅子が散らばっており、ここは荒れた教室のような場所だと分かる。
 ヨランは椅子に座らされた状態で後ろ手に縛られている。
 ハァハァと吐いた息が白い。
 だんだん記憶が戻ってきて、ここを現場検証のために訪れた日を思い出した。床に広がった血の跡、サイラスのいた場所を示していた線。
 間違いない。
 ここはサイラスが殺された場所だ。
 過去に戻り、なぜ自分がここにいるのか。
 頭から血が流れ、頬をつたって下に落ちていくと、ヨランの考えが色付いていく。
 サイラスに一方的に恋心を抱いていた人物の犯行かと思ったが、それは違うと気づいた。
 白い花はその花言葉の通り、嫉妬だ。
 犯人は嫉妬をしている相手に、花を贈っていた。
 彼に近づくなという、警告の意味を込めて……。
 ガタンと音がして、建て付けの悪いドアが開く。薄暗い廊下から誰かが入ってくる気配がして、ヨランは名前を呼んだ。
「……ピアゾ・モガだな?」
「あれ、僕の名前、知ってくれていたんですね。アーデルハイド先輩に呼んでもらえるなんて、光栄だな」
 顔を上げるとそこには、赤い髪をした生徒が剣を手に立っていた。特徴のない薄い顔をしている。校内で見かけたことすら記憶にない。
「アーデルハイド先輩って、誰も寄せ付けないって人だったのに、残念ですよ。卒業したくせにわざわざ戻って来て、あの人に近寄るなんて……ああ本当に残念」
「なんでこんなことをした?」
「それはもちろん、邪魔だから死んでもらうためですよ。始めはサイラスを殺そうと思ったけど、先輩が途中から出て来て、もっと仲良くなったから。パーティーでも、あんなにくっ付いて……許せない!」
「……お前が好きなのは、ジェレミーだな。ジェレミーに近い人間に嫉妬の花を贈り、近づくなと警告した。そして、じわじわと追い詰め、最後に殺そうとしていたのか」
「よく分かっているじゃないですか。先輩はもっと苦しめようと思ったけど、ちょうどよく校内を一人で歩いているのを見て、今がチャンスだと思ったんです。ここは人が来ないので、前から目をつけていたから……」
 過去のサイラスもひどい殺され方だった。
 今の自分が同じ立場にいると考えると、ゾッとして背筋が寒くなってくる。
 ピアゾは手に持っていた剣をヨランの頬に当てた。
 冷たくて硬い感触に、悲鳴を上げそうになる。
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