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番外編
君に好きだと言わせたい
気になる人がいる。
ブランシュ・リエール。
王立アカデミー植物学部の1つ上の先輩。
授業で同じグループなのだが、その人がとっても気になる。
細身で背はスラリと高く、いつも俯いている。もじゃもじゃの黒い髪の毛で素顔はほとんど見えない。
僕はその奥が気になって、ついじっと見つめてしまう。
「ブランシュ先輩、実験で使う葉を集めておきました」
「ああ……どうも」
声をかけて袋を手渡すと、ブランシュはボソボソとお礼のようなことを言い、無造作に袋を白衣のポケットに突っ込む。
相変わらずの塩対応。
得意のにこにこオーラを放ってみたが、こちらに一瞥もくれず会話が終わってしまう。
ダウナー系のブランシュは、今日も鉢植えに話しかけている。ブランシュが夢中なのは植物だ。朝から晩まで温室にいて、人間には興味がないらしい。
「なに? まだいたの?」
「あ、あの、戻ります。お邪魔しました」
またまた冷たく返されてしまい、僕はしょぼんとしながら温室を後にした。
ブランシュは誰に対しても塩対応。始終ローテンションで、視線すら合わせない。
変わり者、不気味な植物オタク、温室の蟻とまで呼ばれている。
だけど、気になる。
黙っていてもチヤホヤしてくる連中とは大違い。
髪に隠れた瞳は何色をしているのか。
その目に自分が映ったらと思うと嬉しくなる。
だから、気になる。
僕は美人と評判の母親譲りの容姿をしていて、貴族学校時代からとにかくモテた。モテ過ぎて変なのまで寄ってくる事態に困り果てたほどだ。
だけどずっと片想いで、両想い歴はなし。
恋愛経験豊富でしょう、なんて聞かれるけど、答えはノー。誰とも付き合ったことがない。
長年想い続けた相手を諦め、しばらく学業に専念してきたが、自然と付き合っていく友人達を見て、あれ寂しいなと感じた今日この頃。
そんな時、目に入ったのが、ブランシュだった。
「好きだって言わせたい」
「サイラス。そう思うなら、せめて人間を相手にしろよ」
ポツリと呟くと、友人のジェレミーが軽快にツッコんできた。
「失礼な、ちゃんとした人間ですよ」
町のカフェで大声を出すわけにもいかず、小鼻を膨らませて抗議をする。ジェレミーの隣に座っているヨランがクスクスと笑った。
「ブランシュ・リエールか。覚えているよ。いつも薄汚れた白衣を着て、教室の端っこに座っていたな」
「ヨラン先輩、知っているんですか? もしかして、仲が良かったりとか……?」
「お互い人と関わらないところが似ていて、余るから、よく授業でペアを組まされることはあったけど、個人的に会話をした記憶はないな……」
「ペアって何のだよ」
「ああ、私の学年まで、運動の時間はペアでストレッチをしていたんだ」
「……と、言うことは!? ヨランのアンナところやコンナところを、合法で触っていたのか!?」
「ジェレミー……変な言い方しないでよ」
「くぅぅー! 俺のヨランの体育着姿に触れるなんて――!! 俺は心配だ。この前だって、知らない男に、いつぞやのお礼だとか言われて、ハンカチを返してもらっていたじゃないか!」
「あれは……たまたまその人が困っている場面に出くわして、ハンカチを貸しただけで……」
痴話喧嘩を始めたと思ったら、ヨランはジェレミーの手を握り、いつの間にか二人で見つめ合っていた。
「知っているでしょう? 俺はジェレミーが好き。毎日言っているのに」
「……毎日じゃ足りないくらいなんだ。目が合う度に好きだと言い合いたい。ほら、今この瞬間も……」
いつの間にか話が別の方向に行き、ラブラブカップルのイチャイチャを見せつけられているので、ムッとした僕は頬を膨らませる。
幼馴染のジェレミーと、貴族学校時代の先輩で指導係でもあったヨランは、今年の初めに結婚した。
幼い頃、隣家に住んでいたジェレミーは、暴力的な父親から何度も守ってくれた。僕にとっては、兄のような存在であり、大変な時期を生き抜いた戦友のような相手だ。
もう守ってくれなくても大丈夫だが、たまに少しだけ寂しくなる。愛し合う相手がいるということが、羨ましく感じるのだ。
今にも抱き合いそうなくらい、くっ付いてる二人に向かって、僕はゴホンと咳払いをする。
「ちょっと! 話を戻すけど、僕は燃えているんだよ。こんなに相手にされないのは初めてだし、どうにかして僕を好きにさせたい!」
そう高らかに宣言すると、二人はいかにも無理ですという顔になり、目を泳がせた。
「お前がモテるのはよく分かるけど、相手がなぁ……。植物にしか興味がないなら、お前が植物になるしかないだろう」
「そんなこと、できるわけないじゃん!」
「おっと、悪い。この後、団の演習があるんだった。それじゃヨラン、後でな」
埒が明かないと思ったのだろう。ジェレミーは荷物を掴んで、ヨランに口付けた後、サッサと逃げ出してしまう。
相変わらず、相談事には全く頼りにならないジェレミーを怒っていると、ヨランに頭をポンポン撫でられた。
今まで容姿ばかり褒められて、自分の話を聞いてくれる人はいなかったが、ヨランは初めて真摯に話を聞いてくれた人だ。
「ブランシュと何かあった? 気になったキッカケとか?」
ジェレミーは面倒なことになると、すぐに逃げるが、ヨランはちゃんと聞いてくれる。
ジェレミーにじゃなくて、うちへお嫁に来てほしいくらいだ。
「僕、教授に可愛がられているから、陰で悪口言われて、たまたま聞いちゃってさ。全然いつものことだし、気にならなかったけど、そこにブランシュ先輩もいて。絶対我関せずだと思ったのに、そういうのはよくないって言ってくれたんだ」
「ブランシュが……?」
「そう、サイラスは課題もちゃんと提出しているし、実験にも参加してるって。嘘みたいって、びっくりしちゃった。見ていてくれたんだって」
「へぇ、意外と興味ゼロじゃないかも」
「え?」
「わずかでも変化があれば、期待していいかもね」
ヨランはそう言って、にっこりと笑った。
本当に美人だなと、見惚れてしまう。
ヨランみたいに綺麗だったら、あの植物オタクも振り向いてくれるのだろうか。
そう思いながら、僕は話へ夢中になり、すっかり冷めたお茶を飲む。
冷たい上に砂糖を入れ忘れていたことに気づき、ため息をついた。
ヨランは興味ゼロじゃないと言ってくれたけど、やっぱりゼロだと痛感する。
ブランシュに興味を持ってもらいたくて、近くで彼が好きそうな本を読んで見たり、新種の植物を手に入れて持って来たり、グループ課題の準備を人一倍頑張ったりしてみたが、全てスルー。
明らかにアピールが過ぎたからか、友人達からはバレバレだと言われるほどに頑張ったが成果はなし。
こうなったらと意気込んで、ランチに誘ってみることにする。
温室住まいと言われているが、ブランシュだって食事はするだろう。
今日も温室で本片手に、鉢植えに水をあげているブランシュの背中に話しかける。
「ブランシュ先輩。よかったら、今日のランチ、一緒に行きませんか?」
緊張が現れて声が震えてしまった。ドキドキしながら返事を待っていたが、ブランシュは振り向いてくれない。
もう一度、話しかけようかと思ったら、ブランシュの動きが止まった。
「サイラスくんさ。俺に話しかけない方がいいよ」
「え……」
「つまらないでしょう? 集中したいから、もういい?」
「そんなっ……つまらないなんて……」
また拒絶されてしまった。
違うと反論したかったが、これ以上話しかけたらもっと嫌われてしまう。
僕は上着の裾を両手で掴み、涙を堪えながらすみませんでしたと言って、頭を下げた。
そこからはよく覚えていない。
走って温室を出て、誰もいない場所まで行くと、ポロリと涙が溢れた。
胸が痛い。
庇ってくれたし、自分のことを見てくれていたことが嬉しかった。
もっと仲良くなりたかった。
自分の想いはいつも空回り。
届いて欲しい人には少しも届かない。
これからもずっとそうなのかと思うと、胸が痛くて悲しくなった。
それからしばらくは、ブランシュへ近づかないように頑張った。といっても、グループ授業が同じなので、どうしても顔を合わせてしまう。
意識して避けているのに、ブランシュは僕がミスをするとさりげなくそれをカバーしてくれたのに気づいた。
関わるなと言うくせに、助けてくれるなんてどうしたらいいのか分からない。
気持ちが上がったり下がったりで、疲れてしまう。
なるべく関わらないようにしてみるが、どうしてもこっそり目で追ってしまうのはやめられない。
珍しく温室を出て、中庭を横切るブランシュを見つけたので、僕はベンチに座り本を読むフリをしながら、その姿をじっと見ていた。
すると、教授に頼まれでもしたのか、書類の束を抱えていたブランシュの前に、上級生が立ちはだかった。
「おい、変人、植物オタク。ウロウロするなよ。こんなところまで来るんじゃねーよ」
誰にでも難癖をつけて絡む有名な先輩でだったので、周囲からまた始まったという視線が集まる。
「別に……。頼まれごとをしてきただけです。迷惑はかけていないかと」
「ああ? 迷惑かけてんだよ! 辛気臭いのが目障りだって言ってんの! 頭下げろよ、消えてくんない?」
成り行きを見守っていたが、あまりに理不尽なので僕は怒りで手が震えてしまう。聞いているだけで、ひどい扱いだった。
ブランシュは、一言返したが、その後は無言で下を向き立っている。言い返さなければ落ち着く相手もいるが、そうではなかった。上級生は何も言わないのをいいことに、ブランシュに関係のないことまで、ネチネチと文句を言い始めた。
関わるのは避けたいが、見ていられない。
特技は活かすためにある。
立ち上がった僕は、二人に近づいて行き、上級生の服の袖をチョンっと掴んだ。
「あれ? 先輩、こんなところでどうしたんですか?」
「ん? あぁサイラスか」
「この前、ジュース奢ってくれる約束、忘れてないですよね? 今から行きましょう」
「あ、ああ……」
ぐっと顔を近づけ、上目遣いで可愛らしく微笑む。
それだけで上級生の怒りは薄くなる。頬を赤くして照れた顔になったので、このまま引っ張って学食へ連れて行くことにした。
チラッとブランシュを見た僕は、この隙に早く行った方がいいよと目を瞬かせて合図をする。
すぐに行ってしまうと思ったのに、ブランシュはその場から動かなかった。
上級生はニヤニヤ笑って、僕の肩に手を回してきた。ゾクっと悪寒が走るが何とか耐える。
この手の輩の扱いには慣れていた。
すごい、カッコいい、を連呼して適当に話を聞いてやれば、気分よく帰ってくれる。
これで丸く収まるはず、そう思って足を踏み出したところで、おいと声が聞こえた。
「あ? 何の用だ?」
早く行ってと伝えたはずなのに、呼び止めたのはブランシュだった。せっかく落ち着いたのに、上級生はまた怒りの表情に変わる。
「その子、放して」
「ああ!? お前に何の関係がある!? 消えろって言っただろう!!」
激昂した上級生はブランシュに殴りかかる。それを見た僕の心臓は一気に冷えて、体が硬直してしまい、止めに入ることができない。
いつものっそり動いているくせに、ブランシュは驚くほど俊敏に上級生のパンチをかわした。それと同時にポケットから何か取り出して、それを上級生の顔に向けて振りかける。
「ゔぅ……」
わずかに声を上げた上級生は、寄り目になり、ガクンと力が抜けて床に倒れた。
何が起きたのか理解できなかったが、上級生からぐうぐうとイビキの音が聞こえてきて、眠ってしまったのだと分かった。
信じられない事態に周囲は騒然となり、僕は空いた口が塞がらなくなる。
ブランシュを見れば、彼は手のひらの上で香水のような小瓶を転がしていた。
「これ、ドミドミ草の根っこを抽出したやつ。まだ、試作品だけど、睡眠効果を発見したんだよね」
「え………………ええ!?」
「ちょっと強力だったかな。改善点発見っと」
「ブランシュ先輩!」
全てを理解した僕は、ブランシュの腕を掴んだ。つまり彼は、自作の睡眠効果のある薬品で上級生を眠らせたことになる。危険な状況ではあったが、教授陣へバレたらえらい事になるのは想像できた。
「逃げましょう!」
「えー、別に。起きても何が起きたか覚えていないと思うけど」
「いやいや、みんな見てますから、とにかく行きますよ」
遠巻きに見ていた人間もいるが、距離的に会話は聞こえていない。今はとにかく、この場から逃げるのが正解だ。
僕はブランシュの腕を掴んだまま走り出した。嫌がるかと思ったが、ブランシュは大人しく一緒に走って付いてきてくれた。
走っていつもの温室に戻ってきた。
息を吸い込み、荒い呼吸を整えた僕は、何てことをしたんだと言おうとするが、先に口を開いたのはブランシュだった。
「ダメだよ、サイラスくん。あんなのに触らせたら、君が汚れてしまう」
「えっ……?」
「ほら、手を上げて。これで拭けば綺麗になるから」
ブランシュの言っていることが全然理解できなくて、目を瞬かせていると、彼はまるで植物の世話をするように、服の上から僕の体を丁寧に拭き始めた。
「それにしても、俺のため助けに入ってくれるなんて、感動したよ。後で盛ろうかなと思っていたけど、この方法もアリだね。発見だ」
「も……盛るとは?」
「ん? お腹痛くなっちゃうやつとか、舌がおかしくなるのとか、まぁ色々取り揃えているよ」
ニコッと口の端を上げたブランシュは、親指を上げて自分の後ろを指し示した。いつも閉じているカーテンが開かれており、ブランシュの研究用の薬品棚が見えた。
「え……え、え、ちょっ、頭が追いつかない」
「暴力とか嫌いなんだよね。だけど、やられっぱなしは頭にくるし。そういう時は、陰で色々……。まぁ、知らない方がいいよ」
ブランシュの裏の顔が見えてしまい、僕はブルっと震えてしまう。確かにやられっぱなしはよくないけれど、何をしたのか考えるのが恐くてやめた。
ブランシュは甲斐甲斐しく僕の服を綺麗にして、走って乱れた髪まで整えてくれた。混乱で頭がいっぱいになった僕は、足の力が抜けてしまい、とりあえず近くの椅子に座った。
こんなに気持ちが乱れるのは、上級生が殴りかかってくるところを間近で見てしまったからだ。
子供の頃、暴力的な父の元で育ったことで、殴る蹴るという場面を見ると、冷や汗が出て動悸が止まらなくなる。そのことを思い出して、手で顔を覆った。
「……大丈夫? サイラスくん」
「だ……いじょ、です。少し休めば……」
心配してくれたのか近寄ってきたブランシュに、気を使わせないために、僕は軽く家庭の事情を話した。
ブランシュは黙って最後まで聞いてくれたが、話が終わると僕の前に膝をつき、手を握ってきた。
「大変な思いをしたんだね。俺の場合は母だったけど、よく殴る人だったから気持ちは分かるよ。元気を出して」
「先輩……ありがとうございます」
今までずっと塩対応だったのに、今日の先輩は妙に優しい。助けに入った事に恩を感じているのだろうか。
「あの、大丈夫です。いつも迷惑をかけてしまって、その……もういいですから」
手を離そうとしたが、ブランシュは手にもっと力を入れてくる。
「迷惑って? 何?」
「へ? あ、あの、先輩、僕のこと嫌っているんじゃ……」
「嫌ってないよ。うーん……、あぁそうか。集中したいって言ったの、気にしてる? あれ、そのまんま。集中してると、耳に何も入ってこないから、一緒にいてもつまらないよってやつ」
「そ……そうなんですね」
解釈違いか温度差か。
ブランシュとの会話が噛み合っていなかったことが発覚する。嫌われていなかったと分かり一安心だが、何だかゾクゾクっと寒気が走り、僕は椅子を引いてしまった。
「どうしたの?」
「い、いえ、何でも……な……」
その時、ブランシュはおもむろに前髪をかき上げた。いつも隠れている目元が露わになり、中から髪と同じ色の黒い瞳が見えた。
ブランシュの顔の印象はぼんやりしていたが、はっきりとした目鼻立ちだと分かる。高い鼻に形のいい唇、切れ長の目は黒曜石のような艶のある瞳が浮かんでいる。黒目が小さく上下とも白目が見える三白眼だ。人間離れした雰囲気で、ミステリアスな印象を受けた。
「ん? 顔に何かついている?」
「あ……は、初めて、ちゃんと顔が見られたというか……いつも前髪で隠れていましたから」
「ああ、切るのが面倒で伸びちゃうんだ。それに、目元がキツいから、睨んでるって言われるのも面倒だし」
確かに、この目にじっと見られると視線が強く感じる。僕の心臓もドクドクとなり始めた。
「サイラスくんのこと、嫌いって言うより、好きだよ」
「ああ、そうですか………………ん?」
「いつも俺の周りをチョロチョロして、可愛いって思っていたんだ。最近は近づくと逃げちゃうから、ちょっと寂しかったけど」
「え……え、え、うええ!?」
ありえないことを突然言われると、人の思考は止まるらしい。僕は何も考えられなくなり、パクパクと口だけを動かす。クスッと笑ったブランシュは、僕の鼻を指で突ついた。
好きの度合いを聞いてみたい。友人としての好きなのか、それとも……。
でも、妖しく笑うブランシュと目が合うと、本能的にこの人はヤバいと思い、僕は立ち上がった。
何も知らずに、とんでもない人の何かを開けてしまった気がする。
思い切り椅子を後ろに引いた勢いで、温室にある木から葉が落ちてきた。葉はひらひらと舞って、僕の頭の上に乗った。
「ああ、サイラスも温室の木になったみたいだね。じっとしていて、取ってあげるから」
いつの間にかブランシュは真横に来ていた。髪の上に乗った葉を払ってくれると思ったのに、ガサガサ指を動かすばかりで、いっこうに取れたと言ってくれない。
こんな時に、お前が植物になるしかないだろうと言った、ジェレミーのクソアドバイスが頭に浮かぶ。まるで頭から葉が生えて、その通りになった気がする。
「……取れたよ」
ドキドキして下を向き目を泳がせていたが、取れたと言われて僕は顔を上げる。すると、目の前にブランシュの顔があり、唇にチュッと口付けられた。
何をされたか分からずに、パチパチと目を瞬かせると、もう一度、今度はしっかりと唇が重なる。
柔らかくてほんのり温かい。
これがキス…………。
「ん………………んっ…………んんんっ!」
温もりへ溺れそうになったが、ハッと気がついた僕は、ブランシュの肩を押した。思いの外、あっさりとブランシュの唇は離れていく。
「ああ、ごめん。あんまり美味しそうだから」
ペロリと唇の周りを舐めるブランシュが壮絶な色気を放っていて、鼻血を噴きそうになる。
慌てて鼻を押さえ、何とか堪えた僕は、椅子を倒しながら温室の出口に向かって走る。
「失礼しましたー!」
温室を出る時、いつものクセで頭を下げてしまい、恥ずかしくなる。
「またおいで、サイラス。待ってるよ」
クスクスと笑われて、背中に声をかけられたが、今度は何も言わずに走り出す。
ブランシュは蟻の仮面を被った蜘蛛。
まるで蜘蛛の餌になった気分だ。
しっかり糸に絡め取られ、両手足を縛られたような感覚。
怖いと思うのに、なぜか明日も行ってしまう気がしてならない。
「こんなのー! ヨラン先輩にも相談できないー!」
僕は走りながら叫んだ。
好きだと言わせることに成功はしたが、振り回すつもりが振り回されている。
今度の恋は、前途多難過ぎる。
しかし、このハラハラ感は悪くないなと思い、何を着て行こうか考え始める自分に、心底呆れてしまった。
【おわり】
ブランシュ・リエール。
王立アカデミー植物学部の1つ上の先輩。
授業で同じグループなのだが、その人がとっても気になる。
細身で背はスラリと高く、いつも俯いている。もじゃもじゃの黒い髪の毛で素顔はほとんど見えない。
僕はその奥が気になって、ついじっと見つめてしまう。
「ブランシュ先輩、実験で使う葉を集めておきました」
「ああ……どうも」
声をかけて袋を手渡すと、ブランシュはボソボソとお礼のようなことを言い、無造作に袋を白衣のポケットに突っ込む。
相変わらずの塩対応。
得意のにこにこオーラを放ってみたが、こちらに一瞥もくれず会話が終わってしまう。
ダウナー系のブランシュは、今日も鉢植えに話しかけている。ブランシュが夢中なのは植物だ。朝から晩まで温室にいて、人間には興味がないらしい。
「なに? まだいたの?」
「あ、あの、戻ります。お邪魔しました」
またまた冷たく返されてしまい、僕はしょぼんとしながら温室を後にした。
ブランシュは誰に対しても塩対応。始終ローテンションで、視線すら合わせない。
変わり者、不気味な植物オタク、温室の蟻とまで呼ばれている。
だけど、気になる。
黙っていてもチヤホヤしてくる連中とは大違い。
髪に隠れた瞳は何色をしているのか。
その目に自分が映ったらと思うと嬉しくなる。
だから、気になる。
僕は美人と評判の母親譲りの容姿をしていて、貴族学校時代からとにかくモテた。モテ過ぎて変なのまで寄ってくる事態に困り果てたほどだ。
だけどずっと片想いで、両想い歴はなし。
恋愛経験豊富でしょう、なんて聞かれるけど、答えはノー。誰とも付き合ったことがない。
長年想い続けた相手を諦め、しばらく学業に専念してきたが、自然と付き合っていく友人達を見て、あれ寂しいなと感じた今日この頃。
そんな時、目に入ったのが、ブランシュだった。
「好きだって言わせたい」
「サイラス。そう思うなら、せめて人間を相手にしろよ」
ポツリと呟くと、友人のジェレミーが軽快にツッコんできた。
「失礼な、ちゃんとした人間ですよ」
町のカフェで大声を出すわけにもいかず、小鼻を膨らませて抗議をする。ジェレミーの隣に座っているヨランがクスクスと笑った。
「ブランシュ・リエールか。覚えているよ。いつも薄汚れた白衣を着て、教室の端っこに座っていたな」
「ヨラン先輩、知っているんですか? もしかして、仲が良かったりとか……?」
「お互い人と関わらないところが似ていて、余るから、よく授業でペアを組まされることはあったけど、個人的に会話をした記憶はないな……」
「ペアって何のだよ」
「ああ、私の学年まで、運動の時間はペアでストレッチをしていたんだ」
「……と、言うことは!? ヨランのアンナところやコンナところを、合法で触っていたのか!?」
「ジェレミー……変な言い方しないでよ」
「くぅぅー! 俺のヨランの体育着姿に触れるなんて――!! 俺は心配だ。この前だって、知らない男に、いつぞやのお礼だとか言われて、ハンカチを返してもらっていたじゃないか!」
「あれは……たまたまその人が困っている場面に出くわして、ハンカチを貸しただけで……」
痴話喧嘩を始めたと思ったら、ヨランはジェレミーの手を握り、いつの間にか二人で見つめ合っていた。
「知っているでしょう? 俺はジェレミーが好き。毎日言っているのに」
「……毎日じゃ足りないくらいなんだ。目が合う度に好きだと言い合いたい。ほら、今この瞬間も……」
いつの間にか話が別の方向に行き、ラブラブカップルのイチャイチャを見せつけられているので、ムッとした僕は頬を膨らませる。
幼馴染のジェレミーと、貴族学校時代の先輩で指導係でもあったヨランは、今年の初めに結婚した。
幼い頃、隣家に住んでいたジェレミーは、暴力的な父親から何度も守ってくれた。僕にとっては、兄のような存在であり、大変な時期を生き抜いた戦友のような相手だ。
もう守ってくれなくても大丈夫だが、たまに少しだけ寂しくなる。愛し合う相手がいるということが、羨ましく感じるのだ。
今にも抱き合いそうなくらい、くっ付いてる二人に向かって、僕はゴホンと咳払いをする。
「ちょっと! 話を戻すけど、僕は燃えているんだよ。こんなに相手にされないのは初めてだし、どうにかして僕を好きにさせたい!」
そう高らかに宣言すると、二人はいかにも無理ですという顔になり、目を泳がせた。
「お前がモテるのはよく分かるけど、相手がなぁ……。植物にしか興味がないなら、お前が植物になるしかないだろう」
「そんなこと、できるわけないじゃん!」
「おっと、悪い。この後、団の演習があるんだった。それじゃヨラン、後でな」
埒が明かないと思ったのだろう。ジェレミーは荷物を掴んで、ヨランに口付けた後、サッサと逃げ出してしまう。
相変わらず、相談事には全く頼りにならないジェレミーを怒っていると、ヨランに頭をポンポン撫でられた。
今まで容姿ばかり褒められて、自分の話を聞いてくれる人はいなかったが、ヨランは初めて真摯に話を聞いてくれた人だ。
「ブランシュと何かあった? 気になったキッカケとか?」
ジェレミーは面倒なことになると、すぐに逃げるが、ヨランはちゃんと聞いてくれる。
ジェレミーにじゃなくて、うちへお嫁に来てほしいくらいだ。
「僕、教授に可愛がられているから、陰で悪口言われて、たまたま聞いちゃってさ。全然いつものことだし、気にならなかったけど、そこにブランシュ先輩もいて。絶対我関せずだと思ったのに、そういうのはよくないって言ってくれたんだ」
「ブランシュが……?」
「そう、サイラスは課題もちゃんと提出しているし、実験にも参加してるって。嘘みたいって、びっくりしちゃった。見ていてくれたんだって」
「へぇ、意外と興味ゼロじゃないかも」
「え?」
「わずかでも変化があれば、期待していいかもね」
ヨランはそう言って、にっこりと笑った。
本当に美人だなと、見惚れてしまう。
ヨランみたいに綺麗だったら、あの植物オタクも振り向いてくれるのだろうか。
そう思いながら、僕は話へ夢中になり、すっかり冷めたお茶を飲む。
冷たい上に砂糖を入れ忘れていたことに気づき、ため息をついた。
ヨランは興味ゼロじゃないと言ってくれたけど、やっぱりゼロだと痛感する。
ブランシュに興味を持ってもらいたくて、近くで彼が好きそうな本を読んで見たり、新種の植物を手に入れて持って来たり、グループ課題の準備を人一倍頑張ったりしてみたが、全てスルー。
明らかにアピールが過ぎたからか、友人達からはバレバレだと言われるほどに頑張ったが成果はなし。
こうなったらと意気込んで、ランチに誘ってみることにする。
温室住まいと言われているが、ブランシュだって食事はするだろう。
今日も温室で本片手に、鉢植えに水をあげているブランシュの背中に話しかける。
「ブランシュ先輩。よかったら、今日のランチ、一緒に行きませんか?」
緊張が現れて声が震えてしまった。ドキドキしながら返事を待っていたが、ブランシュは振り向いてくれない。
もう一度、話しかけようかと思ったら、ブランシュの動きが止まった。
「サイラスくんさ。俺に話しかけない方がいいよ」
「え……」
「つまらないでしょう? 集中したいから、もういい?」
「そんなっ……つまらないなんて……」
また拒絶されてしまった。
違うと反論したかったが、これ以上話しかけたらもっと嫌われてしまう。
僕は上着の裾を両手で掴み、涙を堪えながらすみませんでしたと言って、頭を下げた。
そこからはよく覚えていない。
走って温室を出て、誰もいない場所まで行くと、ポロリと涙が溢れた。
胸が痛い。
庇ってくれたし、自分のことを見てくれていたことが嬉しかった。
もっと仲良くなりたかった。
自分の想いはいつも空回り。
届いて欲しい人には少しも届かない。
これからもずっとそうなのかと思うと、胸が痛くて悲しくなった。
それからしばらくは、ブランシュへ近づかないように頑張った。といっても、グループ授業が同じなので、どうしても顔を合わせてしまう。
意識して避けているのに、ブランシュは僕がミスをするとさりげなくそれをカバーしてくれたのに気づいた。
関わるなと言うくせに、助けてくれるなんてどうしたらいいのか分からない。
気持ちが上がったり下がったりで、疲れてしまう。
なるべく関わらないようにしてみるが、どうしてもこっそり目で追ってしまうのはやめられない。
珍しく温室を出て、中庭を横切るブランシュを見つけたので、僕はベンチに座り本を読むフリをしながら、その姿をじっと見ていた。
すると、教授に頼まれでもしたのか、書類の束を抱えていたブランシュの前に、上級生が立ちはだかった。
「おい、変人、植物オタク。ウロウロするなよ。こんなところまで来るんじゃねーよ」
誰にでも難癖をつけて絡む有名な先輩でだったので、周囲からまた始まったという視線が集まる。
「別に……。頼まれごとをしてきただけです。迷惑はかけていないかと」
「ああ? 迷惑かけてんだよ! 辛気臭いのが目障りだって言ってんの! 頭下げろよ、消えてくんない?」
成り行きを見守っていたが、あまりに理不尽なので僕は怒りで手が震えてしまう。聞いているだけで、ひどい扱いだった。
ブランシュは、一言返したが、その後は無言で下を向き立っている。言い返さなければ落ち着く相手もいるが、そうではなかった。上級生は何も言わないのをいいことに、ブランシュに関係のないことまで、ネチネチと文句を言い始めた。
関わるのは避けたいが、見ていられない。
特技は活かすためにある。
立ち上がった僕は、二人に近づいて行き、上級生の服の袖をチョンっと掴んだ。
「あれ? 先輩、こんなところでどうしたんですか?」
「ん? あぁサイラスか」
「この前、ジュース奢ってくれる約束、忘れてないですよね? 今から行きましょう」
「あ、ああ……」
ぐっと顔を近づけ、上目遣いで可愛らしく微笑む。
それだけで上級生の怒りは薄くなる。頬を赤くして照れた顔になったので、このまま引っ張って学食へ連れて行くことにした。
チラッとブランシュを見た僕は、この隙に早く行った方がいいよと目を瞬かせて合図をする。
すぐに行ってしまうと思ったのに、ブランシュはその場から動かなかった。
上級生はニヤニヤ笑って、僕の肩に手を回してきた。ゾクっと悪寒が走るが何とか耐える。
この手の輩の扱いには慣れていた。
すごい、カッコいい、を連呼して適当に話を聞いてやれば、気分よく帰ってくれる。
これで丸く収まるはず、そう思って足を踏み出したところで、おいと声が聞こえた。
「あ? 何の用だ?」
早く行ってと伝えたはずなのに、呼び止めたのはブランシュだった。せっかく落ち着いたのに、上級生はまた怒りの表情に変わる。
「その子、放して」
「ああ!? お前に何の関係がある!? 消えろって言っただろう!!」
激昂した上級生はブランシュに殴りかかる。それを見た僕の心臓は一気に冷えて、体が硬直してしまい、止めに入ることができない。
いつものっそり動いているくせに、ブランシュは驚くほど俊敏に上級生のパンチをかわした。それと同時にポケットから何か取り出して、それを上級生の顔に向けて振りかける。
「ゔぅ……」
わずかに声を上げた上級生は、寄り目になり、ガクンと力が抜けて床に倒れた。
何が起きたのか理解できなかったが、上級生からぐうぐうとイビキの音が聞こえてきて、眠ってしまったのだと分かった。
信じられない事態に周囲は騒然となり、僕は空いた口が塞がらなくなる。
ブランシュを見れば、彼は手のひらの上で香水のような小瓶を転がしていた。
「これ、ドミドミ草の根っこを抽出したやつ。まだ、試作品だけど、睡眠効果を発見したんだよね」
「え………………ええ!?」
「ちょっと強力だったかな。改善点発見っと」
「ブランシュ先輩!」
全てを理解した僕は、ブランシュの腕を掴んだ。つまり彼は、自作の睡眠効果のある薬品で上級生を眠らせたことになる。危険な状況ではあったが、教授陣へバレたらえらい事になるのは想像できた。
「逃げましょう!」
「えー、別に。起きても何が起きたか覚えていないと思うけど」
「いやいや、みんな見てますから、とにかく行きますよ」
遠巻きに見ていた人間もいるが、距離的に会話は聞こえていない。今はとにかく、この場から逃げるのが正解だ。
僕はブランシュの腕を掴んだまま走り出した。嫌がるかと思ったが、ブランシュは大人しく一緒に走って付いてきてくれた。
走っていつもの温室に戻ってきた。
息を吸い込み、荒い呼吸を整えた僕は、何てことをしたんだと言おうとするが、先に口を開いたのはブランシュだった。
「ダメだよ、サイラスくん。あんなのに触らせたら、君が汚れてしまう」
「えっ……?」
「ほら、手を上げて。これで拭けば綺麗になるから」
ブランシュの言っていることが全然理解できなくて、目を瞬かせていると、彼はまるで植物の世話をするように、服の上から僕の体を丁寧に拭き始めた。
「それにしても、俺のため助けに入ってくれるなんて、感動したよ。後で盛ろうかなと思っていたけど、この方法もアリだね。発見だ」
「も……盛るとは?」
「ん? お腹痛くなっちゃうやつとか、舌がおかしくなるのとか、まぁ色々取り揃えているよ」
ニコッと口の端を上げたブランシュは、親指を上げて自分の後ろを指し示した。いつも閉じているカーテンが開かれており、ブランシュの研究用の薬品棚が見えた。
「え……え、え、ちょっ、頭が追いつかない」
「暴力とか嫌いなんだよね。だけど、やられっぱなしは頭にくるし。そういう時は、陰で色々……。まぁ、知らない方がいいよ」
ブランシュの裏の顔が見えてしまい、僕はブルっと震えてしまう。確かにやられっぱなしはよくないけれど、何をしたのか考えるのが恐くてやめた。
ブランシュは甲斐甲斐しく僕の服を綺麗にして、走って乱れた髪まで整えてくれた。混乱で頭がいっぱいになった僕は、足の力が抜けてしまい、とりあえず近くの椅子に座った。
こんなに気持ちが乱れるのは、上級生が殴りかかってくるところを間近で見てしまったからだ。
子供の頃、暴力的な父の元で育ったことで、殴る蹴るという場面を見ると、冷や汗が出て動悸が止まらなくなる。そのことを思い出して、手で顔を覆った。
「……大丈夫? サイラスくん」
「だ……いじょ、です。少し休めば……」
心配してくれたのか近寄ってきたブランシュに、気を使わせないために、僕は軽く家庭の事情を話した。
ブランシュは黙って最後まで聞いてくれたが、話が終わると僕の前に膝をつき、手を握ってきた。
「大変な思いをしたんだね。俺の場合は母だったけど、よく殴る人だったから気持ちは分かるよ。元気を出して」
「先輩……ありがとうございます」
今までずっと塩対応だったのに、今日の先輩は妙に優しい。助けに入った事に恩を感じているのだろうか。
「あの、大丈夫です。いつも迷惑をかけてしまって、その……もういいですから」
手を離そうとしたが、ブランシュは手にもっと力を入れてくる。
「迷惑って? 何?」
「へ? あ、あの、先輩、僕のこと嫌っているんじゃ……」
「嫌ってないよ。うーん……、あぁそうか。集中したいって言ったの、気にしてる? あれ、そのまんま。集中してると、耳に何も入ってこないから、一緒にいてもつまらないよってやつ」
「そ……そうなんですね」
解釈違いか温度差か。
ブランシュとの会話が噛み合っていなかったことが発覚する。嫌われていなかったと分かり一安心だが、何だかゾクゾクっと寒気が走り、僕は椅子を引いてしまった。
「どうしたの?」
「い、いえ、何でも……な……」
その時、ブランシュはおもむろに前髪をかき上げた。いつも隠れている目元が露わになり、中から髪と同じ色の黒い瞳が見えた。
ブランシュの顔の印象はぼんやりしていたが、はっきりとした目鼻立ちだと分かる。高い鼻に形のいい唇、切れ長の目は黒曜石のような艶のある瞳が浮かんでいる。黒目が小さく上下とも白目が見える三白眼だ。人間離れした雰囲気で、ミステリアスな印象を受けた。
「ん? 顔に何かついている?」
「あ……は、初めて、ちゃんと顔が見られたというか……いつも前髪で隠れていましたから」
「ああ、切るのが面倒で伸びちゃうんだ。それに、目元がキツいから、睨んでるって言われるのも面倒だし」
確かに、この目にじっと見られると視線が強く感じる。僕の心臓もドクドクとなり始めた。
「サイラスくんのこと、嫌いって言うより、好きだよ」
「ああ、そうですか………………ん?」
「いつも俺の周りをチョロチョロして、可愛いって思っていたんだ。最近は近づくと逃げちゃうから、ちょっと寂しかったけど」
「え……え、え、うええ!?」
ありえないことを突然言われると、人の思考は止まるらしい。僕は何も考えられなくなり、パクパクと口だけを動かす。クスッと笑ったブランシュは、僕の鼻を指で突ついた。
好きの度合いを聞いてみたい。友人としての好きなのか、それとも……。
でも、妖しく笑うブランシュと目が合うと、本能的にこの人はヤバいと思い、僕は立ち上がった。
何も知らずに、とんでもない人の何かを開けてしまった気がする。
思い切り椅子を後ろに引いた勢いで、温室にある木から葉が落ちてきた。葉はひらひらと舞って、僕の頭の上に乗った。
「ああ、サイラスも温室の木になったみたいだね。じっとしていて、取ってあげるから」
いつの間にかブランシュは真横に来ていた。髪の上に乗った葉を払ってくれると思ったのに、ガサガサ指を動かすばかりで、いっこうに取れたと言ってくれない。
こんな時に、お前が植物になるしかないだろうと言った、ジェレミーのクソアドバイスが頭に浮かぶ。まるで頭から葉が生えて、その通りになった気がする。
「……取れたよ」
ドキドキして下を向き目を泳がせていたが、取れたと言われて僕は顔を上げる。すると、目の前にブランシュの顔があり、唇にチュッと口付けられた。
何をされたか分からずに、パチパチと目を瞬かせると、もう一度、今度はしっかりと唇が重なる。
柔らかくてほんのり温かい。
これがキス…………。
「ん………………んっ…………んんんっ!」
温もりへ溺れそうになったが、ハッと気がついた僕は、ブランシュの肩を押した。思いの外、あっさりとブランシュの唇は離れていく。
「ああ、ごめん。あんまり美味しそうだから」
ペロリと唇の周りを舐めるブランシュが壮絶な色気を放っていて、鼻血を噴きそうになる。
慌てて鼻を押さえ、何とか堪えた僕は、椅子を倒しながら温室の出口に向かって走る。
「失礼しましたー!」
温室を出る時、いつものクセで頭を下げてしまい、恥ずかしくなる。
「またおいで、サイラス。待ってるよ」
クスクスと笑われて、背中に声をかけられたが、今度は何も言わずに走り出す。
ブランシュは蟻の仮面を被った蜘蛛。
まるで蜘蛛の餌になった気分だ。
しっかり糸に絡め取られ、両手足を縛られたような感覚。
怖いと思うのに、なぜか明日も行ってしまう気がしてならない。
「こんなのー! ヨラン先輩にも相談できないー!」
僕は走りながら叫んだ。
好きだと言わせることに成功はしたが、振り回すつもりが振り回されている。
今度の恋は、前途多難過ぎる。
しかし、このハラハラ感は悪くないなと思い、何を着て行こうか考え始める自分に、心底呆れてしまった。
【おわり】
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ハピエンで良かった〜✨
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ありがとう
素敵な作品をありがとうございました!
春花様
お読みいただきありがとうございます!!
お返事遅くなってしまいすみません!
私の作品を読んでいただけて嬉しいです✨
時戻りのお話が書いてみたくてチャレンジした作品です。ハピエン、楽しんでいただけて良かったです☺️
サイラス編も書いてみたいなと思っています。
こちらこそ読んでいただきありがとうございました!
またお話ができたら読んでいただけたら嬉しいです✨✨
面白かったです!
ミステリーっぽいところも、恋愛模様も良かった。
年末忙しい時に現実逃避ができて、そして、腰にカイロを貼ったときみたいな、ほっこりした感じが味わえて、良かったです。
感想は多分初めてですが、朝顔さんの作品はいつも読んでます。
いつもありがとう💕
良いお正月を!
来年も楽しみにしてま〜す
かずぽん様
お読みいただきありがとうございます。
ラブアンドミステリー❤️お楽しみいただけたでしょうか(^^)
嬉しいお言葉ありがとうございます!
わぁぁ⭐︎他の作品も読んでいただき嬉しいです✨✨
良いお年をお迎えください。
来年も、ほっこり楽しんでいただけたら嬉しいです。
感想ありがとうございました♪♪
最後に2人が幸せになれて、本当に良かったです。最後のジェレミーの返しには思わず私も泣いてしまいました。この2人はこれからずっと一緒にいて笑って生きてくんだろなと想像もしつつ、今後を見れないのが少し寂しいです。2人の今後の幸せを祈ってます。ありがとうございました!
サカキ様
お読みいただきありがとうございます!!
素直になったヨランは、愛情深いジェレミーに支えられて、もっともっとラブラブで素敵なカップルになるだろうなと思っています。ヨランの頑張り、甘ったるい掛け合いも楽しんでいただけたら嬉しいです。
感想ありがとうございました☆☆