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本編
①ようこそ異世界部へ
推しへの揺るぎない愛。
時間と金を惜しむことなく、すべてを注ぎ込むが、直接的な見返りは決して求めない。
ただ推しが輝くことだけが幸せ。そのためにひたすら陰となり、応援し続ける。
かつてそんな一人のファンがいた。
清廉潔白をモットーとし、決して目立たず出過ぎず、ただひたすら推しのために生きる。
静かながら、地道な活動はやがて評判となり、彼が推した者は、必ず売れると噂にまでなった。
彼は、ファンの間でこう呼ばれていた。
ファンの鑑と……
☆☆☆
ラブマジック王国。
愛の女神セレーナが過去一微笑んだことで生まれたという、女神に愛された豊かな国。
そしてここは、剣と魔法の西洋ファンタジーの世界。
その魅力ゆえか、長い歴史の中で、王国内に突然別の世界の住人が現れることがあった。
王国は異なる世界の住人、異世界人を歓迎し、保護を目的として宮殿内に異世界人を住まわせ、王国の発展の為に力を借りることにした。
異世界の優れた技術や知恵を活かし、ラブマジック王国が更なる発展を遂げるよう、全ての国民は彼らに期待し、その活躍を温かく見守っている。
「それが異世界部だ」
静かに語り終え、メガネのブリッジを指で押し上げると、カガミは満足げに鼻から息を吐いた。
キマった。
我ながら完璧な説明だった。
老若男女、誰にでも分かるように丁寧に取りこぼしのない説明をしたので、きっと全て理解してくれただろう。
そう思って腕を組むと、対面のソファーに座った青年は、ポカンと口を開けたまま首を傾げた。
「あのぅ、それと俺が噴水から飛び出たのと、何の関係が……?」
小一時間、身振り手振りを添えて完璧な説明をしたのに、話が最初に戻ってしまった。カガミはガクンと肩を落とし、崩れ落ちそうになる。
「き……君! 何も聞いていなかったのか!!」
「あ、俺、シンです。アズマシン。だって、友達とスタパで話していたのに、気付いたらあんなところにいたんですよ。正直、何が何だか……ええと貴方は……」
「……カガミだ。ここでは君と同じ異世界人。かつて、私もニホンで暮らしていたが、ここに来て三年になる」
「さ……三年!? 三年もこの訳のわからない世界に!?」
アズマは両頬に手を当て、口を縦に開いた。
とにかく表情豊かに大袈裟なリアクションをするので、その陽キャっぷりに目が眩みそうになる。
アズマは黒髪だが、毛先だけオレンジ色の派手な頭をしており、耳には何個もピアスが着いている。高校二年だと言っていたが、着崩したブレザーとネクタイを見ても、前の世界にいたら決して関わることのない相手だと思ってしまった。
「そうだ。アニメとか小説とかで見たことがないか? 俗に言う、異世界転移というやつだ。何がキッカケか知らないが、違う世界に来てしまったということだ」
「嘘だろー! マジかぁ……」
ショックを受けている様子のアズマを見て、カガミは三年前、同じようにソファーに座っていた自分を思い出す。
彼は自分より若いし、受け入れるのには時間がかかりそうだと思った。
「転移した者は必ず王国内の噴水から現れる。その時期は決まっていない。私の後、三年で君が現れたが、何十年も間が空くこともある。異世界人は保護される。言語だけは自動で取得するらしいが、この書類を見れば分かると思うが、何を書かれているか分からないだろう? 当面、君のやることは、生活に慣れること、文字の読み書きを習得することだ」
カガミは王国が発行した、異世界人の登録証をアズマの前に置いた。案の定、自分の時と同じ反応で、書類を上下逆さまにし読み取ろうとしていたが、無理だと分かるとまた机の上に戻した。
「え……でも、異世界転移ってことは……! チートとかないんですか? ほら、めちゃくちゃ腕っ節が強いとか、最強魔法が使えるとか!」
「ない」
シーンという音が文字になり、浮かんで見えるように静かになる。ゴホンと咳払いしたのはカガミで、アズマは放心状態になっていた。
「我々の体は元の世界のまま、何も変わらない。そしてこれは伝えておかなければならないが、ここは魔法ファンタジーの世界だ。全ての動力は、魔力によって賄われる。魔力はここの人間から生み出されるもので、それを集めて使うことにより社会が正常に機能している。我々は一応、保護されているが、魔力を持たないということは、この世界において、お荷物な存在ということだ」
「お荷物!? そんなぁーー!!」
初っ端から気落ちさせたくはなかったが、後から知るよりもいいだろう。
アズマは額に手を当てマジかーと呟き、ショックを受けている様子だ。
静かになったところで、ズズっとお茶をすする音が聞こえた。アズマもチラチラと目線を送り気にしている様子なので、そろそろ紹介することにした。
「では改めて。私が異世界部部長のカガミだ。歳は三十になる。この世界に来て三年目。前の世界、ニホンにいた頃は、ごく普通の会社員だった。それで、あちらにいるのが……」
カガミがソファーから立ち上がり、手を差し向けると、アズマも立ち上がった。視線に気づいたのか、部屋の奥に座っていた男が顔を上げた。
「どうもー、フジタです。カガミくんより長いんだけど、人の上に立つのとか苦手で、カガミくんに任せてのんびりやらせてもらってます。分からないことがあったら聞いてね」
頭をかきながら、自信なさげに立ち上がったのは異世界部の先輩にあたるフジタだ。小柄で広いおでこが特徴的、いつも眉尻が下がっている。いい人だが、いかんせん、説明が足りないところがあるので、カガミが補足をする。
「フジタさんがニホンにいた頃は、運送や大工、飲食業などで働いていたそうだ。今は四十二歳、三十の頃こちらに来て十二年になる」
「じゅっ!! 十二年!! そんなに長く帰れないなんて……ふ、不安しかない……」
悲壮な顔のアズマくんには申し訳ないが、まだもう一人の紹介が終わっていなかったので、カガミは手を上げる。
「窓側の席に座っているのが、カミムラさん。寡黙な人だから私から紹介すると、この異世界部の最年長で七十歳。ニホンでは農業をされていた。この世界に来てから結婚して子供と孫もいる。もう現地の方と言ってもいいくらいかもしれない」
カミムラはほとんど喋らないし動かない。コアラのようにのんびり立ち上がり、んーと鼻から抜けたような声を上げて頷く。いつもニコニコしているのが、彼の仕事と言っていい。
「えっ……失礼ですが、そ、そんなお歳ということは……」
「カミムラさんは、ここに来て四十年だ」
「うわぁぁ! 絶対帰れないじゃん俺! 不安通り越して絶望だーーー」
ついに頭を抱えたアズマは、膝から崩れて床に座り込んでしまった。ここまでではないが、カガミも同じように途方に暮れたので彼の気持ちは理解できた。
小さく息を吐いたカガミは、アズマを励まそうと声をかける。
「こちらの魔法技術も日々発展していて、渡り人が元の場所に戻れる方法を研究してくれている。我々は祈ることしかできないが、もしかしたら明日にでも帰れると言われるかもしれない。希望を持って頑張ろう」
項垂れたまま、ブツブツと呟いていたアズマだったが、急に何か思いついたようにガッと顔を上げた。
「待ってください……。まだ知識チートがあるじゃないですか! ニホンの農業とか経済とか、料理なんかもありますよね! そういう知識チートでこっちの人を圧倒して、王様もびっくりの凄い凄いの嵐は? フジタさんなんて、色々やっていたなら凄いことに……」
アズマのキラキラした期待のこもった視線を受けて、三人は見合わせて気まずい顔をした。
「うーん、僕は氷河期世代で派遣を渡り歩いたから、大した仕事をしていないんだ。派遣切りにあって、ヤケ酒して倒れた後、こっちの世界に来たくらいだから……全然使えないというか……」
「私もただの事務員だし、カミムラさんは農業と言っても、農家の手伝いをしていたそうで、詳しく分からないらしい……。何というか……披露できるような知識はない……」
「そんな……俺もただの高校生だし……チートのかけらもない……。終わった……完全に詰んだ……」
アズマくんは一度盛り返したが、力をなくしてまた床に崩れ落ちた。放心状態なのでそのままにしておくわけにもいかず、仕方なく、カガミとフジタでソファーに運んで寝かせることにする。
「今、異世界部はこの三名だが、実は他にも何人かいたらしい。国は我々異世界人に強制を求めない。もしここで働くのが嫌なら、好きにしていいと言われていて、ある程度慣れたらここを出て自由に暮らしていく人が多い。君にもそういう選択肢があるのを伝えておく」
閉じ込められているわけではないと伝えたかったが、アズマはぼんやりとした目で、はいと言って頷いた。まだそこまで考える余裕がないようだ。
「……カガミさん、元気ですね。どれくらい経つと気持ちを切り替えられるものなんですか?」
「そうだな……人によると思うが……私の場合は、生きる希望があればどこでも頑張れる。ニホンにいた頃もそうだった」
「生きる……ですか?」
いきなり知らない世界に飛ばされて、同じような立場の者と出会えたが、心細いことは変わらなかった。
ただ、カガミの場合、希望があれば、そこがニホンでも異世界でも力が湧いてくる。
「推しができたんだ」
カガミは胸を張って答えた。
そんなカガミのことをぼんやりとした目で眺めたアズマは、推しですか? と気が抜けた声を上げる。
「ニホンにいた頃も推し活が生き甲斐だった。こっちに来て、推しを推せなくなって悲しみに暮れたが、運命的な出会いをしたんだ。私はファンとして全力で推せるなら、どんなことでも耐えられる」
拳を握って熱弁するカガミに、アズマはポカンとした顔で驚いていたが、フジタとカミムラはいつものことだと、ズズっと音を立ててお茶を飲んだ。
「な、なんか……印象違いますね。カガミさんって、見た目真面目そうだし、推しなんて言葉が出てくるとは思えなくて……」
カガミは黒髪に黒目の細長の一重で、平凡などこかにいそうな顔をしている。十人が見たら十人とも、真面目そうな人という感想しか持たれない。
「そうだな、クソ真面目で面白みのない男だとよく言われてきた」
「いや、そこまでは言ってないですけど……」
「特に秀でたところもなく、無趣味で生きてきたが、推しができてからというもの、人生に輝きが見えたんだ。それ以来、様々な人や物のファンになった」
「へぇ、いいじゃないですか。推しは推せるうちに推せって言いますからね」
「そう! よく分かっているじゃないかアズマくん! 推しを推して推し続ける! 決して出過ぎず、陰ながら応援し続ける! それこそが、私の人生の生き甲斐だ!」
ついにくるりと一回転して汗まで飛ばしたカガミを見て、アズマはさすがに大丈夫かという顔で口元を引き攣らせたが、他二人は涼しい顔をしていた。
「カガミくんはねぇ、すごいんだよー。カガミくんが推すと必ず成功するって、ファンの間じゃ伝説になっていたみたい」
「フジタさん……そ、その話は……」
「マジですか!? すごー! ファンの鑑じゃないですか! えっ、なんか落ち込んでたのがどうでもよくなってきた。めっちゃ面白そう! その話聞かせてください! あっ、俺もお茶いいっスか?」
「……アズマくん、君ね……切り替え早いね」
ソファーから飛び起きてフジタの隣に座り、一緒にお茶を飲み出したアズマを見て、カガミは目を白黒させた。
王国歴一四〇〇年。
ラブマジック王国城下町の中央広場大噴水から、新たな異世界人がやって来た。
王国兵士がすぐに保護し、朝議にて処遇が話し合われた。
記録にある限り最年少の渡り人。
王国にとって悩みの種である異世界人は、通例通り、異世界部に送りそれ以上の介入は無用と決まる。
彼の登場は。王国人にとって小さな風だったが、異世界人カガミと、ある男には大きな風となり、二人の運命が大きく変わることになる。
時間と金を惜しむことなく、すべてを注ぎ込むが、直接的な見返りは決して求めない。
ただ推しが輝くことだけが幸せ。そのためにひたすら陰となり、応援し続ける。
かつてそんな一人のファンがいた。
清廉潔白をモットーとし、決して目立たず出過ぎず、ただひたすら推しのために生きる。
静かながら、地道な活動はやがて評判となり、彼が推した者は、必ず売れると噂にまでなった。
彼は、ファンの間でこう呼ばれていた。
ファンの鑑と……
☆☆☆
ラブマジック王国。
愛の女神セレーナが過去一微笑んだことで生まれたという、女神に愛された豊かな国。
そしてここは、剣と魔法の西洋ファンタジーの世界。
その魅力ゆえか、長い歴史の中で、王国内に突然別の世界の住人が現れることがあった。
王国は異なる世界の住人、異世界人を歓迎し、保護を目的として宮殿内に異世界人を住まわせ、王国の発展の為に力を借りることにした。
異世界の優れた技術や知恵を活かし、ラブマジック王国が更なる発展を遂げるよう、全ての国民は彼らに期待し、その活躍を温かく見守っている。
「それが異世界部だ」
静かに語り終え、メガネのブリッジを指で押し上げると、カガミは満足げに鼻から息を吐いた。
キマった。
我ながら完璧な説明だった。
老若男女、誰にでも分かるように丁寧に取りこぼしのない説明をしたので、きっと全て理解してくれただろう。
そう思って腕を組むと、対面のソファーに座った青年は、ポカンと口を開けたまま首を傾げた。
「あのぅ、それと俺が噴水から飛び出たのと、何の関係が……?」
小一時間、身振り手振りを添えて完璧な説明をしたのに、話が最初に戻ってしまった。カガミはガクンと肩を落とし、崩れ落ちそうになる。
「き……君! 何も聞いていなかったのか!!」
「あ、俺、シンです。アズマシン。だって、友達とスタパで話していたのに、気付いたらあんなところにいたんですよ。正直、何が何だか……ええと貴方は……」
「……カガミだ。ここでは君と同じ異世界人。かつて、私もニホンで暮らしていたが、ここに来て三年になる」
「さ……三年!? 三年もこの訳のわからない世界に!?」
アズマは両頬に手を当て、口を縦に開いた。
とにかく表情豊かに大袈裟なリアクションをするので、その陽キャっぷりに目が眩みそうになる。
アズマは黒髪だが、毛先だけオレンジ色の派手な頭をしており、耳には何個もピアスが着いている。高校二年だと言っていたが、着崩したブレザーとネクタイを見ても、前の世界にいたら決して関わることのない相手だと思ってしまった。
「そうだ。アニメとか小説とかで見たことがないか? 俗に言う、異世界転移というやつだ。何がキッカケか知らないが、違う世界に来てしまったということだ」
「嘘だろー! マジかぁ……」
ショックを受けている様子のアズマを見て、カガミは三年前、同じようにソファーに座っていた自分を思い出す。
彼は自分より若いし、受け入れるのには時間がかかりそうだと思った。
「転移した者は必ず王国内の噴水から現れる。その時期は決まっていない。私の後、三年で君が現れたが、何十年も間が空くこともある。異世界人は保護される。言語だけは自動で取得するらしいが、この書類を見れば分かると思うが、何を書かれているか分からないだろう? 当面、君のやることは、生活に慣れること、文字の読み書きを習得することだ」
カガミは王国が発行した、異世界人の登録証をアズマの前に置いた。案の定、自分の時と同じ反応で、書類を上下逆さまにし読み取ろうとしていたが、無理だと分かるとまた机の上に戻した。
「え……でも、異世界転移ってことは……! チートとかないんですか? ほら、めちゃくちゃ腕っ節が強いとか、最強魔法が使えるとか!」
「ない」
シーンという音が文字になり、浮かんで見えるように静かになる。ゴホンと咳払いしたのはカガミで、アズマは放心状態になっていた。
「我々の体は元の世界のまま、何も変わらない。そしてこれは伝えておかなければならないが、ここは魔法ファンタジーの世界だ。全ての動力は、魔力によって賄われる。魔力はここの人間から生み出されるもので、それを集めて使うことにより社会が正常に機能している。我々は一応、保護されているが、魔力を持たないということは、この世界において、お荷物な存在ということだ」
「お荷物!? そんなぁーー!!」
初っ端から気落ちさせたくはなかったが、後から知るよりもいいだろう。
アズマは額に手を当てマジかーと呟き、ショックを受けている様子だ。
静かになったところで、ズズっとお茶をすする音が聞こえた。アズマもチラチラと目線を送り気にしている様子なので、そろそろ紹介することにした。
「では改めて。私が異世界部部長のカガミだ。歳は三十になる。この世界に来て三年目。前の世界、ニホンにいた頃は、ごく普通の会社員だった。それで、あちらにいるのが……」
カガミがソファーから立ち上がり、手を差し向けると、アズマも立ち上がった。視線に気づいたのか、部屋の奥に座っていた男が顔を上げた。
「どうもー、フジタです。カガミくんより長いんだけど、人の上に立つのとか苦手で、カガミくんに任せてのんびりやらせてもらってます。分からないことがあったら聞いてね」
頭をかきながら、自信なさげに立ち上がったのは異世界部の先輩にあたるフジタだ。小柄で広いおでこが特徴的、いつも眉尻が下がっている。いい人だが、いかんせん、説明が足りないところがあるので、カガミが補足をする。
「フジタさんがニホンにいた頃は、運送や大工、飲食業などで働いていたそうだ。今は四十二歳、三十の頃こちらに来て十二年になる」
「じゅっ!! 十二年!! そんなに長く帰れないなんて……ふ、不安しかない……」
悲壮な顔のアズマくんには申し訳ないが、まだもう一人の紹介が終わっていなかったので、カガミは手を上げる。
「窓側の席に座っているのが、カミムラさん。寡黙な人だから私から紹介すると、この異世界部の最年長で七十歳。ニホンでは農業をされていた。この世界に来てから結婚して子供と孫もいる。もう現地の方と言ってもいいくらいかもしれない」
カミムラはほとんど喋らないし動かない。コアラのようにのんびり立ち上がり、んーと鼻から抜けたような声を上げて頷く。いつもニコニコしているのが、彼の仕事と言っていい。
「えっ……失礼ですが、そ、そんなお歳ということは……」
「カミムラさんは、ここに来て四十年だ」
「うわぁぁ! 絶対帰れないじゃん俺! 不安通り越して絶望だーーー」
ついに頭を抱えたアズマは、膝から崩れて床に座り込んでしまった。ここまでではないが、カガミも同じように途方に暮れたので彼の気持ちは理解できた。
小さく息を吐いたカガミは、アズマを励まそうと声をかける。
「こちらの魔法技術も日々発展していて、渡り人が元の場所に戻れる方法を研究してくれている。我々は祈ることしかできないが、もしかしたら明日にでも帰れると言われるかもしれない。希望を持って頑張ろう」
項垂れたまま、ブツブツと呟いていたアズマだったが、急に何か思いついたようにガッと顔を上げた。
「待ってください……。まだ知識チートがあるじゃないですか! ニホンの農業とか経済とか、料理なんかもありますよね! そういう知識チートでこっちの人を圧倒して、王様もびっくりの凄い凄いの嵐は? フジタさんなんて、色々やっていたなら凄いことに……」
アズマのキラキラした期待のこもった視線を受けて、三人は見合わせて気まずい顔をした。
「うーん、僕は氷河期世代で派遣を渡り歩いたから、大した仕事をしていないんだ。派遣切りにあって、ヤケ酒して倒れた後、こっちの世界に来たくらいだから……全然使えないというか……」
「私もただの事務員だし、カミムラさんは農業と言っても、農家の手伝いをしていたそうで、詳しく分からないらしい……。何というか……披露できるような知識はない……」
「そんな……俺もただの高校生だし……チートのかけらもない……。終わった……完全に詰んだ……」
アズマくんは一度盛り返したが、力をなくしてまた床に崩れ落ちた。放心状態なのでそのままにしておくわけにもいかず、仕方なく、カガミとフジタでソファーに運んで寝かせることにする。
「今、異世界部はこの三名だが、実は他にも何人かいたらしい。国は我々異世界人に強制を求めない。もしここで働くのが嫌なら、好きにしていいと言われていて、ある程度慣れたらここを出て自由に暮らしていく人が多い。君にもそういう選択肢があるのを伝えておく」
閉じ込められているわけではないと伝えたかったが、アズマはぼんやりとした目で、はいと言って頷いた。まだそこまで考える余裕がないようだ。
「……カガミさん、元気ですね。どれくらい経つと気持ちを切り替えられるものなんですか?」
「そうだな……人によると思うが……私の場合は、生きる希望があればどこでも頑張れる。ニホンにいた頃もそうだった」
「生きる……ですか?」
いきなり知らない世界に飛ばされて、同じような立場の者と出会えたが、心細いことは変わらなかった。
ただ、カガミの場合、希望があれば、そこがニホンでも異世界でも力が湧いてくる。
「推しができたんだ」
カガミは胸を張って答えた。
そんなカガミのことをぼんやりとした目で眺めたアズマは、推しですか? と気が抜けた声を上げる。
「ニホンにいた頃も推し活が生き甲斐だった。こっちに来て、推しを推せなくなって悲しみに暮れたが、運命的な出会いをしたんだ。私はファンとして全力で推せるなら、どんなことでも耐えられる」
拳を握って熱弁するカガミに、アズマはポカンとした顔で驚いていたが、フジタとカミムラはいつものことだと、ズズっと音を立ててお茶を飲んだ。
「な、なんか……印象違いますね。カガミさんって、見た目真面目そうだし、推しなんて言葉が出てくるとは思えなくて……」
カガミは黒髪に黒目の細長の一重で、平凡などこかにいそうな顔をしている。十人が見たら十人とも、真面目そうな人という感想しか持たれない。
「そうだな、クソ真面目で面白みのない男だとよく言われてきた」
「いや、そこまでは言ってないですけど……」
「特に秀でたところもなく、無趣味で生きてきたが、推しができてからというもの、人生に輝きが見えたんだ。それ以来、様々な人や物のファンになった」
「へぇ、いいじゃないですか。推しは推せるうちに推せって言いますからね」
「そう! よく分かっているじゃないかアズマくん! 推しを推して推し続ける! 決して出過ぎず、陰ながら応援し続ける! それこそが、私の人生の生き甲斐だ!」
ついにくるりと一回転して汗まで飛ばしたカガミを見て、アズマはさすがに大丈夫かという顔で口元を引き攣らせたが、他二人は涼しい顔をしていた。
「カガミくんはねぇ、すごいんだよー。カガミくんが推すと必ず成功するって、ファンの間じゃ伝説になっていたみたい」
「フジタさん……そ、その話は……」
「マジですか!? すごー! ファンの鑑じゃないですか! えっ、なんか落ち込んでたのがどうでもよくなってきた。めっちゃ面白そう! その話聞かせてください! あっ、俺もお茶いいっスか?」
「……アズマくん、君ね……切り替え早いね」
ソファーから飛び起きてフジタの隣に座り、一緒にお茶を飲み出したアズマを見て、カガミは目を白黒させた。
王国歴一四〇〇年。
ラブマジック王国城下町の中央広場大噴水から、新たな異世界人がやって来た。
王国兵士がすぐに保護し、朝議にて処遇が話し合われた。
記録にある限り最年少の渡り人。
王国にとって悩みの種である異世界人は、通例通り、異世界部に送りそれ以上の介入は無用と決まる。
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