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本編
⑧ 推しを喜ばせよう大作戦!
演習場を駆け回る部下達を太陽の強い光が容赦なく照らす。皆んな汗だくで息を吐いている姿を見たアレクサンドルは、パンパンと手を叩いた。
「休息時間にする! 次の号令まで体を休めてくれ」
重りを腰に巻き付けて走っていた部下達は、次々と足を止めて地面に寝転んだ。
井戸から汲んできた水が配られて部下達が一息つく中、アレクサンドルも地面に座り、大きく息を吐いた。
「どうしたんですか? 顔色が悪いです。移動魔法の疲れがまだ残っているみたいですね」
水の入ったカップを差し出してきたのは見習いのコモンだ。アレクサンドルはそれを受け取り、水面に映る自分の顔を見る。ひどく、疲れた顔をしていた。
「もしかして……、例の異世界人ですか? 何か無礼なことでも?」
「異世界人……? ああ、あの男か。それは特に問題はない。話が分かる男だった。それよりも先ほど連絡が来て、魔法剣術大会の特別枠に選ばれてしまった」
「え!? あの、絶対出ないと断り続けてきた……」
そうだと言って、アレクサンドルは天を仰いだ。
毎年参加選手への誘いが来ていたが、目立ちたくないアレクサンドルは、適当に理由をつけて断っていた。
魔法剣術大会は、王国民が熱狂する年に一度の催しで、国が剣術に秀でた者を選出するが、一枠だけ特別参加というものがあり、これは国民投票で選ばれる。
つまり、国民に選ばれたら拒否できないのだ。
「すごいじゃないですか! 民に選ばれるなんて!」
「絶対におかしい! 俺は今まで名前が上がったこともなかった。それなのに、急に票を集めるなんて……」
「それはきっと、今までの功績を知って、支持を集めたんですよ。ついに時代が追いついてきたってやつですね」
「いや……俺は誰かに扇動されている気がするんだ。町へ出ると最近は次々と声をかけられる。俺のことを貶めようとする誰かがきっと……」
「それなら、悪い方向に話がいかないとおかしいじゃないですか」
色々考えていたが、コモンにきっぱり否定されてしまい、確かにそうだとアレクサンドルは言葉を詰まらせる。とにかく、疑心暗鬼になっており、気が立っているのだ。
「前期討伐も終わりましたし、しばらく休んだらどうですか?」
「そうもいかない。それに、仕事をしていた方が気がまぎれる」
ふぅと空に向かって息を吐いたアレクサンドルは、先日のことを思い出す。
魔獣討伐任務から帰還し自宅に戻ると、いつも死んだように眠るのだが、その前に話があると執事のシャギーに呼び止められた。渡されたのは、王宮の印章が入った手紙で、誰から何の用できたのかをすぐに悟った。
中を確認すると、やはりトリスタンからで、内容は婚約者探しの件だった。選別が終わり、今回異世界人のカガミという男を選んだと書かれていた。それを見た時、アレクサンドルは、そう来たかとこぼした。
遊び好きのトリスタンは、何でも変わったことが好きだ。
一癖も二癖もある相手を選んでくるに違いないと思っていたが、なんと相手は異世界人と呼ばれる別の世界から来た人間だった。
彼らは姿形が同じだが、魔力を持っておらず、他に秀でた能力もないと聞いていた。国としても持て余しているので、面倒がないように一箇所にまとめておき、そこで仕事をさせることになっている。
彼らは独特な衣装を着ているので、見ればすぐに分かり、巡回中何度か見かけたこともあった。
何の接点もないのに、なぜ彼が婚約者候補に応募したのかと考えると、自分も男の世界で生きているので事情はピンときた。男同士で盛り上がり、悪ノリした上司に、お前やってみろよと言われて参加させられたのではないかと思った。
邸にやって来たのは、大人しくて真面目そうな男だった。これと言って印象に残らない、省内の文官にいそうなタイプに見えた。
こちらの条件を飲み、素直に頷いてくれた。
これで話は片付いたと思ったが、今度は大会の問題が出てきてしまった。次々と重なってくるので、頭が痛くなってくる。
「今日はお邸に帰りますか?」
「いや、しばらく宿舎に泊まる。同じ家に他人がいると思うと熟睡できないからな」
アレクサンドルは遠くの空を見ながら、疲れることばかりだと呟いた。もともと、家を出ると決めて、ロナパルム家から与えられたのが今の邸だ。
朽ち果てて、とても人が住める環境ではなかったところに無理やり住むことにした。あの時は意地だった。
付いてきてくれたギャザーに、全て任せて、なりふり構わずやってきた。これからも自分の生き方は変わらない。
そう思った時、ふと先日会った異世界人の顔が浮かんできた。
と言っても、ぼんやりとした輪郭、静かに動く口元だけで、顔つきや表情まで出てこない。
アレクサンドルの説明を受け、口の端がわずかに上がる。遠慮がちな微笑みは、少し悲しげに見えた。
なぜか父のことで寂しそうに笑う母の横顔を思い出し、アレクサンドルの胸はチクンと痛んだ。
余計なことは考えるなと、アレクサンドルは頭を横に振り気を散らす。
どうも最近は考え事ばかりで、おかしくなっているようだ。
重い腰を上げて立ち上がり、始めるぞと号令をかけた。
◇◇◇
ドカンと音を立てて、大きな袋が地面に置かれた。汗だくで胸を上下させているアズマを見て、カガミはご苦労様と声をかける。
「倉庫の中、全部持ってきてくれたのか? 重かっただろう。すまないな」
「だってカガミさん、とりあえずいつも使っているやつって言うから。そう言われたら全部じゃないですか」
手を腰に当て、頬を膨らますアズマの肩を叩いたカガミは、ありがとうとお礼を言った。
「フジタさんには、例のやつ頼んできました。さて、どこから取り掛かります?」
「まずは窓だな。全体的な汚れの除去と、絡みついた蔦を撤去しよう」
カガミはアズマと二人、大きな邸全体を見渡した。
邸全体を薄暗くさせている原因を取り除かなければいけない。
修繕が必要そうな場所は全てチェックしている。大仕事になるが、アズマが手伝いますと言ってくれたので、心強かった。
アレクサンドルの邸に到着した日、無事推しと面会を果たし、好きなように過ごしてくれという言葉をもらった。
推しの幸せのためには、この澱んだ生活環境を改善する必要があると考えた。初対面の男に、金は好きなだけ使い、好きなことをしていいとまで言うなんて、どう考えてもありえない。
ある種の才能に秀でたものは、それが特化している故に、他の部分が欠落していると聞いたことがある。
長年仕えてきた執事のギャザーが、あの方は剣以外の衣食住について考えていないと愚痴をこぼすくらいだ。
聞けばアレクサンドルは帰宅すると、衣服を脱いでポイしながら歩き、平気でゴミの上を跨ぎ、踏んでも気にしない。食事も味わうことなく流し込み終了。汗をかくので体を清潔にするらしいが、全身濡れた状態のままベッドに転がって寝てしまうらしい。
信じられないとカガミは真っ青になった。
何をするにも人より遅かったカガミは、自分の性格ととことん向き合った。ある程度の歳になると、対処法も身につけた。
何度も確認しないと進めなかったが、慎重過ぎた部分を少し緩めた。その分軽く動けるようになったが、人に疑念を持たれたり、信用を失うことは一番避けなければいけない。
清廉潔白、馬鹿正直に真っ直ぐ、嘘偽りなく生きること。
時には自分に鞭を打ち、どこを見られても大丈夫なように、足元を固めながら生きてきた。
住環境を整え、最低限、身なりの清潔さは保つ。それは、カガミにとって、当たり前すぎることだった。
特に彼は体が資本の騎士である。
だらしのないことをして、それが健康に響いたらどうするつもりなのか。
カガミはお客様として過ごすつもりはなかった。ギャザーも困り果てているので力を貸し、邸にいる間、アレクサンドルの生活改善のため動くことにした。
まず声をかけたのは、異世界部のみんなだ。
アレクサンドルのために、邸を綺麗にしたいと伝えると、みんな快く力を貸してくれることになった。
アレクサンドルは面会した翌日早朝から、邸を離れた。しばらく宿舎で過ごすと聞いたので、これで心置きなく大清掃に取り掛かれる。
カガミは邸を歩き、修繕が必要な箇所を見て回った。それと同時に、他の人にも声をかけて手伝いを頼んだ。
準備が整うと、アズマを邸に呼び出した。異世界部には歴代の人が使っていた様々な道具が揃っている。
倉庫からそれを持ってきてもらい、アズマと共に腕まくりをして気合を入れた。
「よし! やるぞ!」
異世界部の制服は、ニホンで言うところの作業着だ。動きやすく作業しやすいので、特注で作ってもらった。
二人は腰に道具セットが入ったバッグを着けた。高所作業になるので、命綱になるロープの準備もバッチリだ。
手始めに蔦に水をかけ、鎌や鋏を使ってカットしていく。残った蔦を外壁によじ登り取り除いていくと、白と茶が混じった煉瓦が見えてきた。
次に植物から作った、よく汚れが落ちる洗浄液を窓にかけ、布を使って丁寧に汚れを落とし磨いていく。
上を向いて作業していると首が疲れてくるので、適度に休憩をとりながら続けた。
カガミが肩を回して休んでいると、同じく肩を揉みながらアズマがお疲れ様ですと話しかけてきた。
「だいぶ、綺麗になりましたね」
「ああ、本当に助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、お世話になっているカガミさんの頼みなら、いくらでもやりますよ。そうだ、生アレクさん、どうでしたか?」
「それはもう……」
カガミは推しアレクサンドルとの緊張の対面を思い出した。
確かに生活環境がいいとは言えないし、貴公子のように整った見た目は、寝不足と無精髭のひどい有様ではあった。しかし、それを上回る存在感とオーラに痺れてしまった。
「カッコよかった……。めちゃくちゃ……目線とかキリッとして強そうだし、男も憧れる男……悪に容赦しないダークヒーローって感じで……」
口元を手で隠しながら、頬を赤くして嬉しそうに語るカガミを、アズマはニヤニヤしながら見た。
「ほら、やっぱりダークヒーロー! あの正統派じゃない感じ、いいですよねぇ。俺もヒーローズではソッチ派でした」
「推しに出会うと、推しの周りがキラキラして見えるんだ。モモナの時もそうだったし、アレクサンドル様もそうだ。それはもう眩しいくらいだ」
「おおっと、それって立派なチートスキルじゃないですか! よーし、このままアレクさん喜ばせて、本気で婚約者の座をゲットしましょう!」
ノリノリで拳を突き上げたアズマの頭を、バカと言ってコツンと叩いた。
そういう話ではない。
アレクサンドルは婚約者探しを嫌がっているので、そこに無理やり入っていくわけにはいかない。アズマの話によると、この後ヒロインと呼ばれる女性が登場し、国のイケメン達を虜にしていくはずだ。
そこに隠れ攻略キャラとしてアレクサンドルが出てくるという話が本当か嘘か分からないが、彼なら選ばれてもおかしくないと思う。
そしてその時は、結婚を祝う群衆の中で、おめでとうと、とびきり大きな声援を送るつもりだ。
このよく分からない王子の余興に付き合い、無事期間が終わればそれでいいと思っている。
アズマは残念そうな顔で視線を送ってきたが、一線を越えることはない。
自分を律し、嘘偽りなく生きる。
カガミは改めて、自分の中で気持ちを確認した。
「休息時間にする! 次の号令まで体を休めてくれ」
重りを腰に巻き付けて走っていた部下達は、次々と足を止めて地面に寝転んだ。
井戸から汲んできた水が配られて部下達が一息つく中、アレクサンドルも地面に座り、大きく息を吐いた。
「どうしたんですか? 顔色が悪いです。移動魔法の疲れがまだ残っているみたいですね」
水の入ったカップを差し出してきたのは見習いのコモンだ。アレクサンドルはそれを受け取り、水面に映る自分の顔を見る。ひどく、疲れた顔をしていた。
「もしかして……、例の異世界人ですか? 何か無礼なことでも?」
「異世界人……? ああ、あの男か。それは特に問題はない。話が分かる男だった。それよりも先ほど連絡が来て、魔法剣術大会の特別枠に選ばれてしまった」
「え!? あの、絶対出ないと断り続けてきた……」
そうだと言って、アレクサンドルは天を仰いだ。
毎年参加選手への誘いが来ていたが、目立ちたくないアレクサンドルは、適当に理由をつけて断っていた。
魔法剣術大会は、王国民が熱狂する年に一度の催しで、国が剣術に秀でた者を選出するが、一枠だけ特別参加というものがあり、これは国民投票で選ばれる。
つまり、国民に選ばれたら拒否できないのだ。
「すごいじゃないですか! 民に選ばれるなんて!」
「絶対におかしい! 俺は今まで名前が上がったこともなかった。それなのに、急に票を集めるなんて……」
「それはきっと、今までの功績を知って、支持を集めたんですよ。ついに時代が追いついてきたってやつですね」
「いや……俺は誰かに扇動されている気がするんだ。町へ出ると最近は次々と声をかけられる。俺のことを貶めようとする誰かがきっと……」
「それなら、悪い方向に話がいかないとおかしいじゃないですか」
色々考えていたが、コモンにきっぱり否定されてしまい、確かにそうだとアレクサンドルは言葉を詰まらせる。とにかく、疑心暗鬼になっており、気が立っているのだ。
「前期討伐も終わりましたし、しばらく休んだらどうですか?」
「そうもいかない。それに、仕事をしていた方が気がまぎれる」
ふぅと空に向かって息を吐いたアレクサンドルは、先日のことを思い出す。
魔獣討伐任務から帰還し自宅に戻ると、いつも死んだように眠るのだが、その前に話があると執事のシャギーに呼び止められた。渡されたのは、王宮の印章が入った手紙で、誰から何の用できたのかをすぐに悟った。
中を確認すると、やはりトリスタンからで、内容は婚約者探しの件だった。選別が終わり、今回異世界人のカガミという男を選んだと書かれていた。それを見た時、アレクサンドルは、そう来たかとこぼした。
遊び好きのトリスタンは、何でも変わったことが好きだ。
一癖も二癖もある相手を選んでくるに違いないと思っていたが、なんと相手は異世界人と呼ばれる別の世界から来た人間だった。
彼らは姿形が同じだが、魔力を持っておらず、他に秀でた能力もないと聞いていた。国としても持て余しているので、面倒がないように一箇所にまとめておき、そこで仕事をさせることになっている。
彼らは独特な衣装を着ているので、見ればすぐに分かり、巡回中何度か見かけたこともあった。
何の接点もないのに、なぜ彼が婚約者候補に応募したのかと考えると、自分も男の世界で生きているので事情はピンときた。男同士で盛り上がり、悪ノリした上司に、お前やってみろよと言われて参加させられたのではないかと思った。
邸にやって来たのは、大人しくて真面目そうな男だった。これと言って印象に残らない、省内の文官にいそうなタイプに見えた。
こちらの条件を飲み、素直に頷いてくれた。
これで話は片付いたと思ったが、今度は大会の問題が出てきてしまった。次々と重なってくるので、頭が痛くなってくる。
「今日はお邸に帰りますか?」
「いや、しばらく宿舎に泊まる。同じ家に他人がいると思うと熟睡できないからな」
アレクサンドルは遠くの空を見ながら、疲れることばかりだと呟いた。もともと、家を出ると決めて、ロナパルム家から与えられたのが今の邸だ。
朽ち果てて、とても人が住める環境ではなかったところに無理やり住むことにした。あの時は意地だった。
付いてきてくれたギャザーに、全て任せて、なりふり構わずやってきた。これからも自分の生き方は変わらない。
そう思った時、ふと先日会った異世界人の顔が浮かんできた。
と言っても、ぼんやりとした輪郭、静かに動く口元だけで、顔つきや表情まで出てこない。
アレクサンドルの説明を受け、口の端がわずかに上がる。遠慮がちな微笑みは、少し悲しげに見えた。
なぜか父のことで寂しそうに笑う母の横顔を思い出し、アレクサンドルの胸はチクンと痛んだ。
余計なことは考えるなと、アレクサンドルは頭を横に振り気を散らす。
どうも最近は考え事ばかりで、おかしくなっているようだ。
重い腰を上げて立ち上がり、始めるぞと号令をかけた。
◇◇◇
ドカンと音を立てて、大きな袋が地面に置かれた。汗だくで胸を上下させているアズマを見て、カガミはご苦労様と声をかける。
「倉庫の中、全部持ってきてくれたのか? 重かっただろう。すまないな」
「だってカガミさん、とりあえずいつも使っているやつって言うから。そう言われたら全部じゃないですか」
手を腰に当て、頬を膨らますアズマの肩を叩いたカガミは、ありがとうとお礼を言った。
「フジタさんには、例のやつ頼んできました。さて、どこから取り掛かります?」
「まずは窓だな。全体的な汚れの除去と、絡みついた蔦を撤去しよう」
カガミはアズマと二人、大きな邸全体を見渡した。
邸全体を薄暗くさせている原因を取り除かなければいけない。
修繕が必要そうな場所は全てチェックしている。大仕事になるが、アズマが手伝いますと言ってくれたので、心強かった。
アレクサンドルの邸に到着した日、無事推しと面会を果たし、好きなように過ごしてくれという言葉をもらった。
推しの幸せのためには、この澱んだ生活環境を改善する必要があると考えた。初対面の男に、金は好きなだけ使い、好きなことをしていいとまで言うなんて、どう考えてもありえない。
ある種の才能に秀でたものは、それが特化している故に、他の部分が欠落していると聞いたことがある。
長年仕えてきた執事のギャザーが、あの方は剣以外の衣食住について考えていないと愚痴をこぼすくらいだ。
聞けばアレクサンドルは帰宅すると、衣服を脱いでポイしながら歩き、平気でゴミの上を跨ぎ、踏んでも気にしない。食事も味わうことなく流し込み終了。汗をかくので体を清潔にするらしいが、全身濡れた状態のままベッドに転がって寝てしまうらしい。
信じられないとカガミは真っ青になった。
何をするにも人より遅かったカガミは、自分の性格ととことん向き合った。ある程度の歳になると、対処法も身につけた。
何度も確認しないと進めなかったが、慎重過ぎた部分を少し緩めた。その分軽く動けるようになったが、人に疑念を持たれたり、信用を失うことは一番避けなければいけない。
清廉潔白、馬鹿正直に真っ直ぐ、嘘偽りなく生きること。
時には自分に鞭を打ち、どこを見られても大丈夫なように、足元を固めながら生きてきた。
住環境を整え、最低限、身なりの清潔さは保つ。それは、カガミにとって、当たり前すぎることだった。
特に彼は体が資本の騎士である。
だらしのないことをして、それが健康に響いたらどうするつもりなのか。
カガミはお客様として過ごすつもりはなかった。ギャザーも困り果てているので力を貸し、邸にいる間、アレクサンドルの生活改善のため動くことにした。
まず声をかけたのは、異世界部のみんなだ。
アレクサンドルのために、邸を綺麗にしたいと伝えると、みんな快く力を貸してくれることになった。
アレクサンドルは面会した翌日早朝から、邸を離れた。しばらく宿舎で過ごすと聞いたので、これで心置きなく大清掃に取り掛かれる。
カガミは邸を歩き、修繕が必要な箇所を見て回った。それと同時に、他の人にも声をかけて手伝いを頼んだ。
準備が整うと、アズマを邸に呼び出した。異世界部には歴代の人が使っていた様々な道具が揃っている。
倉庫からそれを持ってきてもらい、アズマと共に腕まくりをして気合を入れた。
「よし! やるぞ!」
異世界部の制服は、ニホンで言うところの作業着だ。動きやすく作業しやすいので、特注で作ってもらった。
二人は腰に道具セットが入ったバッグを着けた。高所作業になるので、命綱になるロープの準備もバッチリだ。
手始めに蔦に水をかけ、鎌や鋏を使ってカットしていく。残った蔦を外壁によじ登り取り除いていくと、白と茶が混じった煉瓦が見えてきた。
次に植物から作った、よく汚れが落ちる洗浄液を窓にかけ、布を使って丁寧に汚れを落とし磨いていく。
上を向いて作業していると首が疲れてくるので、適度に休憩をとりながら続けた。
カガミが肩を回して休んでいると、同じく肩を揉みながらアズマがお疲れ様ですと話しかけてきた。
「だいぶ、綺麗になりましたね」
「ああ、本当に助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、お世話になっているカガミさんの頼みなら、いくらでもやりますよ。そうだ、生アレクさん、どうでしたか?」
「それはもう……」
カガミは推しアレクサンドルとの緊張の対面を思い出した。
確かに生活環境がいいとは言えないし、貴公子のように整った見た目は、寝不足と無精髭のひどい有様ではあった。しかし、それを上回る存在感とオーラに痺れてしまった。
「カッコよかった……。めちゃくちゃ……目線とかキリッとして強そうだし、男も憧れる男……悪に容赦しないダークヒーローって感じで……」
口元を手で隠しながら、頬を赤くして嬉しそうに語るカガミを、アズマはニヤニヤしながら見た。
「ほら、やっぱりダークヒーロー! あの正統派じゃない感じ、いいですよねぇ。俺もヒーローズではソッチ派でした」
「推しに出会うと、推しの周りがキラキラして見えるんだ。モモナの時もそうだったし、アレクサンドル様もそうだ。それはもう眩しいくらいだ」
「おおっと、それって立派なチートスキルじゃないですか! よーし、このままアレクさん喜ばせて、本気で婚約者の座をゲットしましょう!」
ノリノリで拳を突き上げたアズマの頭を、バカと言ってコツンと叩いた。
そういう話ではない。
アレクサンドルは婚約者探しを嫌がっているので、そこに無理やり入っていくわけにはいかない。アズマの話によると、この後ヒロインと呼ばれる女性が登場し、国のイケメン達を虜にしていくはずだ。
そこに隠れ攻略キャラとしてアレクサンドルが出てくるという話が本当か嘘か分からないが、彼なら選ばれてもおかしくないと思う。
そしてその時は、結婚を祝う群衆の中で、おめでとうと、とびきり大きな声援を送るつもりだ。
このよく分からない王子の余興に付き合い、無事期間が終わればそれでいいと思っている。
アズマは残念そうな顔で視線を送ってきたが、一線を越えることはない。
自分を律し、嘘偽りなく生きる。
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