ファンの鑑のカガミさんは、推しの騎士様を幸せにしたい!

朝顔

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本編

⑦ 推しに会いに行こう!

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 陽の光が眩しい。
 馬車から降りて、空を見上げたカガミは、額を流れ落ちてくる汗を拭った。
「ここが……」
 カガミは蔦が大胆に絡みついた大きな門の前に立った。
 格子の先には鬱蒼と生い茂る草木、その奥に豪邸らしきものがチラリと見える。
 アレクサンドルはロナパルム伯爵家の三男だが、騎士団に入った後は独立し、町外れの高級住宅街にある邸に住んでいる。
 建物は旧時代からある古いもので、ロナパルム家の持ち物ではあるらしいが、アレクサンドルが修理して住み始めたと聞いていた。
 失礼しますと言って門を開けたカガミは、草木が伸び放題の門周辺を見て、手入れが行き届いていないようだと首を傾げる。
 鞄を抱えながら歩き出すと、今朝のことが頭に浮かんできた。
 異世界部のみんなに、アレクサンドルの婚約者候補になったと報告すると、みんな目を見開いて驚いていた。アズマが興奮気味に、頑張ってくださいと伝えてきたので、曖昧に笑って誤魔化した。
 トリスタン王子が主催した婚約者探しだが、アレクサンドルは乗り気ではないらしい。
 友人と言っても立場が違うので、どうも遊び好きらしいトリスタン相手に苦労している様子が窺える。
 カガミはまさか自分が選ばれるとは思っていなかった。王太子直々に呼び出されてしまい、ここまできて辞退はできない。頑張りますとだけ伝えたが、どう考えても歓迎される雰囲気でないのは分かっていた。
 ただ、アレクサンドルの邪魔にだけはならないように、静かに過ごさせてもらおうと考えて足を運んだ。

 邸に近づくに連れて邸の全貌が見えてくる。
 遠目で見ると豪華な造りの邸に見えたが、近くで見ると、全体的に蔦で覆われ、所々壁が傷んでいる箇所が見て取れる。穴が空いた所へ適当に木材が打ち付けられており、あまりに雑な修復の様子を見て、貴族の邸にしてはどこか変だなと思い始めていた。
 獅子の形をしたドアノッカーを叩き、しばらくすると、ギギっと音を立てて重厚な扉が開かれた。
 薄暗い扉の向こうから、目の落ち窪んだ初老の紳士が現れ、何も言わず無言でカガミを見下ろしてきた。カガミは息を吸い込んでから姿勢を正した。
「初めまして。異世界人のカガミと申します。この度はその……」
「どうぞ中へ……」
 なんと説明したらいいのか、言葉に詰まる。
 老紳士は言葉少なに一礼した後、長い廊下を歩き始めたので、カガミもその後に続いた。
「執事のギャザーと申します。ようこそおいてくださいました」
「いえ、こちらこそ。突然すみません」
 ギャザーは片方の足を引き摺りながらゆっくりと歩いているので、途中で転んでしまわないか心配になった。
「きょ……今日はとても良いお天気ですね」
「ええ、そのようですね」
「…………」
 何か話題をと思い天気の話をしたが、会話はすぐに終わってしまった。沈黙の中歩く邸の中は、暗くてひどく埃っぽい臭いがする。外の晴天とは打って変わり、どんよりとした空気を感じたカガミは、ぶるっと震えた。
「掃除が行き届いておりませんで、申し訳ございません。私もこの足ですし、他に細々としたことをやる者もおりませんので」
「それは……大変ですね」
「……こちらの部屋でお待ちください」
 しばらく歩いたところでギャザーが足を止めた。ギギっと軋んだ音を立ててドアが開くと、部屋の中にはソファーが二つ、並んで置かれていた。
 そのうちの一つに座ったカガミは、緊張しながら部屋全体を見渡す。どうやら応接室らしいが、カーテンは破れているし、壁や天井にも大きな染みがある。
 歓迎していないからひどい部屋に通されたのかもしれない。
 しばらく待っているとカタカタと音が聞こえてきて、ギャザーがワゴンを押して部屋に入ってきた。
 ワゴンの上にはティーセットが用意されており、お茶を淹れてくれるようだ。
 しかし、ギャザーの手つきは震えていて、なんとも危なっかしい。見ていられなくなり、カガミは立ち上がった。
「あ、お構いなく。自分でやりますよ」
「そうはいきません。お客様にそのようなことは………あ………」
 ギャザーがカップを掴んだ瞬間、カップは真っ二つに割れて絨毯の上に転がった。
「大変失礼しました。あまり、お客様が来られないので、こういった準備ができておらず……」
「いいです、いいです。お茶をがぶ飲みして来たので、腹がいっぱいなんです。菓子とかも大丈夫ですから」
 割れたカップを回収し、ワゴンの上に載せると、ギャザーは申し訳なさそうな顔をして頭を下げてくる。
「主人のアレクサンドル様は昨夜任務からお帰りになったので、まだ寝ていらっしゃいます。もう少々お待ちいただけますか?」
「えっ、お疲れなら日を改めますが……」
「いいのです。待ってもらうように言われております。移動魔法を使われたので、体に負荷がかかり、通常翌日は寝て回復に努めるのです」
 そんなことを聞いたら尚更申し訳なくなる。
 移動魔法は王族の国外移動や討伐任務など、長距離感移動時のみで利用される。移動装置を起動するのにかなりの魔力が必要だと聞いている。
 魔法で移動した者は、数日間頭痛や吐き気に悩まされるらしい。
 タイミングが悪い。ただでさえ歓迎されないのに、これではもっと嫌われてしまう。
 ソファーから立ち上がったカガミは、また出直しますと伝えようとした。
 その時、ガチャリと音がして応接室のドアが開く。
 薄暗い空間を照らすような、美しい銀髪が見えてカガミはハッと息を飲む。憧れの人が目の前に出て来たら、平常心でなどいられない。叫びそうになるのを何とか堪えた。
 透き通るような白い肌、整いすぎて、少し冷たく見える顔、濃赤の瞳は鮮やかで印象的。
 垂れ気味の目は甘さを感じるが、キリッとした眉が男らしく、いい感じのバランスだ。
 ただ、今日は目の下が黒く不健康な印象を受ける。
 そして、口の周りの無精髭が…………。
「…………聞いているのか?」
「え?」
「座ってくれと言ったんだ。君だけ立っていられたら話ができない」
「う……わっ、はい! 失礼しました」
 どこからどう見ても完璧な美しさに見惚れてしまい、カガミはボケっと立ち尽くしていた。アレクサンドルに指摘され、慌ててソファーに身を沈める。
「俺はアレクサンドル・ロナパルム。トリスタン殿下から話は聞いている。と言っても、君の名前だけ書かれた紙を送ってきた。なぜ君を相手に選んだのか分からないが、……気まぐれな方なので、単純なお遊びだろう」
「は、はい……」
「君は、異世界人だったな。こんなことになって、申し訳ないと思っている」
 謝られてしまい、カガミは目を瞬かせた。お前なんかがここに来るとはと、怒られると思っていたのに、これは予想していなかった反応だ。
「聞いていると思うが、婚約者探しはトリスタン殿下の暇つぶしのようなものだ。あの方は面白いことが好きで、いつも部下を巻き込んで大騒ぎしている。今回もそれと同じだ」
「……はい」
「正直なところ、君に決まってよかったと思っている」
 またまた予想外の反応にカガミは驚きで息を飲む。
 よかったの続きが気になり、心臓がトクトクと早鐘を打ち始めた。
「俺は誰かと結婚したいとは思っていない。男女関係なく、過度に関わりを持つことが苦痛なんだ。君でよかったと思うのは、相手が貴族の令嬢や町の女性だと、俺がこんな話をしたら、泣き出してしまうかもしれないからだ。俺も男の世界にいるから分かる。君は異世界人同士のノリとか、男友達と酔っ払った勢いとかで応募してみたんだろう?」
 アレクサンドルの言葉に胸がツキンと痛んだ。
 確かにアズマが独断で応募したもので、カガミ自身は、とても応募などできなかった。ただ、彼のファンであることは本当なので、ノリで片付けられたことが悲しかった。
 しかし、この空気で実はファンでしたなどと言えば、それでなくとも疲れて見えるアレクサンドルをもっと追い込んでしまう。
 カガミは目線を下げて、ゆっくり頷いた。
「よかった、話が早くて助かる。殿下からは気に入らなければ断っていいと言われている。君には悪いが、対面上、期間中はこの邸で過ごしてもらう。期間の終わりに迷惑料を渡そう。それと、ここで過ごす間は好きにして構わない。人を呼んでもいいし、金はあるから、好きなだけギャザーに用意してもらってくれ」
「……分かりました」
 カガミが頷くと、アレクサンドルは息を吐き、悩みの種が一つ減ったと言って、ソファーに深く背中を預けた。
 まさかお金の話をされるとは思わなかった。また驚かされたとともに、アレクサンドルの心の内が少し見えた気がした。
 誰だかよく分からない男と過ごすなど、不快でしかない。だが、契約として金銭のやり取りを用いれば、話はまた変わってくる。仕事だと思い、やり過ごそうとしているのが透けていた。
 
――仕方ない。
――彼を困らせたり苦しめたりしたくはない。
 
 ここでも陰として、応援に徹しようと心に決めた。
「すまない、疲労が溜まっていて今にも寝そうなんだ。この辺りで失礼する。君の部屋や、邸のことはギャザーから話を。それと、俺はこの邸で食事をすることは少ないから、好きな時に好きなだけ食べてくれて構わない。とにかく、自由に過ごしてくれ」
「は、はい……」
 話は一通り終わったが、立ち上がったアレクサンドルがおもむろに近づいて来たので、カガミは慌てて立ち上がった。
「面倒をかけてすまないな。短い間だが、よろしく頼む…………ん? なぜそんなに離れるんだ?」
 アレクサンドルが距離を詰めて来ると、カガミはその分後ろに下がる。それを何度か繰り返すと、アレクサンドルは片眉を上げ不思議そうな顔になった。
「実は……か、風邪をひいておりまして」
「風邪?」
「そ、そうです。失礼をして申し訳ございません。移しては悪いので、この距離でご勘弁を」
「そうか……。それでは君も早く休んでくれ」
 さすがに室内の対面で、五メートル離れるのは不可能だった。何とか二メートルの距離は死守したので、ファンとしては及第点だろう。
 アレクサンドルは振り返ることなく、颯爽と部屋を出て行った。静かになった部屋に、柑橘系の爽やかな香りが漂ったような気がする。
 くんくんと鼻を鳴らしていたら、背後からカガミ様と低い声が聞こえてきた。
「うわっ、ギャザーさん!」
「驚かせて申し訳ございません。邸の中をご案内します」
 推しの残り香に感動していたなんて変態極まりない。カガミは何でもない顔を作り、メガネをいじって平静を装った。
「失礼、考え事を……。そうだ、他に働いている方を紹介いただきたいのですが……」
「それが……。通いで何人かおりますが、みんな固定ではなく……常駐しているのは私だけでございます」
「ええ!? この広いお邸に一人で……!? まさか、厨房までやっていらっしゃるんじゃ……」
「お茶程度でしたら用意できますが、料理はコックが……と言っても、先週また辞めてしまいました。今は別邸から臨時のものが来ておりますが、その者も愚痴を……。給金はいいのですが人が居つかなくて……」
 カガミは辺りを見回した。応接室はその家の顔だと言われている。確かに立派なソファーとテーブルが置かれているが、どちらも古く傷んでいる。天井には蜘蛛の巣がかかっており、邸の中の薄暗さと混ざってどうにも気味が悪い。
「古い邸なのでどこもかしこもこの有様です。アレクサンドル様は衣食住には全くこだわりがないので、修繕することなく使い続けてきました。見ての通り、湿気がひどく、常に暗いので、幽霊が出るなどと噂が立ちまして……」
「給金は良さそうなのに……。それで人が来ないのですね」
「カガミ様は大丈夫ですか? 私は気にしないのですが」
「私も大丈夫です。二十歳まで見えなかったので、どこにでも住めます」
「……それは……どういう?」
 ギャザーは何を言っているんだという顔でカガミを見てくる。これは前の世界のジンクスみたいなものなので、うまく説明できない。
 カガミは、そんな気がしてと言い、笑ってごまかした。

 応接室を出て、各部屋の紹介が始まった。
 とにかくどこを歩いても、ギシギシと軋む音がして、木の床が柔らかいような気がする。
 窓は埃と汚れまみれで、これが陽の入らない原因かと思われるが、ギャザーだけでは手が回らないのだと気付いた。
 居間に客室、遊戯室、主賓室、アレクサンドルの部屋と順番に案内され、一通り部屋を見て歩く。
 どこも立派な造りだが、同じように薄暗く湿った空気が漂い、重苦しい気分になった。
 ギャザーは最後に、洗濯室や厨房へ続くドアを開けた。
 ドアが開いたと同時に、室内にあった小さな影が一斉に動いたのが見えた。
 一目見て唖然としてしまった。
 キッチンはとにかく物が多い。調理器具やお皿が山のように積み重なり、いつのものか分からない食材が調理台から床まで散らばっている。
 とても調理をする環境じゃないと思ったその時、崩れた食器の間から、小さな毛の塊が飛び出してきた。
「うわっ! ネズミ!?」
 一匹飛び出したら、次々と子供から家族一同、親戚一同まで勢揃いで元気に走り回っている。ギャザーは慣れた様子でこちらへと言ってカガミをキッチンの奥へ連れて行く。
 奥は洗濯室になっていたが、タライと石鹸が転がり、長年蓄積された汚れで床や壁は真っ黒になっていた。
「……お恥ずかしいです。この有様で」
 かつての繁栄は見る影もなく朽ち果てた状態に、誰もがお手上げだと背中を向けて逃げていく様子が見えた。
 この世界、便利な魔法道具はあるが、とにかく効果で貴重なので一般人や、貴族でも特権階級しか持っていない。一般に流通しているのは、異世界部にもある魔法ランタンくらいだろう。
 想像するに、アレクサンドルという人は、完璧に魔法剣術を使いこなす優秀な王国騎士というのが表の顔で、プライベートは人として機能していないことが理解できた。
「旦那様は騎士団の宿舎に泊まることが多いので、こちらの管理は私に任されているのですが、何も言われないのをいいことに……こんな状態に……」
 肩を落として悔しそうな声を上げるギャザーを見たカガミは腕を組む。これは完全なキャパオーバーだ。
 そもそもこの世界の人は、細々とした作業が苦手だ。魔力を持っているからなのかよく分からないが、面倒だと思うと、ぐちゃぐちゃにしてダメにしてしまう人が多い。
 異世界部に依頼が来るのも、ほとんどが掃除や修理といった類のものだ。
 鼻から息を吐いたカガミは、ポンとギャザーの背中を叩いた。
 自由にしていいと言われている。
 推しを陰ながら応援する。
 つまり、彼のプライベートを清潔に変え、かつ便利で充実させることこそ、推し活だ!
「ギャザーさん、私、カガミにお任せください」
 鼻息荒く、前を見据えるカガミの姿を、ギャザーはポカンとした顔で見上げた。
 
 
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