ファンの鑑のカガミさんは、推しの騎士様を幸せにしたい!

朝顔

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本編

⑯ ご褒美ご褒美!

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 魔法剣術大会に向けて、準備は着々と進んでいる。
 カガミの推し、アレクサンドルの大舞台だ。ファンとして、きっと優勝してくれると信じている。
 自室の椅子にもたれたカガミは、あくびをしながら一つ一つリストを確認する。
 カガミとしても、給与のほとんどを投入した大勝負だ。
「横断幕と看板は絵師に発注済み……。応援ダンスチームはハンナに任せた……。強敵の情報も集めている……。観客として会場入りする黄色い声援部隊も設置済み、事前練習は週三日に設定……。敵の食事に下剤……って、これを書いたのはアズマだな。削除削除、さすがにやり過ぎだ」
 リストの一部に二重線を引き、ポンと机に載せた後、背を反らし伸びをする。
 仕事をしながら推し活をしてきたが、さすがに徹夜はできなくなった。メガネを外して眉間を指で掴んだ後、また大きなあくびをした。
 寝ようと思い、明かりに手をかけた時、コンコンとノックの音が響いた。
「カガミ、まだ起きているか?」
 疲れた時でも、アレクサンドルの声がしたら、眠気は飛んでいく。眼鏡を掛け直し椅子から立ち上がったカガミは、急いでドアを開いた。
「起きてます。どうされましたか?」
「いや……その……」
 アレクサンドルに会ったのは二日ぶりだ。ギャザーによると、近くの山に走り込みに行っていると聞いた。
 元気ならいいと思っていたが、ランタンの明かりに照らされたアレクサンドルは、ひどく疲れた顔をしている。
「俺の部屋で、飲まないか?」
「お酒……ですか。はい……いいですけど」
 明日は一日休みにしているので、深酒しても問題はない。この雰囲気からして、飲みたい気分というやつだと察した。
「よかった、用意はできている」
 アレクサンドルがホッとしたような顔で笑ったのが見えた。推しとのサシ飲みだ。気になっていたことが聞けるチャンスかもしれない。
 カガミは部屋を出て、アレクサンドルの背中を追って歩き出した。

 何度も入っている部屋だが、今日はなぜか特別な雰囲気を感じる。心なしか照明が一段階暗く、オレンジ色が強い気がする。
 ベッドサイドのテーブルに、葡萄酒の瓶とグラスが二つ。つまみ用にナッツが用意されていた。
 
「お疲れではなかったのですか? 走り込みに行っていらしたと……」
「ん……ああ、ちょっと精神を整えたい気分でな」
 席に着くと、アレクサンドルは早速瓶の蓋を開け、酒の準備を始める。まだ酔っていないうちに聞かなければと、カガミは緊張しながら口を開く。
「何か、お悩みでも……?」
 アレクサンドルがグラスに酒を注ぐ手がピクリと動いた。二人分注いだ後、一つをカガミに手渡した。
「俺のことは、ギャザーから聞いているか?」
「はい……。複雑なご家庭だったと」
 その通りだと言い、アレクサンドルはグッとグラスを呷る。
「一緒に暮らしていた兄二人は意地が悪くて、同じものを与えられても、俺の分だけいつも奪われた。食べ物も、玩具も、本や勉強道具まで何でも奪っていったよ」
「そんな……ひどい」
「ロナパルム家は代々、優秀な騎士を多く輩出してきた。剣の腕がいい人間は優遇される。俺は幼い頃から剣を使えたから、悔しかったんだろう。早く家を出たいと思ったが、その手段は騎士になることだけだった。だから今の職に就いた。大義などなく、弱い人間が逃げて流れ着いただけだ」
 自嘲気味に笑ったアレクサンドルの横顔は、とても悲しそうに見える。周りから見てすごい人でも、本人は自信がなく悲観的ということもあるだろう。
 特に辛い生い立ちなら、強くなったからと言っても、それで自信を持てと言うのは難しい話かもしれない。
「時々弱気になるんだ。今のままでいいのかって……。揉め事なんてごめんだが、息を殺して生きるだけが、自分の人生なのかと……いや、すまない。こんな話をして……」
「誰でも生きていれば、弱気になることくらいありますよ。それに、今のままでいいのかって思うことは、変われるチャンスじゃないですか。遅いなんてことはないです。努力して騎士になりこんなに立派になったアレクサンドル様です。きっといい方向に変われますよ」
「カガミ……」
 アレクサンドルの暗くなっていた目元が、幾らか明るくなった気がする。自分の言葉でアレクサンドルの気持ちが楽になってくれたら嬉しい。
 カガミは元気付けるようにニコッと笑った。
「さぁ、飲みましょう! あまりお酒は得意じゃないですが、今夜は私も」
 カチンとグラスを合わせて、カガミもグッと酒を呷る。いつも酒場ではみんなが飲むのを見ているだけなので、そういえば久々に飲んだことに気づいた。
 濃厚な甘さとアルコールの熱が喉を通り過ぎて腹に落ちていく。
 アレクサンドルのカッコいい顔を肴に飲む酒は、格別に美味しく感じる。
「……一つ、聞きたいのだが、カガミは好いている相手はいるのか?」
「え!? 好きな人ですか?」
 突然踏み込んだ質問をされて、心臓がドキッと跳ねる。なぜそんなことを聞くのかと思いながら、カガミは答えを探した。
「好き……というか……憧れの人はいます」
「憧れ……」
「すみません、お恥ずかしい話ですが、今まで恋愛をしたことがなくて……好きというのが、よく分からなくて……」
 推しへの愛はある。
 しかし、それが恋愛かと言われたら、また違うように思ってきた。推しの輝きを見れたら、それで満足していた。誰かに告白されるようなこともなく、前の世界ではいつも一人だった。
「誰とも付き合っていない、指輪を渡す相手もいないのか?」
「ええ、はい……。もしいたら、婚約者探しのイベントに参加はしませんよ」
「そ……そうか、いない……のか……」
 腹の探り合いというか、微妙な空気が流れ、居た堪れなくなったカガミは、言葉を発する代わりに酒を飲む。アレクサンドルもグイグイと飲み干した。
「バスチンのことはどう思っているんだ?」
 グラスを机に置いたアレクサンドルは、カッと目を開きいつもより高めの声を上げる。その勢いにカガミは面食らってしまう。
「え?」
「親密な様子を見た者がいてな。もし、特別な関係なら、この同居生活も無理しているのではいかと……」
「あ……ああ、コモンさんですね。あの時いたから」
 あの時とは、という強い視線が飛んできたので、カガミはブルっと震える。なぜか責められているように感じ、慌てて姿勢を正す。
「仕事ですよ。恋人からもらった指輪を落としたみたいで、探して欲しいと依頼があったんです。無事、発見して渡した時、感激されて抱きついてきた感じですね。距離の近い方なので……ビックリしましたけど……」
「仕事…………依頼…………だった」
「はいそうです…………、大丈夫、ですか?」
 どこで見つけたかは一応伏せておいたが、アレクサンドルは答えを聞き、しばらく放心状態で、やがて全身の力が抜けたように椅子から落ちそうになった。
「カガミ!」
「はっ、はい!」
「よかった……本当によかったぁぁ」
 見るとアレクサンドルは真っ赤な顔になり、泣きべそをかいていた。フラフラと前後に揺れており、完全な酔っぱらいになっている。
 よく見ると、アレクサンドルが用意した酒の瓶は、三本も空になっていた。
「アレクサンドル様、ここで寝たらダメです。ベッドへ行きましょう」
 すでにウトウトしている状態なので、本格的に寝入ってしまうと、カガミの力ではとても運ぶことはできない。
 カガミはアレクサンドルを横から支えて立ち上がらせ、数メートル先のベッドを目指した。
「んー~ー」
「しっかりしてください、ほら、後もうちょっと……」
 今にも倒れそうになりながら、何とかベッドに辿り着いた。アレクサンドルは気持ち良さそうに、ゴロンと転がる。
 風邪をひかないように薄い毛布をそっと上からかけた。
「カガミ……」
「もう眠っても大丈夫ですよ」
 優しく声をかけると、アレクサンドルは嬉しそうに笑う。酔うと可愛くなるんだなと思い、カガミはアレクサンドルの髪に触れた。
「あ……すすみませんっ」
 つい撫で撫でしてしまい、慌てて離そうとするとその手を掴まれる。もっと撫でてほしいとばかりに、そのまま頭に導かれた。
 アレクサンドルの髪は硬そうに見えたが、実際には細くて柔らかい髪質だ。撫で撫ですると、目を閉じて気持ち良さそうにしているので、たまらない。
 猛獣を手懐けたような気持ちというのは、こういうことだろうかと考える。
 しかし、ずっとこのまま撫で撫でしているわけにもいかないので、しばらくしたらそっと手を離した。
 アレクサンドルは目を閉じて動かないので、もう寝ていそうだ。カガミがゆっくりベッドから降りようとすると、再び腕を掴まれる。
「え……あ……あの……」
「行くな……こっち……」
 目は瞑ったままなので、寝惚けているのかもしれないが、アレクサンドルは毛布をチラリと持ち上げ、自分の隣に寝ろと促しているように見える。
 撫で撫での後は、まさかの添い寝だ!!
 こんなご褒美あっていいのかと、カガミは嬉しすぎて叫びそうになった口を押さえた。
 ここは遠慮するべきなのかもしれないが、これは推しの厚意。ありがたく受け取ろうと、カガミはアレクサンドルの横に寝転んだ。
 五メートル近付かないを守っていた自分は、いったい何処へ行ったんだと一人で突っ込んでみる。
 アレクサンドルの魅力にすっかりハマり、蜜を吸う蜂のように、引き寄せられてしまう。
 葛藤など何処かへ飛んでいってしまった。
 ダメだなと思っていると、腕が伸びてきて、スッポリと包まれてしまった。
「あ……え…………嘘、どうしよ……」
 石のように固まり、動けなくなっていると、耳元にアレクサンドルの寝息がかかる。
 離れなければともがいたが、鋼鉄の筋肉は押しても引いてもビクともしない。これはダメだと諦めて、力を抜くしかなかった。
「アレクサンドル様、俺も寝ちゃいますよ……」
 小さく声をかけてみたが、深く眠ったようで反応がない。じっとしていると、緊張が解けてアルコールが回ってきた。瞼がどんどん重くなっていき、カガミはアレクサンドルの腕の中で眠りについた。
  
 
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