囮になった見習い騎士には、愛され生活が待っていた。

朝顔

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第三章

16、尊敬と憧れ

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 昨夜は遅くまで仕事をしていたらしい。
 机の上にある書類は書きかけのままで、インクの蓋も開けっぱなしだった。
 今日午前中は予定がないので、遅めに起こしてくれと言われていた。
 リカルドは、先に軽く床を掃除をするつもりだったが、ゴホンと咳払いをしてから、机の上も整理することにした。

 従者としてセイブリアンの身の回りの世話をしつつ、動物達の世話と、日中は訓練にも参加するので、リカルドの日々はますます忙しくなった。
 のんびりするより、体を動かしている方が性に合っている。
 特に従者として、尊敬するセイブリアンの近くにいられる時間は、リカルドにとって貴重だった。
 朝練を一緒にやることはなくなったが、従者として側にいることが増えたので、単純に嬉しかった。
 インク壺の蓋をしめてペンを綺麗にして、ホコリを払い、ぐしゃぐしゃになっていた書類をまとめて置いた。

「ん?」

 書類の間から、一枚の紙が飛び出して、ヒラヒラと舞いながら床に落ちた。
 なくしたら大変だと慌てて拾うと、そこには、即位式において、ベイリー軍隊の警備体制という文字が見えた。
 盗み見するつもりはなかったが、即位式は一月後、帝都のバラ神殿で行われると書かれてあった。
 ベイリーの軍隊も警備として参加することになっていて、どこに配置されるかという詳細が書かれていた。
 見てはいけないものだったかもしれない。
 リカルドはそっと元の位置に戻しておいた。

 窓の外を見ると、陽が高くなっていることに気がついて、そろそろセイブリアンを起こそうと、リカルドは腕をまくった。
 セイブリアンの従者になり、リカルドの部屋はセイブリアンの寝室の隣りにある、使用人部屋に移った。
 主人であるセイブリアンに呼ばれたら、いち早く駆けつけることができるように近くになったが、今のところ頻繁に呼ばれるようやことはない。
 セイブリアンは、身の回りのことのほとんどを自分でできるので、リカルドがすることと言えば、朝起こして服を用意して、食事を運ぶ、湯の用意をする、そのくらいだ。
 動物達の世話より簡単だが、寝入ったセイブリアンを起こすのだけは、少し大変だ。
 朝まで仕事をしている時は別だが、深い眠りに入っていると、なかなか起きてくれない。
 今までは自分で起きていたらしいが、よく起きれたなと不思議になるくらいだ。

 トントンと部屋をノックして入ると、やはりセイブリアンはまだベッドの中にいた。
 近くに行ってみると、しっかり目を閉じていて、布団を頭の近くまでかぶっていた。

「セイブリアン様、起こしに参りました」

 声をかけてもビクともしない。
 寝息の音だけが聞こえてきて、やはりダメかと天を仰いだ。

「起きてくださいー、お昼になっちゃいますよ」

 本人曰く、起きようと思えば起きれるらしいが、人任せにするとダメという、なんとも面倒なタイプだ。
 リカルドは軽く揺らしてみようとセイブリアンの肩に手をかけたが、その瞬間、ベッドの中から伸びてきた手に腕を掴まれて引き込まれてしまった。

「わっわ、も……まただ……」

 気がつけば、セイブリアンの胸の中に収まって、身動きが取れなくなる。
 どうにか起こそうとしても、だいたいこのパターンになってしまい、困り果ててしまうのだ。
 セイブリアンは、寝起きが悪くて、なかなか目覚めてくれない。
 寝ぼけたセイブリアンは、どうもリカルドのことを、ぬいぐるみか何かだと思っているらしく、ぎゅうぎゅう抱きしめてくるのだ。
 困ってしまう、色んな意味で、リカルドは困ってしまう。
 セイブリアンの温かさに包まれると、胸がドクドクと鳴って、どうにかなってしまいそうになる。
 広い胸に頬を寄せて、セイブリアンの心臓の音を聞いていると、体が熱くなる。
 これは、あの薬を塗ってもらった時と同じだ。
 セイブリアンは寝ぼけていて、リカルドの頭だけは正常なはずなのに、頭がおかしなことでいっぱいになってしまう。
 リカルドは、セイブリアンの首筋の匂いをクンクンと嗅いでしまった。
 汗とわずかなコロンの香りに、頭がクラクラしてしまう。

「……んっ……セイブリアン様……」

 シーツに残った熱でドキドキしていたくらいだ。
 ベッドの中で本人に抱きしめられるなんて、嬉しすぎてたまらない。
 熱くなった下半身に手を伸ばして、セイブリアンの寝顔を見ながら、こっそり触れた。
 これが、ただの尊敬と言えるのだろうか。
 やっていることは変態と一緒だと思いながら、擦る手が止まらない。
 もしセイブリアンにここを触れられたら、どうなってしまうだろう。
 想像しただけで熱が込み上げてきて、リカルドは熱い息を漏らした。
 こんなことがバレたら、近寄るなと言われてしまう。
 だから、絶対に知られてはいけないのに……
 
「んっ……」

 セイブリアンの口から声が漏れて、やっと目が覚めてきたのだと分かった。
 いつもはここで何とかもがいて、今揺り起こしていましたという風を装うのだが、今日はやけにセイブリアンの力が強くて逃げる機会を失ってしまった。

「リ……カルド? なぜここに……?」

「……その……セイブリアン様が……手を引いてきて……」

「ああ……、すまない。寝ぼけて引っ張ったようだな。痛くはなかったか?」

「は、はい……もう起きられましたよね、では……俺はこれで……」

 今逃げないと気付かれてしまうとリカルドは焦った。
 もぞもぞと足を動かしてベッドから出ようとしたら、膝が何か硬いモノとぶつかってしまった。
 すみませんと言おうとすると、セイブリアンが頬を染めていて、ウッと小さく声を漏らした。

「え…………」

「…………」

 セイブリアンの気まずそうな顔から、何が起きているのかリカルドは悟った。
 朝起きて、こうなることがあるのは、同じ男なので、リカルドもよく分かっていた。
 セイブリアンの熱を感じて、ゴクッと唾を飲み込んでしまった。

「……しばらくすれば治る」

「そ、そう……ですね。元気な証拠です」

「リカルドはどうなんだ? たまにこう……」

「はい、それは……健康な男ですから……」

 変な沈黙が流れてしまい、今度こそベッドから降りようとしたら、セイブリアンにガッと手を掴まれてしまった。
 あっと思った時、セイブリアンの顔がすぐ近くにあって、その場で動けなくなってしまった。
 間近で視線がぶつかって、目の奥の奥まで、セイブリアンに覗かれている気がする。
 お互い見つめ合ったまま、ほぼ同時にゴクッと唾を飲み込んだ音がした。

「……リカルド」

 セイブリアンのもう一つの手が動いて、リカルドの前髪をサラリと横に流した。
 ドクドクと心臓が壊れそうなほど揺れている。
 まさか……、これは夢かもしれない。
 夢の中なら、もう少し近くに寄ってもいいのではないか。
 熱に浮かされたリカルドは、セイブリアンに顔を近づけた。
 もう少し
 あと一息で唇が触れそうになった時、コンコンとノックの音が響いた。

 失礼しますと言って部屋に入って来たのはルーセントだった。
 二人の姿を見て、目を見開いて驚いた。

「リカルド? なぜ床に転がっているんだ?」

「ちょ……ちょっと、滑ってしまい……すみません」

「セイブリアン様をまだ起こしていなかったのか? まったくそれくらいやってもらわないと……」

「……起きている、大丈夫だ」

 ドアに背を向けて、布団をかぶっていたセイブリアンは、軽く頭を浮かせて答えた。
 寝ているとなかなか起きない人なので、ルーセントはよかったと言ってフゥと息を吐いた。

「起きているなら早くベッドから出てお支度を。帝都から使いが来ております」

「ああ……、分かった。すぐに行く」

 何とか間一髪、セイブリアンのベッドに入っていたリカルドは、飛び降りて床に転がった。
 あんな場面をルーセントに見られたら、何を言われるか分からない。
 ドクドクと鳴り続ける心臓を押さえながら、リカルドは立ち上がった。

「リカルド、厨房の手伝いがあるからお前も来なさい」

「は、はい。セイブリアン様、服はいつものところに……」

 布団から顔を覗かせたセイブリアンは、申し訳なさそうな顔をしていた。
 ニコッと笑って、何とか大丈夫だと返したが、自分は何をしていたんだと頭の中はパニックだった。

 尊敬や憧れ
 自分の中でそう決めつけているが、果たしてこの想いがそれと同じなのか分からなくなってきた。
 どう考えても、セイブリアンの近くで欲情してしまうなんて、ただの憧れでありえない。
 力になりたいと言う気持ちは変わらない。
 変わったのは、セイブリアンにもっと触れてもらいたいと思ったこと。
 頭だけではなく、もっと…………

「リカルド」

「は、はい!!」

 考えながら歩いていたら、前を歩いていたルーセントの背中に頭が当たってしまった。
 しまったと思って顔を上げると、ルーセントは鋭い目でリカルドを見てきた。
 何を言われるのかと身構えていると、ルーセントはゴホンと軽く咳払いをした。

「何か悩みでもあるのか?」

「え?」

「私は城内の人事監督も兼任している。仕事に支障があったら困る。悩みがあるなら話しなさい」

「ええと……」

 そんな怖い顔をしている人に、悩みなんて相談できないだろうと思ったが、これが彼の普通の顔なのだとだんだん分かってきたので、リカルドは小さく息を吸った。

「ふ……触れられると、胸がドキドキして……もっも触ってほしいとか思ってしまうのは……これは、何でしょうか……?」

 思い切ってリカルドは胸の内をルーセントに話してみることにした。
 文武両道の彼なら、きっと的確な答えを教えてくれると思った。

「……それは、私ではなく、アルジェン辺りに聞いてくれ」

「え?」

「勘違いするな、私だって恋人の一人や二人……できたことはないが、そっちの方面に詳しくないだけだ。だが、知識だけは負けないとも言える」

「はい? 何を仰って……?」

「だから、恋だろう。アルジェンは町のカフェの給仕と付き合っている。そちらに聞いた方が早い」

「こ……恋……」

「誰にでもそう思うのか?」

「まさか! 違います!」

「だったら恋だ。間違いない! ほら、さっさと行くぞ」

 話は終わりだという風に、ルーセントに頭を小突かれてしまった。
 リカルドはまたルーセントを追って歩き始めたが、恋という言葉が頭から離れずぐるぐると回っていた。
 確かに女性には相手にされず、まともな恋愛なんてしたことがない。
 だからと言って、相手は男性で、しかも尊敬する上司だ。
 もしこの想いが恋だというなら、完全に間違った想いを抱いてしまった……

 セイブリアンにどんな顔をして会えばいいのか、今までどんな風に接していたのか、それすらも浮かんでこない。
 混乱の渦の中で、リカルドは出口を見失ってしまった。


 
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