囮になった見習い騎士には、愛され生活が待っていた。

朝顔

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第三章

18、準備はしっかり

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 たくさんの人が荷物を持って、慌ただしく走り回っていた。
 その中心でルーファスが、分厚い資料片手に、アレコレと指示をしていて忙しそうに見えるが、その目は活き活きと輝いていた。

「ハリきってるなぁ、副団長」

 リカルドが地面に座ってその様子をぼけっと見ていたら、木箱を待ってアルジェンが歩いてきたので、リカルドは軽く手を挙げた。

「忙しい方が燃えるタイプだから、参謀が天職ってやつだな」

 汗を流しながら木箱をドカンと地面に置いたアルジェンは、ニヤッと笑って休憩だと言いながら、リカルドの隣に座った。

「ベイリーの騎士、リカルド! 俺より先に騎士になるなんて!」

「アタタタって、アルジェンだって、来月就任式だろう」

 お決まりの台詞で、リカルドの肩を叩きながら、アルジェンが揶揄ってきた。
 リカルドは後ろに引いたが、アルジェンは逃さないぞという勢いで肩を組んできた。

「リカルド、俺達の勝敗は五分五分だよな」

「まぁ、そうだね。この前、俺が勝ったから……」

「くぅー! だったらリカルドだって、認めてくれたらいいのに! 上の連中は頭が固い!」

 アルジェンが無事に昇進試験に合格したという吉報は、リカルドがベイリーの騎士になった後に届いた。
 きちんとした方法で試験を受けて、国に認められたアルジェンと違い、リカルドは他国出身で試験を通過したわけでもない。
 アルジェンは同じだと認めてくれるが、そう簡単なことではないとリカルドも分かっていた。
 それに、もう諦めなければいけないと思っていた夢が叶ったのだ。
 ベイリー領限定など、リカルドにはどうでもいいことだった。
 セイブリアンが騎士として認めてくれた。
 直属の部隊にも、所属させてもらえることになり、これ以上ない喜びでいっぱいなのだ。
 任命された時は、嬉しくて興奮してしまい、思わずセイブリアンに抱きついてしまった。
 優しいセイブリアンは怒らないでくれたが、なんてことをしたんだと、今でも思い出すと顔が熱くなってしまう。

「俺はベイリーの騎士で十分だよ。こんなに光栄で幸せなことはない。今回の即位式にも参加させてもらえるし、ただでさえ特別扱いで、これ以上あったらセイブリアン様に迷惑がかかる」

 照れたリカルドの頭を、アルジェンは嬉しそうに笑ってポンポンと撫でてきた。

「俺はリカルドと同じ隊に入れて嬉しいよ。そうだ、荷物運びはどうしたんだ?」

「ああ、もう終わった。袋一つだけだし」

「ふっ、袋一つって……三ヶ月は帰ってこれられないんだぞ。俺なんてこの箱いっぱいでも足りないから、追加するところなのに……」

 アルジェンの持ってきた箱を見ると、服だけではなく大量の本にカードゲーム、酒瓶まで入っているので驚いてしまった。
 すごい荷物だなと見ていると、そこに影が伸びてきた。

「アルジェン、荷物は少なくと言ったはずだ。酒まで持って行こうとするなんて……没収だ」

「そんなぁああー副団長!」

 二人で話し込んでいたら、近くを通っていたルーファスの目に留まり、アルジェンの荷物はチェックされてしまった。
 案の定、酒やカードといった類のものは、ポイポイと箱から出されてしまった。

「まったく、お前はすぐ調子に乗るな。今回、即位式に向かうのは、直属の精鋭部隊のみ。そこに選ばれたのだから、もっと自覚を持ちなさい」

「はい」

「リカルド、お前もだ」

「は、はい!」

「お前は騎士としてではなく、侍従としての同行なのだから、アルジェンと遊んでばかりいないで、しっかり動きなさい。分かったな」

 十代のアルジェンと同じように叱られてしまい、リカルドは分かりましたと言って頭を下げた。
 

 一週間後、リカルドはセイブリアンと、騎士団精鋭部隊とともに、皇都に向かうことになった。
 いよいよ、皇太子の即位式が行われるためだ。
 セイブリアンは皇族としての参加、騎士団は警備任務に就く予定だ。
 リカルドは、セイブリアン専属騎士で、部隊にも入れてもらえたが、皇都でこの身分は通用しない。
 今回同行を許されたが、侍従としての仕事のためだった。
 それでも、重要な任務に一緒に同行できるなんて、夢のような気持ちだった。

「これは何だ? 女の絵など持って……」

「わわっ、そ、それは……」

 荷物の中からルーファスが取り出したのは、女性の姿が描かれた絵だった。
 アルジェンは真っ赤な顔になって慌てて手をバタバタさせて、返してくださいと言った。

「……もしかして、この子がアルジェンの彼女か? カフェで働いているっていう」

「ああ……ええと、元、彼女な」

 リカルドも話には聞いていたが、絵を持ち歩いているなんて、かなり愛し合っているのだなと思った。
 だが、アルジェンが気まずそうな顔で別れたと言ったので、ルーファスと一緒に、えっと声を上げてしまった。

「先週フラれたんだ。ううっ、その絵は捨てられなくて……、俺は仕事に生きるよ」

「そ……そうか、それは辛いな」

「付き合って三ヶ月でさ、元彼が忘れられないって……もーありえないだろう! くっー酒が飲みたい!」

 せっかく騎士になれたのに、どこか悲しそうに見えたのは、このためだったのかとリカルドは察した。
 落ち込んでいるアルジェンを励ましていると、ルーファスは気まずそうに絵を手渡して、アルジェン横に座った。

「一瓶だけなら許可しよう」

「うぅ、ありがとうございます」

「忘れられない相手、そういうのは誰にでもいる。恋愛がからめば、もっと根深いものになる。見えない相手と戦うのは、どんな手練れの騎士でも不可能だ。早く忘れて、別の恋をしろ」

 ルーファスは、彼らしい声掛けでアルジェンの背中を叩いて慰めていた。
 リカルドもうんうんと頷いていたが、忘れられない相手、という言葉が気になってしまった。

「あの、副団長。忘れられない相手って……例えば、寝言で名前を呼ぶ、とかもありますか?」

「ああ、夢に出てきて、寝言で呼んでしまうくらいなら、かなりの相手だな。人生を賭けた大恋愛をして結ばれなかった……、確かそんな話を本で見たか聞いたか……」

 最後の方がごにょごにょ言っていて聞こえなかったが、大恋愛という言葉に、リカルドの心臓はピクッと揺れた。
 セイブリアンが寝ながら言っていた、シアという言葉が気になっていた。
 それが誰かの名前なら、夢で見るほど想い続ける人ということになる。
 例えば、家族の可能性はないかとも考えた。
 前に恋心を教えてくれたルーファスなら、頼りになると思って、リカルドは少し前に出た。

「あの、お聞きしたいことが……、副団長は、セイブリアン様とは幼馴染と聞きました。セイブリアン様の子どもの頃は、やはり今と同じで剣が強くて逞しい方だったのですか?」

「ん? セイブリアン様? ああ、まぁ確かに、強かった。私は末端の貴族だが優秀だったからな。学友として、旧貴族幼学校時代に皇子の方々と引き合わされて、一緒に剣を学んだ。その中でもセイブリアン様は幼いながらに、群を抜いたセンスを持っていた。だが、もちろん、ソードマスターになられたのは、努力と鍛錬の賜物だ」

 突然セイブリアンの話になって、ルーファスは不思議そうな顔をしていたが、話し始めると饒舌になり、自分のことのように嬉しそうな顔になった。

「ただ、性格は大人しくて控えめな方だから、目立っていたのはいつも皇子殿下だった。才能を持ちながらも、争い事が苦手で隠れてしまうセイブリアン様に、陛下は軟弱者だと言って厳しくあたるようになって……」

 話の途中でルーファスの表情が曇ってしまった。
 父親が皇帝という大きな存在であり、甘えることを許されない環境を想像した。

「厳しい環境だったのですね、お母様は、どうされていたのですか?」
 
「陛下は誰も信用しないお方で、他人をそばに置くことを極端に嫌っておられた。皇子様が生まれたら、妃の方々は恩給をもらい、全員住まいを移された。セイブリアン様の生母であるエリザ妃も、生家に戻られて、以降はお会いはなられていない」

「そんな……」

「ひどいよな。せめて母親がいたらなって、俺もそう思うよ。そうしたら少しでも甘えることができただろう。だけどそんな相手がいなかった。その影響かな、セイブリアン様は強く逞しいお方だけど、寂しそうに見える時がある」

 アルジェンも話に入ってきて、腕を組んで頷いていた。
 完璧に見えるが、セイブリアンが醸し出している孤独な空気は、誰もが感じていたようだ。

「陛下とは、ある決定的な決別があって、それ以来父と子としても一切の交流がなくなり、結局死ぬまで、分り合うことはなかったそうだ」

「……決定的な決別」

「陛下はセイブリアン様の心の支えを奪ってしまった。お考えがあってのことだとは思うが、私から見てもあれはひどい、可哀想なことだとしか思えなかった」

「そんなことが……」

 親子といっても、リカルドの両親とは環境が違いすぎるが、それでも大切にしているものを奪われるなんて、子供心にきっとひどく傷ついたに違いないと思った。

「陛下とはまた違うが、セイブリアン様もまた、孤独な生き方を選んでいるように思える。過去の傷が癒えず、むしろ、もっとひどいかもしれない。リカルド、お前もお側に仕えて、気になることがあれば教えてほしい。特に今回の即位式では気持ちの変化が大きいと思うからな」

「は、はい。もちろんです」

 ルーファスの言葉にリカルドは姿勢を正した。
 ここ数日、慌ただしさの中にあっても、どこか遠くを見つめているようなセイブリアンの空気が気になっていた。
 皇都に行く、ということは、セイブリアンにとって大きな意味があるように思えた。
 シア、という名前は、女性の名前でよく使われる。
 そのことから、母の名を呼んだのではないかと考えたが、エリザという名前を聞いて、違うと分かった。
 となると、夢にまで出てくる忘れられない人はいったい誰なのか、まだ迷路に入ってしまった。
 直接この名前を聞いていいものなのか、リカルドには判断がつかなくて、口にすることができなかった。

「それはそうと、リカルド、恋の方はどうなったんだ?」

「ええ!?」

「好きな相手がいると話していたじゃないか」

「なんですかそれ! 聞いてない! リカルドー、なんで言わないんだよ!」

 そこまでは言っていないが、急に先日の話を持ち出されて、リカルドは焦ってしまった。
 こんな話をした後もそうだが、とても言えない相手だ。仲のいいアルジェンにだって言うことができない。

「あ……あの、それは……」

 手と首を同時に振りながら、迫ってくる二人からどう逃げようかと思っていたら、大きな影が目の前の陽射しを遮った。

「三人で休憩か? ルーファスも、一緒とは珍しいな」

「セイブリアン様!」

 親分の登場で、アルジェンとルーファスは急いで立ち上がった。
 リカルドも立ち上がろうとしたら、セイブリアンの手が伸びてきて、腕を掴まれて引き上げられた。
 無意識に子供のような扱いをするセイブリアンに、リカルドは恥ずかしくなって顔を赤くしたが、アルジェンとルーファスは何も言わなかった。

「ルーファス、到着時の隊列のことで連絡が来ている。少しいいか?」

「はい! もちろんです! 行きましょう、ほら、二人とも、油を売ってないで、さっさと片付けなさい」

 声をかけられたルーファスは、額の汗をハンカチで拭って歩き出した。
 生真面目なルーファスとしては、地面に座って話しているなんてところを、上司に見られたくなかったのかもしれない。
 通り過ぎる時に恥ずかしそうな顔をしていた。
 分かりましたと言ったリカルドとアルジェンも、その場から動こうとしたら、セイブリアンはリカルドの名前を呼んできた。

「ちょっと顔を見せてみろ、この黒いのはなんだ?」

「黒い……? あ、昼食のパンに付いていたベリーのソースかと……」

 近づいてきたセイブリアンは、ポケットからハンカチを取り出して、リカルドの頬についていた汚れを拭き取ってくれた。
 拭き取った後も、なぜかまじまじと顔を見つめられてしまい、リカルドの心臓はドキッと跳ねた。

「あ……あの……何か……?」

「ん? 他にもついていないか確認している」

 そんなに顔中につけているわけがない。
 自分の平凡な顔など、眺める価値がないので、何を言われるのかとドキドキしてしまった。

「も、もう……いいですか? んぐっ」

 心臓がやばいので、そろそろ放してほしいと目で訴えると、セイブリアンに両頬を片手でつままれてしまった。
 鳥のくちばしみたいな口になったリカルドを見て、セイブリアンはぷっと噴き出した。

「はははっ、そんな可愛い顔をするな」

 ピンっとおでこを指で弾いたセイブリアンは、ニコッと笑ってから、後でなと言ってルーファスと一緒に城の中に戻って行ってしまった。
 残されたリカルドは、あまりの破壊力に、さすがソードマスターだと思いながら、ぷるぷると震えてしまった。

「なんだか、仲良いなぁ、二人」

 一部始終を隣で見ていたアルジェンが、頭をかきながら話しかけてきた。
 リカルドはドキドキしているところを見られて、気持ちを知られてしまったのではないかと焦った。

「や、優しい……お方だから……」

「優しいけど、俺にはそこまで優しくないぞ。リカルドだけ特別みたいに感じる」

「え…………」

 確かに上官として時に厳しい顔を見せる時もあるが、セイブリアンは基本的に世話好きな人だ。
 みんなにそうだと思っていたが、よく考えたら、手当てをしたり、面倒を見たりなど、他の人にしているところを見たことはなかった。

「分かった、弟みたいなんじゃないか?」

「ええっ!?」

「うんうん、分かるわぁ。リカルドって弟っぽいもんな。それに時々犬っぽっいところもあるし」

「弟……、犬……」

「撫でたいし、可愛いって気持ち、分かる分かる。……って、うぁ、部隊長がこっちに来るぞ! 見つかると怒られる! 行くぞ!」

 視力のいいアルジェンは、遠くにいる上司を見かけて、慌てて地面に置いていた木箱を持ち上げて走り出した。
 一人残されたリカルドも歩き出そうとしたが、弟や犬と言われたことが頭をぐるぐる回っていた。

「俺……一番年上なのに……」

 年長の自分が弟と言われてしまった。
 しかも歳の離れたアルジェンにまで……。

「……体、もっと鍛えないと……」

 ガクンと項垂れたリカルドは、落ちていく夕日に向かってトボトボと歩き出した。
 
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