27 / 34
最終章
26、暫しの温もり
しおりを挟む
朝から風が強かった。
ガタガタと揺れる窓の音で目を覚ましたリカルドは、水桶からくんだ水で顔を洗うと、ヨシと言って動き出した。
皇宮の厨房の横を通ると、朝早くから食材の下ごしらえをしていた料理人達が途方に暮れていた。
なんでも、招待客用の食事のリストが、外部に漏れたので、急遽当日に変更になったらしい。
もしかしたら、リリーローズが目撃した、使用人が情報を漏らしていたという件かもしれない。
料理人は大変だが、騒動が起きそうなことは、少しでも事前に防いでおかなくてはいけない。
慌ただしくなりそうな厨房を後にして、リカルドはセイブリアンの部屋へと急いだ。
即位式の流れは決まっていた。
皇太子は早朝から、皇宮の北に広がる森を抜けて、北東にある神殿にこもり、神への祈りを捧げる。
午後になると神殿の扉が開かれて、大聖堂にて即位の儀が行われる。
立会人として招待されたのは、皇族、国の貴族、周辺国の王族や貴族も含まれていた。
大聖堂はかなりの大きさだが、その周りを取り囲むように兵士が配置されている。
神殿の東と西には、それぞれ別の入口があるが、そこにも多くの兵が配置されて、皇宮の騎士や、そこにベイリーから来た騎士達も警備に参加している。
皇宮と神殿を繋ぐ、神の森は、皇宮騎士団が中心となって警備しているので、こちらも完璧に思われた。
皇宮全体は難攻不落と呼ばれて、高台の立地に加えて、容易に攻められない構造になっているので、いざとなれば皇宮に戻り、完全防御の体制をとる準備も進められていた。
皇太子は即位の儀を行った後、皇宮内で最初の勅令を発する予定になっている。
そこで国として周辺国と和平の道を進むことと、皇弟達の強い権限を奪い、反対する者は皇都から遠い場所へ送られるとされていた。
皇太子反対派が動くなら、今であることは考えられるが、果たして本当に仕掛けてくるのか、予想ができなかった。
「失礼します」
支度中だと聞いて廊下に立っていたが、名前を呼ばれて、リカルドはセイブリアンが着替えている部屋に入った。
「わぁぁっ……!」
大鏡の前に立っているセイブリアンを見つけたリカルドは、息を吸い込んで声を上げてしまった。
セイブリアンは皇族用の黒い軍服を着ていた。
胸に並んだ光り輝く勲章、襟や袖には金糸が織り込まれていて、体に沿って作られた礼服は、セイブリアンの大きな体をより逞しく見せて、目が眩むほどカッコ良かった。
セイブリアンは入り口に背を向けていたので、肩からお尻にかけての引き締まったラインが、最初に目に入って、釘付けになり、ドキドキと胸が高鳴った。
くるりと振り返ったセイブリアンの髪は、ビシッと後ろに撫で付けられていて、いつもより色っぽく見えてしまった。
「こういう格好は苦手なんだ。窮屈で、自分ではない気がしてしまう」
「そんな……すごく、素敵です。カッコ良くて、目が離せないです」
吸い寄せられるように、鏡の前に立っているセイブリアンに近づいたリカルドは、腰に下げられている長剣に触れた。
豪華な宝石の飾りがついていて、実用的ではなさそうなので、儀式用のものだと思った。
「欲しいか? 皇家の宝だが、リカルドが欲しいなら……」
「いっ……いいですよ。そんな恐れ多い。色んな意味で重くて動けません」
手を振って困った顔をしたリカルドを見て、セイブリアンはぷっと噴き出して、その手を掴んで自分の方へ引き寄せた。
ぽすっと、セイブリアンの胸に飛び込んだリカルドが顔を上げると、自分を見て微笑んでいるセイブリアンと目が合った。
「可愛いな、可愛くて仕方がない」
こんな平凡な顔を見て、可愛いなんて言うのはセイブリアンくらいだろう。
それでも、そう言われると、嬉しくて恥ずかしくなり、リカルドは隠れるように、セイブリアンの胸に顔を埋めた。
「こんな時でなければ、リカルドをこのままベッドに連れて行きたい」
「ええっ!」
「頭から足の先まで、愛したい。全部自分のものだと、愛を注ぎ込みたい」
昨夜両思いだと確認したが、いきなりこんな熱量で来られると、どう返していいのか分からない。
ぎゅっと抱きしめられたリカルドは、激しく揺れる胸の鼓動に眩暈がしそうだった。
「せ、セイブリアン様、嬉しいんですけど、そんな……ことは、心臓が持ちません」
「分かっている。大事な時に、こんなところで、無茶なことをするつもりはない」
そう言いながらもセイブリアンはリカルドの背中を大鏡に押し当てて、長い指で軽く顎を持ち上げた。
「これくらいはいいだろう。昨日の続きだから」
「つづ……んっ……」
何かと問いかける前に、リカルドの口は、セイブリアンの口で塞がれた。
昨夜感じたあの柔らかさと、熱い舌を思い出して、ブルっと震えると、少し開いた口の中に、セイブリアンの舌が入ってきた。
「ぁ……んんっ…………ふぅ……」
今朝は温く湿っていて、それが余計に欲情を煽っていく。
ざらついた舌がリカルドの舌を見つけると、ぬるりと絡んできた。
「んっ……」
口付けを覚えたばかりで、どう反応するのが正しいのか分からないが、セイブリアンと同じように舌を動かして絡ませてみると、角度を変えたセイブリアンは、もっと深くリカルドの口に吸い付いてきた。
「はぁ…………ぁ……う……んん」
どこでいつ、息をしていいのか分からず、わずかに唇が離れた時に、息を吸おうとすると声が出てしまう。
セイブリアンはそれが嬉しいようで、もっと鏡に押し付けられて、貪るように口付けられた。
なんて気持ちいいんだろう。
口の中が溶けてしまいそうだ。
頭がぼんやりして、力が入らなくなり、リカルドはセイブリアンの頭の後ろに腕を回してしがみついた。
するとその時、ドアをコンコンとノックする音が室内に響いた。
「皇子殿下、そろそろお時間です。馬車の準備ができました」
開けてよろしいですかと、ルーセントの声が聞こえて、リカルドの頭は一気に現実に引き戻された。
そこで唇を離したセイブリアンの体が、そのまま離れていくと、名残惜しくて腕を掴みたくなってしまった。
「失礼します……、支度は終えられたのですね。馬車の用意はできております」
ルーセントが部屋に入ってきたので、リカルドは鏡の前で、乱れたセイブリアンの襟元を直した。
リカルドは、赤くなった顔を見られないように、俯いて顔を隠したので、ルーセントに気付かれずにすんだ。
「行くぞ」
セイブリアンが歩き出したので、リカルドとルーセントが後ろに続いた。
皇宮の使用人達が足を止めて、端に移動して頭を下げている中を、セイブリアンは堂々と進んでいく。
大きな肩幅、逞しい立派な後ろ姿を見ながら、リカルドは頭の中でため息を漏らした。
昨夜、お互いの気持ちを確認し合ったが、本当にこんな人と自分が付き合うことになったなんて、信じられなかった。
今までも優しくしてもらえたのに、恋人になったらどうなるのか、想像もできなかった。
嬉しくて、嬉しくて。
気持ちはとっくに走り出していた。
しかし、浮かれてばかりはいられない。
今は帝国にとって大事な時、何が起こるか分からない式典を前にして、一歩進むごとに緊張が高まってきた。
あのミケーレが、帝国に入国しているという話は本当なのか、考える度に、色々な問題が増えていくような気がした。
神殿へと続く北の森は、皇族のみが通行可能となっている。
森は迷いの森とも呼ばれて、神殿への道以外は、誰でも迷ってしまうと言われている。
そのため、他の参列者は大きく迂回して神殿に入る道を進む必要がある。
セイブリアンは皇子であるため、森を抜ける道を進み、神殿へと向かうことになった。
一本道であるが、距離があるので、移動は馬車になる。
セイブリアンは皇族用の馬車に乗り、周囲は騎乗した騎士達が囲んだ。
リカルドは御者台に乗って、遠くに見える神殿の建物を目指して進むことになった。
移動中、森の中に、馬の蹄の音と車輪の音が響き渡り、誰も喋る者はいない。
少しずつ空気は重くなって、厳かな空気に包まれていった。
一時間ほど走り続けて、ようやく神殿の前に到着した。
白い石で造られた神殿は、世界を創造したといわれる神に祈りを捧げるために造られたもので、フランティアでも同じ信仰がある。
ここでベイリーの騎士団のほとんどは、神殿門外の警備に向かい、少数は神殿の中に残った。
リカルドと、ルーセント、アルジェンも残り、セイブリアンと一緒に中へ入ることになった。
神殿の中はたくさんの人が行き来していたが、しんと静まり返っていた。
セイブリアンは、皇帝が祈りを終えた後に使用される休憩室で待つことになった。
ルーセントとアルジェンは部屋の前に立ち、リカルドは休憩室でお茶の用意をした。
その間、セイブリアンは窓辺に立って、外の様子を確認していた。
「お茶ができました。熱いのでお気をつけください」
「ああ、ありがとう」
神殿は質素であることが良しとされているらしく、休憩室と言っても、机とソファーが置かれているだけで、他は何もないただ広い部屋だった。
セイブリアンは、ソファーに座ってリカルドが入れたお茶を飲んだ。
「中も静かだが、外も静かだ。まるで何もない一日のように思えてくる。このまま、静かに過ぎ去ってくれたらいいが……」
「あの……、ミケーレ団長ですが……、本当に帝国内にいるのでしょうか。まさか、敵国の皇子と手を組むなんて……」
「……お前から見たミケーレはどんなやつだった?」
「それは……」
同じ上司でも、セイブリアンとは比べ物にならないほど、利己的な人だったことを思い出した。
何かあれば、お前を残してやったのは俺だと言って、面倒な仕事を押し付けてきた。
火事が起きる前は、平民でありながら、期待の新人と呼ばれたリカルドのことを、嫌な目で見てきた。
彼なら勝手に進軍したように、周囲を巻き込んで自分の利益のために、動きそうだとは思った。
「自分の目的を邪魔する者には容赦しなかったです。一族の人はみんな似たような感じで、いつも威張っていましたね」
「おそらくずる賢い皇子の甘言に踊らされていると思うが、ミケーレ自身、かなり問題がある男だ」
そう言った後、セイブリアンの表情は険しくなり、言葉が詰まってしまったように見えた。
いつもと違う様子に、何かあると思ったリカルドは、壁際に立っていたが、ソファーに近づいた。
「……セイブリアン様のことですから、ミケーレ団長の調査をされたのではないですか? 何か、分かったことでも?」
「ああ、それなんだが……」
「もしかして、俺に関することですか? 教えてください」
「…………」
セイブリアンの深刻な顔から、何か重要な情報だと思ったが、重そうな口はなかなか動く気配がなかった。
「俺は大丈夫です。セイブリアン様に、心を強くする方法を教えてもらいました。何を言われても、強く立っている自信があります」
「リカルド……」
真剣な眼差しのリカルドを見て、思い詰めたような顔をしていたセイブリアンだが、ふっと力が抜けて、緩んだ口元から息が漏れた。
「すまない、お前はもう立派に強い男だったな。傷つけたくないと思ったが、これは伝えるべきことだな」
「覚悟をしています」
「分かった、実は――」
セイブリアンが体の向きを変えて、口を開いた時、コンコンとノックの音が響いた。
皇太子殿下がいらっしゃいましたと聞こえたので、話しているわけにいかなくなった。
セイブリアンが目線で後でまたと送ってきたので、リカルドが分かりましたと頷いた瞬間、ガチャリとドアが開けられた。
「リアン、待たせたな」
笑顔で部屋に入って来たのは、セイブリアンの兄、皇太子のユリウスだった。
上下白い衣装を纏ったユリウスが颯爽と現れると、部屋の中の空気が変わり、華やいだものになった。
さすがの存在感だなと、リカルドは圧倒されてしまった。
「午前の儀は終わった。しばらく休息だ」
「滞りなく終えられたこと、お喜び申し上げます」
セイブリアンが頭を下げたので、壁際に下がったリカルドも、そこで頭を下げた。
「ここまで来られたのもお前のおかげだ。色々報告は聞いているが感謝している」
「まだ気を緩めるのは早い。静か過ぎるのが気になるんだ」
分かっていると言って近づいて来たユリウスは、セイブリアンと固い握手をした。
「リリーは? 姿が見えないが……」
「朝から体調が悪い。今日は立っているだけだから、大事をとって下がらせた。皇宮の自室で休んでいるはずだ」
「そうか……、何か必要なことがあれば言ってくれ。こちらの人員を回すこともできる」
「ああ、分かった。すまないな」
セイブリアンは硬い表情だったが、ユリウスは始終口元に笑みを浮かべていた。
そんなユリウスの視線が、そこでセイブリアンから離れて、自分の方に来てしまったので、リカルドはビクッと背中を揺らした。
「……あの者は? フランティア人か?」
「そうだ。名前はリカルド。戦場に取り残されていたところを拾って、今は俺の侍従と、ベイリーでは護衛騎士をやっている」
「フランティア人に身の回りを任せているのか? まったくお前は……変わらないなぁ」
そう言ったユリウスに、穴が空くほど見つめられて、ニコッと笑いかけられたので、リカルドは緊張しながら頭を下げた。
ニコニコしていたユリウスだが、何か急に思い出したかのように、表情が固まってしまった。
「ま……まさか?」
「え?」
口をパクパクさせながら慌てた様子のユリウスを見て、リカルドは何が起きたのか分からずにポカンとしてしまった。
「部下? と言うことはあの……あのあれはもしかして??」
「ユリ、その話は後で……」
兄弟で何か秘密の話でもあるのだろうか。
セイブリアンの困った横顔を見て、聞いてはいけない話なのかもしれないと、リカルドは気まずい気持ちで後ろへ下がった。
しかし、距離を取ったのに、それに気付いたのか、ユリウスの方がツカツカと近づいて来て、真ん前に立たれてしまった。
「うーん、特にこれといって……」
「な、なんでしょうか……?」
ユリウスはセイブリアンと同じで体格が良くて、とにかく体がデカい。
はるか上から見下ろされて、緊張で冷や汗が出てきたところで、ヌッと間にセイブリアンが体を捩じ込ませてきた。
「いい加減にしろ、午後に備えて、ソファーにでも座って休んでいろ」
「あー、隠したな! ますます怪しい! もしかしてルーセントかと思っていたが、これは外れたな」
「ばっ、ルーセントなわけがあるか! ジロジロ見るなって」
セイブリアンがユリウスの背中を押して、何やら兄弟で仲良さそうにソファーに戻っていくので、リカルドはますますポカンとしてしまった。
ガタガタと揺れる窓の音で目を覚ましたリカルドは、水桶からくんだ水で顔を洗うと、ヨシと言って動き出した。
皇宮の厨房の横を通ると、朝早くから食材の下ごしらえをしていた料理人達が途方に暮れていた。
なんでも、招待客用の食事のリストが、外部に漏れたので、急遽当日に変更になったらしい。
もしかしたら、リリーローズが目撃した、使用人が情報を漏らしていたという件かもしれない。
料理人は大変だが、騒動が起きそうなことは、少しでも事前に防いでおかなくてはいけない。
慌ただしくなりそうな厨房を後にして、リカルドはセイブリアンの部屋へと急いだ。
即位式の流れは決まっていた。
皇太子は早朝から、皇宮の北に広がる森を抜けて、北東にある神殿にこもり、神への祈りを捧げる。
午後になると神殿の扉が開かれて、大聖堂にて即位の儀が行われる。
立会人として招待されたのは、皇族、国の貴族、周辺国の王族や貴族も含まれていた。
大聖堂はかなりの大きさだが、その周りを取り囲むように兵士が配置されている。
神殿の東と西には、それぞれ別の入口があるが、そこにも多くの兵が配置されて、皇宮の騎士や、そこにベイリーから来た騎士達も警備に参加している。
皇宮と神殿を繋ぐ、神の森は、皇宮騎士団が中心となって警備しているので、こちらも完璧に思われた。
皇宮全体は難攻不落と呼ばれて、高台の立地に加えて、容易に攻められない構造になっているので、いざとなれば皇宮に戻り、完全防御の体制をとる準備も進められていた。
皇太子は即位の儀を行った後、皇宮内で最初の勅令を発する予定になっている。
そこで国として周辺国と和平の道を進むことと、皇弟達の強い権限を奪い、反対する者は皇都から遠い場所へ送られるとされていた。
皇太子反対派が動くなら、今であることは考えられるが、果たして本当に仕掛けてくるのか、予想ができなかった。
「失礼します」
支度中だと聞いて廊下に立っていたが、名前を呼ばれて、リカルドはセイブリアンが着替えている部屋に入った。
「わぁぁっ……!」
大鏡の前に立っているセイブリアンを見つけたリカルドは、息を吸い込んで声を上げてしまった。
セイブリアンは皇族用の黒い軍服を着ていた。
胸に並んだ光り輝く勲章、襟や袖には金糸が織り込まれていて、体に沿って作られた礼服は、セイブリアンの大きな体をより逞しく見せて、目が眩むほどカッコ良かった。
セイブリアンは入り口に背を向けていたので、肩からお尻にかけての引き締まったラインが、最初に目に入って、釘付けになり、ドキドキと胸が高鳴った。
くるりと振り返ったセイブリアンの髪は、ビシッと後ろに撫で付けられていて、いつもより色っぽく見えてしまった。
「こういう格好は苦手なんだ。窮屈で、自分ではない気がしてしまう」
「そんな……すごく、素敵です。カッコ良くて、目が離せないです」
吸い寄せられるように、鏡の前に立っているセイブリアンに近づいたリカルドは、腰に下げられている長剣に触れた。
豪華な宝石の飾りがついていて、実用的ではなさそうなので、儀式用のものだと思った。
「欲しいか? 皇家の宝だが、リカルドが欲しいなら……」
「いっ……いいですよ。そんな恐れ多い。色んな意味で重くて動けません」
手を振って困った顔をしたリカルドを見て、セイブリアンはぷっと噴き出して、その手を掴んで自分の方へ引き寄せた。
ぽすっと、セイブリアンの胸に飛び込んだリカルドが顔を上げると、自分を見て微笑んでいるセイブリアンと目が合った。
「可愛いな、可愛くて仕方がない」
こんな平凡な顔を見て、可愛いなんて言うのはセイブリアンくらいだろう。
それでも、そう言われると、嬉しくて恥ずかしくなり、リカルドは隠れるように、セイブリアンの胸に顔を埋めた。
「こんな時でなければ、リカルドをこのままベッドに連れて行きたい」
「ええっ!」
「頭から足の先まで、愛したい。全部自分のものだと、愛を注ぎ込みたい」
昨夜両思いだと確認したが、いきなりこんな熱量で来られると、どう返していいのか分からない。
ぎゅっと抱きしめられたリカルドは、激しく揺れる胸の鼓動に眩暈がしそうだった。
「せ、セイブリアン様、嬉しいんですけど、そんな……ことは、心臓が持ちません」
「分かっている。大事な時に、こんなところで、無茶なことをするつもりはない」
そう言いながらもセイブリアンはリカルドの背中を大鏡に押し当てて、長い指で軽く顎を持ち上げた。
「これくらいはいいだろう。昨日の続きだから」
「つづ……んっ……」
何かと問いかける前に、リカルドの口は、セイブリアンの口で塞がれた。
昨夜感じたあの柔らかさと、熱い舌を思い出して、ブルっと震えると、少し開いた口の中に、セイブリアンの舌が入ってきた。
「ぁ……んんっ…………ふぅ……」
今朝は温く湿っていて、それが余計に欲情を煽っていく。
ざらついた舌がリカルドの舌を見つけると、ぬるりと絡んできた。
「んっ……」
口付けを覚えたばかりで、どう反応するのが正しいのか分からないが、セイブリアンと同じように舌を動かして絡ませてみると、角度を変えたセイブリアンは、もっと深くリカルドの口に吸い付いてきた。
「はぁ…………ぁ……う……んん」
どこでいつ、息をしていいのか分からず、わずかに唇が離れた時に、息を吸おうとすると声が出てしまう。
セイブリアンはそれが嬉しいようで、もっと鏡に押し付けられて、貪るように口付けられた。
なんて気持ちいいんだろう。
口の中が溶けてしまいそうだ。
頭がぼんやりして、力が入らなくなり、リカルドはセイブリアンの頭の後ろに腕を回してしがみついた。
するとその時、ドアをコンコンとノックする音が室内に響いた。
「皇子殿下、そろそろお時間です。馬車の準備ができました」
開けてよろしいですかと、ルーセントの声が聞こえて、リカルドの頭は一気に現実に引き戻された。
そこで唇を離したセイブリアンの体が、そのまま離れていくと、名残惜しくて腕を掴みたくなってしまった。
「失礼します……、支度は終えられたのですね。馬車の用意はできております」
ルーセントが部屋に入ってきたので、リカルドは鏡の前で、乱れたセイブリアンの襟元を直した。
リカルドは、赤くなった顔を見られないように、俯いて顔を隠したので、ルーセントに気付かれずにすんだ。
「行くぞ」
セイブリアンが歩き出したので、リカルドとルーセントが後ろに続いた。
皇宮の使用人達が足を止めて、端に移動して頭を下げている中を、セイブリアンは堂々と進んでいく。
大きな肩幅、逞しい立派な後ろ姿を見ながら、リカルドは頭の中でため息を漏らした。
昨夜、お互いの気持ちを確認し合ったが、本当にこんな人と自分が付き合うことになったなんて、信じられなかった。
今までも優しくしてもらえたのに、恋人になったらどうなるのか、想像もできなかった。
嬉しくて、嬉しくて。
気持ちはとっくに走り出していた。
しかし、浮かれてばかりはいられない。
今は帝国にとって大事な時、何が起こるか分からない式典を前にして、一歩進むごとに緊張が高まってきた。
あのミケーレが、帝国に入国しているという話は本当なのか、考える度に、色々な問題が増えていくような気がした。
神殿へと続く北の森は、皇族のみが通行可能となっている。
森は迷いの森とも呼ばれて、神殿への道以外は、誰でも迷ってしまうと言われている。
そのため、他の参列者は大きく迂回して神殿に入る道を進む必要がある。
セイブリアンは皇子であるため、森を抜ける道を進み、神殿へと向かうことになった。
一本道であるが、距離があるので、移動は馬車になる。
セイブリアンは皇族用の馬車に乗り、周囲は騎乗した騎士達が囲んだ。
リカルドは御者台に乗って、遠くに見える神殿の建物を目指して進むことになった。
移動中、森の中に、馬の蹄の音と車輪の音が響き渡り、誰も喋る者はいない。
少しずつ空気は重くなって、厳かな空気に包まれていった。
一時間ほど走り続けて、ようやく神殿の前に到着した。
白い石で造られた神殿は、世界を創造したといわれる神に祈りを捧げるために造られたもので、フランティアでも同じ信仰がある。
ここでベイリーの騎士団のほとんどは、神殿門外の警備に向かい、少数は神殿の中に残った。
リカルドと、ルーセント、アルジェンも残り、セイブリアンと一緒に中へ入ることになった。
神殿の中はたくさんの人が行き来していたが、しんと静まり返っていた。
セイブリアンは、皇帝が祈りを終えた後に使用される休憩室で待つことになった。
ルーセントとアルジェンは部屋の前に立ち、リカルドは休憩室でお茶の用意をした。
その間、セイブリアンは窓辺に立って、外の様子を確認していた。
「お茶ができました。熱いのでお気をつけください」
「ああ、ありがとう」
神殿は質素であることが良しとされているらしく、休憩室と言っても、机とソファーが置かれているだけで、他は何もないただ広い部屋だった。
セイブリアンは、ソファーに座ってリカルドが入れたお茶を飲んだ。
「中も静かだが、外も静かだ。まるで何もない一日のように思えてくる。このまま、静かに過ぎ去ってくれたらいいが……」
「あの……、ミケーレ団長ですが……、本当に帝国内にいるのでしょうか。まさか、敵国の皇子と手を組むなんて……」
「……お前から見たミケーレはどんなやつだった?」
「それは……」
同じ上司でも、セイブリアンとは比べ物にならないほど、利己的な人だったことを思い出した。
何かあれば、お前を残してやったのは俺だと言って、面倒な仕事を押し付けてきた。
火事が起きる前は、平民でありながら、期待の新人と呼ばれたリカルドのことを、嫌な目で見てきた。
彼なら勝手に進軍したように、周囲を巻き込んで自分の利益のために、動きそうだとは思った。
「自分の目的を邪魔する者には容赦しなかったです。一族の人はみんな似たような感じで、いつも威張っていましたね」
「おそらくずる賢い皇子の甘言に踊らされていると思うが、ミケーレ自身、かなり問題がある男だ」
そう言った後、セイブリアンの表情は険しくなり、言葉が詰まってしまったように見えた。
いつもと違う様子に、何かあると思ったリカルドは、壁際に立っていたが、ソファーに近づいた。
「……セイブリアン様のことですから、ミケーレ団長の調査をされたのではないですか? 何か、分かったことでも?」
「ああ、それなんだが……」
「もしかして、俺に関することですか? 教えてください」
「…………」
セイブリアンの深刻な顔から、何か重要な情報だと思ったが、重そうな口はなかなか動く気配がなかった。
「俺は大丈夫です。セイブリアン様に、心を強くする方法を教えてもらいました。何を言われても、強く立っている自信があります」
「リカルド……」
真剣な眼差しのリカルドを見て、思い詰めたような顔をしていたセイブリアンだが、ふっと力が抜けて、緩んだ口元から息が漏れた。
「すまない、お前はもう立派に強い男だったな。傷つけたくないと思ったが、これは伝えるべきことだな」
「覚悟をしています」
「分かった、実は――」
セイブリアンが体の向きを変えて、口を開いた時、コンコンとノックの音が響いた。
皇太子殿下がいらっしゃいましたと聞こえたので、話しているわけにいかなくなった。
セイブリアンが目線で後でまたと送ってきたので、リカルドが分かりましたと頷いた瞬間、ガチャリとドアが開けられた。
「リアン、待たせたな」
笑顔で部屋に入って来たのは、セイブリアンの兄、皇太子のユリウスだった。
上下白い衣装を纏ったユリウスが颯爽と現れると、部屋の中の空気が変わり、華やいだものになった。
さすがの存在感だなと、リカルドは圧倒されてしまった。
「午前の儀は終わった。しばらく休息だ」
「滞りなく終えられたこと、お喜び申し上げます」
セイブリアンが頭を下げたので、壁際に下がったリカルドも、そこで頭を下げた。
「ここまで来られたのもお前のおかげだ。色々報告は聞いているが感謝している」
「まだ気を緩めるのは早い。静か過ぎるのが気になるんだ」
分かっていると言って近づいて来たユリウスは、セイブリアンと固い握手をした。
「リリーは? 姿が見えないが……」
「朝から体調が悪い。今日は立っているだけだから、大事をとって下がらせた。皇宮の自室で休んでいるはずだ」
「そうか……、何か必要なことがあれば言ってくれ。こちらの人員を回すこともできる」
「ああ、分かった。すまないな」
セイブリアンは硬い表情だったが、ユリウスは始終口元に笑みを浮かべていた。
そんなユリウスの視線が、そこでセイブリアンから離れて、自分の方に来てしまったので、リカルドはビクッと背中を揺らした。
「……あの者は? フランティア人か?」
「そうだ。名前はリカルド。戦場に取り残されていたところを拾って、今は俺の侍従と、ベイリーでは護衛騎士をやっている」
「フランティア人に身の回りを任せているのか? まったくお前は……変わらないなぁ」
そう言ったユリウスに、穴が空くほど見つめられて、ニコッと笑いかけられたので、リカルドは緊張しながら頭を下げた。
ニコニコしていたユリウスだが、何か急に思い出したかのように、表情が固まってしまった。
「ま……まさか?」
「え?」
口をパクパクさせながら慌てた様子のユリウスを見て、リカルドは何が起きたのか分からずにポカンとしてしまった。
「部下? と言うことはあの……あのあれはもしかして??」
「ユリ、その話は後で……」
兄弟で何か秘密の話でもあるのだろうか。
セイブリアンの困った横顔を見て、聞いてはいけない話なのかもしれないと、リカルドは気まずい気持ちで後ろへ下がった。
しかし、距離を取ったのに、それに気付いたのか、ユリウスの方がツカツカと近づいて来て、真ん前に立たれてしまった。
「うーん、特にこれといって……」
「な、なんでしょうか……?」
ユリウスはセイブリアンと同じで体格が良くて、とにかく体がデカい。
はるか上から見下ろされて、緊張で冷や汗が出てきたところで、ヌッと間にセイブリアンが体を捩じ込ませてきた。
「いい加減にしろ、午後に備えて、ソファーにでも座って休んでいろ」
「あー、隠したな! ますます怪しい! もしかしてルーセントかと思っていたが、これは外れたな」
「ばっ、ルーセントなわけがあるか! ジロジロ見るなって」
セイブリアンがユリウスの背中を押して、何やら兄弟で仲良さそうにソファーに戻っていくので、リカルドはますますポカンとしてしまった。
1,473
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
表紙ロゴは零壱の著作物です。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる