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跋
跋 朝陽【2】
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嵐の日から、七日が過ぎていた。
霞月はいまだ目覚めることなく、眠り続けていた。
静かに。
「霞月」
壊れたように眠る霞月の肩を、つかんで起こそうと揺すった。
反応は何も、返らなかった。
脈も呼吸も微かにしかなく、それはいつ絶えてもおかしくない、冷たい静かさだった。死に抗うつもりが、ないのだ。もう、生きてゆくかいがないのだと、静かすぎるその眠りが、知らしめる。
御影はだんと、畳を叩いた。
そのはずみに、涙が数滴落ちた。
朝食を下げにきた由良に、黙していた御影が、言葉少なに言った。
「あやをここへ」
それが何を意味するか、由良は察した顔で、額をかげらせて頷いた。
「御影ちゃん……?」
ふすまを静かに引いて、由良に連れられて来たあやが、顔を見せた。
「あや、こっちへ」
「……なあに?」
御影はあやを寄せると、その手を軽く握った。
「霞月な、もう、目を覚まさないかもしれないから――言いたいことがあったら、今のうちに、言っとけな」
あやの目が、大きく見開かれた。
あやはすぐに霞月のそばに寄ると、「おきて」と言いながら、霞月を揺すった。
その後ふと、御影を見た。
揺すってもいいかと。
御影がいいよと頷くと、あやは何度も、霞月を揺すった。「おきて」「おきて」と、何度も霞月を呼んだ。
「御影ちゃん、どうして、霞月お姉ちゃん、どうしておきないの!? 死んじゃうの!? どうして、どこもけがしてないのに、どうしてもおきないよぅ」
御影にも、答えられなかった。少し困った顔で、ただ、首をふった。
「やだ! お姉ちゃん死んじゃやだ! あや、あや一人はやだぁっ!」
泣き叫ぶあやの声にも、霞月は目を覚まさなかった。
“ 何もできない ”
“ 誰一人、守れなかった ”
嵐の中、意識が途切れる寸前、霞月が抱えた思い。
“ 命懸けで、託された命だったのに―― ”
やっとつながれた、命。
多くの犠牲を払い、懸命に、つながれてきた、命。
「あや、あやは俺が守る。おまえを一人にしたり、しない」
御影の言葉に、あやは泣きながらただ、かぶりをふった。
「ち……ちがう……御影ちゃんはちがうの、あやのお父さんも、お母さんも、御影ちゃん、知らないもん……! 御影ちゃんは家族じゃない。あやの、あやの家は、帰るところは、みんなの家だもん……! 霞月お姉ちゃんがいなくなったら、もう、だれもいない、み、みんなの家……あやだけ……あやだけだよう! やだぁ! 一人にしたらだめ、お姉ちゃん、あや、一人にしたらだめぇっ!」
うああんと、火がついたように泣きじゃくるあやを、御影はただ見ていた。
未来の見えないあの里で、どれだけの思いと願いを、霞月が抱えてきただろう。
幼い命が、未来が潰えた、あの夜に。
霞月の心は、もう、壊れていたのかもしれない。
御影は傷を押して、眠り続ける霞月を抱き起こした。
初めて会った時より、軽くなってしまっていた。
「霞月……」
何もできなかったもんかよと、抱き締めた。
あやをここまで泣かせるほど、大切な家を守ってきたくせに。
大切な、かけがえのない小さな命と朱羅の魂を、守ってきたくせに。
「あやが泣いてる、起きてくれ――あやにも俺にも、まだおまえがいないと駄目なんだ。起きろよ」
ことりとも動かなかった霞月の指先が、――動いた。
「……あ……や……?」
「お姉ちゃんっ!」
霞月はいまだ目覚めることなく、眠り続けていた。
静かに。
「霞月」
壊れたように眠る霞月の肩を、つかんで起こそうと揺すった。
反応は何も、返らなかった。
脈も呼吸も微かにしかなく、それはいつ絶えてもおかしくない、冷たい静かさだった。死に抗うつもりが、ないのだ。もう、生きてゆくかいがないのだと、静かすぎるその眠りが、知らしめる。
御影はだんと、畳を叩いた。
そのはずみに、涙が数滴落ちた。
朝食を下げにきた由良に、黙していた御影が、言葉少なに言った。
「あやをここへ」
それが何を意味するか、由良は察した顔で、額をかげらせて頷いた。
「御影ちゃん……?」
ふすまを静かに引いて、由良に連れられて来たあやが、顔を見せた。
「あや、こっちへ」
「……なあに?」
御影はあやを寄せると、その手を軽く握った。
「霞月な、もう、目を覚まさないかもしれないから――言いたいことがあったら、今のうちに、言っとけな」
あやの目が、大きく見開かれた。
あやはすぐに霞月のそばに寄ると、「おきて」と言いながら、霞月を揺すった。
その後ふと、御影を見た。
揺すってもいいかと。
御影がいいよと頷くと、あやは何度も、霞月を揺すった。「おきて」「おきて」と、何度も霞月を呼んだ。
「御影ちゃん、どうして、霞月お姉ちゃん、どうしておきないの!? 死んじゃうの!? どうして、どこもけがしてないのに、どうしてもおきないよぅ」
御影にも、答えられなかった。少し困った顔で、ただ、首をふった。
「やだ! お姉ちゃん死んじゃやだ! あや、あや一人はやだぁっ!」
泣き叫ぶあやの声にも、霞月は目を覚まさなかった。
“ 何もできない ”
“ 誰一人、守れなかった ”
嵐の中、意識が途切れる寸前、霞月が抱えた思い。
“ 命懸けで、託された命だったのに―― ”
やっとつながれた、命。
多くの犠牲を払い、懸命に、つながれてきた、命。
「あや、あやは俺が守る。おまえを一人にしたり、しない」
御影の言葉に、あやは泣きながらただ、かぶりをふった。
「ち……ちがう……御影ちゃんはちがうの、あやのお父さんも、お母さんも、御影ちゃん、知らないもん……! 御影ちゃんは家族じゃない。あやの、あやの家は、帰るところは、みんなの家だもん……! 霞月お姉ちゃんがいなくなったら、もう、だれもいない、み、みんなの家……あやだけ……あやだけだよう! やだぁ! 一人にしたらだめ、お姉ちゃん、あや、一人にしたらだめぇっ!」
うああんと、火がついたように泣きじゃくるあやを、御影はただ見ていた。
未来の見えないあの里で、どれだけの思いと願いを、霞月が抱えてきただろう。
幼い命が、未来が潰えた、あの夜に。
霞月の心は、もう、壊れていたのかもしれない。
御影は傷を押して、眠り続ける霞月を抱き起こした。
初めて会った時より、軽くなってしまっていた。
「霞月……」
何もできなかったもんかよと、抱き締めた。
あやをここまで泣かせるほど、大切な家を守ってきたくせに。
大切な、かけがえのない小さな命と朱羅の魂を、守ってきたくせに。
「あやが泣いてる、起きてくれ――あやにも俺にも、まだおまえがいないと駄目なんだ。起きろよ」
ことりとも動かなかった霞月の指先が、――動いた。
「……あ……や……?」
「お姉ちゃんっ!」
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