上 下
91 / 139
第三章 闇を彷徨う心を癒したい

【Side】 近衛副隊長 ~真なる強者~

しおりを挟む
 筋金入りだな、サイファ隊長は。
 これほどの実力を隠したまま、何を考えて、無報酬に甘んじたんだ。
 ただの子供と思っていたら、大間違いだった。
 この分じゃ、あの皇帝、ただのロリコンと思っていたんだが、噂通り、デゼル様の方もとんでもない魔女なんだろう。
 デゼル様は戦いを好まない方だが、皇帝の生誕祭に際して披露されたサイファ隊長とのつるぎの舞は、見事だったしな。

 ああ、待てよ……。
 何を考えて、と思ったが、無報酬に甘んじたことこそ、ただの子供で何も考えていなかったのか?
 サイファ隊長はどうもな、年相応に何も考えていない部分が、思わぬところに散見されるんだ。
 重度の中二病に罹患してもいるしな。
 末恐ろしいが、指揮そのものはお飾りではなく、デゼル様がしている節が相当ある。

 それにしても、神の武具の威力も凄まじかったが、サイファ隊長の動きそのものも、あの年齢でと驚くほど訓練された、スマートなものだった。
 炎の中に誰も斬り込めなかったのは、何も、どいつもこいつも、獣のように炎を恐れたからじゃない。
 知ってか知らずか、隊長は炎の中に立っていて、幻術と見抜いたつもりだった何人かが、放たれた炎をよけなかったら大火傷おおやけどしたくらいでな。
 サイファ隊長には、ほとんど隙がない。
 かといって、攻めあぐねていれば闇魔法をお見舞いされる。
 タイマンでやれるのは、皇帝は別格として、あとは、ジャイロ将軍を含む、皇帝直属の闇の十二使徒くらいのものだろう。
 最初こそ、子供の指揮下は不満だったが、実力がわかってみれば、とんでもない器量に見えてくるものでな。
 強者らしからぬ丁寧な姿勢での対応も、悪い気はしない。
 弱腰と考えたのは俺の不明、あれは真なる強者の余裕なのだな。

 山間やまあいのド田舎と思っていたが、オプスキュリテ公国は化け物だらけだ。



 だが、俺はまだ知らなかった。
 真に化け物だらけなのは、七年後、事を構えることになる聖サファイア共和国の方で、俺達はやつらの伝説に必要な、虐殺されるべき悪役に過ぎなかったことを。
 サイファ隊長を片手で捻るほどの化け物、光の使徒とやらがダースで存在し、頂点に立つ光の聖女は、平和と友愛を謳いながら、あっさりと俺達を殺戮できる悲劇のヒロインときたもんだ。
 待ってくれ、悲劇は俺達だろう。
 光の聖女のどこらへんが悲劇のヒロインなんだ。
 何も謳わない闇の聖女デゼル様の方が、だいぶ、それらしいぞ。
 聖サファイア共和国のやつらは、俺達の中ではサイファ隊長しか扱えない神の武具を、どいつもこいつも、あたりまえに使いこなしやがるんだ。
 サイファ隊長の強さはまだ成長途上、七年後には、さらに強くなっていたんだが。
 より高い目標を持てばとは言うが、サイファ隊長は最初から、俺達なんて歯牙にかけていなかった。
 光の聖女と光の使徒たちからデゼル様を守るために、ただ、それだけの純粋な想いを胸に、よくも、ここまでになったものだ。
 そう褒めてやりたい堅実な努力と、その賜物たる群を抜く実力をもってしても、光の使徒には通用しなかったんだ。

 十年もの歳月をかけた、ひたむきな努力が無意味だった現実を突きつけられた時、サイファ隊長はどんな思いをしたんだろうな。
 俺が、俺なりの努力と成功を重ねて近衛隊長に就任していたものを、サイファ隊長に押し退けられた憤懣ふんまんと同じか? まるで違う、異次元か?


 いずれにしても、サイファ隊長とデゼル様の献身的な努力は、俺達には幸いだった。
 俺達は、虐殺される運命を免れることができたんだ。
 俺がその事実を知ることは、最後までなかったが――
 知ることができていればな。
 せめて一言、ねぎらいと感謝の言葉をかけるくらいは、してやりたかったのにな。
しおりを挟む

処理中です...