賢者様の仲人事情

冴條玲

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第一章 賢者様とレオン

1-7. 百の顔を持つ大賢者

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 ロズの前には、食器が並べられなかった。

「なあー! ゾンビの分はー?」

 それを見て、ティリスが給仕の者を呼ばわると、レオンにこつんとコショウの瓶を投げつけられた。

「無礼な!」

 カタリーナが烈火のごとく怒るのも、完全に無視。シグルドの誰もが怯える鬼女カタリーナの一喝を、完膚なきまでに無視するレオン。
 その様子を、周りがはらはらするやら感心するやら見守っている。

 ――遠巻きに。

 ティリスはひとしきりコショウにむせて、それから、半泣きになって言った。

「何すんだよ!」
「何だ、人間」
「は……?」

 ひどく怒った声でレオンが言うので、ティリスはきょとんと彼を見た。

「人間? 何だよ、それ。オレはティリスだぞ。名前くらい覚えろよ」

 ティリスのセリフに、レオンはいよいよ腹が立ったらしく、椅子を蹴立てて立ち上がった。

「それはこちらのセリフだ! 偉大にして高貴なる賢者、ロザリー・パシフィック様に対し、ゾンビとは何事だ! おまえだって今、人間呼ばわりされて気に障っただろう!?」
「は……? いや、だって、そいつゾンビじゃん。オレ、おまえに人間呼ばわりされるのイヤだけど、ゾンビに人間呼ばわりされても、そりゃあオレ、ゾンビから見れば人間だよなあと思うけど……。気に障る……のか?」

 ティリスは少し首を傾げてゾンビを見た。虚ろな、死んだ魚のような瞳に表情はうかがえない。

 ――どう見てもゾンビなんだけど、これって、怒ってんのかなあ?

 わからないなりに、そう言うんなら謝ろうかと頭を下げた。

「気に障ったんなら謝るよ。ごめんな。えーと、ロ……」

 そこで、はたと気付く。

「ちょっと待てよ、レオン! おまえ、昼間はローゼンタール何とかって、紹介したじゃないか!! どういうことだよ、オレのこと、馬鹿にしてるなら……!」

 馬鹿になどしていないと、レオンが「何を言っているんだ」顔で言う。

「『ローゼンタール・パゼルワイマー』だ。ロズには百の顔がある」
「……は……?」

 レオンは得々と語った。ゾンビとして第二の生を与えた時、ロズには生前の記憶がほとんど残っておらず、名前も性別も、いつの時代を生きたのかさえわからなかったのだと。

「一体、どんな苦しみかと思う。自分が何者かもわからない――想像がつくか」

 そう言われ、ティリスは素直に想像してみた。

「……そうだな、そうだよな。不安だと思う」

 うむ、とレオンがうなずく。

「そこで僕は、ロズが誰であったのか、探すことにしたんだ」

 ふんふんとうなずき、ティリスはやや、興奮した顔でレオンを見た。

「それで? そうしたら、『ローゼンタール・パゼルワイマー』っていう、百の顔を持つ大賢者だったのか!? かっこいいじゃんか!」

 目を輝かせてそう言うティリスに、レオンはにべもなく言った。

「誰だ、それは。そんな人物はいない」
「ええ~。じゃあ?」
「話している。聞け」

 レオンの言う通りだ。ティリスがおとなしく黙ると、彼は続けた。

「幸い、眠っていた台座に『ろず』と書いてあったから、きっと、ロズと略せる名前なんだと推測できた。僕は歴史の本、民俗学の本、その他色々調べてピックアップした。最初は賢者の名を、後から、もしかしたらロズは一般人のフリをした、頭のいい賢者だったのかもしれないと思い直して、民間人の名まで徹底的に調べ上げた」
「……おい。」
「僕としては、やはり『ローゼンタール・パゼルワイマー』がそれらしいと思うんだが、他が違うという証拠もない。だから、全て採用することにした」
「あほかあああっ!」

 めまいがする。
 ティリスは段々、悲しくなってきた。
 こんなのに勝てないのか、自分。


  **――*――**


「あの、ティリス様……?」

 うちひしがれた様子のティリスに、呼ばれた給仕の者が遠慮がちに声をかけた。

「ああ……なあ、ゾンビ――じゃない、ロズの分は?」

 問われ、やや面食らった顔で給仕が答える。

「死者様ということで、ご用意しなかったのですが……そそ、そちらの方も、お食事をお召し上がりに……?」

 そう言えば、食事をするゾンビって、聞かない。

「わかんないけど、悪いじゃんか。出すだけ出せよ」

 しかし、給仕はひどくしぶった。
 基本的にパーティ形式なので、大皿の料理を好きに取って食べる仕組みだ。皿と、小物だけ出せば良い。
 しかし、ゾンビと同じ食卓に着きたい者はいないからと、困り果てた顔で給仕が言う。

「……」

 確かに、いまだ半径約十メートル、誰も寄って来ない。
 パーティでティリスのそばに人がいないなんて、異例中の異例だ。

「……無礼な……!」

 テーブルを挟んだ向かい側から、聞いていたレオンが静かな怒りに瞳を吊り上げ、給仕を睨みつけた。
 危険だ。

 ――こいつ!

 昼間、ティリスを殺そうとした時と同じ目をしていた。
 左目が邪悪な赤に変じていく。

「やめろ、レオン!」

 一声かけると、ふっと、レオンの邪気が立ち消えた。

「……なってない。これが客に対する礼儀か」

 不機嫌で怒ったような口調ながら、とりあえず、もう危険な感じはしない。
 むしろ、ティリスにはレオンが傷ついたように見えた。
 不思議だなと思う。それでもゾンビを連れ回すのか。

「レオン、悪いけど。オレ、やっぱりあんたが悪いと思うぜ。オレも正直……マジで食欲わかないしな。あんたが客だから、みんな我慢してるんだ。こんな風にわがまま通して、どうなるんだよ。仕方ないじゃんか。ロズも……いたたまれないだろ?」

 ロズは何も言わなかった。

「なあ、レオン。ここ、ロズ連れて出ようぜ? オレの東屋あずまや、使っていいからさ。つまんないじゃんか、意地張ってても。オレも付き合うからさ」
「………………ロズは……」

 眉をひそめ、ふいとレオンが目を逸らす。
 なぜか、泣きそうな顔に見えた。

「ロズは、どうしたい……?」

 レオンの問いに、ロズは出ようとうなずいた。
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