祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

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第一章 街

四話

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 食器の鳴る音を聞きながら、満腹のあなたはうつらうつらと庭を見ていた。こんな風にリラックスしているのは、いつぶりだろうか。
 両親が亡くなった時、あなたの引き取り先で色々と話し合いがなされた。あなたはもちろん祖母の元にいたかったが、この生活環境を考えると親戚に引き取られてしまったのは妥当な流れだったのかもしれない。
 もちろん、疎みながらもここまでしっかりと育ててくれたのだ、不満を持つ事が筋違いなのは分かっているが。

「……ふぅ」

 食器を洗い終えためいが、割烹着を脱ぎながらあなたの隣に座る。気付けばポチも、めいと反対側、あなたを挟む位置で寝転んでいた。

「後継人様、お疲れでしたらお布団をご用意いたしましょうか?」

 少し心配そうに、めいがあなたの表情を伺いながら言う。あなたは言われて空を見るが、まだ日が落ちるには時間がかかりそうだ。立ち上がりぐーっと伸びをすると、小さな笑みをめいに返した。街の案内をしてほしい、とあなたはめいに提案してみた。

「……」

 あなたの言葉にめいは申し訳なさそうに顔を俯けた。はて、何かまずい事を言ってしまっただろうか?そんなあなたを察したのか、ポチが大きな欠伸と共に、

「その小娘はこの家に縛られておるのだ。街の案内なぞさせては、帰ってくる前に消え失せておるわ」

 そうあなたに教えてくれた。めいはポチが話している間、ずっと俯いて黙りこくっていた。なるほど、あの時透けていたのはそういう事だったらしい。大分まずい事を言ってしまったことに気付き、あなたは頭をぽりぽりと掻く。
 そんな気まずい空気が耐えかねたのか、

「湯の用意をしてまいりますね」

と言うと、井戸の方へと行ってしまった。湯を浴びるにも少し早い時間な気もするが……
 しかし、家から出られないと言うのは難儀なものだ。どうにかする方法はないものか、とポチに尋ねてみる。ポチはふむ、と小さく呟くと、どこか遠くを見つめる様に視線を送り、

「あの娘と手を繋いでおる間は平気であったな、そういえば。お主なら同じことが出来るのではないか?出来なかったときの事は知らぬがな」

 とだけ言い残すと、どこかへひょいっと言ってしまった。残されたあなたは、せっせと桶を運ぶめいの姿を眺める。
 祖母が出来ていたことがあなたにも出来るかどうかなんて分からないが、この先ずっと家の中にしかいられないのは可哀想だ。

「湯のご用意が出来ました、後継人様」

 庭の方から、めいの声が聞こえた。考え込むのは風呂に入りながらも出来るだろう、あなたはめいへ返事を返すと、そのまま風呂場へと向かう。服を脱いで浴室へ入ったあなたの目の前に現れたのは鉄の釜、いわゆる五右衛門風呂というやつだ。本などで見たりしたことはあるが、実物を前にしてみると妙な威圧感のある風呂である。
 入浴の仕方を調べたことは無いが、風呂の傍に置いてある木の板を見るにきっとこれを使うのだろう。板を沈めながら風呂に浸かると、全身にゆっくりと温かい湯の感触が広がっていく。
 イメージではかなり熱いものだと思っていたが、普通の風呂とそう違いがある物でも無いようだ。

「お湯加減はいかがでしょうか?後継人様」

 外から聞こえてきためいの声に、あなたは軽く返事を返す。こういう風呂も悪くないものだな、と鼻歌混じりに天井を見上げていると、

「後継人様、お背中をお流しいたします」

 がらりと引き戸が開き、めいが入ってきた。一瞬めいと目が合ったあなただったが、すぐにハッと気を取り直した途端に、反射で体が反応した。その振動によって風呂底も揺れ、あなたの足が風呂釜の底に一瞬触れる。そこからはまるで積み上げられた積み木が崩れるように連鎖して、熱さから逃れようと反応したことにより壁で頭を打ち、その痛みを押さえようと腕を動かして風呂釜に触れ、さらに熱さで悶えるあなた。
 その一連の様子を全て見ていためいが、

「……ふふっ」

 小さく笑ったのを、悶えながらもあなたは見逃さなかった。
 落ち着いたあなたは、改めて状況を鑑みる。いくら人ならざる者とはいえ、見た目はあなたより一回りも小さな少女なのだ。一応思春期と呼ばれる年代のあなたは首元まで湯に浸かると、めいの方へ視線を送る。
 視線を送られためいはきょとんとした顔であなたを見つめ返したが、特に気にした様子は無く腕まくりをすると手拭いを濡らして準備を進めている。
 羞恥というものが無いのだろうか、とじっと見つめてみると、めいは少し恥ずかしそうに目を伏せた。恥ずかしいならば無理をする必要はないぞとあなたが言うと、

「いえ、これも務めですから」

 そう答えて頑なに譲ろうとしない。このままこうしていても睨み合いが続くだけだ。のぼせてしまうのも嫌なので、覚悟を決めてあなたはざぶんと湯から上がる。

「……!」

 あなたの方を見ていためいの顔がみるみるうちに紅潮し、そのままぷしゅーと湯気でも出そうなほどに赤くなった所で気絶してしまった。半分予想していた展開だけに、あなたは小さく溜息を吐いてめいを抱え上げる。びっくりするほど軽い体をそのまま居間まで運ぶと、とりあえずそのまま畳に寝かせた。
 そういえば着替えの事を考えていなかったな、とあなたは洋服箪笥の方を見る。めいに着替えの場所を聞きたかったが、今の状態で尋ねてはまた卒倒してしまうだろう。
 最悪の場合、今日だけは着てきた服をそのまま着る事も視野に入れながら箪笥を漁っていると、子供サイズの服を見つけた。
 めいが着るにも小さいそれは、恐らく小さい頃にあなたが着ていた服だろう。所々色の違う布が目立つそれは、祖母があなたのためにとつぎはぎしながら持たせてくれていたものだ。
 懐かしい服をぎゅっと抱きしめ、あなたが昔を懐かしんでいると、

「申し訳ございません、後継人様。またお見苦しい所を……」

 後ろの方からめいの声がしたので、あなたは声に反応して振り返る。服を抱きしめていたおかげで大事な所が隠れ、なんとかめいが卒倒することは防げたが、指の間から覗かれるのは気持ちがよいとは言えない。すぐに洋服の場所をめいに聞くと、あなたは着替えを探した。
 あなたの体に合うサイズで見つかったのは着物だけで、あなたの袖がすんなりと通るそのサイズは、恐らくおぼろげな記憶すらも薄いあなたの父のものだろう。
 着られることも無くずっと箪笥に入っていたはずのその服は、まるでずっとあなたが着ていたかのようにしっくりと肌に馴染んだ。着物を着る習慣は無かったが、これからは着てみるのもいいかもしれない。

「……で、では私も湯をいただいてきます」

 また少し頬を染めながらめいはそう言うと、足早に風呂場の方へ行ってしまった。あなたは縁側まで歩き、足を投げ出すと空を見上げた。来た時は明るかった空も今ではすっかり暗くなり、少し欠けた月があなたを見下ろしている。
 月を見上げたままぐぐっと伸びをすると、そのままあなたは寝転んだ。風呂に入ったせいか、瞼が随分と重い。めいが布団を用意してくれるまで待とうと思ってはいたのだが、気付けばあなたの視界は真っ暗になっていた。
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