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第三章 人
二十四話
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そんなあなたの様子を見てポチはふっと笑うと、
「揺れておるのだな。だが、それが当然だ」
そう言ってあなたに背を向ける。顔の角度から目線を追うと、丁度祖母の遺影の辺りを見ているだろうか。
「……お前はもう帰れ。戯れは十分じゃ」
視線はそのままでこちらを向かずに、ポチがあなたを諭すように優しい声で言う。
「皆があの娘のようになれるわけではない。むしろ、ここまで付き合えたのが珍しいぐらいじゃろうて」
あなたはポチの言葉に何か言いたくて口を開くが、何を言えばいいか分からずに弱弱しく口をパクパクさせることしか出来ない。
やっとの思いで、祖母の代わりがいなくていいのか、という実に情けない質問を口にしたあなたに、ポチは背を向けたまま縁側の方へ歩いていき、
「元々、お前が来たのも想定の外じゃ。問題はあるまい」
そうバッサリ切り捨てると、そのままあなたの方を振り返らないまま庭の方へと去っていった。
右手に持っていた着替え用の着物が、無意識のうちにぱさりと音を立てて床に落ちる。それを拾い直すことも出来ぬほどに、あなたは茫然と立ち尽くしていた。
どのぐらい時が経っただろうか、立ち尽くしていたあなたは背中に飛んできた「後継人様」という声で我に返る。
右手に吹き矢のような物を持ち、左手で汚れた頬を擦っているめいの姿に、あなたは自分の目的を思い出し、めいに軽い謝罪を残して風呂場へと急いだ。
あなたの謝罪を聞いてめいがどんな顔をしていたかは分からなかった。いや、見れなかった。
自分を心配してくれた相手にそんな態度しか取れぬ自分が腹立たしくて、どうしようもない感情を拳に込めて湯船から虚空へと突きだした。
もちろんなんの意味も無いその行動は、あなたの迷いから来る単なる足掻きでしかなく、結局なんの考えも纏まらないままあなたは風呂場を後にする。
火照った体を通り抜ける気持ちのよい夜風を堪能するために、あなたは縁側であぐらを掻くとそのまま両手を背中へ回し床に付けた。
中途半端が一番ダメな事だけは分かっている。このまま何となくでここにいれば、後継人という肩書きの重みにあなたが押しつぶされてしまうのは明白だ。
だが、祖母と一緒にいたこの場所へせっかく戻ってこれたのに、またあの親戚の家へとんぼ返りしたいとも思えない。
縁側から投げ出した足をぶらぶらとさせながら、どこを見るでもなく視線を泳がせていたあなたの瞳が、偶然あの茂みを捉えた。
なぜ今まで気付けなかったのか、というほどに巨大な影が以前は、無かったはずの目をギラギラと光らせながら、顔の半分はありそうな口を大きく歪ませながらこちらを見ている。
敵意丸出しの陰から逃げようとあなたは後ずさろうとするも、今朝の夢と同じように指一つ動かせない。
一体こいつは何者で、あなたを執拗に付け狙う目的はなんなのか、と考えても答えの出ない思考があなたの頭の中を巡る。
あなたがもがいている間にも、影はあなたとの距離を詰めるべくにじり寄ってきた。
そして、そのまま大口を開けてあなたを……
「後継人様、なにをしていらっしゃるのですか?」
優しい声にぎゅっと瞑っていた目を開けると、視界一面にめいの顔が広がっていた。
顔の近さに驚いたあなたが起き上がろうとすると、慌てて避けようとしたが間に合わなかっためいの額とあなたの額がぶつかり合う。
目の前をくるくると回る星を見ながら、少し考えれば予測出来た結果を招いた自分を恥じながら、あなたはじんじんと痛む額を押さえつつめいに頭を下げる。
めいはあなたと同じように額を押さえながら、ぶんぶんと手を振りながら、
「こちらこそ思慮が足りず、申し訳ございませんっ」
と言って頭を下げ返してきた。
二人してお互いの顔を見ずに謝り合っている今の光景をポチが見たら、また深いため息を付いて呆れてしまうだろうか。
硬直した状況を変えるためにあなたが先に顔を上げると、めいにも顔を上げる様に促す。
あなたの言葉にめいは上目になりながらゆっくりと顔を上げる。どうやらあなたの顔色を窺っているらしい。
ここ最近、挙動不審な所ばかり見せていたから、こんな顔をされるのも仕方ないのかもしれない。
見えもしないお互いの心理を読み取ろうと睨み合うこの状況がなんだかおかしくて、あなたはついふっと噴き出してしまう。出ていく息と一緒に、緊張していた頬が緩んでいくのを感じる。
そんな表情の緩んだあなたを見てめいもにっこりと微笑むと、とてとてとあなたの隣へ移動して、そのまま先程あなたがしていたのと同じように足を投げ出して座った。
あなたも再び胡坐で座りなおすと、茂みの方へ視線を送る。
最初から何事も無かったかのようにしんと静まり返った庭を確認して、あなたは再び天を仰ぐ。
纏まらない思考から逃げようとする行動だったのだが、めいはそんなあなたを見て何を勘違いしたのか、
「月を見ておられるのですか? 後継人様」
と言ってきた。
空を見上げていたあなたがめいの声でそちらを向くと、めいのくりくりと丸い瞳と視線が重なった。
子供っぽく首を傾けながらあなたを見つめるめい。湯上りだからなのか、少し赤みがかった頬と水滴の残る髪が変に艶っぽく、そんな少女から視線を外すためにあなたは勘違いを利用して再び空を見上げた。
何月とも呼べないような欠け方をしている月をあなたが見つめていると、
「……あの日も、こんな月の日でした」
あなたと同じ方向を見ながら、めいがぽつりと思い出すように語り始めた。
「揺れておるのだな。だが、それが当然だ」
そう言ってあなたに背を向ける。顔の角度から目線を追うと、丁度祖母の遺影の辺りを見ているだろうか。
「……お前はもう帰れ。戯れは十分じゃ」
視線はそのままでこちらを向かずに、ポチがあなたを諭すように優しい声で言う。
「皆があの娘のようになれるわけではない。むしろ、ここまで付き合えたのが珍しいぐらいじゃろうて」
あなたはポチの言葉に何か言いたくて口を開くが、何を言えばいいか分からずに弱弱しく口をパクパクさせることしか出来ない。
やっとの思いで、祖母の代わりがいなくていいのか、という実に情けない質問を口にしたあなたに、ポチは背を向けたまま縁側の方へ歩いていき、
「元々、お前が来たのも想定の外じゃ。問題はあるまい」
そうバッサリ切り捨てると、そのままあなたの方を振り返らないまま庭の方へと去っていった。
右手に持っていた着替え用の着物が、無意識のうちにぱさりと音を立てて床に落ちる。それを拾い直すことも出来ぬほどに、あなたは茫然と立ち尽くしていた。
どのぐらい時が経っただろうか、立ち尽くしていたあなたは背中に飛んできた「後継人様」という声で我に返る。
右手に吹き矢のような物を持ち、左手で汚れた頬を擦っているめいの姿に、あなたは自分の目的を思い出し、めいに軽い謝罪を残して風呂場へと急いだ。
あなたの謝罪を聞いてめいがどんな顔をしていたかは分からなかった。いや、見れなかった。
自分を心配してくれた相手にそんな態度しか取れぬ自分が腹立たしくて、どうしようもない感情を拳に込めて湯船から虚空へと突きだした。
もちろんなんの意味も無いその行動は、あなたの迷いから来る単なる足掻きでしかなく、結局なんの考えも纏まらないままあなたは風呂場を後にする。
火照った体を通り抜ける気持ちのよい夜風を堪能するために、あなたは縁側であぐらを掻くとそのまま両手を背中へ回し床に付けた。
中途半端が一番ダメな事だけは分かっている。このまま何となくでここにいれば、後継人という肩書きの重みにあなたが押しつぶされてしまうのは明白だ。
だが、祖母と一緒にいたこの場所へせっかく戻ってこれたのに、またあの親戚の家へとんぼ返りしたいとも思えない。
縁側から投げ出した足をぶらぶらとさせながら、どこを見るでもなく視線を泳がせていたあなたの瞳が、偶然あの茂みを捉えた。
なぜ今まで気付けなかったのか、というほどに巨大な影が以前は、無かったはずの目をギラギラと光らせながら、顔の半分はありそうな口を大きく歪ませながらこちらを見ている。
敵意丸出しの陰から逃げようとあなたは後ずさろうとするも、今朝の夢と同じように指一つ動かせない。
一体こいつは何者で、あなたを執拗に付け狙う目的はなんなのか、と考えても答えの出ない思考があなたの頭の中を巡る。
あなたがもがいている間にも、影はあなたとの距離を詰めるべくにじり寄ってきた。
そして、そのまま大口を開けてあなたを……
「後継人様、なにをしていらっしゃるのですか?」
優しい声にぎゅっと瞑っていた目を開けると、視界一面にめいの顔が広がっていた。
顔の近さに驚いたあなたが起き上がろうとすると、慌てて避けようとしたが間に合わなかっためいの額とあなたの額がぶつかり合う。
目の前をくるくると回る星を見ながら、少し考えれば予測出来た結果を招いた自分を恥じながら、あなたはじんじんと痛む額を押さえつつめいに頭を下げる。
めいはあなたと同じように額を押さえながら、ぶんぶんと手を振りながら、
「こちらこそ思慮が足りず、申し訳ございませんっ」
と言って頭を下げ返してきた。
二人してお互いの顔を見ずに謝り合っている今の光景をポチが見たら、また深いため息を付いて呆れてしまうだろうか。
硬直した状況を変えるためにあなたが先に顔を上げると、めいにも顔を上げる様に促す。
あなたの言葉にめいは上目になりながらゆっくりと顔を上げる。どうやらあなたの顔色を窺っているらしい。
ここ最近、挙動不審な所ばかり見せていたから、こんな顔をされるのも仕方ないのかもしれない。
見えもしないお互いの心理を読み取ろうと睨み合うこの状況がなんだかおかしくて、あなたはついふっと噴き出してしまう。出ていく息と一緒に、緊張していた頬が緩んでいくのを感じる。
そんな表情の緩んだあなたを見てめいもにっこりと微笑むと、とてとてとあなたの隣へ移動して、そのまま先程あなたがしていたのと同じように足を投げ出して座った。
あなたも再び胡坐で座りなおすと、茂みの方へ視線を送る。
最初から何事も無かったかのようにしんと静まり返った庭を確認して、あなたは再び天を仰ぐ。
纏まらない思考から逃げようとする行動だったのだが、めいはそんなあなたを見て何を勘違いしたのか、
「月を見ておられるのですか? 後継人様」
と言ってきた。
空を見上げていたあなたがめいの声でそちらを向くと、めいのくりくりと丸い瞳と視線が重なった。
子供っぽく首を傾けながらあなたを見つめるめい。湯上りだからなのか、少し赤みがかった頬と水滴の残る髪が変に艶っぽく、そんな少女から視線を外すためにあなたは勘違いを利用して再び空を見上げた。
何月とも呼べないような欠け方をしている月をあなたが見つめていると、
「……あの日も、こんな月の日でした」
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