祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

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第三章 人

二十五話

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 黒髪の少女は月を見ていた。いや、正確にはそれ以外に見る物が無かったというのが正しいだろうか。
 足かせはどうせ見つめていても外れるはずもないのだから、出来るだけ見ないようにしたかったのだ。もちろん、無視すれば外れてくれるというわけでもないが。

「……はぁ」

 少女がここへ来てから何度目か分からぬ溜息を吐く。
 厳密な時間の感覚は無いが、月の形を見る限り平素ならば既に旅立っているぐらいの時間が経ってしまっていそうである。
 人知れず住居を渡り歩き、ほんの少しの幸福を振りまいてはそれを見届けて去ってゆく。そんな生業を持った少女が初めて出会った、自分を見ることの出来る人間。そんなイレギュラーな存在に、つい話しかけてしまったことを誰が責められようか。
 たとえその結果が、こうして枷をはめられて自由を奪われるというものであっても。

(前にご飯を食べたのは、いつだったでしょうか)

 空腹を訴える腹を押さえながら、少女はごろりと横になる。
 別に何かを食べないと死んでしまうわけではなく、ここの家主もそれを知っているのか、少女はここに来てから水一つさえ与えられていなかった。
 もちろん飢えも渇きも感じないわけではなく、だんだんと短くなってきた苦痛の周期を耐えるために少女はぎゅっと目を瞑る。
 一体いつまで耐えればよいのか。
 いや、本当は分かっているのだ。
 だが、それを認めてしまえば、いや、いっそのこと認めてしまえば。
 それで楽になれるのならば、その方がよいではないか。
 そんな暗い思考が頭の中を支配し始めた少女の耳に、

「おーい、あんた。生きてるかい?」

 と、誰かの声が聞こえた。
 久しぶりに聞く家主以外の声に、少女は目を開け飛び上がると声が聞こえてきた方を向く。
 靄がゆっくりと晴れる少女の視界に、一人の女性が見えた。
 綺麗な長髪を高い位置で一纏めにした髪型の女性は、何を考えているのか透けてこない細い目で少女を見ている。
 若年と言われても通じそうだが、それにしては大人びた瞳をしている女性は、はっきりと少女の方を見て「ほう」と声を上げた。
 少女は助けを求めようかと口を開きかけたところで、思いとどまって口に両手で封をしてしまう。
 見えるから助けてくれるとは限らないし、助けてもらえても今より酷い事をされないとも分からない。
 そもそもこの女性が少女を助けに来たわけでないかもしれないし、何かを頼める立場にあるかというとそうでもない。
 消す度に咲いてくる思考の渦に少女が動けずにいる間に、返事が無いことに痺れを切らしたのか、女性はずかずかと少女の方へと歩み寄ってきた。
 そのまま女性が縁側に足をかけようとした所で、少女がハッと我に返り手を突きだしながら制止の声を上げる。
 家主はそれなりに力を持つ人間で、少なくとも利益がある間は少女を守るつもりはあるらしく、縛り付ける意味も兼ねて無理矢理少女の力を組み込んだ陣を家に張り巡らせているのだ。
 低級の者では触れた途端に消滅してしまうほどの陣だ、人が踏み入ってしまったらどうなるのかは容易に想像できる。
 バチッと鈍い音がしたのを確認して、少女はぎゅっと目を瞑った。
 もっと早く声を出していれば、と目を瞑り続けながら自分を責める少女の髪が、何かにさらりと揺らされる。
 何事かと恐る恐る少女が目を開けると、寝起きのように乱れた髪を右手で押さえながら、もう片方の手で少女の頭に手を乗せている女性の姿があった。
 予想外の光景に少女が丸い瞳を一層丸くさせて驚いていると、女性はもう二、三度少女の頭をポンポンと叩いてから、

「これをやったのはあんたじゃなさそうだね、まぁその様子だと当然か」

 と言ってから少女の足元へ視線を落とし、足枷を凝視すると少女が何か口を挟む間も無く、女性は軽く膝から下を曲げると、戻す勢いで足枷を蹴りつける
 あまり力を込めたようには見えなかった蹴りだったが、少女がどれだけ力を込めようと外れることの無かった足枷をいとも簡単に壊した。
 いや、壊したというよりは消したという方が正しいだろうか。

「うし、上手くいった」

 外れるかどうか確証が無かったらしい女性の方を見ることもせず、少女はいつぶりか分からぬ自由を手に入れた足をぐーっと伸ばしてから、慌てて女性の方を向くとそのまま深々と土下座をした。
 少女からすれば、まさか再び自由の身になれる日が来るなど想像したことも無かったのだから、感謝の気持ちはむしろその身で表せる程度ではない。
 しかし女性からすれば過剰表現だったのか、それとも感謝されることになれていないのか、そんな仰々しい態度の少女から照れたようにそっぽを向くと、

「せっかく自由になれたんだ、また捕まっちまう前に早く逃げな」

 手をひらひらとさせながらそう言い放ち、自身は先に庭へ下りた。
 その背中を追うように少女も立ち上がろうと床に手をつくも、長い間使われていなかった体は力の入れ方すらも忘れてしまったかのように力なく傾き、そのまま顔から地面に激突した。

「むぎゅっ」

 激突の際に少女が小さく上げた呻きに、女性が振り返ると急いで少女の元へ駆け寄ると、そのまま少女を抱きかかえる。それと同時に、少女のお腹がぐーっと大きな音を立てた。

「……」
「……あぅ」

 頬を赤く染めて俯く少女に、女性は面倒そうに頭をわしわしと掻くと、そのまま抱きかかえていた手に力を込めて持ち上げた。
 お姫様抱っこの体勢にあわわと驚く少女を見て、まるでいつも一緒にいる家族と会話するような気楽さで、

「夕飯の希望、なんかあるか?」

 と女性は尋ねてきた。
 女性はきっと何気ない気持ちでその言葉を発したのだろうが、その言葉が少女の耳を右から左へと通り抜けると、少女の頬からつぅと涙が伝う。
あの時声を掛けた少女が求めていたのは、そんな優しい言葉だったわけで。

「な、なんでもいいです……」
「えー、それが一番めんどいのよね」

 この人とずっと一緒にいようと、そう少女が決心した日だった。
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