祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

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第三章 人

二十六話

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 言葉はそこで途切れ、月を見上げていためいが小さく息を吐いてから頭を垂れる。
 そんなめいを心配して声を掛けようとしたあなただったが、めいの頬に月明かりで照らされた白い線を見つけて、出かけた言葉をぐっと飲み込み再び月を見上げた。
 異形が人に害を成すものだ、と勝手にあなたは思い込んでしまっていたが、異形と触れ合うことが出来るのがあなたと祖母だけだとは限らないのだから、異形に害を成す人がいてもおかしくない。
 弱い者もいれば強い者もいる、それは人も異形も同じ事。

「お疲れですのに、長々と昔話をしてしまって申し訳ございません」

 あなたが小難しい顔をしていたせいで早合点したのか、乾いた白い線をごしごしと擦りながらめいが立ち上がった。

「すぐに布団をご用意いたしますね」

 既に自分の中で勝手に納得しているのか、あなたの返事を聞こうともせずめいは立ち去ろうとする。
 そんなめいの袖へ、あなたの腕が伸びた。
 がっしりと袖を掴まれその場で立ち止っためいが、少し赤みがかった丸い瞳をきょとんとさせてあなたを見つめる。
 完全に無意識のうちに手が伸びていたので、自分のせいでめいが立ち止まっているのだと気付くまで、あなたとめいはじっくりと見つめ合ってしまった。
 しばらく見つめ合ってからあなたが自分のしたことに気付いた後も、別に引きとめた理由などあるはずもないので、やはりそのまま見つめ合ってしまう。
 一言謝ってから掴んでいる袖を離せばいいだけの事なのに、あなたの右手は頑なにそれを拒んで言う事を聞いてくれない。
 時間経過に比例してだんだんとめいの頬が赤く染まっていくにつれて、あなたも自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
 抱き締めあったりするよりも、こうしてじっと見つめ合う事の方が緊張するとは何事だろう。

「あ、あの……後継人、様?」

 消え入りそうなめいの声から伝わる緊張があなたにも伝染して、何か言わなければという気持ちだけが先走るも、喉から音が出てくることは無く。
 そこに隙を見つけました、と言わんばかりに忘れていた全身の疲労が足元から一気に駆け上がってくる。
 視界に薄く靄がかかり始め、袖を掴む力さえ無くなった辺りで、

「後継人様!」

 心配そうなめいの大声が聞こえた、気がする。視界の端に白い毛が見えた気もする。何かがこちらを、見ていた気もする。
 落ちていく意識の中での事だったので、どれもあなたにははっきりと分からなかったが。


 誰かが、泣いている。怖い、怖いと泣いている。
 隣で誰かが笑っている。怖くない、怖くないよと笑っている。
 誰もいない方向を見て、怖い怖いと泣き喚く昔の自分。そんなあなたを宥めるように、祖母が優しい声を掛けた。
 ごしごしと目を擦ってから凝らしてみるも、何者かの姿はあなたにも見えない。幼いあなたは一体何を怖がっているのだろう。
 思い返してみれば、このぐらいの時期にあなたはこの街を離れた気がする。ぼんやりとした記憶を辿るうちに、辺りの景色がふわりと流れてゆく。
 過去の記憶は現代へと移り変わり、先程まで幼いあなたと祖母が立っていた場所にあの影が屈んでいた。
 あなたの半分もない身長の影には目も口もなく、もちろんこちらを襲って来ようとする気配も無い。
 いつもと様子の違う影にあなたはゆっくりと近づいてみるが、なおもこちらへ向かってくる気配は無く、弱弱しい背中が力なく揺れている。
 そんな影がなんだか可哀想になって、あなたは恐る恐る触れてみた。
 めいの様に冷たい感触を予想していたので、触れた手から感じる温もりにあなたは一瞬肩をびくりと震わせる。
 縮こまって涙を流す幼いあなた。小さい頃何かあるたびに、すぐに涙を流していたあなた。
 こうして触れるまで、昔の自分の事などすっかり忘れていた。
 そう、影の異形が他人に見えないのは当たり前だ。なぜならそんな奴現実には最初からいないのだから。
 いや、人ならざる者を異形と言うのならば、心の影もまた異形と呼べるのだろうか。
 もう片方の手をゆっくり伸ばすと、肩に乗せていた手を掴むようにしてそのまま影を、あの日祖母があなたにしてくれたように、優しく抱きしめる。
 あなたの抱擁で泣き止んだ影の姿が次第に薄れ、温もりが冷めていくと同時に、景色がゆっくりと溶け始めた。
 次第に覚醒していく意識の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
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