27 / 31
第三章 人
二十七話
しおりを挟む
顔に降りかかる白い光に無理矢理目を覚まさせられたあなたは、その眩しさから逃れようと体を捻る。
その光が襖の隙間から漏れている朝日だと理解すると同時に、あなたの額からぽとりと何かが布団の上に落ちた。
誰かが乗せたであろう白い手拭い。触れるとまだ湿っているそれを乗せたであろう誰かは、正座の体勢のままあなたの隣で小さな寝息を立てていた。
「後継人……様……」
名前を呼ばれてびくりと反応したあなただったが、どうやら夢の中での言葉らしく、その言葉に続きは無い。
手拭いの状態を見るに、寝入ってしまってからまだそう時間は経っていないのだろう、とあなたは手拭いをそっと水の入った桶の縁に置き、漏れた陽射しがめいを起こしてしまわぬように注意しながら部屋を後にする。
廊下に出たあなたが朝日を全身に浴びながら伸びをしていると、足元に何かむず痒い感触。伸びの体勢のまま足元へ視線を移すと、既に丸くなってくつろいでいるポチと目が合った。
ポチはあなたの目をしばらくじいっと見つめていたが、やがて畳んだ前足の上に顎を乗せ、
「あれだけの事があってもまだ首を突っ込もうとするのか、酔狂な奴め」
そう言って大きな欠伸をした。
その言葉にあなたは伸びの姿勢を解くと、そのまま廊下に腰を下ろしてポチの方を向き、お前も十分に酔狂だろ、と言葉を返してやる。
あなたの返答にポチは目を丸くさせるという珍しい反応を見せ、その後すぐに気を取り直したようにがっはっはと笑うと、
「そうじゃな、この街には酔狂者しかおらん」
言いながら立ち上がり、とてとてと居間の方へ歩き出した。
その背中をあなたが見送っていると、ポチは何かを思い出したように立ち止まり、
「まぁ、次に遠出する時はあの娘に直接伝えていけ。ピーピーうるさくて敵わなかったぞ」
そう言い残して、そのまま居間へ入っていった。
やはりあの時、ちゃんとあなたの言葉を聞いていてくれたらしい。
そう言えば助けてもらってからちゃんとポチに感謝の意を示していなかったな、などと考えながらあなたが立ち上がろうとしたところで、居間へ入ったはずのポチがひょっこりと廊下に現れ、
「娘はどこだ? 朝食の用意が全然出来ていないでないか」
と少しイライラした口調で言いながらこちらへ向かってきた。
全く、寛大なのか狭量なのか分からないな、とあなたは苦笑いしながら、これは丁度いい機会なのでは、と思いポチに一つの提案を投げかける。
これならめいの眠りも妨げず、ポチを労う事も出来るだろう。
そんなあなたの妙案に、ポチは微妙という表現以外が出来ない表情であなたを見つめ返すと、
「お前が料理なんぞしている所を見たことがないが、大丈夫なのか」
至極当然の疑問を口にした。
その質問の答えはもちろんいいえ、なのだが、めいが料理をしている所を何度も見ていたので、とんちんかんな物が出来上がるという事はないだろう。
そう、あなたは思っていた。
「……不味い。いや、こんなものを表すのに使うのは不味いという言葉に失礼だ」
あなたの料理を一口食べたポチが、簡潔かつ辛辣な感想を口にし、あなたの方を睨み付ける。
手順に恐らく間違いは無く、見た目もそれほど乱れてはいない。だが、ポチの言葉への反論も無い。
言われて食べたあなたも、自分の料理に絶句するほか無かったからだ。
食卓に並んだ日本食もどきを前にあなたとポチが固まっていると、廊下の方からどたどたと足音がしたかと思うと、寝癖を直す間もなく飛び起きた、といった様子のめいが現れた。
「申し訳ございません、寝坊を……」
謝罪の言葉を半分口にしたところで、めいが固まる。既に食事が並んでいる食卓に驚いているのだろう。あなたの方を見るとぺこり、と頭を下げて席に座った。
感謝されているのは喜ばしい事なのだが、流石にこんな料理をめいにまで食べさせるわけにはいかない。
そう思ったあなたが制止の声を上げようとしたところで、足にずきんと小さな痛みが走る。
何事か、と伸ばした足の先を見ると、ポチがあなたの足先に噛みついているのが見えた。
しまった、と思った時には既に遅く、視線を戻した時には既に箸をぽとりと落とした後だったようで、めいは今まで見たとこも無い珍妙な顔つきでぷるぷると震えながら、飲み込んで位はいけない物を必死に飲み込もうとしていた。
今日は珍しい表情をやたら見る日だな、などと思っている場合ではなく、足先に噛みついている犬畜生の顔へ軽く蹴りをお見舞いすると、あなたはすぐめいの元へ駆け寄った。
背中を擦りながら無理はしなくていい、とあなたが言うも、めいは青ざめた顔で引きつりながらも、精一杯の笑みを作り、
「せっかく後継人様が作って下さったものですし……食材も勿体ないので」
そう答えると落とした箸を拾い直した。
若干後半の方が語気が強く感じたのはあなたの気のせいではないだろう。あなたも同感だ。
鼻先を両足で押さえて悶えるポチの首根っこを掴み、食卓の上にべちゃりと押し付ける。
本来は大変行儀の悪い事であろうが、今回は致し方ないだろう。そんなに量があるわけではないとはいえ、二人より二人と一匹だ。
めいの良心に付け込もうとしたことへの罰を受けてもらおう。
感謝の意を伝える事が当初の目的であったような気もしたが、とりあえずその気持ちは脇へ置いておいて、あなたもめいに習って箸を握る。
結局全ての皿が空く頃には、朝食なのか昼食なのか分からないような時間になっていた。
その光が襖の隙間から漏れている朝日だと理解すると同時に、あなたの額からぽとりと何かが布団の上に落ちた。
誰かが乗せたであろう白い手拭い。触れるとまだ湿っているそれを乗せたであろう誰かは、正座の体勢のままあなたの隣で小さな寝息を立てていた。
「後継人……様……」
名前を呼ばれてびくりと反応したあなただったが、どうやら夢の中での言葉らしく、その言葉に続きは無い。
手拭いの状態を見るに、寝入ってしまってからまだそう時間は経っていないのだろう、とあなたは手拭いをそっと水の入った桶の縁に置き、漏れた陽射しがめいを起こしてしまわぬように注意しながら部屋を後にする。
廊下に出たあなたが朝日を全身に浴びながら伸びをしていると、足元に何かむず痒い感触。伸びの体勢のまま足元へ視線を移すと、既に丸くなってくつろいでいるポチと目が合った。
ポチはあなたの目をしばらくじいっと見つめていたが、やがて畳んだ前足の上に顎を乗せ、
「あれだけの事があってもまだ首を突っ込もうとするのか、酔狂な奴め」
そう言って大きな欠伸をした。
その言葉にあなたは伸びの姿勢を解くと、そのまま廊下に腰を下ろしてポチの方を向き、お前も十分に酔狂だろ、と言葉を返してやる。
あなたの返答にポチは目を丸くさせるという珍しい反応を見せ、その後すぐに気を取り直したようにがっはっはと笑うと、
「そうじゃな、この街には酔狂者しかおらん」
言いながら立ち上がり、とてとてと居間の方へ歩き出した。
その背中をあなたが見送っていると、ポチは何かを思い出したように立ち止まり、
「まぁ、次に遠出する時はあの娘に直接伝えていけ。ピーピーうるさくて敵わなかったぞ」
そう言い残して、そのまま居間へ入っていった。
やはりあの時、ちゃんとあなたの言葉を聞いていてくれたらしい。
そう言えば助けてもらってからちゃんとポチに感謝の意を示していなかったな、などと考えながらあなたが立ち上がろうとしたところで、居間へ入ったはずのポチがひょっこりと廊下に現れ、
「娘はどこだ? 朝食の用意が全然出来ていないでないか」
と少しイライラした口調で言いながらこちらへ向かってきた。
全く、寛大なのか狭量なのか分からないな、とあなたは苦笑いしながら、これは丁度いい機会なのでは、と思いポチに一つの提案を投げかける。
これならめいの眠りも妨げず、ポチを労う事も出来るだろう。
そんなあなたの妙案に、ポチは微妙という表現以外が出来ない表情であなたを見つめ返すと、
「お前が料理なんぞしている所を見たことがないが、大丈夫なのか」
至極当然の疑問を口にした。
その質問の答えはもちろんいいえ、なのだが、めいが料理をしている所を何度も見ていたので、とんちんかんな物が出来上がるという事はないだろう。
そう、あなたは思っていた。
「……不味い。いや、こんなものを表すのに使うのは不味いという言葉に失礼だ」
あなたの料理を一口食べたポチが、簡潔かつ辛辣な感想を口にし、あなたの方を睨み付ける。
手順に恐らく間違いは無く、見た目もそれほど乱れてはいない。だが、ポチの言葉への反論も無い。
言われて食べたあなたも、自分の料理に絶句するほか無かったからだ。
食卓に並んだ日本食もどきを前にあなたとポチが固まっていると、廊下の方からどたどたと足音がしたかと思うと、寝癖を直す間もなく飛び起きた、といった様子のめいが現れた。
「申し訳ございません、寝坊を……」
謝罪の言葉を半分口にしたところで、めいが固まる。既に食事が並んでいる食卓に驚いているのだろう。あなたの方を見るとぺこり、と頭を下げて席に座った。
感謝されているのは喜ばしい事なのだが、流石にこんな料理をめいにまで食べさせるわけにはいかない。
そう思ったあなたが制止の声を上げようとしたところで、足にずきんと小さな痛みが走る。
何事か、と伸ばした足の先を見ると、ポチがあなたの足先に噛みついているのが見えた。
しまった、と思った時には既に遅く、視線を戻した時には既に箸をぽとりと落とした後だったようで、めいは今まで見たとこも無い珍妙な顔つきでぷるぷると震えながら、飲み込んで位はいけない物を必死に飲み込もうとしていた。
今日は珍しい表情をやたら見る日だな、などと思っている場合ではなく、足先に噛みついている犬畜生の顔へ軽く蹴りをお見舞いすると、あなたはすぐめいの元へ駆け寄った。
背中を擦りながら無理はしなくていい、とあなたが言うも、めいは青ざめた顔で引きつりながらも、精一杯の笑みを作り、
「せっかく後継人様が作って下さったものですし……食材も勿体ないので」
そう答えると落とした箸を拾い直した。
若干後半の方が語気が強く感じたのはあなたの気のせいではないだろう。あなたも同感だ。
鼻先を両足で押さえて悶えるポチの首根っこを掴み、食卓の上にべちゃりと押し付ける。
本来は大変行儀の悪い事であろうが、今回は致し方ないだろう。そんなに量があるわけではないとはいえ、二人より二人と一匹だ。
めいの良心に付け込もうとしたことへの罰を受けてもらおう。
感謝の意を伝える事が当初の目的であったような気もしたが、とりあえずその気持ちは脇へ置いておいて、あなたもめいに習って箸を握る。
結局全ての皿が空く頃には、朝食なのか昼食なのか分からないような時間になっていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる