祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

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第三章 人

二十七話

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 顔に降りかかる白い光に無理矢理目を覚まさせられたあなたは、その眩しさから逃れようと体を捻る。
 その光が襖の隙間から漏れている朝日だと理解すると同時に、あなたの額からぽとりと何かが布団の上に落ちた。
 誰かが乗せたであろう白い手拭い。触れるとまだ湿っているそれを乗せたであろう誰かは、正座の体勢のままあなたの隣で小さな寝息を立てていた。
「後継人……様……」
 名前を呼ばれてびくりと反応したあなただったが、どうやら夢の中での言葉らしく、その言葉に続きは無い。
 手拭いの状態を見るに、寝入ってしまってからまだそう時間は経っていないのだろう、とあなたは手拭いをそっと水の入った桶の縁に置き、漏れた陽射しがめいを起こしてしまわぬように注意しながら部屋を後にする。
 廊下に出たあなたが朝日を全身に浴びながら伸びをしていると、足元に何かむず痒い感触。伸びの体勢のまま足元へ視線を移すと、既に丸くなってくつろいでいるポチと目が合った。
 ポチはあなたの目をしばらくじいっと見つめていたが、やがて畳んだ前足の上に顎を乗せ、
「あれだけの事があってもまだ首を突っ込もうとするのか、酔狂な奴め」
 そう言って大きな欠伸をした。
 その言葉にあなたは伸びの姿勢を解くと、そのまま廊下に腰を下ろしてポチの方を向き、お前も十分に酔狂だろ、と言葉を返してやる。
 あなたの返答にポチは目を丸くさせるという珍しい反応を見せ、その後すぐに気を取り直したようにがっはっはと笑うと、
「そうじゃな、この街には酔狂者しかおらん」
 言いながら立ち上がり、とてとてと居間の方へ歩き出した。
 その背中をあなたが見送っていると、ポチは何かを思い出したように立ち止まり、
「まぁ、次に遠出する時はあの娘に直接伝えていけ。ピーピーうるさくて敵わなかったぞ」
 そう言い残して、そのまま居間へ入っていった。
 やはりあの時、ちゃんとあなたの言葉を聞いていてくれたらしい。
 そう言えば助けてもらってからちゃんとポチに感謝の意を示していなかったな、などと考えながらあなたが立ち上がろうとしたところで、居間へ入ったはずのポチがひょっこりと廊下に現れ、
「娘はどこだ? 朝食の用意が全然出来ていないでないか」
 と少しイライラした口調で言いながらこちらへ向かってきた。
 全く、寛大なのか狭量なのか分からないな、とあなたは苦笑いしながら、これは丁度いい機会なのでは、と思いポチに一つの提案を投げかける。
 これならめいの眠りも妨げず、ポチを労う事も出来るだろう。
 そんなあなたの妙案に、ポチは微妙という表現以外が出来ない表情であなたを見つめ返すと、
「お前が料理なんぞしている所を見たことがないが、大丈夫なのか」
 至極当然の疑問を口にした。
 その質問の答えはもちろんいいえ、なのだが、めいが料理をしている所を何度も見ていたので、とんちんかんな物が出来上がるという事はないだろう。
 そう、あなたは思っていた。
「……不味い。いや、こんなものを表すのに使うのは不味いという言葉に失礼だ」
 あなたの料理を一口食べたポチが、簡潔かつ辛辣な感想を口にし、あなたの方を睨み付ける。
 手順に恐らく間違いは無く、見た目もそれほど乱れてはいない。だが、ポチの言葉への反論も無い。
 言われて食べたあなたも、自分の料理に絶句するほか無かったからだ。
 食卓に並んだ日本食もどきを前にあなたとポチが固まっていると、廊下の方からどたどたと足音がしたかと思うと、寝癖を直す間もなく飛び起きた、といった様子のめいが現れた。
「申し訳ございません、寝坊を……」
 謝罪の言葉を半分口にしたところで、めいが固まる。既に食事が並んでいる食卓に驚いているのだろう。あなたの方を見るとぺこり、と頭を下げて席に座った。
 感謝されているのは喜ばしい事なのだが、流石にこんな料理をめいにまで食べさせるわけにはいかない。
 そう思ったあなたが制止の声を上げようとしたところで、足にずきんと小さな痛みが走る。
 何事か、と伸ばした足の先を見ると、ポチがあなたの足先に噛みついているのが見えた。
 しまった、と思った時には既に遅く、視線を戻した時には既に箸をぽとりと落とした後だったようで、めいは今まで見たとこも無い珍妙な顔つきでぷるぷると震えながら、飲み込んで位はいけない物を必死に飲み込もうとしていた。
 今日は珍しい表情をやたら見る日だな、などと思っている場合ではなく、足先に噛みついている犬畜生の顔へ軽く蹴りをお見舞いすると、あなたはすぐめいの元へ駆け寄った。
 背中を擦りながら無理はしなくていい、とあなたが言うも、めいは青ざめた顔で引きつりながらも、精一杯の笑みを作り、
「せっかく後継人様が作って下さったものですし……食材も勿体ないので」
 そう答えると落とした箸を拾い直した。
 若干後半の方が語気が強く感じたのはあなたの気のせいではないだろう。あなたも同感だ。
 鼻先を両足で押さえて悶えるポチの首根っこを掴み、食卓の上にべちゃりと押し付ける。
 本来は大変行儀の悪い事であろうが、今回は致し方ないだろう。そんなに量があるわけではないとはいえ、二人より二人と一匹だ。
 めいの良心に付け込もうとしたことへの罰を受けてもらおう。
 感謝の意を伝える事が当初の目的であったような気もしたが、とりあえずその気持ちは脇へ置いておいて、あなたもめいに習って箸を握る。
 結局全ての皿が空く頃には、朝食なのか昼食なのか分からないような時間になっていた。
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